第241話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
近衛騎士団での講義を終え、自分との時間を過ごしたがっていたイングリットを連れて、屋敷へと向かいます。
□ □ □
キース、イングリット、ニバリの3人は、近衛騎士団の管理棟から、屋敷内の『転移の魔法陣』が設置してある部屋へと転移した。
(えーと、フランが台所でおばあ様がリビング……この動きは編み物だな。クライブは門扉の脇、か)
皆の居場所を確認し、感じられる動きから何をしているかの当たりをつけつつ台所へと向かう。常に<探査>を展開しているキースならではである。
「ただいま戻りました!」
台所の入口から中に向かって声をかけると、エプロンの前掛けで手を拭きながら、フランが出てきた。
「お帰りなさいキース、ニバリ。あら!……いらっしゃいイーリー、マルシェとレーニアも。よく来てくれたわね!」
「こんにちはフランおば様。ご連絡もせず申し訳ございません。お邪魔いたします」
「…何言ってるの!何時でも来て良いのですよ。大歓迎です」
「うふふ、ありがとうございます」
笑顔で顔を見合わせる。
「おばあ様はリビングですね。行きましょう」
「はい、ではおば様、また後ほど」
「ええ、ゆっくりしていってちょうだい。お茶を用意していくわね」
(……どうしてもまだ言葉が出るまでに間が開いてしまうわね。早く慣れないと。それにしてもさすがアーティ、本当に一緒に来たわね。余分に用意しておいて良かったわ)
フランは4人の後ろ姿を見送ると、途中だったお茶の準備を続けるべく、台所の奥へと戻った。
□ □ □
キースはリビングの入口手前まで来ると、一度足を止めた。
「こちらがリビングですが、ソファーでおばあ様がレース編みをしています。そっと覗いてみてください」
「大変お上手なのですよね?楽しみです!」
イングリットらはキースに促されそっと中を覗き込む。そして、その光景に息を飲んだ。
アリステアはソファーに埋まる様に深く腰掛け、一心不乱に手を動かしていた。編み棒を手繰るその手は尋常ではない速さで動き、まるで棒が踊っているかの様だ。そして、それ以上に皆の気を引いたのはアリステアの『目』だった。
視線は手元を向いているが焦点が合っていないのだ。傍から見ると意志の無い人形の様にも見える。それはアリステアが編み物に集中している時に出る特徴であった。後で本人に訊いても『意識していない、何故かそうなる』という事で、理由は不明だ。
(あれでちゃんと編めているというの!?『手先の器用さに特性が出ていて玄人はだし』とは聞いていたけど、これはそんなレベルでは無いんじゃないかしら?)
イングリットはもちろん、マルシェとレーニアも目を丸くしている。これで『玄人はだし』なら、本当の専業の職人はどれだけのものなのだろうか?そう思わせる程の速さだ。
「どうですか?凄いですよね。編まれた品物はどれも高額で取引されているそうですよ」
キースが囁いた。その時、アリステアが手を止めたかと思うと、『ぐふっ』と吹き出し笑いだした。
「あなた達そんなところで何してるの。見るなら中に入ってくれば良いでしょうに。そこからジーッと見られては気になって仕方がないわ」
アリステアは、入口から顔を覗かせていたキース達に笑いながら声をかけた。その笑顔には、呆れと孫達が来た嬉しさとが半々に込められいる。
「お気づきだったのですね。ただいま戻りました」
「あれだけじっと見られていれば、どれだけ集中していても気が付きますよ。お帰りなさいキース、ニバリ。ようこそイーリー、きっと来ると思っていたわ」
そう言うと自分の隣をポンポンと叩き、座る様に促す。
「こんにちはおばあ様、お邪魔いたします。……お見通しだったのですね。なぜそう思われたのでしょう?」
そう言いながら隣に腰を下ろす。
「お休みで自由になる時間があれば、キースと一緒に過ごしたいと考えるのが普通だわ。それに、"かの国"があった頃に建てられたこの屋敷、特に地下室は魔術師なら見過ごせないもの」
「はい、まさにそのとおりです。お休みの間に一度はお邪魔したいと考えておりました」
「一度と言わずに何度でも来てちょうだい。キース以外の3人は暇人とまでは言いませんが、用事があっても都合がつく事ばかりですから」
アリステアら3人は、王都にいる昔馴染みに会おうとしても、相手がかなり限られてしまう。その分屋敷の中でできる事をして過ごす事が多い為、急な予定変更があっても対応しやすい。
「はい、皆さん、お茶を淹れますよ」
フランが茶器のセットやお菓子を載せたワゴンを押しながらリビングに入ってきた。それを見て、壁際に控えていたレーニアとマルシェが手伝おうと動き出す。
「大丈夫よ2人共。それより、2人も掛けてちょうだい。ここは王城ではないのだから。こういう時ぐらいしかゆっくりできないでしょう」
マルシェとレーニアはフランの言葉に戸惑いながらイングリットを見る。主人と席を同じくした経験は無い為、座ってしまって良いものかどうか判断がつかないのだ。
「ここには家族しかいませんからね。他人の目もありませんからお言葉に甘えましょう。それに、私達の領域ではないのに動き回るのは、それはそれで失礼になるもの」
「……分かりました。それでは失礼します」
2人はイングリットの斜向かいの、2人がけのソファーに腰を下ろした。それでも、浅く腰掛け何かあってもすぐに動ける体勢ではある。
