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第270話

【更新について】


週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。


よろしくお願いします(o_ _)oペコリ


【前回まで】


国務省内にある、魔法陣を作成する『製図局』にお邪魔していたキースとイングリット。キースの『転写の魔法陣』『反発の魔法陣』も転写できる『特別な転写の魔法陣』を提供しました。これにより、エストリアの魔法陣生産量は爆上がりです。


□ □ □


「お帰りなさい2人とも」

「お帰り。お邪魔してるぞ」

「やほ」


「お、いらっしゃいませ」

「こんにちはお父様お母様、シリルお姉様」


屋敷に戻りリビングに入ったキース達を出迎えたのは、両親とエルフのシリルだった。ソファーに座りフランが淹れたお茶を飲んでいる。


自分達の分も淹れてもらい、ローテーブルの上の焼き菓子を摘む。今日のお菓子はジンジャークッキーだ。程よく効いた生姜の香りが後を引く。


「ところで、明後日の祝賀会なんだが、会場は王都内なんだよな?」


先程の製図局の話を一頻り(ひとしきり)した後ライアルが切り出した。


「…はい、そう聞いています」


「会場はどこか知っているか?」


「場所については、ディックさん曰く『びっくりさせたいから内緒だ』という事です」


「ふうむ……そうか、キース達も聞いてないか……」


既に知っている事を言っていないだけであり、『知らない』とは言っていない。ディックが『秘密』と言ったのも間違いないので嘘もついていない。


「『時間に合わせて迎えを行かせるから楽しみに待っていてくれ』との事でした」


「まあ、どこか変な所に連れて行かれる訳ではないだろうからな。秘密という話を祝われる側が探るのも野暮な話だ。大人しく待つとするか」


「ただね、ほら、今年は収穫祭が1日延長されて、祝賀会と最終日が被ったでしょう?手配したお店はその辺大丈夫だったのかしらと思って」


「お母様のご心配はごもっともです。ですが、お祭りの方は、各お店に都合が悪ければ出店は無理せずに、という告知を出してありますので」


「あら!さすがはイーリー、抜かりないわね!」


「いえ、そんな大した事は……ありがとうございます」


マクリーンに褒められ嬉し恥ずかしといった感じで頬を染める。


「お祭りは何で急に一日延長したの?」


お茶のカップをテーブルに置きながらシリルが尋ねる。


「今年は農作物以外にも大きな収穫がございましたので、通常の日程では足りないと考えました。もう少し早く気付くべきだったのですが……」


言うまでも無く『北西国境のダンジョン』の事である。だが、この場にいる全員共通で思い浮かべたのはそれだけでは無かった。


(ダンジョンとキースか)

(ダンジョンもだけどキースちゃんもね)

(……キースは収穫物)

(僕込みかな?)

(皆さん察しがついていますね。流石)


「ま、まぁ、ダンジョンなんて次いつ見つかるかなんて分からんからな。お祝いしてもおかしくない」


ライアルの言葉に皆が頷く。前回アリステア達が確保した『北国境のダンジョン』が約50年前、もう一つ前だとおよそ150年前になる。


発生場所と合わせて何かの法則があるのかもしれないが、一々間隔が長い為、ほとんど人の人生からはみ出ているし、エストリア国外で発生していたら詳細は分からない。調べ上げたとしても、どう役に立てたら良いのか分からない知識と言えるだろう。


「イーリー、この後は何か予定ある?お昼がてら皆でお祭りに行こうと思うのだけど」


「今日と明日は『持ち寄り市』もあるしな」


「はい、ぜひ!では、支度を整えて参ります。すぐに戻りますので、少々お待ちください」


そう言って振り返ると、マルシェとレーニアは既に動き出していた。先日から、2階の空き部屋のうちの一つを一時的なイングリットの部屋としており、街中を歩く時に使う衣装や小物類を持ち込んである。そこで準備をするのだ。


私用で街中に出る時は、イングリットであると認識されてしまうのはできるだけ避けたい。一般市民にも人気なイングリットが現れたら騒ぎになってしまうし、安全上の問題もある。


服は既に『ちょっと良い家のお嬢様』風に仕上がっている為そのままだが、大きく印象を変えるのに一番簡単で効果があるのは、やはり髪色と髪型を変える事だ。


洋服とのバランスを考えつつ、何種類か用意してある中から手に取ったウィッグは、金髪のロングヘアーだ。それを更にツインテールに結び髪飾りを付け、鏡を見ながら3人で細かい調整する。


「うん、良いのではないでしょうか。いかがでしょう?」


「はい。一目で殿下であると見破られる事はまず無いかと」


マルシェの言葉にレーニアも笑顔で頷く。側仕え達は自信アリ、といったところだ。


部屋を出ると、階段の脇でキースが待っていた。


「お待たせしました。どうですか?似合いますか?」


キースの前でくるりと一周してみせる。スカートの裾と結んだ金髪ツインテールがふわりと浮き上がる。


「うん、これはこれでよく似合っているし可愛いね!これでイーリーと分かる人はいないんじゃないかな?」


姿を見ながら何度も頷く。


「あ、ありがとうございます……」


頬を染めて少し俯く。


(自分でお尋ねになったのに、あっさりと『可愛い』と返されて照れていらっしゃる!)


