第249話
※お知らせ忘れておりましたが、GW半ばから連休をいただいておりました。用事がある日は良い天気、暇な日は雨と、日頃の行いの悪さが現れたかの天気で何もできませんでした。また改めてよろしくお願いします。
【前回まで】
魔術学院で理事長のマリアンヌから『リリアの様子がおかしい』という話をされたキース。キースも、以前に交わしたリリアとの約束について説明しました。午後になったら『コーンズフレーバー』に行って色々と話す予定です。
□ □ □
『転移の魔法陣』で戻ってきたキースがリビングに入ると、今日もアリステアがソファーで編み物をしていた。
「お帰りなさいキース……今日は1人?」
「はい、イーリーは喉の調子が悪いという事で、今日はお城でゆっくりするそうです」
(おばあ様は中身を知っている人しかいない場だと、すっかり『おばあ様』として話す様になったな)
そんな事を考えながらアリステアの向かいに腰を下ろす。
「そう……まだ休みは始まったばかりですからね。ここで体調を崩しては何もできなくなってしまいますし、それでは休暇とは言えないでしょう。しっかり治した方がいいわ」
「はい。それでですね、講義の後に理事長先生に誘われて魔術学院に寄ったのですが……」
マリアンヌに聞いた『リリアが授業に全然集中していない件』を説明する。
「それは確かに気になるわね……午後にお店に行った時に尋ねてみたら?家族だったら変化に気が付いているでしょうし」
編みかけのレースと編み棒を脇に置いた籠の中にそっと入れ、その上に布を掛ける。アリステアにとっても、リリアは馴染みの店の娘であり、個別に縁もある。気になる存在だ。
「例えば……そうね、食事の量が減った、口数が減った、部屋にいる時間が長くなった、とか」
「確かにありそうですね。それで、何について悩んでいるのか、という事なのですが……何でしょうね?」
「学生ですからね……成績はどうかしら?」
「僕も最初に考えたのですが、実技も座学も1年生のクラスでは飛び抜けているそうです。座学は周囲より年上というのもると思いますが、やはりセンスありますね」
最初の手順と考え方だけ教えられて(しかも教えたのは店で酔っ払っていた魔術師だ)以降、自主練のみで魔法を発動させるに至った程だ。小さい頃の魔力量は若干少なかったが、魔術師としての適性はかなり高い。
「そう……そうすると、やはり好きな男の子のことじゃないの?婚約の事を聞きつけた、とかどう?」
古今東西、年頃の女の子の悩みの第一位は、間違いなくそれだ。分かりやすいと言えなくもない。
「……それだと、情報源が問題になるのですよね。お話を受けてからまだ3日しか経っていないのに、一般市民の学生であるリリアが、どうやってそれを知るのか……」
アリステアの顔が若干ニヤつき気味なのは無視している。
「そうよねぇ……後は何かしら……」
2人で腕を組み、首を傾げて考え込む。やはり祖母と孫、こういう仕草はよく似ている。
「うん、分かりません!後はお店に行ってからにしましょう。おばあ様達も来ますよね?」
「そうね。私は行くけど、フラン達はどうかしら?ちょっと訊いてみましょう」
リビングを出て行く祖母の後ろ姿を見送ると、ソファーに深く寄り掛かり大きな溜息を一つ吐いた。
□ □ □
結局、『コーンズフレーバー』には4人で行く事になった。食事が終わってからもそのまま居座る事になる為、昼時のピークを外すべく1の鐘が鳴ってから屋敷を出る。
各自思い思いに好きな料理を頼み、シェアしながら堪能する。店全体の片付けがほぼ終わった頃、フィーナとイネスがお茶の用意を載せたワゴンを押してきて、お茶を淹れ始めた。
「それでキース、話ってなんだい?」
お茶を配膳し、厨房から出てきたアドルが席に着いたのを機に、フィーナが話を切り出した。
フィーナは少々せっかちで、分かりやすさを好む性格だ。いかにも、街の食堂のおばちゃん、といった感じである。イネスも若い頃は同じ様な感じだったが、歳をとって若干ゆっくりになった。
「はい、お話は2点ありまして……」
お茶を一口飲みカップを置くと、深呼吸する。この話を授与式にいなかった人にするのは初めてである。まだ慣れていない為、グッと一呼吸入れて心を整えなければならないのだ。
「1点目は、この度、結婚する事になりまして」
3人が顔を見合わせる。
「……誰が?」
「僕です」
「……誰と?」
「イングリット殿下と」
「…………」
3人はしきりに瞬きをしながらキースを見つめているだけで、誰も口を開かない。頭の中での処理が進んでいかないのだろう。
「え~と、ざっとですが経緯を説明します」
キースは、イングリットが数年前から自分に会いたがっていた事、その事もあり初めて会った時に結婚を申し込まれ、返事を保留していた事、報奨の授与式の時に話を受けた事を説明した。
「……いくら憧れの人に会えたからって、ねぇ」
「ああ、挨拶の次の言葉が求婚とは……」
「その時、他の人はどんな反応だったんだい?」
「部屋は静かになってしまって、皆さん『お前は何を言っているんだ?』という顔をされていました」
「そうだろうねぇ……」
イネスもそれ以上言葉が続かない。
王女が初対面の冒険者相手に結婚を申し込めば、大抵の場合はそうなるだろう。そんな事が他にあるかどうかは分からないが。
