第277話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
アルトゥール王の講話を聴いた人々、商会オーナーのエレインとオーエン、リリアとそれを心配するお姉さん2人の反応を見てきました。
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※276話の少し前の話です。
「フィーナ、あんたいつまで泣いてるんだい……アーティだって困ってるだろう。いい加減におし!」
「ぞんな事言っだっで~、勝手に涙が出てぐるんだもん。お姉ちゃんはいづもいづもあだしだぢの事……うわぁああん」
「いいよいいよイネちゃん。そうある事じゃないし。フィーナ、よく頑張ってきたね。偉い偉い」
アリステアは頭や背中を撫で回す。自分より身長も横幅も大きい為、腕が回りきらずちょっと苦労している。
「ああぁぁあああん、も~」
フィーナは40半ばだが、泣きじゃくるその様子は、訓練校に通い出す前の子供の様だ。まるで治まる気配がない。アリステアの事を『お姉ちゃん』と呼ぶのも、子供の頃からの習わしだ。決して『おばちゃん』では無い。
地上げに絡む嫌がらせ行為を受けていた間、厳密には最初に買収の話を持ちかけられて以降、フィーナは全く弱音を吐かなかった。
その姿は、傍目には『両親の作った店と味を守り続ける』という気概に満ちており、終始強気な発言を繰り返してきた。だが、大抵の場合、強い言葉は弱い心を覆い隠す為のものであり、本当のところ、内心は不安でいっぱいだった。
話を持ちかけてきたダルクは、『詐欺師の様な男』、『近付かない方が良い』とまで言われ、強引な買収と引き込みを繰り返し飲食店組合を拡大させてきた。何をしてくるか分かったものでは無い。
実際に、店は営業妨害を受け、娘は誘拐される寸前までいった。彼女達はただの料理人とウェイトレスだ。悪意を持って接してくる輩の相手なんてとてもしきれない。冒険者を雇って用心棒にでもするしかないか?とまで考えてい程だ。
だが、そこに現れ、あっという間に店と娘を助けてくれた少年とその仲間達。それは、開店当初から店と自分達親子を、あらゆる面で応援してくれた大事な恩人の孫だった。
直接会ってお礼を言えた事で、これまでの溜まりに溜まった色々が、感情と共に溢れ返った。とても我慢できる様なものでは無かった。
(まあ、気持ちは解るけど、さすがに泣き過ぎるのも身体に悪いわ)
キャロルがフィーナの背中越しにアリステアと視線を交わす。アリステアはキャロルの意図を察し小さく頷いた。
キャロルはフィーナの後ろから近づき、背中に手を当て何やら一言二言呟いた。次の瞬間、フィーナの身体は薄黄色の神気に包まれる。精神状態を落ち着かせる<鎮静>の神聖魔法だ。泣き声は徐々に小さくなっていき、鼻をすする程度になると、深呼吸を二度三度してフィーナはアリステアから離れた。
「……キャロルさんありがとう。ごめんねお姉ちゃん」
「うふふ、何言ってるの。こんなのなんでもないわよ。ほら、お店の準備は良いの?そろそろ人も動き出すんじゃない?」
「うん、行ってきます!今日はお姉ちゃんの好きなエビと野菜の入った焼きそばと辛くて酸っぱいスープを出すけど、他に食べたいものがあれば言ってね!アドルに作ってもらうから」
「ええ、分かったわ。楽しみにしてる」
「必ず来てよ!待ってるからね!」
「はいはい、来るなと言われても行きますよ」
手を大きく振ると、身体を揺らしながらブースの方へと駆けてゆく。その弾む様な後ろ姿をイネスとキャロルの3人で見送ると、イネスが溜息を吐く。
「全く、自分の事何歳だと思っているんだい、あの子は……あれじゃ丸っきり子供じゃないか」
「ふふ、良いじゃないの、私達の前でぐらい。実際子供なんだから。それにイネちゃんだって人の事言えなかったでしょ?泣き方も同じだし。まさに母娘」
「それを言われると返す言葉も無いねぇ」
店のゴタゴタが片付き、リリアの魔術学院入学が決まった後の、『北国境のダンジョン』へと出発する、まさにその時。アーティの中身がアリステアだと察したイネスは、先程のフィーナの様に泣きながらアリステアに感謝を伝えた。