マルシェとレーニアはそんな姿を澄まし顔で見ながら、心の中で悶えている。


「ふふ、皆もう玄関に向かったよ。僕達も行こう」


「はい」


キースの差し出した右手に左手を乗せると、どちらからともなくギュッと握り合う。足元に気を付けつつ2人は階段を降りていった。


□ □ □


翌日は、昼まで魔法陣の改良、その後やはり昼食がてらお祭りへ向かう。


昨日に引き続き、主な目当てはやはり『持ち寄り市』だ。誰でも参加できる為、お店では買えない一点物や、その家伝来の秘蔵品など、流通しない品物が売りに出ている可能性もある。セクレタリアス王国期のあれこれを探しているキースとしては、見逃す事はできない。


ニバリが講師を務める、魔術学院での第2回目の講義が4の鐘からの為、時間の許す限り見て回る。だが、資料や魔導具など、キースの欲しい物は売っていなかった。希少価値が高い素材を少々買ったぐらいだ。


「まあ、そんなうまくはいかないよねぇ」

「気長に探すしかありませんね……」


そんな話をしつつ、両親やアリステア達と別れ魔術学院に入る。待合室でニバリと合流すると、理事長のマリアンヌも迎えに降りてきて挨拶を交わす。


「殿下、お休みはいかがですか?ごゆっくりできていらっしゃいますか?」


「はい、この上なく。毎日今までに無い刺激を受けております」


(それはゆっくりできているというのかしら?ご自身が満喫しているならそれで良いですけど……)


部屋でゴロゴロする、外に出て何がしかの活動をする、何が一番リラックスできるかは人それぞれだ。本人が満足しているのならそれが一番なのである。


ニバリの講義が始まり、話の途中で学生達の『呪文』の暗記状況を確認すると、貴族、一般市民合わせて100人弱のうち、80人ほどがほぼ暗唱できる程に到達していた。


(近衛騎士団は仕事をしながらだから一概には言えないけど、やっぱり暗記は若さだよね。来週は多目的広場で発動の練習をしても良いかな?)


キースは、ニバリの講義内容を書き付けていたメモに付け加えた。


講義を終えると皆で連れ立ってマリアンヌの執務室に戻る。


「殿下、明日陛下はどんなお話をされるのかご存知ですか?」


お茶とお菓子の用意が進む中、マリアンヌがイングリットに尋ねた。


毎年、秋の収穫祭の最終日、10の鐘に合わせて、アルトゥールからその年の総括と来年に向けての講話がある。


中央広場の収穫祭本部に設置された『受像の魔導具』でその話す姿を大きく映し出し、講話は、要所要所に設置された『拡声の魔導具』で王都全体に流されるのだ。


「はい、新部署設立の件、収穫祭を一日追加した事の説明、私の婚約が決まった事、の予定です」


「それはまた……」


どれも今後の国の行く末に関わる事ばかりである為、マリアンヌは言葉が続かなかった。いずれも、これまで非公開にしていた事や、ざっくりとした事だけ発表され詳細を説明していなかった事だ。


(『転移局』についてお話するという事は、『転移の魔法陣』の存在を明かすという事よね。当然、駐留している周辺国の大使や諜報員から、本国にも伝わるでしょう)


エストリア軍の精強さは知れ渡っている。その軍隊を距離を問わず一瞬で移動させる『転移の魔法陣』の存在は、他国にしてみれば脅威でしかない。警戒レベルはこれ迄とは比べ物にならない程になるだろう。


婚約と一日追加の件は、『北西国境のダンジョン』確保についてと、キース個人についての詳細を話すつもりだろう。


「キース、婚約についてというのは……」


マリアンヌの言葉にキースは笑顔を見せる。マリアンヌが何を気に掛けているのか気付いたのだ。


言うまでも無く、マリアンヌは、キースが国務長官や近衛騎士団長の誘いを断り、アリステアと揉めて家出してまで冒険者になりたかった事を知っている。『婚約者として素性を明かしてしまっては、今後の活動に差し障りが出るのでは?』と心配しているのだ。


「確かに、お話の後暫くはやりづらい面もあるかもしれません。ですが、殿下の結婚については国中の人々が注目して気にかけています。正式に発表すれば安心してもらえるのではないでしょうか?冒険者で若い僕では、却って不安にさせてしまうかもですが」


最後の言葉に『そんな事は無い』とばかりに、イングリットがキースの手を取った。


「確かに、その様に考える人もいるでしょう。それに、『王女の婚姻は周辺国から相手を選び関係強化に用いるべきだ』という意見も出るでしょうね。ですが、こういった話はどんな相手でも不満の声はつきものです。気にしていられません」


A国から婿を取れば『いや、B国(C、D、E、まあどれでも良い)からの方が良い』という意見が出るだろうし、『国内の貴族家を重視すべき』という者もいるだろう。王家としては、一々まともに取り合っていられない。


白銀級の祖母アリステア、今回金級に上がった父ライアル、親子三代でダンジョンを2箇所確保し、これ迄に無い魔法陣を生み出して国と社会の仕組みを変える程の魔術師。


「陛下が『そんな存在を他国へ流出させる訳にはいかない。王女の婿として国に留め置くのだ』と仰っればも反論できません。それに」


マリアンヌは含み笑いをしながらイングリットをチラリと見る。


「『初めて会った時に王女から結婚を申しこんだ』という話も付け加えれば完璧です」


「それが余計な意見を防ぐのに最適な事は理解してはいますが、自分から進んで発信するのはさすがに恥ずかしゅうございますね……」


イングリットは眉を八の字にしながら焼き菓子に手を伸ばし、生地に胡麻が混ぜこまれたクッキーを口に入れた。


ブックマークやご評価、いいねいただけると嬉しいですね!


お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)

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