第26話
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アリステアたちを乗せた船は、無事王都の港に到着した。
約1ヶ月ぶりの王都だ。
王都・バーソルト間は、陸路では山脈を迂回しなければならない為、基本船で行き来する。
その為「船から港越しに王城を望む」という景色は見慣れている。
だが今回に限っては非常に懐かしく、感慨深く感じる。
(まさかこんなに戻ってこれなくなるなんて、思ってもみなかったよ)
当初は、遺跡に行き開けられなかった扉を開ける事と、共同神殿への寄付が目的だったのだ。
(それが死にそうになって片足を無くす事になるなんて・・・)
船が動きを止め、桟橋に固定される。アリステア達は目立ちたくないこともあり最後に降りる事にした。
松葉杖のため、足元を見ながらゆっくりと渡し板を渡る。
渡り終え顔を上げると、目の前には腕を組んだギルドマスターがいた。
その顔は、嬉しそうでもあり呆れている様でもあり、何とも言い難い微妙な感じだ。
「全くお前さんという奴は毎度毎度・・・・・・はぁ」といったところだろうか。
「た、ただいま戻りました・・・」
「・・・よく戻った」
ギルドマスターはアリステアの頭に手をやり、労る様にぽんぽんとした。
ギルドマスターが合図をすると、目の前に馬車が付けられる。3人で乗り込むと馬車はゆっくりと走り出した。
「とりあえず一度ギルドに行くぞ、いいか?」
「う、うん・・・」
(ん?)
ギルドマスターは一瞬だけ訝しげな顔をしたが、口には出さなかった。
ギルドマスターとキャロルは初対面だ。お互いに自己紹介をする。
「バーソルト出身、海の神にお仕えする神官、キャロルと申します。若輩者でございますが、よろしくお願いいたします」
「王都冒険者ギルドを任されているハインラインという、よろしく。・・・神官殿はだいぶお若く見えるが、お幾つになられる?」
「はい、18になります」
「! ではあなたが・・・」
アリステアは、目線と表情でギルドマスターに問いかける。
「海の神の神官、バーソルト出身、18歳といえば、神の啓示を授けられたという神官殿だ」
これにはアリステアも驚いた。
神職に就いている人間で、実際に神の声を聞いた事がある者がどれだけいるのだろうか。ほとんどいないはずだ。
司教の随行員に選ばれたのは、里帰り目的だけでは無く、それだけのものを持っていたからだったのだ。
(あたし、そんな神官様に一ヶ月近く(というか今も)世話をさせていたんだ・・・気まずい)
「お気になさらず。全ては神のお導きです。それに・・・」
「あなたには、アーティお姉ちゃんには大変お世話になりました。やっと少しは恩返しができたと嬉しく思います」
キャロルは静かに微笑んだ。
「え?それって・・・」
自分の事を「アーティお姉ちゃん」と呼ぶのは、孤児院の子達ぐらいである。
「私は、共同神殿の孤児院の出身です。私が孤児院に来てすぐに訓練校に入られたので、覚えてはいらっしゃらないでしょう。ですが、間違いなく私はあなたの寄付の恩恵を受け育ったのです」
アリステアは驚きのあまり言葉もない。
「皆がアーティお姉ちゃんに遊んでほしくて群がる中、私は引っ込み思案で皆のように寄っていく事ができませんでした」
「でも、一人離れてあなたと皆の方を見ている私に気が付いて、あなたは自分から寄ってきて一緒に遊んでくれて・・・本当に嬉しかったです」
「そっか・・・それは私も嬉しいなぁ」
アリステアは照れくさそうに笑った。
「それにしても、サンドブルーウェブスパイダーとはな。よく助かったな・・・」
「あ、知ってる?」
「あぁ、昔仲間が噛まれてな・・・すぐ解毒薬を飲ませたんだが、合わなかったのかほとんど効果が無かった。あっという間に死んじまった」
ギルドマスターは遠くを見るかのような眼差しをしている。昔の仲間達の顔を思い出しているのだろう。
「寝ている時に首筋から背中に入ってな、そこを噛まれた。どうにもならなかった。ソロで、しかも手元に薬が無かったのに生きているのは、ほんと色々な幸運が重なった結果だ」
「あ、後お前さんが見つけた魔導具な。あれまだ手付かずだから、自分で人揃えて回収に行ってくれ」
「えっ、まだそのままなの!?」
「当たり前だろ!自分で見つけたんだから、最後まで自分で片付けろ!こちとらそんなに暇じゃねぇぞ!」
(遺跡に行くのもこれが最後だろうからな・・・)
ギルドマスターの心の声が聞こえたかの様に、アリステアは静かに「うん、わかった」と返事をし、寂しそうに笑った。
ギルドまであと100mほどのところまで来た時
「マスター、ちょっと止めてもらえる?」
「ん?」
マスターが御者に合図を出す。
「どうした?」
「ここからは自分で歩いていくよ。先に行って待ってて」
