第250話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
アリステアらと一緒に『コーンズフレーバー』に行ったキース。イングリットとの婚約、以前にしたリリアとの約束や、最近の様子についての確認をしました。余りの話の内容に、お店の人達は終始目を白黒する羽目になりました。
□ □ □
(………………はぁ)
自室のベッドで横になっていたリリアは、溜息を一つ吐いて起き上がった。
風呂を済ませ夕食も食べた。後は寝るだけという、一番心が落ち着く瞬間だ。本来ならこの時間に昼間の講義で習った実技を復習していたが、ここ2、3日はそれも行っていない。頭ではやらなくてはと思っているが、心と頭の中は嵐が発生しているかの様にぐちゃぐちゃで、とてもそれどころでは無い。
きっかけは、同級生のユーコから聞いた話だった。
彼女の実家は衣料品を扱う商会であり、王都でも三本の指に入る程の規模を誇る、知らぬ者がない程の大商会だ。当然、国との取引も行われており、父親や番頭らは国務省にも頻繁に出入りしている。
ユーコはそのうちの1人の番頭から聞いた話を、『内緒だよ』とリリアに話したのだ。
(……ほんと聞かなければ良かった)
だがそれもすぐに思い直す。
(でも、ユーコが話してくれなかったら……)
もしこの妄想(予想ですらない)が本当だったら、何も知らない間に話は進み、公式の発表で初めて知る事になる。それはそれで恐ろしかった。
再びベッドに倒れ込む。勢いが過ぎて枕が弾んだ。
「もう、何なのよ一体……」
視線の先の机の上で、いつも付けているバングルがキラリと一度輝いた。
□ □ □
王城で『北西国境のダンジョン』確保に伴う報奨の授与式が行われた翌日、リリアとユーコは庭で一緒に昼食を食べていた。
いつもはベンチを使う事が多いが、この日は幸運にも、幾つかある東屋が1箇所空いていたのでそちらに陣取った。やはりテーブルがあった方が食べやすい。
最近は、お互いの持ってきたものをシェアして食べる事に凝っており、今日も様々な料理を交換して食べながら、これは美味しい、こっちも良いなどと言い合っている。
「はぁ~ご馳走様でした!やっぱりリリちゃん家のご飯は美味しいよね~!またお店に行きたいなぁ」
「うふふ、ありがとう。またいつでも来てね。貸切にもできるから、従業員さんのお祝いとかにもどうぞよろしく」
営業トークをしつつ、冗談めかして礼をする。
「あ、そうだ!リリちゃん、これ内緒の話なんだけど聞きたい?聞きたいよね?あのさ、うちの番頭さんで、ペーターさんって人がいるんだけどね?」
「いや、ユーコ、もう話してるじゃないの……まあ、聞きたいけどさ」
ユーコは基本的にお喋りである。秘密の話を「これ内緒だよ?」と言いながら人に話してしまうタイプだ。他人にバラされて困る事は話せない。
「それでね、ペーターさんが仕事で国務省に行った時にね、2人組の若い職員とすれ違ったんだって。で、その2人がこう言ってたの。『でんkの…………決まっ』『ええっ!? そりゃおm…………ですね!』って!何だと思う?」
「え、それだけ?もうちょっと何か無いの?」
「すれ違った時に聞こえただけだからね……急に立ち止まって振り返ったら怪しい人だよ?」
ユーコは『リリちゃん何言ってるの?』とばかりに首を傾げる。国務省の建物内だ。妙な動きをしていると怪しまれてしまう。
「普通に考えると……イングリット殿下についての、何かおめでたい事が決まった、のかな?」
「うん、やっぱりそうだよね!話し掛けられた方の人も、嬉しそうな声で返事してたっていうし。じゃあさ、イングリット殿下についてのおめでたくてみんなが嬉しくなる事って、何だろうね?」
「それはやっぱりご結婚相手が」
リリアはそこまで言うと黙り込む。自分が言ったのに、心臓がキュッと締め付けられた様な気がして、言葉が続かない。
「うんうん!やっぱりリリちゃんもそう思うよね!次期王位継承者である王女様のご結婚相手!イングリット殿下と言ったら、今一番アツい話題はこれだもの!」
「そ、そうだね……」
そんなリリアの様子に気が付く様子も無く、盛り上がり始めたユーコは話を続ける。
「でも、どこの家の方なんだろうねぇ~。あ、国内、国外どっち出身なのかな?周りの国はみんなエストリアとの縁を強くしたいって思っているだろうし……」
ユーコは腕を組んで唸った。エストリア王国は、5箇所のダンジョンを稼働させている為、単純に裕福である。軍隊にも金をかけているだけあって、装備の質も良く精強で知られている。立地も、北と西の国境は川、東側は海に面している為守りやすい。誰もが、波風立てずに仲良くしておきたいと考える存在だ。
