第238話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
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【前回まで】
『呪文』の講義をする為近衛騎士団の本部にやってきたキースとニバリ。団長のマテウスとボブから王配についての説明を求められました。『依代の魔導具』『石力機構』関連の資料収集の協力を取り付け、講堂に向かいます。
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キースは副団長のボブに先導され、講堂前方にある出入口から中に入った。入った途端、すり鉢状になった席から、様々な感情がこもった視線が一斉に飛ぶ。だが、それももっともな話だ
今ここにいる魔術師達は、先日の『呪文』の展示を見た大隊とは別の隊に所属している。今初めてキースを見る者が殆どだ。
冒険者になってたったの半年で白銀級に到達し、数百年埋もれていた魔法の発動手順を発見し、運用と指導を主導している。さらに祖母はあのアリステア、父は『王国筆頭』と名高い金級冒険者ライアル。とくれば、興味、羨望、妬み等々を含んだ目で見られるのは仕方がない。
実際には有り得ない筈なのに、キースは皮膚がピリピリ、チクチクする様な感覚を覚えた。
さらにキースは、その他大勢の魔術師達とはまた違う視線を感じた。この視線は他の魔術師達とは違い、暖かくほんわかと包み込んでくれるかの様な、優しい視線だ。演台に向かって歩きながら視線の先を見て、驚きと納得、半々の気持ちを抱いた。
(うん、なんかね、そんな気はしてた)
大きめの演台の正面の席には、満面の笑みを浮かべ、薄い魔石色の瞳をキラキラと輝かせた若い女性が座っていたのだ。
そう、『エストリア最期の、そして最高の希望』と謳われる次期王位継承者、イングリット王女殿下、その人である。
(……そうか、だから昨日の夜はっきり言わなかったんだ)
キースは昨夜のイングリットとのやりとりを思い出す。2週間の休みに入るイングリットに、明日の予定を尋ねた時の事だ。イングリットの返答は『午前中というか、朝一番だけ予定が入っていますが、その後はまだ未定です。相手の都合次第ですね』というものだった。
(今思えばこの答えは妙なんだよな)
せっかくの休みなのに、なぜ朝に予定を入れているのか。イングリットは朝弱い訳では無いが、休み無く毎日忙しくしていれば、いくら若くても疲れは溜まってくる。せっかくの休みぐらい、いつもよりゆっくり起きて、のんびり朝食でもと考えるのはごく自然の事だ。
にも関わらず『朝一番に予定がある』と言った。つまり、以前からこの講義に出席する気満々だったのである。
(そうすると、これはやはり……いや、そっちは終わってから考えよう。今は講義だ)
演台の前に着いて、改めて正面の席を見る。
(殿下が出席するとなれば、やはりこのお2人もいるよね)
イングリットの左隣には魔術学院の理事長であるマリアンヌ、右隣には近衛騎士団の副団長であり魔術師部隊の責任者、ミーティアが座っている。
(さっき騎士団長が『準備してる』って言ったのは、この部屋と自分が講義を受ける準備、両方の事だったのか。だから含みを持たせたんだな)
考えをまとめ心を落ち着かせる為、持ってきた指導書や資料をわざとゆっくり演台の上に出す。
(理事長先生はまあ来るよな。学院でも講義はするのだから。僕がどんな感じで進めるか見ておきたいだろうし)
キースは学院の後輩達や『コーンズフレーバー』の娘であるリリアに指導した事はあるが、それだけだ。指導に関しては素人に毛の生えた様なものと言って良い。
マリアンヌは、リリアへの指導を見た時に『教え方が上手』と感じてはいたが、1対1の指導と講堂での講義はまた別物だ。気になるのは当然だろう。
優しく微笑むマリアンヌとは対照的に、反対側に座るミーティアの表情は真剣この上ない。キースの発する言葉の一欠片、一挙手一投足すら逃さない、という強い気持ちが伝わってくる。
彼女は自他ともに認める王国屈指の魔術師で、自分でもそれを誇りにしていたが、キースが現れた事でそんな事はどうでも良くなってしまった。明らかに違う次元に到達している魔術師の存在を知ってしまった以上、それは既に過去の栄光であり、いつまでも縋りついていても惨めで滑稽なだけである。
追いつく為に何をすれば良いのかは示されているのだ。ならば、さっさと気持ちを切り替え邁進するのみ。ミーティアはそれができる強い心の持ち主だった。
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「開始前に少々時間をもらう」
そう言いながらマテウスが演台の脇に立つ。
「既に承知の通り、この講義にはイングリット殿下がご臨席されている。休暇中の私的な参加の為ご挨拶などはいただかないが、殿下が貴重な休みの中自ら進んで出席する程の講義である。夜勤明けで疲れもあるとは思うが、皆も心して聞いて欲しい。なお、超過勤務として給料はきちんと出るので、そこは安心せよ」
