第178話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
前の所属先への応援が増えてしまい、中々進みません。
気長にお待ちいただけると幸いです。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
土木工事を終えたキースらは農地転用に関連して、人足と農業従事者の募集と街の責任者との調整の為、ビアンケの街にやってきました。
□ □ □
イングリットとヨークによる、代官との調整はすぐに済んだ。
そもそも、代官が工事に直接関わる訳では無い。担当者は(恐らく四派閥の中から)別に定められ、その者が工事全体の管理を行うのだ。
「なるほど……治水と大規模農地確保の為の工事、という訳でございますね」
イングリットから説明を受けたビアンケの街の代官は、エリッソンド子爵という、40代前半の男だった。『四派閥』のうちの一つである『キーセンフォーファー公爵家』に連なる家の当主だ。
「はい、子爵にお願いしたいのは、街全体への人足や農作業従事者募集の告知です。後は、近くで大規模な工事が行われる事と、それに伴い、作業に従事する者が街と現場を行き来する、貯水池と一部の水路はもうできている、この3つをご承知ください」
説明を終えたイングリットはお茶のカップを手に取り、香りを楽しみながら一口飲む。先程子爵から説明があったが、このスッとする香りが特徴的な茶葉はアーレルジ産のものだった。
「承知致しました。思いつくところでは……各店舗、冒険者ギルド、商業ギルド、港、東西の門と、市場の入口にある告知板、といったところでしょうか。後は、商人達にも行く先々で話をする様に依頼いたします」
「ええ、それだけできれば十分でしょう。お手数お掛けしますが、よろしくお願い致します」
「とんでもございません。工事完了まである程度の日数がかかると存じますが、何かございましたら是非ともお申し付けくださいませ」
「ありがとうございます、エリッソンド子爵。その時はまた頼りにさせていただきますね」
「……時に殿下、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「先程『貯水池と一部の水路はもうできている』というお言葉がありましたがそれは……?」
(うん、やっぱりそこよね)
言えばツッコまれるのは解ってはいたが、あの大きさの空の貯水池があるのにそれに言及しない訳にはいかなかった。
「増水期も近づいておりますので、<地形変化>の魔法で貯水池だけ先に作ってみました。最近国務省で作成された、魔力の増幅率を高める魔導具の試験利用という目的もございます」
笑顔でさらりと事実と違う話をする。『魔術師が魔法一発で作りました』なんて、相手が理解する様に説明していたら、いくら時間があっても足りない。
「なるほど!それは素晴らしいですな!……農地の方も同じ様に行う訳にはいかないのでしょうか?」
「それが、使用後に具合が悪くなってしまった様で……試作品ですし、まだまだ調整と改良が必要な様です。ですが、元々公共事業としてお金を落とし、働く場を提供する事も目的の一つですので。全て魔法で終わらせてしまっては意味がありませんから」
「地方都市へのご支援とも言えるご政策、感謝に堪えませぬ。ビアンケも全面的に協力して参ります」
イングリットの言葉に、エリッソンド子爵は感謝と感激も顕に、立ち上がって最敬礼した。
□ □ □
一行は、役所を出た足でビアンケの街からダンジョンへと戻った。さらに、ハインラインに挨拶をして管理事務所から王城に転移する。
「先生、魔法に馭者とお疲れ様でした。貯水池の対応の報酬は、授与式に間に合う様に用意致しますので、少々お待ちいただけますでしょうか?」
「はい、急いではおりませんので、ご都合の良い時で構いません」
「ありがとうございます。この後は近衛騎士団のところへ行かれるのですよね?私連絡しておきましょうか?」
イングリットが首を傾げキースを見る。
(わざわざ自分から申し出るなんて……何でも良いから好きな相手の役に立ちたいという、意地らしい気持ちが伝わってきますね。はぁ……尊いです)
澄まし顔で控えながら、レーニアは心の中だけニヤニヤする。
「殿下に連絡役をしていただくなど大変恐縮ではありますが……それではお願い致します」
「はい、お任せくださいませ!近衛騎士団の後は魔術学院に行かれるのですよね?調整が終わったら結果をお伝えいただけますか?」
「かしこまりました。それでは行ってまいります」
キースとニバリはイングリットに別れの挨拶をすると、預けてある馬車の元へと向かった。
□ □ □
2人は馬車の馭者台に乗り込み、キースが手網を手に取る。だが馬車は動き出さなかった。隣に座ったニバリが訝しげにキースを見る。
