第23話
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左脚のすねのあたりに走った鋭い痛みで、幸せな妄想から現実に引き戻された。
慌てて足を見ると、そこには1匹の蜘蛛が止まっている。
その砂色の蜘蛛の背中には、青い網状の模様が見える。
その模様の意味を認識したアリステアの顔から、ざっと血の気が引いた。
(サンドブルーウェブスパイダー!)
体長は足を入れても10cmほどと、そこまで大きくはない。
特徴は砂色の体色、背中にある青い蜘蛛の巣のような模様と、強烈な神経毒を持つ事だ。
成人男性でも3分ほどで体が痺れ動かなくなってくる。小柄なアリステアでは2分少々か。
だが、いざという時のためにポーションや解毒薬は腰のベルトに固定してある。
(すぐに飲めば大丈夫。落ち着け・・・)
しかし、解毒はできても強烈な毒だ。一度体内に入った以上影響は出るだろう。
(今日は馬に乗って帰るのは無理かも・・・)
解毒薬を取ろうと手をやる。
!?
さらに腰の辺りをバタバタと探る
腰を見る
!!
無い。
ベルトが無い。
さすがにパニックになりかける。
(なんでだ、いつも付けてるのに。外で外した事なんて無い。今日だって間違いなく付けていた。さっき穴を開けるのに使ったハンマーはここに引っ掛けてあったんだか・・・ら・・・穴?)
あの時!
壁に穴は開けたがレバーに手が届かず、頭から穴の中に入ったあの時。
確かに腰のベルトを外して穴の横に置いた。
という事は、解毒薬はこの部屋の外にあるという事だ。
入口まで200m程。
遠くは無いが、既に左足の膝から下が痺れ始めており、走れるか分からない。
それに動く事で毒がより早く体に回るだろう。
(これは・・・無理か・・・)
アリステアは諦めた。
アーサーの顔が浮かぶ。
アリステアが遺跡から戻りギルドの建物に入った時に見せる、ちょっとホッとした様な表情。
窓口の席に座った時の最初の一言は必ず「お帰りなさいアリステアさん、お疲れ様でした」だ。
買取金額は、いつも相場より3%ぐらい高い。
(やっとの思いで)「高いよ・・・?」と言うと、悪巧みを見つかった子供の様な顔で、「内緒ですよ?おいしいものでも食べてください」とささやくのだ。
この歳で金も名誉も十分に得てしまったアリステアは、今や、アーサーとのこんな小さなやり取りをするためだけに、遺跡に潜ってると言ってもよかった。
誰もが特別な目で見るアリステアに対し、気負う事無く普通に接してくれる、それが本当に嬉しかったのだ。
長袖シャツの袖を破き、左足の太ももの中程できつく縛り、木箱の一つに座り左足を伸ばす。
国王に下賜された、愛用のミスリル製の短剣を抜き右手で持つ。
切っ先を左に、刃は下に向ける。
「ダンジョンの深層の魔物でもバターの様に切れる」とお墨付きの逸品だ。
そこにさらに自分の魔力を思い切り込める。青白い光が強くなる。
これなら一瞬で終わるだろう。後は自分の心一つだ。
首から掛けている冒険者証を服の内側から取り出し、眺める。
ギルドマスターを初め、たくさんの人の顔が浮かんでくる。
最初に組んだパーティの2人、彼らはもう王都を離れているが、元気だろうか。
たくさんたくさん迷惑をかけてしまった。今もまだ冒険者を続けているのだろうか。
新人冒険者の支援を始める時には、デズモンドにも世話になった。
書類なんて作った事の無い自分相手に教えるのは、さぞ大変だっただろう。
しかもあの書類の大半は、自分が喋ったことを彼が提案書風に書き起こしたのだ。
いつも子供の頃と変わらず接してくれる、共同神殿の司祭様や神官、孤児院の子供達。街の市場の人達。
普通に冒険者をしていたら、まず会う事も無い国王陛下や国務長官。
そんな人達に直接表彰までしてもらえた。
マナーや歩き方の練習は大変だったけど、ドレスや髪型は素敵だった。
そして何より、金級冒険者というだけでも大変な事なのに、歴史上唯一の白銀級冒険者になれた。
孤児院出身で、編み物が取り柄の、ただの小さな女の子だったのに。
でも、それもこれで終わりだ。
白銀級冒険者であり、稀代のトレジャーハンター、アリステアは今日で終わる。
冒険者証を左手で握る。
途端に勇気が湧いてきた。
トレジャーハンターは生きて帰ってこそなのだ。ここで死ぬ訳にはいかない。
あの時自分は「がんばる!」と言ったのだ。アーサーに喜んでもらいたい。あの笑顔が見たい。
最後に、自分を鼓舞するかの様に叫びながら短剣を振りかざす。
「わたしは!白銀級トレジャーハンターだ!獲物は!絶対に!あの人の元へ!持ち帰ってみせる!」
アリステアは、自分の左足目掛けて短剣を振り下ろした。
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