第197話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
キース達が来ると知って、今日だけ『フローリア』に復帰したログリッチ。そんな彼に、元部下達は、これから出すお茶とデザートの試食を頼みました。
□ □ □
「……分かった。いただこう」
ログリッチの返事に、ネリーは手早く、だが極限の集中力をもってお茶を淹れ、カレンは冷蔵箱の魔導具から、今日のデザートであるティラミスを出した。
(まずは私達の今のレベルを知ってもらいたい)
ネリーとカレンはそう思って提案したが、実のところ、ログリッチは元部下の力量をきっちり把握していた。
以前から、挨拶に来た時には、従業員用の休憩室で食事をしていたのだ。営業時間帯に2人が休憩室に来る事は無い為、それはバレていない。そして、修正点を料理長や副料理長に伝え、彼らからのさり気ない助言という形で本人達に伝えていた。
だが、ログリッチはそんな事はおくびにも出さずに、確認作業に入った。
最初にお茶のカップを手に取り持ち上げた。そして、飲む前に香りを嗅ぐ。
「コロブレッリ産のグルーネ種か。今年のコロブレッリのお茶はどの畑もデキが良い。良い選択だ」
そう言うと口に含み、ゆっくり味わって飲み込む。続けてもう一口飲んだ後に小さく数回頷く。その様子を目にしたネリーは、ダメ出しをされなかった安堵感で、膝から崩れ落ちそうになった。
次にティラミスの器を持ち上げ、お茶と同じくまずは香りを嗅ぐ。
「カレン、何で今日はティラミスにしようと思ったんだ?」
「はい、今日のご予約は女性のお客様が、特に常連の、年配の方が多くいらっしゃいます。食事の最後に焼き菓子では、重くて食べられない方が出てしまうと考え、柔らかくするするとお召し上がりになれるティラミスが良いのでは?と考えました」
ログリッチはカレンの返答を聞いて嬉しそうに頷いたが、目の高さに器を持ち上げた時に、眉間に皺を寄せた。その反応にネリーとカレンは思わず身体を固くした。
「これ、ガラスの器を使っているのは、ティラミスの綺麗な断面を見せたいからだよな?こちら側と反対側で底のビスケットの厚さが揃ってないぞ。敢えて見える器を使ったのだから、そこまで気を配らないとな」
「はい……」
身を縮こませながら返事をするカレンを尻目に、一匙すくって口に運ぶ。そしてお茶を一口飲む。さらにもう一口づつ食べて飲む。
「うん……うん……良いな」
その言葉を聞いたネリーとカレンは、自分達にも理解できない、様々な感情が胸の中を駆け巡った。営業時間中の厨房で無ければ、間違いなく感情も涙腺も爆発していたであろう。
あの圧倒的な上司に「良いな」と言わせる事ができたのだ。自分達の努力は無駄では無かった、そう思った。だが、話はそこで終わらなかった。
「だが、そうだな……」
ログリッチはそう言いながら椅子から立ち上がり、茶葉が収められた棚へと向かう。棚の前で茶葉が入った壺を開けて香りを確認していたが、そのうちの一つの壺を手に取り戻ってきた。
壺には『コロブレッリ・ガルネウ種』という表記がある。
(何をするつもりなんだろう……まさか別のお茶を合わせるつもり!?)