「まだ正式発表前ですので、内緒でお願いしますね」
「あ、ああ、それは勿論だよ」
フィーナの返事にアドルとイネスも頷く。
「では、ええと、王配、というのか?そういう立場になるのだろう?冒険者としての活動はどうするんだ?白銀級になったばかりなのに、これで終わりにするのか?」
「いえ、冒険者はそのまま続けます」
3人はまた首を傾げ眉間にしわを寄せ黙り込む。
「これもまだタネは言えないのですが、解決法がありまして。それできちんと仕事ができるのであればそれで良いと、国王陛下からも許可をいただいているんです」
王配の仕事と冒険者を両立させるという話に、3人からは溜息しか出ない。だが全くもって意味不明な為、感嘆7割、呆れ3割と複雑なところである。
「それでですね、以前リリアと1つ先々についての約束をしてまして。ですが、殿下と結婚することになりましたので、その約束を果たす事ができなくなりました。それをきちんと説明しないといけないのです」
「それは……どんな話なのか訊いても良いかい?」
「勿論です。これは、全部解決して、理事長先生に報告に行った日の話なのですが……」
午前中のマリアンヌ同様、夕方の公園で交わした、例の約束を説明する。
「……わざわざそれだけの為に?約束というより、ただの話の流れみたいなものじゃないか」
アドルとイネスも頷く。
「忘れていた僕が言うのもなんなのですが、リリアはこの約束を目標にして頑張っているのでは?と考えています。ですが、この目標はもう達成できません。同年代の女性を王配のパーティに参加させる事はできませんから」
キースがカップに残っていたお茶を飲み干す。料理の最後に出てくるお茶同様、サッパリとした香りの液体が、緊張からからくる喉の乾きを癒す。
「僕の都合によって目標を失わせてしまうとなると、彼女の将来を大きく変えてしまう可能性があります。いずれ公式に発表があるでしょうが、今の段階でそこに気がついているのに、それまで黙っているのは論外です。そんな不誠実な話はありません」
イングリットが王位を引き継ぐまでにまだ1年半近くある。婚約についての発表がその少し前としても、それでも1年以上先だ。その間ずっと知らんぷりして普通に接するというのは、キースには人として許されるとは思えなかった。
「ですので、できるだけ早く、機会を見つけて話をしようと思っています」
「分かったよ。もしあの子の様子がおかしくなったら、そういう事なんだと思う事にする」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。それで2点目のお話なのですが、これもリリアの事でして」
今度はマリアンヌ理事長から聞いた話を説明する。
「どうでしょう?皆さんから見てここ数日、何か違和感ありますか?」
「うーん、どうかねぇ……正直、店をやっているとね、あまり顔を合わせて会話ってできないんだよ」
「ああ、確かに……」
昼間は魔術学院、帰ってきた頃には店は仕込みで忙しく、夕食も部屋で1人、賄いと同じ物を食べる。生活サイクルが違いすぎて接点がほぼ無いのだ。
「この子もそうやって大きくなったからねぇ……自営業、特に飲食店はみんなそうだろうさ」
イネスがフィーナの肩に手を置く。
「とりあえず、目につく変化は無い、という事ですね?」
「そうだねぇ……食事も残さず食べてるし、寝不足気味にも見えないし……」
フィーナが天井を見ながら指折り挙げてゆく。
「そうですか……これはやはり直接訊くしかないですね。話ができたら皆さんにもお伝えしますので、お任せしてもらっても良いですか?」
「なに言ってるんだい!こちらこそ自分の娘の事だっていうのに……ありがとうね」
「若い子の悩み事は、身内が尋ねると反発したりもしますよね。第三者の方がすんなり話してくれたりするものです」
(キースあなた何歳なのよ……)
(まるでおっさんみたいな発言ね)
(若い子って同い歳だろうに)
(絶対人生2周目だろ……)
etc……
皆それぞれ心の中で突っ込んだ後、4人は店を後にした。
□ □ □
アリステアらが帰った後、フィーナ達はそのまま休憩に入った。夜の準備が始まるまでの、束の間の一息というやつだ。
「それにしてもとんでもない話だったね……」
「俺はてっきり祝賀会の話かと思ってたんだが……まさか王女様と結婚するという話をされるとは」
「あっという間に白銀級になった事といい、ほんとあの子には驚かされるよ」
イネスはお茶のカップに手を伸ばし、すっかり冷めてしまった中身を一口口に含んだ。
「だけど、キースも大概だけど、イングリット殿下も凄いね……」
「あの歳で大人の補佐官と一緒に政を執り行う程だしな。やはり只者ではいらっしゃらなかったか」
「……キースがリリアとくっついてくれなかったのは確かに残念だけど、案外これで良かったのかもしれないよ?」
フィーナとアドルが不思議そうにイネスを見る。
「キースも殿下もちょっと規格外だ。人は価値観や器が同じ程度の人と一緒になった方が、上手くいくってもんだよ」
「ああ……確かに……」
3人は納得した様に、顔を見合せ頷いた。
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