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第282話

【更新について】


週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。


よろしくお願いします(o_ _)oペコリ


【前回まで】




まだまだ続く祝賀会。デズモンドとハインラインが、当時の状況について説明しました。アリステアが昔の仲間に怒っていたのは『自分に何も言わずに行ってしまった』と思っていた為でしたが、どうやらそれは誤解だった様です。ハインラインが3人に座るテーブルに向かいました。


□ □ □


「じゃあなに?マスターがあれこれ忙しくて私に伝え忘れたって事?」


「ああ、正直、今だにはっきりとは思い出せねぇんだが、頼まれた気がする」


「……言わせていただくと、私らが伝言をお願いしたのはマスターです」


「やはりか……今更ではあるが、3人ともすまなかった」


「……」


アリステアは口をへの字に曲げながら、ジト目でハインラインを見つめる。


「ユーリカの横領の件は私も憶えてるよ。あの物静かで大人しいユーリカが、カッコイイお兄ちゃんが隣に座ってくれる飲み屋で、じゃぶじゃぶお金使ってたって聞いた時は驚いたもの。……もう良いよ、マスター」


大きく溜息を吐いて眉を下げつつ笑う。


「そんな大事件があったのだから、忘れたってしょうがないよ。これでいつまでも怒っていたら、私が子供みたいだもの」


「おう、ありがとよ」


「2人もちゃんと話も聞かずに怒鳴りつけてごめん。でもね、『忘れちまったんじゃねぇか』なんて言うからだよ?私が2人の事忘れる訳無いでしょ!?」


「おいアーティ、また怒り出す気かお前は。飲み物でも飲んで深呼吸しろ」


再び盛り上がりかけたところを、ハインラインに着いてきたデズモンドが宥める。キャロルがアリステアにグラスを渡すと、一口、二口と続けて飲んだ。グラスの中身は、キースと同じ無味無臭の酒と果汁を混ぜたものだ。


「ふぅ……うん、もう大丈夫。でもさ、無事引退して指導官になってたんだ。2人とも偉いねぇ。お疲れ様でした」


「ああ、ありがとう。お前さんとはだいぶ差がついているが」


「だなぁ。ダンジョンまで確保するなんてよぉ。尋常じゃねぇぜ」


ネイシアが肩をすくめ、カインドがはっはっはっと高笑いする。


「ダンジョンはねぇ……あれはほんとたまたまだから。おまけみたいなものだよ。新人の支援は、あれはさ」


アリステアは一度言葉を切ると視線をテーブルに落とす。飲み物の入ったグラスに付いた水滴が、縁から滑り落ちた。


「発想の根っこに自分の経験があったのは間違いないとは思う。自分より若い子が怪我するのが嫌、というのも勿論あったけど」


ギルド(国)で、一定以上の品質の装備を用意し、メンテナンス費用を持つ、薬や食料などの消耗品の支給、無料の宿泊施設の提供、先輩冒険者が同行し、現地で指導を受けられる仕組み、全て自分達が欲しかった事だ。


「それにみんなが手伝ってくれたから。私は口を動かしただけで何もしてないもの」


「何言ってんだ。こういうのはまず最初に口に出した事が凄ぇんだよ」


「そうだぞ。どれも、誰もが『なんとかならんものか』と思いつつも、長年そのままになっていた事だからな」


「ウェリントンでも皆言ってたぜ?『さすが金級。俺達とは発想と器のデカさが違う』ってよ。全く大したもんだぜ」


確かに、アリステアの提案を全て実行すれば、冒険者を取り巻くあれこれは解決し、労働環境は良くなる。だが、その分労力と金を大量に使うし、当然反発もある。わざわざ背負い込もうという者などいない。


かつての仲間に口々に褒められたアリステアが、少し照れくさそうな笑顔を見せる。


(なんか一瞬、若い頃のおばあ様の笑顔が見えた様な気がしたけど……話している相手が昔のお仲間だからかな?)