「・・・早く来いよ」
マスターは何か言いたげな表情であったが、何も言わなかった。
アリステアとキャロルは馬車を降り、その後姿を見送る。
(全く・・・ほんとあいつはいつまでたっても・・・)
ギルドマスターは心の中で独りごちた。
アリステアは降りた直後こそ松葉杖をついて進んでいたが、徐々に進みが遅くなり、ギルドまであと曲がり角ひとつというところで止まってしまった。
(どんな顔して入っていけばいいんだろう・・・)
最初のパーティーが、人間関係のもつれにより解散したアリステアは、それ以来、仕事も私生活も基本ひとりで過ごし、必要最低限の人間とだけ接して過ごしてきた。
他人に対して心を開く、という事をしてこなかった。無意識のうちに壁を作って接してきた。
他人と揉めることを避け、人に悪い印象を持たれたくない、という気持ちが根本にあるからだ。
「人に嫌われたくない」と考えるのはごく当たり前のことだが、「命を預け合う仲間同士」という、非常に大事な場面でつまずいてしまったため、その気持ちは強く固く歪なものとなってしまっている。
白銀級冒険者だなんだと持ち上げられているが、左足を無くした事で、今までの様なトレジャーハンターとしての活動はできないだろう。
そんな自分に対して、皆はどんな目を向けどんな気持ちを抱くのだろうか。
憐れみの目を向け、内心嘲笑っているのではないか。どうしてもマイナス方向に考えてしまう。
どうにも足が出ないアリステアの前にキャロルが立った。
「これから海の神ウェイブルトの啓示を受けた神官として、あなたにお話いたします」
「私とあなたは一緒に生活したのはまだ短い期間ですが、あなたが何を恐れながら生きているのかはわかります」
「・・・」
「人に嫌われたくないと考える事は、人間としてごく当たり前のことです」
「・・・」
「ですが、他人に嫌われずに生きてゆくという事は人間には不可能です。人間は神や愛し合って結婚した相手さえ嫌うのですから」
「・・・」
「他人に嫌われるのが人間であり、他人を嫌うのが人間です」
「・・・」
「ですから、他人に嫌われることを恐れる必要はありません」
「・・・」
「他人に嫌われても良いのです。皆誰かを嫌い、誰かに嫌われ生きているのです」
「もう一度言います。他人に嫌われても良いのです」
アリステアは泣いていた。
キャロルの言葉は、アリステアの心の中の塊を溶かすかの様に染み込んだ。
キャロルは続ける。
「あなたが今日王都に戻ってくる事は、冒険者ギルドに出入りしていれば知っているでしょう」
「この昼時にわざわざ冒険者ギルドにいるという事は、あなたが帰ってくるのを待っているという事です」
「その人達は、あなたの事が嫌いで、嘲りたいから待っているのでしょうか?」
「もちろん違います」
「毒におかされ片足を無くし瀕死になったあなたを労り」
「貴重な魔導具を大量に見つけた成果を褒め讃え」
「そんな言葉をかけられ照れながら少女の様に笑う」
「そんなあなたに会いたくて待っているのです」
「あなたの事を自分達の誇りだと思っているから」
「かけがえのない仲間だと思っているから」
「そしてなにより」
「あなたの事が」
「大好きだからです」
「・・・キャロル、背負い袋を背負わせてくれる?自分で持っていきます」
キャロルは自分の背中から背負い袋を降ろし、アリステアを支えながらそっと背負わせる。
トレジャーハンターは、自分の手で獲物を持って帰るのだ。
アリステアはもう泣いてはいなかった。
堂々と顔を上げ胸を張って前を見据え、松葉杖をついて進み始める。
扉の前に着くと、誰かが扉を押さえてくれている。
デズモンドだ。
< 探 査 サーチ>で近づいてくるのが分かったのだろう。
こういったところに気が回るのがこの男である。
目だけでお礼を伝える。デズモンドは小さく頷いた。
静かに待合室に入り室内を見渡す。
冒険者達はもちろん、ギルドマスターを初め職員達も皆がアリステアに注目している。
さっき泣き止んだばかりなのに、また涙が出てくる。止まらない。でも止める気もない。
「白銀級 アリステア!ただいま戻りました!」
ギルド内が大歓声で揺れた。冒険者も職員も皆が一斉にかけ寄ってくる。
皆が同時に声をかけてくる為、誰が何を言っているのかさっぱり分からないが、喜んで褒めて労わってくれているのは解る。
(私はなんであんな事を気にしていたんだろう・・・)
まぁ、世の中、大抵の悩み事は解決してしまえばそんなものである。
ギルドマスターは、その憑き物が落ちたかの様なスッキリした顔を見て、安心したのと同時に感服した。
(さすが神の啓示を受けた神官殿だ。長年の悩みをあっさり解決しちまった)
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