第286話
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【前回まで】
儀式前夜。こちらも寝付けないアルトゥール。寝ている間に何かあったらと不安に陥っていましたが、侍従長がネタばらしをしながら対応しました。アルトゥールは『特性が出なかった者(持たざる者)』でした。お話はアルトゥールが子供の頃、90年~80年前(!)に戻ります。
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力が強い・手先が器用・勘が鋭い・魔力が多い・持久力が高い等の、様々な能力の事を『特性』と呼ぶ。
そして、それが一定以上、正確には専用の魔導具で感知できる程に明確に現れている事を、『特性がある』『特性が現れている』という言い方をしている。
そして、その特性が現れなかった者、即ち、感知できる程目立った能力が無い者の事を『持たざる者』と呼んだ。
特性が1つ現れる者が7割弱、2つが3割、残りの1、2%が3つ以上と言われているが、おそらくは、『持たざる者』もそこに入るのだろう。
入るのだろうとはっきりしないのは、正確な数が不明だからだ。『1つはあって当たり前』という世の風潮の中で、誰が好き好んで『私は特性無しです』と公言するというのか。
そんな状況である為、アルトゥールが5歳になり特性を調べた時も、まさかの結果に魔導具を交換して再度計ったり、日を空けて改めて調べたりと、かなりすったもんだがあった。8歳ぐらいになってから現れる事もある為、毎年調べもした。しかし、結果は変わらなかった。
もちろん、特性が全てでは無い。現れておらずとも知識や技術は身につける事はできる。
だが、『特性』が現れている者と現れていない者が同じだけ努力をすれば、間違いなく『特性』が現れている者の方が伸びるし、ほとんどの場合で最初から先を行っている。
アルトゥールが『持たざる者』である事は、おおっぴらに話される事は無かったが、すぐに王城内の人々の知るところとなった。彼は姉と妹に挟まれた男子である為、次期王位継承者ともくされていた。そんな立場の王子がまさかの『持たざる者』という結果だ。どうしたって広まってしまう。
当時まだ8歳であったアルトゥール少年だが、周囲の人々の変化は感じ取っていた。可哀想な者を見るかの様な視線、それまで普通に話していたのに、自分が姿を現すと慌てた様に黙る者などもいた。
だが、そんな状況になってもアルトゥールは腐らなかった。勿論両親や姉を含む周囲の人々の助けもあったが、彼自身も、無いなら無いで何をしなければならないのか、王族としてみっともない姿は見せられないと、まだ小さいながらきちんと理解していた。
一般市民は日銭を稼がなくてはならない。その為『持たざる者』だと、役立たず、無駄飯喰いと虐げられる者もいるし、そもそも、訓練校を卒業しても雇ってすらもらえない事も少なくない。だが、王族ならその点は心配は無い。
それに、彼の立場なら様々な専門家達に教えを請う事もできる。優秀な指導者の下で様々な事を学び、身につけ、着実にできる事を増やしていった。
特性が出ている者達にはどうしても敵わないが、何をやらせても不足ない程度にはできる、という位置を目指し、アルトゥールは努力を続けた。
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そして、成人を迎える1ヶ月前、両親と姉、妹、姉の夫と夕食を共にした時、アルトゥールは父王から告げられた。
『成人をもって正式に次期王位継承者と定め発表する』と。
「……よろしいのですか?」
「何がだ?儂の子供で男子はお主のみ。その時点で最有力候補だ。それに加え、親の儂が言うのもなんだが、人としてもおかしなところも無い。貴族達の支持もある。まあ、見た目は……儂には劣るがまずまず良い。ほれ、何の問題も無いであろう?」
ニヤリと笑い、手に持ったグラスを掲げてみせる。グラスの中でワインが揺れた。