キースは手網を持ったまま、口を開けポカーンとしている。
「どうしたキース?」
「今気づいたのですが、近衛騎士団には『転移の魔法陣』の話をしていません」
「それは……一から説明しなければならないという事だな?」
キースはガクガクと頷く。
「面倒だな……」
「はい……先日お会いした際には、『魔力付与』と『呪文』の指導の話しかしていませんでした。まあ、元々その話の為に面会の場に来てもらったので、何もおかしく無いのですが……はぁ」
少々憂鬱な気持ちになりつつ、近衛騎士団の管理棟へと馬車を走らせた。
馬車を管理棟の裏に回し馬車寄せに停める。
と、そこには騎士と事務員が待っていた。騎士はまさかの副団長のボブである。
「お疲れ様です!副団長に出迎えていただけるとは……恐縮です」
「はっは、そなたは騎士団の恩人の1人で国の重要人物だからな。それ相応の対応が必要だ」
ボブはニヤリと笑い、事務員は馬車を車庫へと移動させるべく乗り込む。
それを見届け、ボブを先頭に建物内に入り執務室の隣にある応接室へと向かった。
応接室に入ると、そこには騎士団長であるマテウスが待っていた。
「おうキース!よく来たな!」
「お邪魔致します。急なお話で申し訳ありません」
「なに、お前さんならいつでも歓迎だ。体調はどうだ?授与式は明後日だからな、今更具合悪くて欠席という訳にもいかんぞ?」
「はい、変わりありません!お気遣いありがとうございます」
「ならいい。どうせお前さんの事だ、あちらこちらで人の世話を焼いているのだろうからな。せめて授与式が終わるまではゆっくりしておけ」
(バレている……)
「あ、あ~そうですね。承知しました」
別に悪いことをしているわけではないが、普段の行いを見透かされ、キースは内心冷や汗をかいた。
「そ、それでですね、今日は『魔力付与』の状況確認と、『呪文』の指導についての詳細を詰めにお邪魔しました」
「ああ、殿下からのご連絡でも聞いている。わざわざ来てもらってすまんな」
「『魔力付与』自体については、特に不具合なども無く順調に進んでいる。今日の夜勤と明日の日勤の者達でほぼ終了だ。後は、出張となどで今現在王都にいない者だけだな」
ボブが説明しながらマテウスと目を合わせる。
「付与以外の面で何かございましたか?」
その様子に気付いたキースが尋ねる。
「ああ、これはこちらの問題なのだ。キースが気を病む事でも無い。いわば慣れの問題だな」
「もしや……『軽量化』の影響でしょうか?」
(本当に察しが良いというか頭の回転が速い。このやり取りだけでそこに辿り着くか普通?それか、付与がもたらす影響を予め考えていたのだろうか)
ボブは内心舌を巻いた。先日の面会以降、キースの前では舌を巻きっぱなしである。
「そうなのだ。盾と鎧兜が軽くなったからな。体の動かし方や取り回しの感覚がすっかり変わってしまった。その為付与が済んだ者は、訓練を常に『魔力付与』状態で行わせ、扱いに慣れさせているところだ」
「キース、『軽量化』自体は皆大喜びだからな?そこは勘違いせんでくれよ?」
今度はボブがキースの先手をついて、マテウスの言葉に繋げた。
金属製の防具は、身に付け持つだけで筋力と体力を消費する。さらに、全力で動き回り武器を振るって命のやり取りをするのだ。その消耗は相当なものだ。
騎兵であれば、当然馬も疲れる。きちんと休ませなければならないし、その疲労の程度によっては馬を換えなければならなくなる。
しかし、『軽量化』されていれば、そういった懸念がほぼゼロになる。兵数が変わらなくても継戦能力が違う。疲れにくければ士気も下がりにくい。この状況を喜ばぬ者などいるはずも無い。
「だからな、後はこちらが整える話だ。皆専門家だ。そう時間は掛からんよ」
「ならば良いのですが……『呪文』の方はいかがですか?」
「うむ、休憩時間と緊急要員として待機している時が静かになった」
キースは面食らった様に、その緑の大きな目をぱちくりさせる。
「『呪文』を覚えようとしているからですね?」
「そうだ。誰も会話していない。皆メモを見ながらぶつぶつ言っている」
「魔術師全員ですか?」
「俺の見た限りではそうだな」
「私の見た限りでもそうです。騎士達も、そんな魔術師達の姿に、小声でコソコソと会話をする様になっている」
(責任者2名が言うのであればきっと全員なのだろう。あれを見た魔術師なら我慢できるはずも無い。少しでも早く習得したいであろうな)
ニバリは横で話を聞きながら心の中で納得する。
「ついでに言うとな、そこにミーティアも含まれる」
そう言ってマテウスが辺りを伺う様な仕草を見せる。
「はい、殿下からお話がありました」
それに釣られるかの様に、キースもなぜか声を潜めて言った。
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