「……そうだ、イネちゃん。ごめんね、リリアの事」
「何を謝ることがあるんだい!男と女の間柄というのはそういうもんさ。そもそも、キースを落とし切れなかったリリアが悪い。実際にイングリット殿下は成し遂げたじゃないか。2人の間には縁が無かった、という事だよ」
(正直、リリアはかなり分が悪かったわよね……)
2人の会話を聞きながら、キャロルはリリアとイングリットの状況を振り返る。
イングリットは、リリアより後に知り合った分不利だったが、初手の『結婚の申し込み』という予想外の奇襲で全てをひっくり返し、結果的に主導権を握った。それ以降も、ダンジョン、魔法陣関係、『呪文』、ダンジョンの視察等、様々な案件で途切れなく一緒の時間を過ごした。それこそ、キースが自覚の無いまま、イングリットへの想いを膨らませる程に。
対して、リリアは確かに先手は取れたが、キースは出会って数日で旅立ってしまい、王都にはほとんどいなかった。自身も魔術学院に入った事で日中は講義に縛られた。たまにキースが王都にいて店に食事に来ても、自分が店にいなければ会う事もない為、関係を進める機会すら得られなかった。これではリリアに勝ち目は無い。
「今はまだ胸の奥の方でモヤモヤしているだろうけど、まだ18だからね。いくらでも出会いはあるだろうし、こういうのは時間が解決してくれる。問題無いよ」
「なら良いのだけど……」
「まあ、逃した魚は確かに大きかった。それは間違いない。でもねアーティ」
イネスは一度言葉を切るとアリステアをじっと見つめる。
「大きい魚を養うには、それに見合った広い池や、とんでもなく大きな水槽が必要だし、人手やお金、知識も必要だろう。殿下なら、というか、それを全部整えられるのは殿下だけなんじゃないかね?」
「……そうだね」
「だからね、結局収まるところに収まったんだよ。私ゃそう思う」
確かに、アリステアは以前アルトゥールに言った様に、キースは縛りつけずに自由にやらせるのが一番力を発揮できると考えている。そんなキースの手綱を握り、向かう先を定めて真っ直ぐ走らせる事ができるのは、この国にはイングリットしかいないだろう。
「……それにしても、イングリット殿下は思い切りが良いね。お祭りを一日延長したり、飲食店全部タダにしたり」
「いきなり結婚を申し込んだり、ね。ほんとびっくりしたよ。……キースと組む事でどんな国になるのだろう。想像がつかないな」
「そうだねぇ。さっきのお話に出てきた魔法陣に加えて新しいダンジョンまである。あの2人なら、間違いないとは思うけど。あ、そうだアーティ」
「ん、なあに?」
「あんたはいつまで続けるんだい?その、中に入っての活動、ってやつだよ」
アリステアはイネスの物言いに魔導具の秘密に気を遣っているのを感じて、笑みをこぼす。
「うーん、正直、楽しくて仕方がないんだよね。だから、自分から辞めるつもりは無いかな。キースから直接言われるか、そういう雰囲気になれば、というところだね」
「そうかい……まあ、王配になっても冒険者としては活動するのだものね」
「うん、それに、もし代わりが見つかっても、殿下が交代を許可しない事も考えられるよ?殿下としては、キースを守り切れて、尚且つきちんと操縦できる人でないと任せる気にはならないだろうし」
「……それを両立できるのはアーティ達か、息子さん達ぐらいだろうねぇ。こりゃしばらくはのんびりできそうにないね」
「さっきも言ったけど、好きでやってるから。クビになったらまたレースでも編むよ」
「ふふ、分かったよ。よし!じゃあ私も行ってくるよ!なんてったってタダだからね!お客さんは多いだろうし。リリアとフィーナに任せっきりじゃ怒られちまう」
2人は『イクシアガーデン』の店と並んで出店している、『コーンズフレーバー』のブースに目をやる。遠目にも、先程より人集りが大きくなったのが分かる程だ。
「そうだね。じゃあ、後で行くから」
「ああ、待ってるよ」
イネスはアリステアの背中をぽんぽんと軽く叩くと、店のブースを目指して歩き出した。
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