「アル、あなたは誰の目から見ても、大変な努力を重ねてきました。そして、今やどの分野でも特性がある者に匹敵する程の力を持っています。それに、人の話を素直に受け入れ、自分を客観的に見て正す事ができます。それは中々できる事ではありませんよ?私もあなたは王たる器であると考えます」
「母上……」
「アル、母様が仰られた様に、私もあなたは国王に相応しいと思う。姉の贔屓目ではないのよ?子供の頃からずっと見てきたけど、あれだけ様々な事を学び続けられるのは、やはり尋常ではないもの。心から尊敬してる」
アルトゥールは、いつもは厳しい姉からのまさかの褒め言葉に、口を動かすだけで言葉が出ない。この10年、アルトゥールが自らを鍛え学び続ける事ができたのは、自分にも他人にも厳しい、この姉がいたからなのは間違いないのだ。
「前から思っていたのだけど、アルは自己評価が低過ぎる。もっと胸を張って堂々となさい。それにね、あなたは自分で思っているよりたくさんの人に好かれている。普段王城内に出入りしている人で、あなたに好感を持っていない人はほぼゼロなの。マールと同じくらい敵意や隔意を抱かれていない。あなたはこの10年間の取り組み姿勢でそれを得た。特性の有無なんて関係無い事の証明と言えるわ。私が言うのだから間違い無い」
そう言い切ると、お茶菓子のシフォンケーキをフォークで切り、添えてあるクリームと共に口に入れる。
クローディアの特性は『観察力』にかなり強く出ている。人の口調、態度、仕草、表情を見ているだけで、相手の感情はもちろん、具体的に何を考えているかまで、ほぼ正確に察する事ができるほどだ。
かつて、アーレルジ王国のフルーネウェーフェン子爵に雇われ、『北西国境のダンジョン』の駐屯地を襲撃しに来た冒険者、アレクセイもほぼ同様の特性を持っていたが、あの男の上位互換と言える。
その為、弟と話をしている人物が、口では調子の良い事を言いつつ、内心では『持たざる者』として小馬鹿にしているのか、心の底から真面目で努力の王子と好印象を持っているのか、すぐに判断がつくのだ。
そんなクローディアだが、アルトゥールとは正反対の意味で苦労していた。
特性の力が強過ぎるのだ。
相手としては、いくらクローディアに好意を持っていたとしても、心の内まで全て丸裸にされてしまうのは話が別というものだ。歳を重ねるに従って彼女の周りからは人が減っていき、子供の頃から今も変わらぬ付き合いがあるのは、この場にいる夫のナシュワンを含め極わずかとなってしまった。
数年前はその事で悩みもしたが、今は完全に開き直り、積極的に『王家の敵探し』を行っている。ある程度の規模のお茶会や夜会ともなると、来ないとは思いつつも、体裁を整える意味も込めて必ず王女を招待する。主催者は慣例だから声を掛けているだけなのだが、彼女はそんな空気を読まずに積極的に参加し、人間観察を続けているのだ。
「ちい兄様、姉様のおっしゃる通りです。それに私、常々不思議に思っているのですが……お尋ねしてもよろしいですか?」
マールことマルテベルグが首を傾げながら尋ねる。少し歳の離れた妹の、何とも可愛らしい仕草に皆の顔が自然と綻ぶ。
彼女はアルトゥールとナシュワンが一緒にいる場では、アルトゥールの事を『ちい兄様』と呼ぶ。もちろん家族だけしかいない時に限るが。両親はあまり良くないと思いつつも、大変可愛い為許されている。
「ちい兄様が大変な努力をされてこられたのは承知しておりますが、実際、特性無しであんなに上手になれるのでしょうか?この目で見ているのにとても信じられません」
そう、今のアルトゥールは、各種武器の扱い、軍学・政治経済などの学問、楽器の演奏、絵画、語学、計算等、全てに特性があるのでは?と感じさせる程の万能さを見せていた。かつて、自ら定めた『何をやらせても不足ない程度にはできる』という目標を完全に超えているのだ。そこに『持たざる者』の面影は無い。
だが、本人としては、目の前の課題をこなしてきただけで、まだまだ納得していない。その為、なぜと問われても彼の中に答えは無く、どう返答したら良いのか分からない。腕を組んで考え込んでいると横合いから声が掛かった。母のナタリアだ。
「アルに特性が出なかったのは間違いありませんよ、マール。それはもう、何度も何度も確認しましたから」
