第288話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
遂に儀式当日の朝になりました。キースとイングリットは控室で合流。キースはイングリットのドレスに違和感を覚えましたが、その理由に感激しました。その時立会人の人々が入ってきました。
□ □ □
開いた扉から聖職者の正装を身にまとった人が入ってくる。その姿を目にしたキースの目が真ん丸になった。瞬きしながら隣のイングリットを見るが、イングリットは視線に気付きつつも、それを無視して挨拶を始める。
「おはようございます。リエット様、お母様、キャロルおば様。今日はよろしくお願いいたします」
そう言いながらテーブルへと促す。直ぐに側仕え達がお茶を淹れ配膳する。
「側仕えしかおりませんので、お母様とおば様は普段通りでどうぞ。リエット様もごゆるりとされてください」
「……分かりました。おはようイーリー。昨日はちゃんと寝られた?体調は……良さそうに見えるけど、どうかしら?」
「はい、しばらく寝付けなかったのですが、キースさんのお陰でちゃんと寝られました」
「あら!?あらあらあらキースちゃん!あなた一体何をしたの?まさか……」
「え!?い、いや何もやましい事はしてませんよ?眠れる様に誘導しただけです」
「そうなの?というか、誰もやましい事したんでしょ?なんて言ってないけど、あなたの考えるやましい事ってなんなの?」
「……」
キースは眉間に皺を寄せへの字口だ。明らかに面倒くさがっている。
「ダメよこれぐらいでそんな顔しちゃ!これからは貴族の奥様方のお相手もしていくのですから。ほら、笑顔笑顔」
キースの口角が片側だけ上がり頬がピクピクしている。笑顔を作ろうとしているが、パッと見ただの変顔だ。
「……ところで、キースは立会人が私達というのは知らなかったのね?」
キャロルが話題を変えるべくキースに話を振る。あまりやいのやいのとやると、この後の儀式に影響が出る可能性もある。刺激するのは程々にした方が良いと考えたのだ。
「そうですね、各派の司教様がお務めになる、とは聞いていましたが……」
「私が是非にとお願いしたのです。成人の儀式をおば様に、結婚の儀式をお母様に、リエット様に譲位の儀式をご担当いただきます」
「……どの儀式も何十年ぶりですよね?他の会派の司教様方も務めたかったのでは?」
最後に行われた成人、結婚の儀式は、どちらもイングリットの父が対象者である為、それぞれ25年、20年弱前だ。
司教の任期は具体的に決まっている訳では無いが、何がしかの続けられない理由でもできない限り、交代しない。よって、前回の儀式からこれだけ年月が開いてしまうと、現司教の全員が未経験だった。
さらに、今回の機会を逃すと次の儀式はイングリットが産んだ子供となる為、また20年近く先だ。務めている間順番が回ってくる可能性も低い。
「それについては、皆さんにお集まりいただいてご説明し納得いただいています。『殿下の儀式なのだから、殿下のお気に召す様に』と言っていただけました」
お茶のグラスに手を伸ばす。暑い最中という事で、水出しされて冷やされたお茶だ。喉越しと涼し気なスっとする香りが心地よい。
(さすがは司教様、人間ができている。まあ、イーリーが希望して相手がキャロルとお母さんじゃな……いくら立ち会いたいと考えても分が悪い)
この150年間で唯一神の啓示を受けた『海の神の娘』と、もう一人は実際に義理の母になる神官だ。理由は全く違えどこれを覆すのはまず無理だろう。
「譲位の儀式をリエットさんが担当されるのもイーリーが決めたの?」
「いえ、これは説明をした時に一緒に行ったくじ引きの結果です。リエット様が見事に進行役を引き当てました」
「はい、ついておりました。他の会派の司教方も立ち会いはしますが、進行役は1人だけですから。貴重な機会をいただきありがとうございます」
笑顔で頭を下げる。
「イーリーの前で言うのもアレなんだけど、基本的に譲位の儀式というのは、あまり行われないよね?」
「そうですね。国王が亡くなって次期王位継承者が就く、というパターンがほとんどですから、『即位の儀』となります。亡くなる前に引き継ぐのは……病が治る見込みがない、高齢でもう務まらないとか、そういう時ぐらいですね」
「ただでさえ珍しいのに、受け継ぐ側が女性というのはさらに少なそうだね。さらに成人と同時だし」
「さらに結婚もよ。この3つが重なるなんて、王国の歴史上初めてでしょう」
キャロルの言葉にマクリーンとリエットが頷く。
