第196話
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書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
『フローリア』で夕食中。『照明の魔導具』の話からキースが爆弾を落としましたが、その直後に料理長が挨拶に来た為皆モヤモヤしています。料理長と入れ替わる様にお茶とデザートの担当者が現れましたが、何とログリッチでした。
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「あ!以前言っていた、独立前に働いていたお店ってこちらですか?」
「はい。ここで仕事をしながら、お茶に合うデザートをあれこれ作って試していました」
「そうだったのですね。でも、今日はどうして?料理長は『臨時で』と仰ってましたが?」
「今日は王都に買い出しに来たのです。王都に来た時にはお店に顔を出す様にしているのですが、それがキースさんが予約を終えた直後だった様で。ロメンが『非常に印象的なお客様が来た』と言うので、ぜひおもてなししたいと。まさか皆さんとは思いませんでしたが……」
「なるほど……あ、そうだ。紹介しますね」
キースは両親とログリッチの間にたち、お互いを紹介した。
「ご子息にはお店のお客様になっていただき、そのご縁から、祖父のお弟子さんと巡り会う事ができました。本当に感謝しております」
「息子は興味を持った事には何にでも首を突っ込む質で……ですが、それが今回は良い方に転んだ様ですな。何よりです」
(最初に『寄ろう』と言い出したのはあなたのお母さんですけどね)
やり取りを眺めながらフランはあの時の事を思い出す。『北国境のダンジョン』に向かう際、建物を目にしたアリステアが『寄りたい』と言ったのだ。
「では、今日はお昼からお仕事されているのですね?」
「そうですね、ランチのデザートは既に用意ができていましたので、それに合わせたお茶の用意を整えました。私が主でやらせてもらったのは、午後のお茶営業からになります」
キースと笑顔で話すログリッチの斜め後ろに控えたネリーは、その様子をじっと見つめつつ、今日の昼間に唐突に現れた時の事を思い出していた。
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お茶を担当するネリーは今年で30歳、デザートや菓子を担当するカレンも30歳という、同学年コンビだ。ただ、ネリーは訓練校を卒業してずっと『フローリア』で働いているが、カレンは別の店経由で『フローリア』に来た。どちらも未婚彼氏無しである。正直、それどころでは無いというのが本音だ。
2人はログリッチの補佐という立場で働いていたが、その上司が貴族同士のトラブルに巻き込まれて店を去ってからは、それぞれがメインの担当者としてお茶とデザートを任されてきた。
最初はとにかく不安だった。
1人でお茶とデザートの両方を担当し、そのどちらも傑出していた上司。その代わりを、何の前触れも無く務める事になったのだ。
常連の年配客に『この菓子を作ったのは誰だぁ!』とドヤされたりしないか、『あそこは味が落ちた』という評判が立ったりしないか、毎日胃を押さえながら仕事をしていた。だが、幸いにもそういった常連客は現れず、悪評が立つ事も無かった。
しかし、「私達も結構やれてるのかも」などと話し始めた矢先、2人は真実を知ってしまった。
ネリーが店の裏にある、ゴミを一時保管しておく倉庫に行った時の事だ。中にゴミの入ったバケツを置き、倉庫から出ようとしたところ、壁の向こうから女性同士の会話が聞こえてきた。
「もう、そんなに文句言わないの。まだ代わってそう経っていないのですから。長い目で見てあげましょう」
「ですけどお義母さま、いつもと同じだけの料金は払っているのですから、程度の低い物を出されれば腹も立つというものでございます!」
やり取りは1人が憤慨し、もう1人がそれを宥めている、という事の様だ。
(あの少しかすれた様なハスキーな声は……ワンティゴ商会の大奥様?)
ワンティゴ商会は、主に服飾関係を取り扱っている王都でも屈指の大商会だ。先日彼女の息子がオーナーを継ぎ、彼女と夫は隠居した。先代夫婦は『フローリア』には通い始めて30年超という、店が最敬礼で迎える上客である。
(確か、今日は息子さんのお嫁さんと来ていたはず。馬車を待っているのかな?)
