第256回
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
後輩達を相手に、魔術学院での最初の講義を無事に終えたキースです。
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「ふぅ……参りました。まさかたった一言からあんな展開になるとは……」
キースの嘆きが応接室に響く。皆でお茶を前に一息入れているところだ。
「ふふ、お疲れ様でした。あの子達にとってあなたは憧れの先輩ですからね。ちょっとした変化も見逃してくれませんよ?」
マリアンヌの言葉にイングリットがうんうんと頷く。
「殿下にもご迷惑をお掛けしました。でも……よろしかったのですか?」
「大丈夫ですよ。話があの段階まで行ってしまったら、もう収まりはつかなかったでしょうから。今回の講義内容にも沿ってますので問題ありません。お気になさらず」
そう答えるイングリットは澄まし顔だ。
「分かってはいましたが、まだまだ経験が足りませんね。不意を突かれるとどうにも慌ててしまいます。良い勉強になりました……」
溜息を一つ吐くと、マールの淹れてくれたお茶(今日もコロブレッリ産だ)を啜った。
□ □ □
貴族側の生徒達が退室した後、キースと一般市民側の生徒達は、向かい合って座っていた。生徒達からの『キースと話す時間を貰えないか』という要望に対し、マリアンヌとイングリットが了承したのだ。
キースは階段状になっている講堂の中段辺りまで上がると、貴族側の生徒が座っていた席に座り、一般市民側の生徒達の方に向き直る。お互いに、椅子の向きを90°横にした形だ。
「ご了承いただきましたが、これからも会う機会はいくらでもあります。殿下もいらっしゃいますので程々にね」
「はい、ありがとうございます!え~、まずはキースさん、今日はご指導ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
代表したハリーの挨拶に皆が続く。
「いえいえ、こちらこそ。みんなも課外の後にお疲れ様でした。ミューズ、<探査>の精度がかなり上がっていますね。ここからあの辺りまで広げられる魔術師は、大人でも2人に1人ぐらいでしょう。お見事でした」
「……えっ!?あっ、あ、ありがとうございます!!」
講義前の遊び半分でしている事だ。それを褒められると思っていなかったミューズは、驚きつつも嬉しさに笑顔を弾けさせた。
「ちょっとミューズ、気持ちは解るけど喜んでる場合じゃないでしょ。確認しないと」
左隣にいる女子生徒に突かれハッとした顔になる。
「そ、そうだった。ついね。えー、単刀直入にお尋ねしますけど、キースさん、カノジョができましたね?」
ミューズからのいきなりの指摘にキースの緑の瞳が真ん丸になる。講義や魔法に関する話だと思っていた事もあり、まさかの質問に頭が働かない。
「……誤魔化そうとしてもダメですから。女子はみんな先程のお話で気が付いたんですから。あの一言で」
ミューズの右隣にいる、眼鏡を掛けおさげ髪の、語尾に特徴のある女子生徒がさらに畳み掛けた。地方の大規模農家に産まれ、学院の寮で生活しているリアムだ。
(あの引っ込み思案なリアムがキースさんを問い詰めている……凄い光景だな)
(そもそも女子達は何が切っ掛けで気が付いたんだ?あの一言、とか先程の話でって言っるけど、そんな発言あったか?)
興奮する女子生徒達を尻目に、男子生徒はその様子を眺めているだけだ。こういう時男にできる事は、女性の邪魔をしない様に空気になる事ぐらいである。
止めたり反対意見を言ったりすると碌な事ににならない。刺激しない様にやり過ごすのが一番だ。
(キースさん、こういう時は初手で黙り込んでは駄目なのです。一気に押し切られてしまいますから。でも、素直なキースさんにはまだ難しいか……)
適当に『ほぅ……』とか『ふむ……』等と挟んだり、『なぜそう思います?』と逆に尋ねたりして、とにかく考える時間と心を落ち着かせる時間を稼がなければならない。だが、キースにはまだそこまでは無理である。
(相手の奇襲がバッチリ決まってしまいましたね。追撃まで受けて完全に混乱状態です。立て直しは……あの表情からは無理ですね。程なく潰走、降参するでしょう。少しでも速く残存兵力を集めて次に備えるしかありません)
(話の途中、貴族側の生徒達がキースの話に笑った時、この子達の魔力が大きく揺らぎました。『あの一言』ってそれを指しているのかしら?それだけの発言で気が付けるなんて、この年頃の女の子はほんと敏感ね……)
イングリットとミーティアは一番下の席から、マリアンヌは逆に一番上の席から、キースと生徒達の様子を窺っていた。窮地に陥っているのは解ってはいるが、席も離れている為さすがにフォローできない。
「~~~~~~っ!わ、分かりました。はい、います。特別な女性はいます。ですが、どこの誰なのかは言えません。僕の都合で勝手に喋ると、その方にご迷惑をお掛けするかもしれませんから。それこそ『機密の保持』というものです」
降参し素直に認めたキースに、女子生徒達は顔を見合わせ、我が意を得たりと頷き合う。
だが、まだ納得していない生徒もいた。特性が出ている事もあり、いつも慌てず騒がず冷静な、王都の郊外で畜産牧場を営む家の娘、エレノアだ。
(『その方にご迷惑をお掛けする』……これってもしかして……よし、試してみよう)
エレノアはある考えを秘めながら手を挙げた。
「はい、エレノア、どうぞ」
