第219話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
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【前回まで】
マクリーンによって、イングリットが小さい頃から積み重ねてきたモノが解き放たれました。色々と区切りが良いので、イングリットは心機一転する為休みを取る事に。解散しましたが、キースはイングリットに何やら用があるらしく……
□ □ □
キースはイングリットの私室に案内され、向かい合って座っていた。お茶とお菓子を楽しみながら、授与式の話で一頻り盛り上がったが、会話が途切れたところでイングリットが切り出した。
「それで先生、ご用件は……あ、いえ、特に用がなくてはダメという事では無いのですけど」
キースと2人で楽しくお喋りしながら過ごす、という状況であっても、イングリットは落ち着いていた。
片想いと思っていたのが両想いであった事、さらに婚約まで話が進んだ事が、その余裕を生み出しているのだ。よって、解散直後の声掛けが何かの口実である事にはすぐに気が付いたし、キースがまだ本題に入っていないのも解っている。
「はい、殿下にこちらをお持ちいただこうと思いまして」
そう言いながらいつもの書類筒から取り出したのは、『転移の魔法陣』と『物質転送の魔法陣』だ。
「これは……よろしいのですか?でも、なぜ……?」
イングリットがどういう事かと目を丸くする。
「これは私と殿下を繋ぐ為の魔法陣でして、主な使用目的は気分転換の為となります」
「気分転換……」
瞬きをしながら首を傾げると、『照明の魔導具』の光を受けた、薄い魔石色の瞳がキラリと輝いた。
「はい。例えば……そうですね、殿下が午前中に視察に出られていたとしましょう。予定より時間が掛かってしまい、王城への戻りが遅くなってしまいました。午後一には外せない面会予定が入っており、昼食を食べる時間が取れなさそうです。その時のご気分はいかがですか?」
「……い、イライラしていると思います。で、でも少しですよ?少しだけです、きっと」
「大丈夫です、それが普通ですので。そこに何かの用事で登城してきた、エヴァ様と行きあいました。さて、どうでしょう?」
「そうですね、ご挨拶して、急いでいるにも関わらず少し立ち話してしまい、余計慌てるという景色が浮かびます」
「そうですね。その時感じていたイライラはどうでしょう?きっと、少し気が紛れて軽くなっているのではないかと思います。忙しくしている時などに、全く関係ない人間とやり取りをする。例えそれが一言二言であっても、気が逸れて心が軽くなるものです。これまでもその様なご経験ございませんか?」
「確かに仰る通りです……では、その聞き役を先生が担ってくださると?」
「はい。もちろん、一般市民の冒険者に話しても構わない内容に限られますが。その程度の事であれば、殿下をそこまで悩ませる事は無いのかもしれません。ですが、些細な、どうでも良いと思える事でも、塵も積もれば山となるとも言います。気が付いた時には、心の中で大きな塊になってしまっているかもしれません。そうなる前に誰かに話して、胸の内に止めない様にいたしましょう。要するに……愚痴や文句でも構いませんので、ぶつけてきてください、という事です」
「先生……」
先程も、小さい頃からの積み重ねが爆発してしまった。自分でもあんな事になるなんて思ってもみなかったのだ。
『両親は事故と病気で死んでしまった為いない』
この言葉の意味が理解できる年齢になってからは、両親がいない事を気にした事はほとんど無かった。一切記憶の無い、とうに死んでしまった人の事を考えても、目の前の案件が片付く訳でも無いし、良い知恵が湧いてくる事も無い。
そんな余裕が無かったというのもあるが、イングリットの『家族』というものについての認識は、そんな程度であった。そんなイングリットに未来の夫となる婚約者、『おかあさま』や『おばあさま』、「おとうさま』が一気にできてしまった。あの爆発の原因はその反動によるものだった。
そして火種があれだけとも限らない。自分でも気が付いていないだけで、何かを切っ掛けにまたああなってもおかしくはない。アルトゥールとキース達しかいなかったから良かったが、いつもそうとは限らない。