様子を窺っていたキースは不思議な感覚を覚えた。


キースやライアル、デヘントなどは、先程までは間隔を取って座っていたが、いつの間にか、アリステア達のテーブルの両脇に座り、一緒に話を聞いている。近寄っても大丈夫そうとみて寄ってきたのだ。猛獣の扱いに近い。


「それにしてもアーティ、お前さんは歳を取っても若い頃と変わらんな」


「ああ、それは俺も感じてた。話してるとちょいちょい若い頃の顔がチラつく、みてぇな。喋り方とか言葉遣いのせいか?」


「うーん、まあ思い当たる理由が無い事も無いけど……人間の中身の成長と変化は別って事だと思うよ」


皆が眉間に皺を寄せる中、隣で静かに話を聞いていたキャロルが口を開いた。


「年月を重ねれば生物として成長はするけど、もっと奥底の、その人を作り上げている根本の部分は歳を取っても変わらない、という事ですか?」


「さすがキャロル。その通り」


人間はある程度の年齢まで身体は大きくなり、そのまま生きてさえいれば、知識や経験を重ねる事で行動はより洗練されてゆく。これが『生物として成長する』という事だ。だが、その人の本質、心根は、余程大きな衝撃を受けない限り、ほとんどの人は死ぬまで変わらないし、変わってもごく僅かである。


「極端な事を言うと、悪党はどこまでいっても悪党である、という事ですね」


デヘントがぼそりと言う。先程に引き続き、今日の彼はこういう役回りの様だ。


「そうそう。他にはさ、他人に面と向かって悪口を言う、暴力を振るう、何でもいいんだけど、その人が嫌だと言っている事を敢えてする、この辺りを普通にやる人間は一生そのままだよ。せいぜい、外からは見えない様に隠すのが上手になるか、隠そうと考える様になるか、それだけ」


「言われてみりゃ確かになぁ……30、40、50と区切りのいい歳になるといつも感じていたものな。『俺こんなガキみてぇなのに50歳ってマジかよ……』って」


カインドが腕を組んで溜息を吐く。


これには、話が聞こえる範囲にいる全ての人が頷いた。皆、それぞれ心当たりがあるのだろう。


「銅級や指導官になった時もそう思ったな。結婚した時や娘が生まれた時にも考えた。『もっと大人にならなければ』と。今だにできていないがな」


やれやれとばかりに首を振る。


「大丈夫だよネイシア、みんなそうだから。さっきも言ったけど、人間は確かに成長はするよ。でも、それは身体や知識の事で、ほとんどの人間の根っこはそのまんまなんだよ。取り繕う事を覚えて、それをどこまで実践するかの違い。それを気心の知れた人に対しても徹底する人もいるだろうし、気安く接する人もいる。そういう事。ところでさ……」


アリステアが交互に2人の顔を見る。


「2人は今回はどういう用事で王都に来たの?まさかお祝いだけしにきた訳じゃ無いよね?旅行とか?」


(そういえばさっき『指導官だった、の方がいいか』って言ってたな。という事は……)


「ああ、そういえばまだ言ってなかったな。俺達王都に引っ越そうと思ってな」


予想外の返答にアリステアが目を瞬かせた。


王都を出て約50年、当時の知り合いは生きている人間の方が少なく、冒険者ギルドからは指導官を任される程と、ウェリントンに生活基盤はできあがっている。なぜ今更引っ越しなのか。皆が首を捻る。


「まさか、また嫌がらせでもされてるの?」


「いやいや、そうじゃねぇよ。……正直、ジジイが何言ってやがると思われそうなんだが……」


2人が顔を見合せ笑顔を見せるが、どこか恥ずかしそうな空気も感じる。皆続く言葉を待った。


「俺たちの妻は、行きつけの店で働いていた双子の姉妹でな。それぞれと結婚したんだ」


「だが、去年相次いで死んじまった。まあ、歳も歳だからそこは仕方が無ぇんだが……どうにもよ、寂しいんだよな」


「家の中は勿論なのだが、街に出てもな。どうしても色々思い出してしまう。毎週の様に通っていたレストラン、初めてのプレゼントを買った装飾品屋、店はそのままだがあいつはいない」


