第283話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
まだまだ続いている祝賀会。アリステアと昔の仲間、ネイシアとカインドの誤解は無事に晴れました。『妻が死んで寂しいから王都に引っ越して来た』という2人に対し、アリステアは手伝いを申し出ました。
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夕方になると、さすがに『お誕生日席』を訪ねてくる人も減り落ち着いてきた。その頃合を見計らったかの様に(実際見計らっていたのだが)やってきたのは、『エストリア最後の、しかし最高の希望』と名高い、我らが王女、イングリット殿下である。
「どうも遅くなりました。あ、どうか皆さんそのままで。いかがですか?楽しめていらっしゃいますか?
「はい殿下。まずはお礼を言わせていただけますか?本日の開催は殿下のご尽力の賜物と伺いました。皆を代表して感謝致します。ありがとうございました」
礼をしたライアルに向けて、イングリットは首を左右に振る。
「とんでもありません。私など何もしておりませんよ?全てはあなたの家族の力です」
「殿下、どうぞこちらへ」
「ありがとうキース……では少しだけ」
キースに左手を預け席に向かう。その姿を見たお祝いに来ていた人々からは、感嘆と歓声、半々程の声が上がった。
キースと婚約した事は正式に発表されたが、この場にはいわゆる『身内』以外の者も多くいる。いくら婚約者とその家族とはいえ、屋敷の中の様な気安い愛称呼びいう訳にはいかない。外向きにはある程度の節度が必要だ。
イングリットとしては、本当はもっと早く来たかった。だが、祝賀会開始後暫くの間は、『お誕生日席』の周りは大変な混雑になる事が容易に想像できた。そこに自分まで加わってしまったら、大混乱であるし、もし王家に対して悪意がある者がその場に居合わせたら、最悪の事態も考えられる。その為、自重していたのである。
実際昼過ぎまでは、現役、引退済みの冒険者だけでなく、アリステア達にちょっとした縁のある年寄り達(王都にいた頃通っていた店の元店主等、そういう人々だ)、通りすがりの見知らぬ一般市民も来てごった返していた。
あくまでも今日の主役は義両親とその仲間達であり、根本にあるのはキースの『両親とデヘントさん達の事を少しでも多くの人達に祝ってもらいたい』という考えだ。イングリットが目立つ必要は無い。
夕方になり、訪ねる人もかなり少なくなってきた事から、キースや義両親とゆっくり話をしたいところだが、イングリットも、自分がこの場にいるだけで多くの人に気を遣わせてしまう事も理解している。その為、長居するつもりは無い。
しかし、顔を出さないというのもそれはそれで有り得ない。国王が講話の中で『今日は祝賀会』と宣言し『飲食物は全て無料』と定めた以上、世間は『主催冒険者ギルド、協賛王家』と理解しただろうし、自分の将来の夫とその家族が祝われているのに、姿を見せないのは明らかに不自然だ。集まっている人々に、キースとイングリットが一緒にいる姿を見せ、その仲睦まじい様子を広めてもらう狙いもある。
キースはイングリットと席に着くと、<静音>の魔法を発動させる。すっかりお馴染みになった、小皿を一時的な魔導具として使用するアレだ。
「早速なんだけどイーリー、飲食物無料っていつ決めたの?」
「一昨日の夕方ですね。補佐官達と『祝賀会を盛り上げる為に、王家として何かできる事はあるか?』というお題で話をしたのですが、その時に」
王女としての執務はまだ休み中であるが、復帰後すぐに仕事に取り掛れる様に、自分が休んだ日々の処理状況だけは確認し始めたのだ。
「なるほど。発案者は……ヨークさんとか?」
「えっ!?凄い!正解です!」
キースがいきなり言い当てた事でイングリットの目が丸くなる。
「やっぱり……イエムさんとハンナさんよりはヨークさんっぽい意見の様な気がしたんだよね。思い切りが良いというか」
「……キースさんはあの3人についてどういう印象をお持ちですか?」
「そうだね……まず感じるのは、3人ともイーリーの事が大好きで本当に大事に思っている、という事かな」
