第247話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
キースとの仲をもっと進めたいイングリットは、側仕え達と色々作戦を立てていました。夕食とお風呂を済ませ、屋上での成果を2人に報告しました。
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翌朝、近衛騎士団でのニバリの講義を聞き終えたキースは、理事長であるマリアンヌに誘われ魔術学院の応接室にいた。
「キース、色々忙しいでしょうにありがとう」
「いえいえ、とんでもないです。いただきます」
淹れたての熱いお茶を一口飲むと、覚えのある香りと味が口の中に広がった。
「ん、コロブレッリ産のお茶ですね!今年は当たり年だそうで」
「あら!一口飲んだだけで産地が分かるの?凄いわね!」
「最近、コロブレッリのお茶いただく機会が続いているので、恐らくそのせいかと。違う産地は全然です」
「確かにマールが言っていたわ。『今年はコロブレッリのお茶がとても美味しいと勧められた』って。そう言われたら買ってしまうわよね」
自身も手を伸ばしカップを取ると、息を吹きかけ冷ましながら、口を付ける。
「それにしても、ニバリのお話は凄かったですね……」
「ええ、まさかあそこまで言うとは思いませんでした。でも、彼らは国内最高峰の魔術師達ですから。現状に満足せず、常に上を見ていただかなくては困ります」
「ふふ、やはり先生から見れば、教え子は永遠の生徒ですか?」
「そうね、どうしてもね……さっき講堂にいた全員、何かしら教えてますから。真剣な顔をして教室で机に向かっていた姿は、今でもはっきり憶えているわ」
25歳で魔術学院の指導官になったマリアンヌは、この道35年を誇る大ベテランだ。その為、エストリア出身の現役で活動している魔術師は、全員教え子である。
手に持ったままだったカップを戻しつつ、ニバリの講義を思い返した。
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キースとニバリは、前日の朝同様、『転移』で近衛騎士団の管理棟に入った。
執務室に入ると、そこにはマテウスら近衛騎士団の幹部達に加え、イングリットとマリアンヌもいた。
「おはようございます皆さん!今日もよろしくお願いします」
キースの挨拶にイングリットが振り返る。目が合うとお互いに少々照れくさそうに小さく笑った。それを見た周囲の大人達は、心の中だけでニヤニヤする。
「おはようございます先生!ニバリ師!講義楽しみにしております……ぅぅんっ、んぅん」
そう言いながら喉に右手を添え撫でる。
「殿下、いかがされました?お加減悪いのですか?」
昨日は見せなかったイングリットの仕草に、心配そうに首を傾げる。
「いえ、そこまでの話では無いのですが……朝起きた時から喉が少々……」
「お休みに入ったばかりなのに、一日出歩いてしまったからでしょうか。もう少し早く戻れば良かったですね。配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
「いえ、昨日寝るのが遅くなってしまったので、きっとそのせいです。この先のお休みが潰れてしまっても困るので、今日は講義だけ聴いてすぐに帰ります。なので、マルシェとレーニアもお休みにしちゃいました」
そう言われると、確かに壁際に控える側仕えと護衛の騎士は、いつもの彼女達では無い。
「承知しました。それではお大事になさってください」
「はい、ありがとうございます」
「キース、代わりと言うわけではありませんが、講義が終わったら学院に来てもらう事はできる?明後日の講義の事とか、ちょっと相談があるのだけど」
「はい、理事長先生。お邪魔いたします」
「よろしくお願いね」
その直後、昨晩の当直責任者だった大隊長が準備が整った事を知らせに来て、皆で講堂へ移動した。
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ニバリの講義も、入りはキースと同じだった。『呪文』に関しては『覚えていない段階でできるかどうかを気にしても仕方が無いし、練習すればきちんとできる様になるから心配ない。まずは『呪文』をしっかり覚える事』という話をしただけだ。
主に話したのは、昨日のキースの講義に出てきた『魔法と自分の可能性を否定するな』という事についてだった。
「── 複数の魔法を同時に発動させる、発動させた魔法を何がしかの行動をしたまま維持する、これまでは不可能であるとされていた事ですが、実際に行っている人物がいます。そう、これらは私達の心が、先入観が、不可能としてきたのです」