キースが手を挙げたエレノアを指すと間髪入れずに指摘した。
「お相手の方は貴族ご出身ですね?」
彼女の発した一言は、ようやく回り始めたキースの思考回路をバッサリと切り裂いた。再びキースの表情が固まる。
さらに前の方に座っている女子生徒達は見逃さなかった。エレノアの言葉を受けたキースの視線が、一瞬だけ右下方向に動いた事を。
皆で一斉に左下を向く。そして視線を向けてから思い出す。
自分達が座っている側の一番下の段、そこは即ち、ミーティアとイングリットが座っている席である。ミーティアは既婚者だ。という事は、相手はもう1人しかいない。
「キースさん……お相手って、まさか……」
指摘したエレノア自身もさすがに口ごもる。軽々しく「キースさんのカノジョはイングリット殿下ですね!」などとはとても言えない。言える訳が無い。
「エレノアさん、なぜそう思ったのですか?」
席に座ったままイングリットが声を掛けた。王女からの直接のお声掛けに戸惑うエレノアは、助けを求める様にマリアンヌに視線を送る。
「お答えしてください、エレノア。自分の言葉で構いませんから」
(わ、私が直接お返事して良いの!?……よ、よし)
エレノアにとってマリアンヌの返答は予想外だったが、一度深呼吸をして腹を括る。すぐ対応できるあたり、特性の力の影響は大きい。
「はい、お答え致します。私は、先程のキースさんの『その方にご迷惑をお掛けする』という発言に違和感を覚えました。キースさんは普段から丁寧な言葉遣いをする方ですが、自身の恋人を指すにしては、これはさすがに丁寧過ぎるのではないかと。『その人に迷惑が掛かるかもしれないので』、これぐらいで十分です。という事は、そのお相手に対して、常にそういう言葉遣いを用いている、即ち一般市民ではなく貴族出身の方ではないのか、と考えました。以上でございます」
エレノアの言葉を聞きながら何度も頷いていたイングリットは、席を立つと演壇に上がった。そして演台に付くと生徒達を見渡しながら口を開く。
「歳下の私が言うのもおかしな話ですが、皆さんさすが最上級生、素晴らしい着眼点をお持ちです。理事長先生を始めとする講師陣の指導は勿論、キースさんと一番長く接してきた世代というだけの事はございますね。国の責任者の一人として、嬉しく誇らしい気持ちでいっぱいです」
褒められた生徒達は嬉しく思いつつも、ここからどういう話になるのかいまいち見えない為、戸惑いつつイングリットの次の言葉を待った。
「キースさん、私から言ってしまってよろしいですか?」
「……はい、殿下。お任せいたします」
「承知しました。皆さんもうお気付きとは思いますが、キースさんのお相手は私で間違いありません」
イングリットの言葉に、生徒達が漏らした驚愕の溜息が講堂内に静かに広がった。
「この話は少々恥ずかしいのですが、答えに至った皆さんに説明しない訳にもいかないでしょう。まだお時間大丈夫ですか?少し長くなりますが……」
勿論席を立つ者などいる訳が無い。皆腰を浮かして座り直し、姿勢を正した。
「この話も当然『機密の保持』の対象となります。ゆめゆめお忘れなきように。そもそもの切っ掛けは、皆さんもご存知の『影の兎の魔法陣』、あれを国務長官が私に見せた事に始まりまして……」
(えっ!?そこから?)
(そうでした。基本、誰かに話したくて仕方がないのですものね)
(またこのお話を聞けるなんて!あ、ハンカチハンカチ)
(『機密の保持』というのであれば話さなければ良いと思うが……そういう事では無いのだろうな)
4人はそれぞれの思いを抱きながら、イングリットの独演に耳を傾けた。
□ □ □
「……そして、泣き濡れる私の目元にハンカチを当て涙を拭うと、キースさんは傍らに膝を着きました。そして私の手を取り、まだ濡れている瞳をじっと見つめながら『殿下、王配のお話、お受け致します』と言ってくれたのです。私の片想いは実は両想いであり、これ以上無い結末を迎えたのでした……以上でございます」
余りにも劇的な結末に、生徒達は全員が立ち上がり(勿論ミーティアもだ)、拍手をし始めた。女子生徒は皆興奮に頬を染め、ほとんどの子は既に濡れたハンカチを握りしめている。男子生徒は、身近な先輩のまさかのお相手に心の底から驚き、(キースさん王女殿下と結婚するとかマジパネェ)と、これまで以上の尊敬を集める事となった。
「イングリット殿下、私達はまだまだ半人前でございますし、卒業後、どの様な進路に進むかも定かではありません。ですが、王立魔術学院第621期44名は、1人残らず、王室と殿下に心からの忠誠を誓い、エストリア国民としての義務を果たす事を、ここにお約束致します」
ハリーが宣言し右膝を付き跪くと、他の生徒も同じ様に膝を着き頭を垂れた。
「……皆さん、ありがとうございます。私達は、等しくキースさんの教えを受けた者、云わば同志です。ぜひ私も同期の仲間に加えてください。よろしくお願いします」
この第621期一般市民側44名、貴族側45名、さらに『万人の才』王配キースを加えた90名の魔術師達は、女王イングリット股肱の臣下として、各省庁、地方自治体、近衛騎士団、農林水産業、商人などありとあらゆる分野で活躍し、傑出した成果を残す事になる。
後世まで語り継がれる『Her Majesty's ・ninety・magicians』(女王陛下の90人の魔術師達)誕生の瞬間であった。
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