第259話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
国務省から手紙が届き、呼び出されたゲインズボロー商会のオーナー、シェイラとペーター。ビビりながら待っていたら、現れたのはまさかのイングリットでした。
□ □ □
「どうぞ掛けてください。私、お2人にどうしても直接お礼が言いたかったのです。本来であれば呼びつける様な真似はしたく無かったのですが……」
「とんでもございません。そのお気持ちだけで十分でございます。幾らでもお呼びくださいませ」
ソファーに浅く腰を下ろし、改めてお茶が配膳される。イングリットが口をつけたのを確認して2人も一口飲む。毒味の意味を込めて招待した者が先に口をつけるのが礼儀だが、招待された側も口を付け返す。それをしないと『お前の事は信用していない』という意味になってしまう。
「早速なのですが……先日ペーターさんがこちらに来た時に耳にした職員の会話、それをお店の外で話さないでいただきたいのです」
「かしこまりました。この度は思いつきで確証の無い話を広めてしまい、誠に申し訳ありませんでした。何とお詫びすれば良いのか……」
シェイラだけでなくペーターも頭を下げる。そのままローテーブルに額がぶつかりそうになる程の勢いだ。
「いえいえ、話自体はほぼ広まってはおりません。私としては、ペーターさんとお嬢さんにお礼を言いたいぐらいなのです」
どういう事なのか理解できず、訝しげな表情になった2人に、イングリットが説明する。
「では、話は娘の同級生1人以外には広まっておらず、職員の情報管理の甘さが明るみに出たから結果的には良かった、という事なのですね……」
「はい、その通りです。ですので、お2人にお礼を伝えたいと思いまして」
シェイラは安堵の余り、脱力してソファーの背もたれに沈み込みたい衝動に駆られたが、何とか我慢した。
「管理官、国務省の職員の制服はゲインズボローさんの扱いでしたよね?」
「はい殿下、左様でございます。職員らからは、夏服、冬服共に非常に良いという声が集まっております。全体的な仕立てやデザインはもちろん、縫製や細かい部分まで丁寧な仕上がりだと」
「なるほど……それ程までに評判が良いのであれば、国務省の制服は、今後もゲインズボローさんにお任せして良いのではないかしら?」
「承知致しました。次回以降もその様に手配致します」
「お願いしますね」
唐突で、どことなくわざとらしい会話に、シェイラとペーターは表情には出さずに喜ぶ。
各省庁の制服作成の契約は入札で行い、2年毎の更新となっている。それを、国務省についてはゲインズボローとの随意契約にすると言っているのだ。他の商会の入札額を気にする必要も無くなり、制服の生地やお針子の手配もしやすくなる。商会にとってはメリットしかない。
(……なるほど、口止め料って事なのね。こちらとしては損するものも無いし、ありがたくいただいておきましょう)
(何という結果オーライ。正直助かった)
「お申し出感謝致します。これからも皆様のお仕事に寄与できる様、より良い制服をお届けする事をお約束致します」
「はい、よろしくお願いします。お話は以上でございます。本日はお忙しい中ありがとうございました」
「とんでもございません。私共こそ、過分なお心遣いをいただきまして感謝に堪えません。これからも何なりとお申し付けください」
別れの挨拶を交わし、シェイラとペーターは応接室を後にした。
□ □ □
ゲインズボロー商会の2人は馬車の中にあった。商会に帰る為に、国務省が差配してくれたのだ。無事解決した安堵感と、随意契約をもらった喜びとでテンションも上がり、あれやこれやと話をしていたのだが、シェイラが急に黙りこんだ。
「……どうしましたオーナー?まだ何か気になる事でも?」
シェイラはそれに応えず眉間に皺を寄せていたが、ゆっくり口を開いた。
「……イングリット殿下、最初に『この話は店の外でしないでほしい』って仰ったわよね?」
「そうですね」
「……職員の会話から推測した、ご自身の婚約の話自体は最後まで否定しなかったわね」
「……そう、です、ね」
ペーターも違和感を覚えたらしく、歯切れが悪くなる。
「これ、くっつけると『まだ正式に発表していないから店の外で喋らないでほしい』って事になると思うんだけど」
「……婚約自体はされた、と?ですが、なぜそんな回りくどい事を……」
「情報漏洩の話で呼んだのに、特定の商会にだけ情報を与えて便宜を図るという訳にはいかなかった、とか?立場的に」
「確かに、それでは示しがつきませんものね……ですが、もし、そうだとしたらこれは」
「ええ、随意契約より余程大きなチャンスをもらった事になるわ」
婚約したという事は、そう遠くないうちに結婚式が執り行われるという事だ。それも次期王位継承者のだ。参列する貴族は、礼服やドレス、装飾品類、靴など、頭のてっぺんからつま先まで、全て新調するだろう。
「今から素材や生地を買い増しして、大量注文を受けられるように備えなければいけませんね」
「ええ、それにそれだけじゃない。素材が足りずに注文を受けられない商会に融通する事で、借りを作る事もできる。売上だけじゃなくて立場の強化も見込める」
ゲインズボロー商会は、エストリア国内にある服飾関係の商会でトップ3に入ってはいるが、規模としては3番目である。この機会を生かせれば抜かすのは無理でも、差を縮める事はできる。
「この件は誰か専属の担当者を付けましょう。今一番早く手が開きそうなのは……」
「クロースですね。あいつが今扱っている業務提携の契約は、大筋合意して後は契約書を交わすだけの状態です」
「クロースか……貴族相手になるし、誰か補佐を付けたいな」
クロースは30代後半と番頭の中では一番若い。もちろん仕事は不足ない程できるが、若いだけに貴族相手の取引の経験が少ない。せっかくもらったチャンスだ。絶対に成功させたい。
「ジンさんの案件も週明けには終わる予定だったはずです。終わり次第クロースの補佐に就いてもらうというのはいかがでしょう?」
「それは丁度良かった!よし、それでいこう」
ジンはシェイラの祖父の代に雇われ、50年以上働いている最古参の番頭だ。キャリアが長いだけあって、貴族相手の商売にも実績があり、ツテもあった。
「帰ったら店にいる番頭を集めて。説明しないとね」
「承知しました……」
ペーターは何か言いたげに見つめる。
「……どうしたの?何か思いついた?」
「いえ、お嬢さんの事を怒るに怒れなくなったかな、なんて思いまして」
「それはそれ、これはこれよ。今回はあくまでも結果オーライだっただけでしょ。あのお喋りスズメの事は夜にでもきっちり怒ります!あんな思いするのなんて二度とごめんですから!」
シェイラはキッパリと宣言した。
□ □ □
「……伝わりましたかね、管理官」
「あのお2人は思慮深く頭の切れる方達です。まず間違いなくお気付きになるかと」
ゲインズボロー商会が退室した後、イングリットはソファーに座ってお茶を飲んでいた。傍らに控えるホスキンズと、先程までのやり取りを振り返る。
「随意契約がありますから、もし気付けなくても損する事は無いですし、あくまでも追加報酬という事で。では、私も帰ります。管理官、対応ありがとうございました」
「とんでもございません。国務省の管理官の1人として、職員の情報管理の甘さを改めて謝罪致します。これまで以上に、管理意識向上を図るべく、指導して参ります」
「……たわいのない噂話の様なものでしたから良かったものの、問題はそこではございませんからね。もちろんお分りとは思いますが」
先程までは微笑を浮かべていたが、一転、真剣な顔つきになる。すぐ横に立つホスキンズは、周囲の空気が一気に冷えた様な感覚を覚え、身震いしつつもう一度頭を下げた。
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