キースの言葉に、イングリットは少し照れくさそうにテーブルに視線を移した。
「イエムさんは補佐官の中では最年長であり、責任者という立場も合わせると、やはり『祖父』という印象かな。ハンナさんは、性別と40手前という年齢、真面目な感じを受けているので、やはり『お母さん』かな?じゃあ、ヨークさんは『父親』かというと、それにはちょっと違和感があるね」
「というと……?」
「30そこそこで16歳の父親というのは、貴族的にはアリなのかもしれないけど、一般市民の僕にはピンとこないんだ。『歳の離れた一番上の兄』がしっくりくるかな?」
キースは温かいお茶の入ったカップに手を伸ばす。一口含むと、香ばしい燻製香に近い香りが広がりどっしりとした旨味を感じるお茶だった。晩秋の夕方にはよく合う。
「後ね、発言内容が独特というか。あ、悪い意味では無いよ?思い切った意見や、他の2人と敢えて少しズレた意見を出すよね?おそらく、そうする事で違う見方を示しているのだと思うのだけど」
「なるほど……言われてみれば確かにその通りです。私、仕事にばかり気が向いていたせいか、そんな事考えた事無かった。そうか、初めからそういう人選だったんだ……」
キースの説明に何度も頷く。
「今からではちょっと難しいかもしれないけど、少し甘えた様な事を言ってみても良いと思うよ?表に出すかは分からないけど、3人とも喜ぶと思う」
「分かりました。ちょっと意識してみます。あ、話が少し逸れちゃいましたね。続けます」
イングリットはその時の事を説明し始めた。
□ □ □
イエムやハンナには「そういう事はもう少し早く言いませんと。思い付きで言ってはいけません」と苦言をもらったが、ヨークだけは「ふむ……」と一言漏らし、腕を組んで視線を宙に彷徨わせる。
それは、彼が何かを思いつき考えをまとめている時に出る仕草だった。長年の付き合いである3人は当然それに気が付いた為、彼が喋り出すのを待った。
そんな中飛び出した『飲食店の販売物を無料にする』という提案は、まさに度肝を抜いた。
「飲み食いがタダになるという話を聞きつければ、お祭りに行くつもりが無かった人も、まず間違いなく出てくるでしょう。人出が増えて盛り上がる事請け合いです」
「これは……違う言い方をすると、飲食物を全て国が買い取り、それを店で配ってもらうという事かしら?」
「お、さすがハンナさん。分かりやすい説明ありがとうございます」
「各店に売上金として渡す金は……ああ、そうか、出店する店舗が、何を、幾らで、いくつ売るのかは出店の申請書に書かせているから把握できているのか。それを計算して、売上予定だった金額を整えれば良いと。だが、飲食店だけで500店舗近くある筈だぞ?祝賀会までに用意できるか?」
イエムが眉間に皺を寄せる。
「……祝賀会自体は祭りと同じく9の鐘までです。さすがに『その日のうちに寄こせ』という店はないでしょう。そうすれば、当日までに慌てて用意する必要もありません」
「はい殿下、その通りです。それに、祝賀会以降にも好影響が出ると考えます。というのもですね……」
ヨークは「これは以前殿下から教えていただいた話ですが」と前置きして説明を始める。
「王都には多くの飲食店がございますが、馬車や馬などの移動手段を持たない一般市民は、自分の家から徒歩で行ける範囲の店にしか行かないとの事。ですので、今回無料にする事で、自分の知らない様々な店のメニューを味わってもらう。気に入れば、家から少々離れていても行く様になるのではないでしょうか?」
「ふむ、足を踏み入れた事の無い区画に行く事で、目当ての飲食店以外の店にも立ち寄るやもしれんな」
「確かにそうね。王都の中でもっと人とお金が動けば、飲食店以外にも、全体の活性化に繋がるもの」
「……お金の準備も、引き渡しを翌週以降に設定すれば大丈夫でしょう。よし、では早速陛下や国務長官、財務大臣と相談してみます。結果はまた伝えますね。ありがとうヨーク」
「いえいえとんでもありません。上手く行く事を祈っております」