「何から何まで記念になりますね……あ、あと、確か、前回女性が王位に着いたのが約270年前だったと思うのだけど、女性より男性が着く事が多いのは、単純に妊娠期間の体調の問題や、出産後の快復期間を取る都合だったりという事だよね?」
「はい。妊婦で国王の仕事をするのは、やはり色々と苦労があるでしょう。ストレスで体調や感情に変調をきたしたり、酷ければ出産の時に命を落とす事もございます。そこまでいかずとも、快復に時間が掛かればその分国政が滞ります。そう考えれば、国王という仕事は男性の方が向いていると言えるでしょうね」
「キースちゃんは『王配になっても冒険者を続ける』という話で結婚する訳だけど、そういう時はちゃんと空気読んで対応しないとね」
「そうね。イーリーも不安でしょうし、約束があるからとそれを盾に好きに行動すると、貴族の方達の反感を買う恐れもあるわ。先は長いですからね、最初が肝心よ」
「もちろんそこは理解していますよ。そういう期間は僕で用が足りるところは僕が代わります。まだまだ足元にも及びませんが」
この半年程は、毎日ではないが、イングリットの執務室に入り各種業務に携わっている。最終的な承認はイングリットや補佐官達が処理内容を確認してからになるが、その的確な対応と指示に補佐官達の評価は上々である。
「皆感心しきりですよ?ヨークなんて、『補佐官一人削られたりしませんよね?』なんて言ってましたもの」
「いやいやいや、またヨークさんはそんな事言って……1件1件必死だから…あ、陛下がお見えになる様です。後50m程です」
「あら!それではお迎え致しましょう」
席を立ち扉の方を向いて並れ先触れのの側仕えが入ってくる。室内が既に待機状態である事に一瞬固まる。
「…皆様ご承知の様ではございますが、間もなく国王陛下がお越しになります」
「はい、ありがとうございます」
側仕えがの脇に避けると、程なくアルトゥールと侍従長のラファルが入ってきた。皆で朝の挨拶を交わし席に着く。
「おじい様、昨日はおやすみになれましたか?私達は少し苦労したのですが……」
「うむ、ラファルとお主らのお陰で何とかな」
ラファルはまだ解るがなぜ自分達が?とイングリットとキースが不思議そうに顔を見合わせる。
「イーリーに引き継いでから、そうだな、一月程様子を見たら猫として生きてゆくのも良いのう。毎日中庭やテラスで日向ぼっこをして過ごすのだ」
アルトゥールの唐突な、脈絡の無い言葉に、立会人の3人はますます眉間の皺を深くするが、キースとイングリットは口を『あ』という形に開いた。
「お主らが整えてくれた備えのお陰で、ゆっくりと寝る事ができたわ。礼を言うぞ。ありがとう」
「万が一の備えでしたが、使わずともお役に立てた様で。これ以上の成果はございません」
猫の姿ではさすがに王冠を手渡す事はできないが、一連の儀式を見る事はできる。
「私がキースさんに無理を言ったのです。おじい様に内緒だったのも、その辺りの事をあまり意識させたく無いからでした。ご不快に思われたのでしたら申し訳ありませんでした」
『万が一の備えがあるから大丈夫』という事を知ってしまうと、どうしてもそれに関する事を色々と考えてしまう。それにより、本当に『万が一』が引き起こされてしまうかもしれない。
イングリットは、そんなオカルトめいた事まで考えてしまい、アルトゥールに詳細を伝える事を避けた。彼女も結構ギリギリだったのだ。
「おいおい、誰もお前たちの事を責めたりしておらんぞ?引き継ぐまでに一番危ないのは、間違いなく儂の寿命だ。その対応を考え、対策手段を整えるのは当たり前のことよ」
アルトゥールが笑い飛ばす。
「それに、遂にこの日を迎える事ができた。スウェイルが死んで臥せっていた事を考えると、正直、よくもまあここまで辿り着けたものだ」
スウェイルとは、アルトゥールの孫でイングリットの父である先代国王だ。人としての魅力に溢れ能力も意欲もあった。
だが、彼には運だけが足りなかった。
彼が亡くなったのは落馬が原因だ。たまたま馬が怪我をし、たまたま馬の左側に落ち、たまたま落ちた所に岩があり、たまたまそれにぶつかった。どれか1つでも違っていれば、と誰もが考えた。
「皆様、お時間となりました。ご移動をお願い致します」
少々しんみりとしてしまった部屋の中に、ラファルの声が響いた。
「よし、では参ろうか。儂の最後の仕事だ。立派に務める姿を見せて、記憶に留めてもらわんとな」
アルトゥールは力強い眼差しで決意を口にした。
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