声はすぐ近くに聞こえる。この保管庫のすぐ裏側にいる様だ。木の壁一枚挟んだ所に店の者が居るとは思っていないのだろう。
「もちろん、あなたの言うことも解りますよ。それは私も思っていますし。ただね、前任者が凄腕過ぎたというのもあるのですよ。今の段階で彼と比較するのは酷というものよ。貴族も絡んでいたと言うし、私はある程度の期間は仕方が無いと思うわ」
(これ……あたしとカレンの事だ……)
そう思った次の瞬間、ネリーの心臓は見えない力に掴まれた様に、キュッとなった。
「まあ、確かに、お茶もデザートも及第点はあるかと思いますし、普通に美味しいは美味しいのですが……どうしても少し物足りないと言うか」
「彼のお茶とデザートは素晴らしかったですものね。私も色々なお店に行くけど、間違いなく王都で三本の指に入ると思うわ。でもね、これは外からやいのやいのと言っても仕方がないでしょ?私達にできる事は、今の担当者が、少しでも早くあの域に近づく事を祈るぐらいよ」
馬車を引く馬の足音と、車輪が地面を転がる音が聞こえてきた代わりに、2人の声が聞こえなくなる。だが、保管庫の中で膝を抱えて声を上げて泣いていたネリーの耳には、もう何も聞こえていなかった。
明らかに味が落ちているにも関わらず、事情を汲んで何も言わない常連客の優しさの有難さ。そんな人達に対して余計な気を遣わせ、する必要の無い我慢を強いている事が、料理人として余りにも情けなく、悔しかった。
それでも、何とか泣きやみ、ぐちゃぐちゃな気持ちを丸めて抑えつけて厨房へ戻った。心配と不審に満ちた目を向けてくるカレンには「店が終わったら話す」とだけ応え、何とか閉店まで務めた。その日のそれ以降の記憶は無い。
そして閉店後、今度は2人で泣いた。
それからの2人は、ただ一生懸命取り組むというよりも、何か鬼気迫る雰囲気を出しながら仕事に取り組む様になった。
挙句の果てに、それまで住んでいた部屋を引き払い、空き物件になっていた元飲食店に一緒に住みだした。お茶とデザートはセットである事から、バランスの取れたより良い物を作る為には、同時に作る必要があると感じたのだ。
そんな2人の姿を見た料理長のセレンセンは、パトロンの貴族に、出資額の増額を掛け合いに行った。彼女達の試作に使う材料費に充てる為だ。食い道楽で、自分がログリッチの件を上手く治められなかった事もあり、その貴族は喜んで金を出してくれた。
その甲斐もあって、今も2人で、様々なお菓子とそれに最適なお茶の組み合わせを模索し、開発と試作に勤しんでいる。
□ □ □
時間は少し戻り、キースがディナーの予約をした少し後。
ネリーの視線の先では、ホール担当者が厨房に各テーブルの食事の進み具合を伝えている。
何を出してもさっさと食べる客、会話が多く進行がゆっくりな客と様々である為、テーブル毎に次の料理を出す順番が変わってくるのだ。この辺りの見極めと差配は、ホール担当者の腕の見せどころである。
そしてそれは、食事の最後を締めるお茶とデザートにも影響を及ぼす。
「よし、カレン、始めよう」
「分かった。カップとポット出すよ。デザートは配膳する直前で」
それぞれ分担し手際良く準備を進めてゆく。それは普段と変わらないいつもの流れだったが、今日はそれが断ち切られた。
「ネリー、カレン、忙しいとこすまん」
準備を進める2人に声を掛けてきたのは、料理長であるセレンセンだった。
「ちょっと色々あってな、今日の閉店まで仕事する事になった。急で悪いんだが勝手は分かっているだろうから、どんどん指示して何でもやらせてくれ」
その言葉と共に現れたのは、コック帽を被りコックコートに身を包んだ、元上司だった。
「お疲れ様です!今日の閉店までよろしくお願いします!」
元上司の新人の様な挨拶を受け、戸惑いながらも事情を尋ねると、大変お世話になった自分の店のお客さんがディナーに来るらしく、それをもてなしたいから臨時雇いにしてもらったという。
「よし、じゃあ何したら良い?そろそろメインを食べ終わるテーブルもありそうだが。指示をくれ」
ネリーとカレンは顔を見合わせ頷く。ネリーの口から出たのは意外な言葉だった。
「これからお客様にお出しする、デザートとお茶を試食してください」
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