戸惑う2人が見つめる中、ログリッチは取り出した茶葉でお茶を淹れ始めた。ネリーとカレンは気を取り直し、一瞬足りとも見逃さないとばかりに目を凝らした。
そして茶葉にお湯を注いだ次の瞬間、ログリッチを中心に、圧倒的なお茶の香りが爆発した。厨房の中では様々な調理がされており、その中では、お茶の香りはどうしても弱い。だが、その一瞬だけは、ログリッチの手元で発生したお茶の香りが周辺の匂いを打ち消し、辺りを満たした。
ネリーとカレンが余り事に目を剥いて驚いていると、3人に背中を向けて仕事をしていた料理人が振り返り、声を掛けてきた。
「ねえロニー、今お茶淹れた?」
肉の載ったフライパンを片手に声を掛けてきたのは、ミネアという女性の料理人だ。ログリッチとは同年代で、厨房全体では料理長、副料理長に次ぐ3番手にあたる。どんな食材を扱わせても火入れ具合をきっちり見極め、美味しさを最大限に引き出す凄腕の料理人だ。
「ああ、淹れたけど……どうした?」
「今ね、一瞬だけお茶の香りがぶわっと香ったのよ。そういうのここでお肉焼いてて初めてだったから。びっくりしたの」
彼女が持つフライパンには、塩とハーブで下味を付けた骨付きラム肉が乗っている。顔の下で肉の表面が焦げ、脂が滴りパチパチと弾け煙が上がっているにも関わらず、お茶の香りがしたと言っているのだ。
(どれだけの香りが立ったというのよ……どう淹れたらそうなるの)
「おお、そうか。そいつは驚かせて悪かった」
ネリーが呆然とする中、元上司はあっさりと謝った。
「まあ、別に謝ってもらう事でもないけど……じゃあさ、後で休憩の時にお茶淹れてよ。久しぶりだし」
「ああ、分かった」
「よろしくね~」
そう言うと彼女は笑顔を見せ、また前を向いて肉に集中し始めた。
ログリッチはお茶を淹れ終わると、そのお茶を二人に勧める。
「お茶、ティラミス、お茶と食べてみてくれ」
2人はカップを持ち、火傷に気をつけながら一口飲む。
(何これ……全然違う)
ネリーは自分が淹れたお茶自体との違いに愕然とした。
(味や渋味が少し長めに残るのは同じだけど、香りが違う。はっきり強い香りがしっかり口の中に残る。確かに茶葉の種類は違うけど、産地も生産者も一緒なのにこんなに違う?)
続いてティラミスを食べ、またお茶を飲む。ティラミスと組み合わせた時に、また違う味が口の中を駆け巡った。
(ティラミスはココアパウダー、チーズの混ざったクリーム、エスプレッソを染み込ませたビスケットと、一つ一つのパーツの味が強い。だから、お茶もこれぐらい香りが強い方が合っている。私が淹れたのもダメじゃないけど、こっちの方がどちらもより美味しく感じる。散々試食してグルーネ種を選んだのに、ちょっと口にしただけでもっと良いお茶を選び出すなんて……ここにいた時より腕が上がってるでしょ)
隣のカレンを横目で見ると、目を閉じながら口だけが動いている。純粋に堪能している様だ。
「どうだ?」
「……こちらの方が美味しいと思います」
「よし、ではお茶はガルネウ種を合わせよう。淹れるのはどうする?ネリーがやるか?」
「……いえ、ロニーさんお願いします。残念ですが、今の私じゃ同じ様には淹れられません」
「分かった。よし、では準備を進めよう。カレン、午後のお茶営業のデザートは、ティラミスともう一品出すよな?何にする予定だ?」
「はい、お茶の葉を混ぜたクッキーを焼く予定です」
「ふむ、準備はどこまで進んでる?」
「生地にする小麦粉と調味料、混ぜる茶葉の分量を計ったところまでです」
「材料をそれぞれを3割程増やして作ろう。休憩の時に皆にも食べてもらいたい」
「承知しました」
「よし、それでは並行して準備を進めていこう。そろそろお茶も声が掛かるだろうからな」
「はい!」
(まるで、何年か前に戻ったみたいな感じね。懐かしいわ)
ミネアは、背中越しに聞こえてくるやり取りに自然と笑顔になりながら、フライパンの中のラム肉の塊をひっくり返した。