「国外の人はよく分からないから、とりあえず、国内の貴族家から考えようか。えーとね、年齢的に釣り合いそうな人だと、キーセンフォーファー公爵家に今年20歳になる人がいるんだよね。『四派閥』の一角を占める主流の家というのも大きいかな」
「ちょ、ちょっと待ってユーコ、なんでそんな事知ってるの?」
貴族家の家族構成や年齢を、さも知ってて当たり前の知識の様に語るユーコに、リリアは目を丸くした。
「うーん、商売柄?貴族家の家族とか年齢とかってさ、高級衣料品の発注にも関わってくるから。結婚とか大きなお祝いや式典の前には、新しいドレスや礼服、靴とか小物の注文がいっぱい入るの。だからとても重要な事なんだ。よく話になるから家にいると自然と覚えちゃうんだよね」
「そ、そっか……そういうものなんだ」
「うちの両親と番頭さん達はもっと凄いよ。ほぼ全ての家の事覚えているもの。私なんてまだまだだよ……あ、殿下は魔術師だし、やっぱり旦那さんもその方が良いのかな?そうすると、ちょっと年上だけど、ヴァンガーデレン侯爵家に魔術師で独身の男性がいるね。25、6だったかな?国王陛下ともご縁が深い家だし、あるかもね!でも、改めて思い浮かべると年頃の男の人って意外といないな……でも、一般市民というのはさすがに考えにくいし……」
ユーコの口から『一般市民』という言葉が出た瞬間、リリアの心臓がドクンと大きく跳ねた。
「あっ!ねえリリちゃん、この間来たキースさん、あの人何てどうかな?一般市民だけど、お祖母さんはあのアリステア、お父さんも昨日金級冒険者になったし、本人も白銀級になったでしょ?一般市民とは言えないレベルだよね!?」
ユーコは一度言葉を切り辺りを見回す。離れたベンチに他の生徒が座っているのは見えるが、声が聞こえる距離では無い事を確認する。それでも先程までより小さな声で口を開いた。
「親子3代でダンジョン2つ確保なんて、ほとんどの貴族より国に貢献してるよね!『呪文』やダンジョンの件で国王陛下やイングリット殿下とも面識があるだろうし、本人はとんでもない才能の魔術師!これはあるよ!」
リリアはユーコの言葉に、以前母が言った言葉を思い出した。
それは、キースが魔術学院で『呪文』の展示を行い、帰宅するリリアと一緒に店に来た時の話だ。
あまりにも衝撃的だった為、一言一句、今でもはっきりと覚えている。本人にとってはもはや呪いに近い。
母曰く ━━━━
『そうかねぇ?キースの凄さを知って興味を持つ、話が弾んで人柄その他を気に入る、宮廷魔術師として招く、頻繁に顔を合わせているうちに二人は……ほら、ありそうじゃないの』
『一般市民なのが問題なら、今回のご褒美にお父さんに爵位を与えればいいんじゃないかい?国王陛下は、お世継ぎの事で苦労されているから、王女様のお相手をきちんと決めて安心したいだろうしさ』
『こういう事言うと怒られそうだけど、あのお歳なら、朝起きてこなくて見に行ったら……なんて事も十分に有り得るんだから。可愛い曾孫と国の未来が掛かっているのだもの、一日でも早く落ち着かせたいだろうさ』
(ユーコとお母さん、全然関係ない2人が同じ結論に辿り着いたという事は、これは十分に有り得る事なのかな)
根拠も何も無いただの妄想でしか無いのに、猛烈に嫌な予感を覚えた。
「リリちゃん?大丈夫?お腹痛いの?もう戻ろうか?」
真剣な顔で黙り込んでしまったせいか、気が付いた時にはユーコが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「え、あ、うん、大丈夫。ただ、キースは知り合いだからちょっと考えちゃっただけ」
「そっか。もしまた何か分かれば伝えるね!」
「う、うん、よろしく」
リリアが曖昧に頷くと、ユーコの意識は次の話題、店の女性従業員と共に行った、新しくオープンしたカフェの話へと移っていった。
□ □ □
一連の流れを思い出す度に、自分で言った『知り合い』という言葉が心に刺さりチクチクする。本当は、自分と店と家族の恩人で、目標としている魔法の先生で、本当に特別な、大事な大事な人だ。
(一般市民の冒険者と王女様が婚約なんてある訳が無い)
そう考えて否定しようとすると、どうしても母とユーコが言った言葉が一緒に浮かんできてしまう。
もう3日目だ。正直この件については考えたく無いのだが、脳にこびりついてしまっているのか、常に頭の中にある。もうどうにかなってしまいそうだった。
(もうどっちでも良いからハッキリして欲しい……あ、いや、どっちでも良くない。『違う』という事でハッキリとね)
天井を見ながらまた大きな溜息を吐く。
その時、視界の端、窓の方で何かが一瞬光った。
ブックマークやご評価いただけると嬉しいですね!
お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)




