第211話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。が、週一更新を目指しております。
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【前回まで】
昼食会の最中も、どこか心ここに在らずだったキースですが、それは一部の人々にはバレていました。アルトゥールに考え違いを諭され一件落着と思いきや、そのアルトゥールの様子が一変して……
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「ど、どうとは……」
余りの勢いと圧に、気持ちだけでなく腰も引けている。そんなキースの様子に、アルトゥールの顔には呆れの色が浮かぶ。
「何を言っておるのだ!今日のイングリットに決まっておろうが!身内の儂が言うのもなんだが、そもそも相当の美少女だぞ!?それが今日の為に幾日もかけて整えてきたんじゃ!褒め言葉の一つぐらい出てこんのか!全く……お主は頭は回るくせに、女が絡むとからっきしじゃのう!」
その剣幕に、慌ててイングリットに目を向ける。彼女は曽祖父の腕に取り付いて押しとどめていたが、キースの視線に気付き少し恥ずかしな笑顔で俯いた。その拍子に、小さめな魔石が複数付いた髪飾りが揺れシャラリと音を立てる。俯いたままキースの反応を上目遣いで窺ってくるところが、またなんとも意地らしい。
普段のイングリットは多忙だである。
朝一から視察、昼前に帰ってきて面会、午後は執務と、場面がコロコロ変わる事も珍しくない。取り回しにも気を遣う高価なドレスは、この様な日々を送るうえで全く向いていない為、乗馬服に手を加えた服を着ている。
執務や面会はドレスでも良いかもしれないが、どちらにせよ視察に出る時は着替えなければならないし、王女殿下のお召し換えには、どうしても人手と時間と金が掛かる。その為、本人は『着飾るのは王位を引き継いでからすれば良い』と割り切っている。
だが、周辺国からの使節を迎える式典や、何がしかのお祝いの席であれば歳と立場相応の格好で臨む。
「この授与式と昼食会は全てイングリットの仕切りじゃ。どうしても自分がやると言い張ってな。日々時間の隙間をついて整えておった。もちろん今日の自分の装いもじゃ。何かあってしかるべきであろう?」
その言葉には、言外に『誰の為に頑張ったと思っておるんじゃ』という気持ちが込められている。
アルトゥールに言われるまでもなく、もちろんキースも解ってはいた。ドレスや化粧、髪型などの見た目ももちろんだが、今日のイングリットは何より雰囲気が違う。圧倒的な王女感(?)なのだ。まさに『王国最後の、しかし最高の希望』に相応しい。それに加えて、今日は今までに無い妙な気恥しさも感じていた。
謎の王女感に気圧されていたというのもあるが、キースは同年代の女性との縁がほとんど無い。魔術学院在籍中は、女子学生達はキースの事を、『皆で愛でるもの。抜け駆け禁止』と定め、当たり障りの無いやり取りに終始した。あまりの『とんでも』っぷりに引いていたのもあるが。
その為、周りにいるのは母親や祖母の様な年齢の女性ばかりだった。そんな彼に、多くの人目がある中で、スマートな褒め言葉を求めるのは少々無理があった。しかも、相手は自分に結婚の申し込みをしている王女殿下ときている。
頭の中では色々な言葉が浮かんではいるが、ぐるぐると渦巻くだけでうまく口から出てこない。
「じれったいのう!わかった!そなたらはもうそちらの席に移れ!ほれ、皆整えよ!」
焦れたアルトゥールが、壁際に控えた側仕え達に指示を出す。
『そちらの席』というのは、衝立の向こう側に置かれている、少人数用のテーブルセットの事だ。そこにあっという間に2人分のお茶の用意が整えられ、キースとイングリットはそちらに座らせられた。
あまりの急展開にこの2人をしても呆然気味だったが、向かい合って顔を見合わせると先程までの気持ちが蘇ってきたのか、お互いにテーブルに視線を落とす。
だが、アルトゥールに発破をかけられた事と、周囲の視線が無くなった事もあり、キースはだいぶ落ち着いてはいた。
ワゴンに載ったお茶のセットに手を伸ばし、小皿を一枚手に取ると、テーブルの中心付近に置く。
イングリットが不思議そうに見つめる中、キースは皿に触れた指先から魔力を流しながら一言呟いた。
「<静音>」
小皿を中心に魔力が広がり、テーブルセットを包み込む。これでこの中の全ての音は外に漏れない。イングリットの目が驚きに見開かれる。
「小皿に魔力を込める事で、簡易的な魔導具として用いました。多く込めれば効果時間が伸びますが、あまり込めすぎると素材が耐えきれない可能性もありますので、本当にその場しのぎですが」