ナタリアはお茶を一口飲みカップを戻すと続けた。
「これは私が勝手にそう考えているだけで、裏付けるものは何も無いのですが……きっとアルは、何においても特性が出る寸前ぐらいの適正を持っていたのではないかしら?」
妻(母)の突拍子も無い意見に、家族達は面食らった。
「……そんな話は聞いた事も無いが、もしそうであれば、ここまで多くの事を身に付けられた事にも納得できるな」
父王の言葉にクローディアが頷き、マールは尊敬に満ち溢れた、輝かんばかりの笑顔で兄を見つめた。
「『持たざる者』は、実は全てを持ち得る力を秘めていた、という訳でございますね……アル、不愉快に思ったらすまないが、一ついいかい?」
ナシュワンはアルトゥールをちらりと見る。意味ありげな視線ではあったが、義兄を促す様に頷いた。幼い頃から自分の事を導いてくれた一人であるこの義兄の事を、この上なく信頼している。なんと言ってもあの姉と結婚するぐらいなのだ。彼にとってはそれだけで尊敬に値する。
「皆さんもあくまでも一つの可能性としての話、と思ってください。義母上様の話に少し絡みますが、この結果から見ると、アルは特性が出なかった方が良かったのかもしれません」
予想以上に踏み込んだ意見に皆が目を見張る。アルトゥールは(あれだけ前置きをするだけの事はある)と、妙なところで感心した。
「……と、言いますと?」
「君にとっては、特性が出なかった事で多大な努力をする羽目になった訳だから、そう簡単には納得いかないかもしれない。だが、これだけ高いレベルであれこれこなす事ができる様になった以上は、特性に沿って力を伸ばしたよりも国王という仕事をしやすい、と思わないか?」
ナシュワンの言葉に皆が考える。
確かに、国王が一点突破的に一つの能力に秀でていたとしても、余程図抜けていない限り、同じ能力を持った臣下がいれば事足りる。国王には国王にしかできない仕事を行うべきだろう。
その点、今のアルトゥールの様に、浅く広く、様々な事に通じていた方が、貴族達や他国の使者、駐在大使らと社交を行うにあたっては都合がいい。これだけ様々な事に通じていれば、老若男女、どんな相手でも話題には事欠かない。
「そう言われると確かに義兄上の仰る通りですね」
「そうだろう?私のように武器を振るうしか能がないよりはるかに良い」
そう言って肩をすくめる。
「またその様な事を……1対1で義兄上と渡り合える者など、この国にはほとんどおりませんでしょうに」
そう、ナシュワンこと、ナシュワン・ウル・リンデンタールは、王国で片手に入るほどの騎士であり、アルトゥールの剣と槍の師匠だ。さらに、次のリンデンタール侯爵家の当主でもある。
「そんなアルが国王である限り、エストリアは安泰でございましょう」
「ぬ、ナシュワン、それは儂に早くアルトゥールに王位を譲れという事か?ふむ、少し考えるか」
「!? いえいえ陛下、滅相もございません!」
「父様!分かってて意地の悪い事を言うのはおやめくださいませ!」
すぐにクローディアが夫を庇う。もちろん本気で無い事は分かっているが、立場を考えない冗談はやめて欲しいとも思っている。
「はっは!すまんすまん。……だからなアルトゥールよ、何も心配するな。ナシュワンもおるし『四派閥』も皆お前の味方だ。そもそも、儂でも何とか務まっているのだからな!お主がお主である限り、周りは自然と助けてくれるであろうよ」
「……はい、ありがとうございます。ですが、これで満足せずに、変わらず努めて参ります」
アルトゥールは涙を零すのを辛うじて堪えると、顔を上げて礼を言った。
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3度国王の座に就き、その在位期間は驚異の63年。ダンジョンを新たに2箇所確保し、晩年には『転移の魔法陣』『転写の魔法陣』など複数の革新的魔法陣を導入、国内展開を果たした。これ以上無い程に国を発展させた希代の国王。
『持たざる者』として生まれた彼は全てを得て、遂にその御世を閉じようとしていた。
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