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「結果、皆さんから了承いただきまして、無事飲食物は無料となりました。財務大臣の頬っぺたは少々引きつっていた気もしましたけど、無理とは言われませんでしたので、問題無いかと」
イングリットは澄まし顔だが、キースは内心首を捻っていた。
(……王女が提案し、国王、国務長官も『財務大臣が良いと言うのであれば』と積極的に反対しない案件なんて、財務大臣としては『できません』とは言えないでしょ。結構無茶な事言うな……)
キースは何でもかんでも二つ返事で受けるのでは無く、返事をする前によく考える事を心に誓った。
(それに、財務大臣が渋っていたのはお金の問題じゃないよね。いくら王都の飲食店が多くても、あくまでも飲食店の売上金だもの、エストリアにとっては物の数では無いはず。嫌だったのはその作業自体なんじゃないかな)
そう、通常業務を行いながら、店舗毎の売上見込みを計算し、それを間違いなく現金で揃え、袋に詰めて渡せる状態にしなければならない。財務大臣にしてみれば正直『やってられん。勘弁してくれ』と言いたいところだ。だが、断らなかった以上は、各部署から少しづつ人員を集め、何とかするしかない。
(上に立って責任を負うのも大変だけど、じゃあ下なら楽かといえばそん無いよな。大きな組織になればなるほど難しい。よく覚えておこう)
キースはこれからの王配人生に役立てようと、頭に刻んだ。
□ □ □
「今日のお祝いにはたくさんの方が来られたと思いますけど、普段会えない方などはいらっしゃいましたか?」
「やはり、おばあ様の昔のお仲間ですね。本当に驚きました」
「……それは、冒険者になってすぐパーティを組んだという方達、ですか!?」
目を見開いたイングリットに、キースが先程の状況を説明する。
「そうでしたか……でも、誤解が解けて何よりでした。お年を召されると、いつ会えなくなるとも知れませんもの」
「そうだね。しかも、遠くに住んでいた訳だから余計に。普段から、気持ちや考えはその都度相手に伝えていかないとって思ったよ」
「ええ、本当に」
「では、早速だけどイーリー、今日は僕の思いつきを実現してくれて本当にありがとう。この先また似た様な事があるかもしれませんが、これに懲りずによろしくお願いします」
「いえいえとんでもない。私の方こそ、仲間に入れてもらえて嬉しかったですし、良い経験になりました。それに……夫婦はお互いを助け合い、相手の望みを叶えるべく努めるものですから」
一気に言うと恥ずかしそうに頬を染め、視線をテーブルに視線を落とす。
「うん、うん、そうだね。ありがとう」
キースはそう言いながら手を伸ばすと、テーブルの上に置かれたイングリットの手を取り、両手で包み込む様に握った。
「……キースさん、さすがに皆さんが見ている前では……ちょっと恥ずかしいです」
イングリットの頬の赤みがより深くなる。声も辛うじて聞き取れる程度の、消え入りそうな声だ。周囲にいる仲間達以外の人々は、さすがに驚いた表情を見せた。
「余りにも可愛い事を言うので思わず……失礼しました」
「うふふ、でも嬉しかったです。では、今日はこれでお暇しますね。また今度ゆっくりお邪魔させてください」
「うん、いつでもどうぞ。お待ちしております」
席を立ち、イングリットの座る椅子のすぐ横の地面に『転移の魔法陣』を広げる。イングリットの私室に繋がっているものだ。
「それでは皆さん、お邪魔しました。祝賀会が終わるまではもう少し時間があります。どうか、最後のその瞬間まで、彼らの事を称えてあげてくださいませ」
イングリットの声はそれ程大きくは無かったし、言葉も簡単で短いものだったが、その堂々たる態度と凛と一本筋の通った声は、席の周辺にいる人々の心に響いた。
先程キースの前で見せていた、年頃の少女らしい仕草と王女感溢れた挨拶。そのギャップに、居合わせた人々の心は大いに震え鷲掴みにされた。
そんな事などつゆ程も知らないイングリットは、マルシェとレーニアを伴い、『転移の魔法陣』の起動光の向こうに姿を消した。
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