「お互いにこんな感じでな。もうどうにも頭がおかしくなりそうだった。だからよ、こりゃもうウェリントンを出るしかねぇと思ってな」


「元々、俺達はウェリントンには仕事の都合で移動しただけだ。どちらも、唯一の身内である子供達はウェリントンには住んでいない。だからなんのしがらみも無い」


「仕事を辞める事になるが、自分で言うのもなんだが、技術はあるからな。王都なら何かしら見つかるんじゃねぇか?と考えてる。無きゃ無いでも、普通に暮らしていくぐらいなら蓄えは十分にある」


「もちろん、ウェリントンには長いこと住んできたからな、多少の愛着はある。だが、それだけにあいつがいないあの街がしんどい。正直、自分がこんな状態になるとは思わなかった。笑ってくれていいぞ」


ネイシアがテーブルに視線を落とし、自嘲気味に笑った。


「なんで笑うの。私なんてもっとどうしようも無かったよ」


夫であるアーサーが亡くなった時、それを受け入れられないアリステアは酷い放心状態に陥った。最終的には、王都の屋敷を引き払ってカルージュの村に引っ越したが、これは自主的に引っ越した訳では無い。


アリステアが全く立ち直る気配を見せなかった為、息子夫婦とキャロルとヒギンズを中心に、周囲の人々が全てを手配し移住させたのだ。


アリステアが、アーサーを思い出す要素を少しでも減らす為に。


「そういう気持ちは時間が経つ事でしか晴れていかないんだよね。私も今はもう大丈夫だけど、王都に行こうって気になるまで5年ぐらいかかったもの」


自分の身体を抱きしめる様に、右手で左の二の腕を掴む。あの日々を思い出すと今でも震えそうになる程だ。


「仕事はギルドで相談しましょう。特に魔術師であるネイシアさんにはうってつけの仕事があります。この場では詳しい事は言えないのですが、興味あればご説明します」


「ほう。それは何ともありがたいな。助かる」


『呪文』については、不特定多数がいる場では口にできない。


「明日以降の予定ってどうなってるの?そもそも、今日の宿はもう取った?」


「宿はここに来る途中で取った。広場を南に出てすぐの辺りだ」


「予定は……、住処を決める、移住の手続き、職探し、だな。仕事については、教えてもらったからな、まずはギルドに行ってみよう」


ネイシアが指を折りながら挙げてゆく。


「よし、じゃあさ、あたしも一緒に行こうか?移動するのにも馬車ないと大変だし。借りればお金も掛かるしさ」


ネイシアとカインドは顔を見合せる。役所で転入の手続き、不動産を扱う商会との賃貸契約、職探し、どちらも王都に縁の薄い年寄り2人より、アリステア達が同行している方が話がすんなり進むのは間違いない。


「……正直助かる。ありがとう」


「それとさ、用事が終わったら、そのまま王都に借りてる屋敷に来て欲しいんだよね。色々説明しなきゃいけない事があるから」


「ほう……?了解した」


王都に住むとなれば、当然日常的に顔を合わせる事になる。予め『依代の魔導具』の事を説明しておいた方が話が早い。


「とりあえず、こんなところか……俺達が独り占めしているせいでだいぶ人が増えてきちまったな。そろそろお暇するか」


カインドの言葉に皆が辺りを見回す。お祝いを言いに来たと思われる人々が、チラチラと様子を窺いながら、お誕生日席の周囲に集まってきている。


「あ~、確かにそうだね。じゃあ明日の朝、9の鐘に広場の南側の出入口の前で待ってて。迎えに行くから」


「分かった。よろしく頼む。……俺達はもう少し店を覗いていくか」


「せっかくだからさ、美味しいものいっぱい食べてよ。タダだしね」


「そうだな。宿に行くにはまだちっとばかし早ぇえもんな」


2人は席を立ち荷物を背負うと、片手を上げて挨拶をしながら、雑踏の中に分け入った。

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お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)

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