「私はまだ王配として補佐する事はできません。ですが、直接的な手助けはできずとも、離れた所からできる事があるのではないか?と考えました。それに、紙に書いて送るという事は、内容を頭の中で整理する事になります。それだけでも腹立ちの解消に繋がるのではないかと。いかがでしょうか?」
「……お気遣いありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
イングリットは、キースの気遣いに胸の奥がじんわりと温かくなった気がした。
「もちろん、普通の相談事や質問、雑談などでも構いません。些細な、くだらない事でも良いのです。昼食のメニューとその感想とか、そんな事でも良いのです。時間も何時でも構いません」
キースはそこまで言うと急に口ごもった。その言い淀む様子に、どうしたのかとイングリットが見つめる。目が合うと頬がより赤くなる。
「まあ……その、長々とごちゃごちゃ言いましたが、要するに……ですね」
キースは一度深呼吸をし、グッと力を入れ一気に言った。
「お互いに、その日にあった色々な事をやり取りできたら良いな、という事です。次にお会いした時に話題にする事もできます」
「意見を交わす事で、お互いの価値観や考え方の理解にもつながりますものね。相手から連絡が来れば、離れていても思いを馳せる切っ掛けになります。素敵なアイデアだと思いますし、そんな事を言ってくださるなんて嬉しいです。それで……『転移の魔法陣』はどう使えば良いのですか?」
話の流れから、イングリットの頭の中には、もしやと思う用途は浮かんでいるが、これは是非ともキースの口から聞きたかった。
「はい、やり取りだけでは収まらず、どうしても私に近くにいて欲しかったり、話を聞いた私がおそばに行くべきだ、行きたいと感じた時、すぐに駆けつける為の魔法陣です。もちろん内緒ですよ?」
キースの言葉にイングリットは席を立った。
そのまま早足でテーブルを回り込む。何事かと目を丸くするキースの隣に座り、その両手を取った。その頬は染まりキースを見つめる瞳は潤んでいる。今日はもう潤みっぱなしだ。
「ありがとうございます。先生には本当に勇気づけられて、支えていただいています。引き続きよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。それで、最後にもう一つありまして……今みたいに側仕えの方以外いない時は、イーリーとお呼びしてもよろしいですか?」
(ああ、もう本当に先生ったら!)
「もちろんです!婚約者なのですから!私もキースさんとお呼びします!」
「イーリー、イーリー、ふふ、慣れないせいか何だか照れますね」
「最初は仕方がありません。キースさん……キースさん……うん、良いですね!キースさん……うふふ」
手を握りあって見つめ合う。そのまま徐々にお互いの顔が近付き、イングリットが目を閉じる。呼吸も感じられる程の距離になったその時、キースの目に、壁沿いに控えながら満面の笑顔を浮かべたレーニアの顔が入った。
慌てて顔を離し、握っていた手を解く。離れた気配を感じ、イングリットが目を開けた。
(あ、危ない。そのままいってしまうところだった……さすがに見られながらはマズイでしょ)
対するイングリットは、こころなしか不満気な表情にも見える。
彼女にしてみれば、レーニアともう一人の側仕えであるマルシェは、『家族同然』と言っても良いぐらい近い存在だし、護衛を兼ねている以上、この2人が部屋にいないという状況は有り得ない。一々その目を気にする様な存在では無いのだ。
だが、もちろんキースの気持ちは理解できるし、自分の立場を考えればここは自重すべきである。だが、彼女にしても、このままでは気持ちの収まりがつかなかった。
キースを見るその表情は、切なそうに眉毛が下がっている。その気持ちを察したキースは、席を立ちその場に跪いた。
王配の話を受けた時と同じ様に、イングリットの手を取り、その手を額に押しいただく。
「イングリット殿下、私キースは、白銀級と祖母、父の名にかけて、あなたを生涯に掛けてお守りする事を誓います」
そう言って手の甲に口づけた。
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