「なるほど……こういう手段もあるのですね。後で試してみます」
新たな手法にイングリットの目が輝く。
そして、キースが椅子の上で居住まいを正す。イングリットを真っ直ぐに見つめると、魔力の色を薄めた様な水色の瞳と目が合った。イングリットもドレスの裾を手のひらで直す。
「まずは、本日、この様な素晴らしい場を設けて下さった事に感謝致します。両親と仲間達と共に祝っていただいた事は、一生の思い出として残るでしょう。ありがとうございました。白銀級というのは正直予想外で少々戸惑いましたが、皆さんの期待と、祖母と両親の名にかけて、これからも努めてまいります」
緊張が表に出過ぎない様に、そして噛まない様にわざとゆっくり喋った。
「えー、そ、それでですね、殿下」
「はっ、はいっ!」
言うぞと気合いを入れたが、改めて言葉を紡ぎ出すとなると、非常に照れくさい。再び顔が熱くなるのを感じる。今日の自分はどこかおかしいと感じているが、キースとしても、ここまで整えてもらった以上引く事はできないし、そのつもりも無かった。
「本日のお召し物ですが、とても素敵でございますね。よく似合っていらっしゃいます」
やっと出た一言は、何とも平凡なものだった。言葉の選択も、歴史に残る天才らしさなどは欠片も感じられない。好意があるのが分かっているから良いものの、そうでなければ『お義理の社交辞令か?』と受け取られても仕方のないレベルである。
「私、女性のドレスについては勉強し始めたばかりなのですが、そのタイトでスラリとしたシルエットですとか、膝下から裾に掛けてのフレアな広がりからお見受けしますと、一般的に『マーメイドライン』と呼ばれるデザインでしょうか?背の高めな殿下がお召になるとまた一段と映えますし、いつもより大人っぽいという印象を受けました」
唐突な、ドレスについての言葉にイングリットは瞬きを繰り返している。数秒そのままだったが、彼女の薄い水色の目から涙が溢れ出した。
「え、あれ?やだ、先生すいません、なぜかなみだg」
本人も意図していなかったらしく、慌ててハンカチを取り出し目元を押さえるが、全く止まる気配が無い。
慌てて席を立とうとするキースと、控えていたマルシェとレーニアを手振りだけで押し留め、しばらくそのまま目元を押さえ続ける。
(側仕えお2人の視線が痛い)
キースがそっと息を吐く。
自分と話をしていたら主がいきなり泣き出したのだ。側仕えとしては『お前何言ったんだよ!うちの殿下泣かしやがって!』という気持ちだろう。護衛も兼ねているこの2人が本気になったら、キースなぞ何もできないまま終わる。(物理攻撃に対するお守りの魔導具が発動するだろうから死にはしない)
しばらく、といっても一分も経ってはいないが、イングリットは大きく一つ息を吐くと、ハンカチを目元から外した。マルシェが横から出してきた新しいハンカチと交換する。
「ごめんなさい先生、何やら色々溢れてしまった様です。もう大丈夫ですので。はぁ……」
少し温くなり始めたお茶を一口、二口と続けて飲む。
「正直、準備も含めて忙しかったのですが、先程の言葉で全て報われました。ありがとうございました」
イングリットは少し赤くなった目を細めて礼をいう。
彼女は、言葉通り心の底から満足していた。
『似合っていて素敵だ』と言ってもらった事はもちろん嬉しいのだが、イングリットの感情が爆発したのはその後のドレスについての言葉だった。
(この魔法の事しか考えていない様な人が、前からドレスについて知っていたはずが無い。現に『勉強し始めたばかりなのですが』って言った。という事は、今日の授与式で、私が何がしかのドレスを着る事を予想して、事前に勉強してきたという事だ。一言二言多くやり取りをする為だけに、何種類もあるドレスを調べて、特徴を全て憶えてきてくれた。ただ『似合っている』だけで終わらせる事もできたはずなのに、それをせずにもう一歩踏み込んで褒めてくれた)
そう思ったら、自然と涙が溢れ止まらなくなってしまったのだ。
(そうか、この妙な感じはそういう事なんだ……だから、あんなに恥ずかしい、というか照れくさく感じてたんだ)
そんなイングリットを見ながら、キースは授与式以降から感じている、自分の中の妙な気持ちの正体に気が付いた。
そして決めた。
キースは席を立ちイングリットの横まで来ると、その場に跪き手を取る。見上げるとイングリットと目が合った。瞳にはキースが映ってはいるが無反応だ。その様子から、状況が全く理解できていないのは間違いない。
そして、これまでの煮え切らない態度とは別人の様に、はっきりと言い切った。
「殿下、王配のお話、お受け致します」
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