「最近ね、とても美味しいレストランの茶師が淹れた味の再現に凝っているの。産地までは特定できているのだけど、そこからが難しくて……」
そう言いながら、ケトルからカップとポットにお湯を注ぐ。まずは使う器を温めるのだ。温まった頃合いを見てお湯を捨て、茶葉を入れたポットに改めて熱湯を注いでゆく。すると、すぐにポットを中心に、華やかで香しいお茶の香りがリビング全体に広がり、皆を包み込んだ。
(香りが一気に広がった!まるでお城の茶師が淹れたみたい!おばあ様もフランおば様も、色々な特技をお持ちなのね……)
イングリットは軽く目を見張る。
フランはこの上なく真剣な表情で人数分のお茶を淹れ、一人一人の前にデザートと一緒に配膳してゆく。
「お待たせしました。さあ、どうかしら?」
そう言いつつも、技術的にはまだまだログリッチに及ばない事は分かっている。彼が淹れた時は、もっと爆発的にお茶の香りが広がるのだ。
「はい、いただきます!」
キースがお茶とデザート(今日はティラミスである)を一口ずつ口に入れる。
用意した飲食物を最初に口にするのは、招待した側の義務だ。それが『毒など入っておりません』という証明になる。たとえ婚約者といえども、相手は万が一も許されない次期王位継承者の王女殿下である。そういった線引は必要だ。
「……どちらもとても美味しいです。細かい感想はイーリーに任せようかな」
「あら、それは責任重大ですね……ではいただきます」
お茶のカップ口元まで運ぶと、まずは香りを味わう。
(柑橘系の香りがメインだけど、秋らしくそこまで強くない、まろやかな感じ。そこに、これも程々な強さで花の様な、華やかな香りも混ざっている……これは恐らく)
茶葉の産地に当たりをつけながら一口含み、ゆっくりと飲み下す。
(……うん、やっぱりコロブレッリの茶葉ね。昨日お昼に飲んだのと似ているもの。今年はデキが良いらしいから流行っているのかな?昨日のはガルネウ種と言っていたけど、こっちの方が華やかな感じがするから、種類は違うかもだけど)
もう一口飲んでカップを戻し、デザートのティラミスの器を手に取る。透明な容器に入れられ、材料の違う層の断面が見える様にしてある。イングリットは思わず容器を掲げて眺めた。
(綺麗な層……専業の職人でも無いのに、こういった細かいこだわりというか徹底ぶり、本当に凄い)
スプーンを入れてすくい口に入れると、滑らかで濃厚なマスカルポーネチーズのクリームとカスタードクリーム、香ばしいビスケット地、ほろ苦いココアパウダーが渾然一体となって口の中に広がる。
(んん~!これは美味しい!)
一口食べて感想をと思ったが、堪らず二度、三度とスプーンを口に運ぶ。それぞれ濃厚だが甘さも控え目で食べやすい。
美味しさに感激しているところに、またお茶を一口飲む。すると、口の中の濃い味わいが不思議なまでにさっぱりと消え、再びティラミスを口にした時、まるで最初の一口目かの様に味わえ、衝撃を受けた。
結局イングリットはそのまま最後まで食べ続けた。
お茶を飲み干しカップを置き、一息ついたところで我に返る。
「……あまりの美味しさに止まりませんでした。お恥ずかしい姿を……」
俯いて頬を赤らめる。『感想を』と言われていたのに一息で食べてしまったのだ。さすがに気まずい。
「いいえ、どんな言葉よりも嬉しいわ。気に入ってもらえて何よりよ」
「恐れ入ります……」
そう言われてもまだ顔を上げられない。
「でも、お茶はまだまだなのよね……先は長いわ」
「こ、これでもまだ追い付かない程の方なのですか?おば様のお茶は、王城にいる茶師と同じぐらい美味しいと感じましたが……」
イングリットはフランの言葉を受け困惑した。
飲食物である以上飲む側の好みもあるが、王城で雇っている以上、当然国内最高峰の茶師である。そんな茶師達が淹れたお茶を日常的に飲んでいるイングリットが、それに匹敵すると感じたにも関わらず、フランが目指す人物はまだまだ先を行っているという。
フランはログリッチの事をざっと説明した。イングリットはヴァンガーデレン家のアンリの事は記憶にあったらしく、あの方の師匠の孫で、直接指導もされたならばと納得した。
「私はまだまだ世間知らずですね……これからも勉強しなければ。皆さん、お力添えよろしくお願いします」
『どんな分野にも極限のプロフェッショナルがいる』改めてそう感じたイングリットだった。
□ □ □
「よし、ではイーリー、そろそろ地下室に行ってみようか」
皆がお茶とデザートを楽しみ終えたところで、キースが切り出した。イングリットの瞳がティラミスを食べた時とはまた違う輝きを見せる。
「はい、よろしくお願いします!」
「では皆さん、私はこれで失礼します。両親と約束がありまして」
「そうですか……お疲れ様でしたニバリ!また明日!」
「ありがとうございましたニバリ師。明日お話いただける内容は、もう決まっていらっしゃるのですか?」
「はい、本質はキースと同じですが、少し違う方向の話を考えております」
今現在『呪文』から魔法を発動できるのはキースとニバリだけだ。キースより一般の魔術師に近いニバリの経験は貴重である。
「それは楽しみですね!よろしくお願いします!」
「皆さんを退屈させない様に頑張ります」
最後にもう一度挨拶をしてニバリはリビングを出ていった。
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