団員達から笑いが起こる。近衛騎士団はホワイトな職場なのである。鐘一つ分とはいえ、そこはきっちりしているのだ。
「それと、これも皆知ってはいると思うが、先日、キース指導官は、数々の功績により白銀級冒険者へと昇級した。自らの祖母アリステアに続き史上二人目の快挙である。近衛騎士団は、『魔力付与の魔法陣』の提供、そしてこの『呪文』の件で大変世話になっている。よって、ここに指導官の快挙を讃えたい。全員起立!」
マテウスの号令に合わせて一斉に立ち上がる。ミーティアは勿論、イングリットやマリアンヌもだ。
「キース指導官、白銀級昇級おめでとう!」
「「「おめでとう!」」」
マテウスの声に皆が続き、割れんばかりの拍手がキースを包みこむ。
当のキースは、まさかこんな展開になるとは思っていなかった為、大きな緑の瞳をぱちくりしていたが、徐々に実感が湧いてきたのか、頬をピンクに染めて照れくさそうな笑顔を見せた。その愛らしい表情は、女性の魔術師達の心を鷲掴みにしたが、さすがにそれを表情に出す者はいなかった。
「よし、それでは始めるとしよう。指導官、よろしく頼む」
「はい!承知しました」
拍手が自然と鳴り止むのを機に、マテウスがキースを促し講義が始まった。
□ □ □
キースの講義内容は、ある意味皆の不意を突いたものだった。参加者の一番の関心事は、『これまで無言で発動させていた魔法を、呪文という言葉を発しながらきちんと発動させられるかどうか』である。だが、その辺にはほとんど触れられなかったのだ。
キースからは「まだ『呪文』を完全に覚え切っていない今の段階で、そこを気にしても仕方がありません。多少の個人差はあるでしょうが、今は覚える事に専念して下さい」という発言があっただけだ。
キースが主に話した内容は『状況に合わせた最適な魔法の発動について』というものだった。
曰く ━━
「目的が敵集団への先制の一撃と、どうしてもこの場で仕留めたい敵の前線指揮官とその護衛では、同じ<火球>の魔法でも作り出す種類が違います。先制攻撃による混乱や目眩し、牽制が目的であれば、威力を抑え数を増やす、一撃確殺を狙うのであれば少数で高威力のものを作る。さらにこれからは、時間を掛けて『呪文』を詠唱するのか、無詠唱で一気に押すのか、という選択肢が入ってきます」
「北の某国の騎馬隊は精強で鳴らしており、その突撃は大変な破壊力があると聞き及んでいます。それを<地形変化>の魔法を用いて無力化する為にはどう発動させたら良いのか?高さは?壁の厚さは?真っ直ぐなのか、曲線なのか?一緒に地面の状態を変化させて足止めをするのはどうか?先程の<火球>同様、指揮官は瞬時に判断し指示しなければなりませんし、隊員の皆さんも指示を予測し準備を整えて置く必要があるでしょう。選択肢が増えた分、意思統一をより強固にしていかなければなりません」
「学院を卒業式し近衛騎士団に入る程の魔術師である皆さんには今更ではありますが、魔法は『イメージしたものを魔力を用いて具現化したもの』です。いかに頭を軟らかにし想像できるかがポイントです。特に気を付けなければならないのは、『そんな事は非常識だ』『聞いた事が無い』『無理に決まっている』という否定の気持ちです。これだけは絶対に持ってはいけません。これは魔法と自らの可能性を否定する事に繋がります。実際に、2つの魔法を同時に発動させたり、常に<探査>を発動させたまま、という者がおります。不可能など無い、と言ってしまって良いと考えています」
魔術師達は皆、今まで自分が学んできた事とはまた方向性が違う話に真剣に聴き入っていた。
□ □ □
「……以上を持ちまして、本日の講義を終了と致します。騎士団長、次回は皆さんが『呪文』を覚えてからが良いと思いますので、半月後でいかがでしょうか?」
「任せる!細かい調整はそれに合わせて行うので問題無い!」
「承知しました。では、各隊次の講義は最初の講義から半月後という事で。暗記物は向き不向きありますし、使える時間も違うとは思いますが、全ての始まりはここからですので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。お疲れ様でした」
魔術師達が席を立ち解散し始める中、キースは演台の前で大きく息を吐いた。
(やっぱり慣れてないせいか疲れるな)
資料を鞄にしまっていると、目の前に座っていた女性3人組が近付いてきた。
「お疲れ様でした先生!」
「とても良いお話でしたよキース。お疲れ様」
「ええ。特に、『否定の気持ちを持つな』という点が印象に残ったわ。後は、魔術師達に出す指示についての事ね。今まで以上に気を配らなくては」
口々に感想を述べる。話をしたキースとしては、反応があるだけでありがたいが、それが好反応であればより嬉しいものである。
「2人ともこの後都合はどうだ?ちょっと一息つこうと思うが」
「ありがとうございます。お邪魔いたします」
マテウスの誘いを受け、一行は執務室へと向かった。
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