「皆さんは、自他ともに認めるエストリア最高の魔術師集団です。常に最高、最強である事が義務付けられています。その為には、既に身に付けている技術の向上はもちろん、『呪文』や先程挙げた新たな技術を、他に先んじて取り入れる必要があります」
「これは当然、冒険者でも同じ事が言えます。仲間の技量は自分の命にも関わってくる。少しでも引き出しが多い方が良いに越したことはありません。現状に満足、安心している方もいるかもしれませんが、その様な心持ちの方は今の場所に居られなくなってしまうだろう、と私は考えていますが、皆さんはいかがでしょう?」
ニバリの言葉に講堂全体の空気がざわりと揺れる。遠回しに『クビになる』と言っているのだ。
「一般市民の冒険者風情が何を知った様な事を、と思われるかもしれませんが、実際のところ、頑迷に1つの技術にこだわり続け、新たな道を進もうとしない者と、新たな技術を柔軟に取り入れ、より多くの選択肢を持つ者、皆さんが指揮官だったらどちらの魔術師を隊に残しますか? 」
「その1つの技術が、他に並ぶものがいない程に抜きん出ているのならまだしも、多少優れている、という程度であれば、私が指揮官若しくはパーティのリーダーなら、他の事もできる人物を選ぶでしょう」
そう言いながら、滑る様に演台の右横に動く。最初は不思議そうに見つめていた魔術師達だったが、ある事に気が付いた時、どよめきと感嘆の溜息が漏れた。
ニバリの足は<浮遊>の魔法により床に着いていなかったのである。
「私も、『呪文』については発動に不安を感じない程度にする事はできましたが、まだまだ向上の余地はありますし、新たな技術についてはかろうじてできている、という程度です。なので、あらゆる機会を利用して練習に励んでおります」
そのまま演台の前に戻る。
「現状を維持したままでも用が足りる環境にいるのに、更なる努力をする事は心に力が必要です。誰だって楽な方が良いですから。ですが、現状維持では足りなくなる未来が見えている以上、努力は必須です。でなければ、自分の価値と居場所が失われてしまう」
「幸い、皆さんの周りには多くの仲間がおります。挫けそうな時でも他の皆が努力しているとなれば、自分だけやらない訳にもいきません。1人で練習するよりずっと張り合いもでます。ぜひ、声を掛けあって取り組んでください」
最後に次回の講義の予定を伝え、ニバリは話を終えた。
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「殿下も騎士団の幹部方も『自分達が言うより外の人間に言われた方が効く。言いづらい事をありがとう』と仰ってましたね」
「しかも、相手は明らかに自分達より技量が上の魔術師ですからね。何か言い返しても、負け犬の遠吠えにしかならないわ。ただね」
マリアンヌは一度言葉を切り小さく溜息を吐く。
「魔術師になって近衛騎士団や国務省に入れた、というのは、貴族家の後継者以外の子にとっては万々歳なのよね。安心する気持ちも解るのよ」
現在のエストリア王国は、周辺国との関係もまずまず良好で、今後戦争に発展しそうな国は無い。
ダンジョン(魔石)により潤っている為、他国に積極的に出征し、自国の領土を拡げよう、という風潮も無い。金持ちは喧嘩する必要は無いのだ。
そうなると、いくら近衛騎士団とはいえ、命を失う危険も下がる。そもそも、魔術師の戦場での立ち位置は最前線では無い。
絶対数の少ない魔術師、職場は安定している近衛騎士団となれば、少なくとも家長(父又は長男)の足を引っ張る様な事態にもなりにくいし、もしかしたら武功を得て箔が付く可能性もある。
「そうすると、そういった方たちにとっては僕のしている事は余計なことなのでしょうか?」
「……そう考える者もいるでしょうね」
マリアンヌの包み隠さない率直な感想に、キースの眉毛が八の字になる。
「でもね、それは極一部にしか過ぎないわ。大部分は歓迎していますよ」
「それは……?」
「昨日も今日も、講義が終わって講堂を出て行くあの子達の表情と目ね。ほとんどが笑顔で、目も輝いていたもの。子供の頃と一緒だったわ。それに、程度の差はあっても、魔法に関して自分が知らない事があるのは我慢できない、それが魔術師よ。気にしなくて大丈夫」
学院に通い始め、未知の知識を学び練習をする。最初はひたすら失敗だ。挫けそうになる子も多い。だが、その分できるようになった時の喜びと興奮は、非常に強いものがある。大人になってもそう簡単には忘れられない。
「……それでね、今日来てもらったのは他でもないの、リリアの事なのよ」
キースは、自分の心臓が一際大きく跳ねた気がした。
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