□ □ □
「へぇ~、生地に混ぜ込む茶葉を二種類用意するんだ」
「ああ、粉になるまで挽いた茶葉で香りを生地全体に回して、少し荒く刻んだ茶葉で食感にアクセントを作る。それと同時に、茶葉を噛んだ時に強く香る、という仕組みだ」
「ふう~ん、なるほどねぇ」
そう言うと、ミネアは手にしていたクッキーを口に入れた。数回噛んで飲み込んだ後にお茶を飲む。
「私、お菓子の難しい事はよく分からないけど、さすがにこれぐらいなら感じ取れるし、このクッキーとお茶の組み合わせが、はちゃめちゃに美味しいのも解るよ」
「ははっ、それだけ解れば十分だよ。重要なのは、自分にとって美味いのかそうでないのか、だ。爺ちゃんのお弟子さんもそう言ってた」
「そのおじいさんのお弟子さんは、ヴァンガーデレン家で働いているんだよね?」
「ああ、とんでもない凄腕だった。まだとても敵わないな」
「それが切欠でまた一から勉強し直しているんだね。それにしても、ロニーよりもっと凄い人が淹れたお茶か……もう味の想像がつかないね」
ネリーとカレンは、並んで椅子に座りながらそのやり取りを眺めている。
今は、午後のお茶営業が終わった後の休憩時間だ。厨房では、ディナーの前菜の準備が始まりつつあるが、ログリッチ達は午後のお茶営業を担当していた事と、次の出番はディナーの最後である為、まだ休憩時間だ。ミネアはそろそろ終わりだが、まだゆっくりしている。
「そういえばさ、この後来るロニーの店のお客さんって、どんな人なの?」
「ああ、とても若い人なのだけど凄いんだ」
ログリッチは、ロメンがスカルポーニから仕入れてきた話をした。
「親子三代でダンジョン2つか……一体幾ら国に入ったんだろうね。そりゃ報奨も貰えるわ」
ミネアは感嘆の溜息を吐いた。
「それでいて、とても良い子なんだよ。普通に話していると、全然そんな感じがしない」
「うーん、ちょっと見てみたいけど、個室だものね。私がそこまで行く理由は無いから無理だなぁ」
ミネアは残念そうに肩を落とした。
□ □ □
「……ねぇ、ロニー、店に戻ってくるつもりは無いの?」
お茶のカップを両手で包み込む様に持ったミネアが尋ねる。ネリーとカレンがチラリと目を合わせた。そこは2人も気になっていたが、とても訊けなかったのだ。こういう時にログリッチと同世代のミネアの存在は有難かった。彼女ならずけずけと尋ねても角が立たない。
「……あそこはあそこで悪くないんだよな」
「そう……じゃあ仕方がないね」
(え?終わり?いやミネアさん、もっと他にありますよね?)
そうミネアに向かって念を送っていると、それに気づいたのか彼女が2人の方を向いた。
「あなた達はロニーに戻ってきて欲しそうだけど、もしロニーが帰ってきたらさ、2人ともまたロニーの補助だよ? 本当にそれで良いの?帰ってきてもお前の居場所なんて無いぞ!ぐらいの気持ちでいなきゃいけないんじゃないの?」
その言葉に2人は言葉に詰まる。
確かに、彼女達にもログリッチがいなくなってからの3年間、必死に技術を磨いてきたという意地がある。昼以降改めて差を見せつけられたが、相手が上手な事は始めから解っている。負けたままではいられない。
「ロニーは『お客さんが来なくて暇』って言ってたけど、それだけ自分の練習にあてられるという事だよ。現に、ランチの時に淹れたお茶、茶葉を混ぜたクッキー、どちらもここにいた時より今の方が明らかに上だ。追いつけなくても、これ以上差が開かない様に食いついていかないと。それに、こうやって一緒に仕事する事なんてもう無いかもしれないのだから、この後もロニーの技術を全部盗むぐらいの気持ちで臨むべきだよ」
そう言うと、ミネアはまたクッキーを一つ摘み、口の中に入れた。
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