第177話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
ダンジョン周辺の土地を農地に転用することになりました。ですが、貯水池の建設が増水期に間に合わないかも?という話になり、キースが魔法で土木工事しました。
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「先生、ありがとうございました。先生の魔力と『呪文』が合わさって凄まじい効果でしたね。ワタクシ、感嘆の極みでございます」
イングリットは、これまでの様にただ驚き喜ぶという心境を完全に通り越した様で、静かにキースを褒め讃えた。
「……ありがとうございます。さすがにこの規模の<地形変化>は、幾ら『呪文』を唱えているとはいえ少し疲れました」
キースはそう応えると、大きく息を吐いた。
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(ドラゴンと戦った時も思ったが、まだ背中も見えておらんな)
ヨークを背負い<浮遊>の魔法でダンジョンに戻りながら、ニバリは先程のキースの魔法を思い返していた。
(私なら……範囲を半分にしてギリギリ、といったところか。ここまで差があると悔しくもならん)
目の前をふよふよと進む、産まれた頃から知っている少年の、小さく華奢な背中をじっと見つめる。
(この身体のどこにあれ程の魔力が収まっているのか……というか、魔力量だけでは無いのか。『呪文』の練度や魔力の制御にも差があるのだ。さすがとは思うが、そう感心ばかりもしていられん。少しでも差を詰められる様に精進せねば)
生真面目なニバリは、改めて決意するのだった。
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「殿下、この足でビアンケの代官に話を通してしまいたいと思いますが、どうされますか?」
「そうですね!せっかくここまで来ておりますし、農地と人足の募集について説明してしまいましょう」
「では、管理事務所で『物質転送の魔法陣』を借りて、代官の都合を確認します」
代官が役所にいないのに行っても仕方がない。それにビアンケは栄えてはいるが、領土内の果ての果ての田舎である。いきなり王女殿下に来られても、皆困るし戸惑うだけだ。
イングリットの側仕え達とも合流し、皆で管理事務所に入る。すると、すぐ目の前に大きな背中の特徴的な人物が職員と話し込んでいる。管理官のハインラインだ。
こちらを向いている職員がイングリット達に気が付いた。その様子を見てハインラインが振り返る。
「これは殿下!こちらにお越しでしたか!職員にお声掛けいただければ戻りましたのに」
「お疲れ様です管理官。私が連絡もせずに来たのに、皆さんのお手を煩わせる訳にはまいりません。お気になさらず」
「恐れ入ります。して、本日のご用向は……?」
昨日セレモニーを見に来たばかりである。ハインラインの疑問ももっともだった。
イングリットは、ダンジョン周辺の土地の開墾について説明する。
「おおっ!その件でしたか!私も先日陛下から伺いました。確かに遊ばせておくにはもったいないですし、水量の調節もしなければなりませんからな!おい、誰か補佐官殿を魔法陣へご案内してくれ」
ハインラインの声に応え、職員がヨークを先導して事務所の奥へ連れて行く。
「ありがとうございます。ダンジョンの方はいかがですか?何か変わった事はございますか?」
「今のところ特にはございません。最初に入った冒険者達も、まだ戻ってきておりませんので」
「まだ2日目ですものね。ここにいるメンバーでほとんどの事には対応できるとは思いますが、応援が必要であればすぐにご連絡くださいませ」
「承知致しました。お気遣いありがとうございます」
(今ここにいるのは、お父さん、デヘントさん、僕達のパーティだものな。このメンバーで対応できなければ、誰が応援に来ても無理だ)
キースは2人のやり取りを聞きながら、改めて思い浮かべた。
アリステアやライアル、クライブという物理的な火力はもちろん、司教をも越える力を持つ2人の神官、2属性の上位精霊の助力を得られるエルフ、『呪文』を使いこなす魔術師、情報収集や潜入、裏の仕事もできるスカウト、あらゆる分野の最高峰が集まっている。
「お待たせいたしました。代官は役所にいるという事ですので、参りましょう」
「分かりました。それでは男爵、ちょっと行ってまいります」
「はい、お気を付けて行ってらっしゃいませ。……この農地への転用の話は、ここで広めても良ろしいですか?工事の人足や農作業希望者の募集にも繋がると思うのですが」
「ぜひお願いします。春に作付けできる様に、少しでも多くの方に知っていただきたいですから」
「かしこまりました。各施設に連絡致します」
「よろしくお願いします」
イングリットはハインラインに笑顔で応えると、管理事務所を出て行った。
□ □ □
キース達の魔改造馬車に乗り、ビアンケの街に入り役所に向かう。
馭者を勤めるのはキースである。ダンジョン運用開始前の期間中に、馭者の練習もみっちり行った為、クライブから『一人で乗車可』というお墨付きをもらう事ができたのだ。
馭者台には、左からキース、イングリット、レーニアの順で座っている。成人男性なら2人しか座れないが、キースと女性2人なら3人でも狭さを感じずに座る事ができた。
役所は街の中心にある為、門から大通りを真っ直ぐ進んで行けば着く。建物も見えている為、迷う余地も無い。
「前回来たのは2週間程前でしたが、その時よりも人が増えている気がします」
キースが手網を少し引いて、馬車の速度を落とす。
「……ダンジョンが間もなく運用を開始する、という話を聞いて来たのでしょうか?」
通りに出ている露店の品物や、道行く人々の姿を興味深そうに眺めていたイングリットが答える。アーレルジ王国との国境の街である為、そちら風の服を着ている人々も目に付く。
「その可能性は非常に高いと思います。お金が動くところに人は集まりますから」
そうやって集まった人々がまた金を呼ぶ。それが世の中の営みである。
「人混みの中で何かあってもいけませんから、念の為に『結界の魔法陣』を起動致します。起動」
イングリットは、キースの発動語が聞こえたと同時に、馬車全体が不可視の結界に包まれたのを感じた。
「先生、魔法陣はどこにあるのですか?結界は確かに張られていますのに……」
「魔法陣はここです」
そう言うと、座ったまま上半身を少し前に倒す。何と馭者台の背もたれに魔法陣が描かれた紙が貼られている。
「ここにあれば、自分が危ないと感じた瞬間に、即起動する事ができます。さらに、足元には、空気抵抗を減らす不可視の壁を出す魔法陣もございますから、速度を上げて速やかに離れる事も可能です。背中で紙が擦れても良い様に、表面も加工しました」
「先生、このアイデア真似してもよろしいでしょうか?王城はもちろんですが、各貴族家にも広めたいのですが」
「どうぞどうぞ!もしよろしければキース印の『結界の魔法陣』もご契約致しますか?効果も魔力効率もその辺の魔法陣には負けませんよ?」
「ありがとうございます。でも、今は他の魔法陣の制作だけで手一杯で、そこまで手が回りません……」
イングリットが申し訳なさそう眉を下げる。
「では、とりあえず王城の馬車の分だけでも、お作りいたしましょうか?私なら『転写』で作れますし」
「それは良いですね!では21枚で……あ、いえ、20枚でお願い致します」
(王城の馬車は20台だったよな?21枚って……あ、そういう事ね)
「えー、ワタクシ先日よりご注文20枚毎に1枚おまけを付ける事に致しました。ですので、お渡しは21枚となりますので、ご承知おきください」
「!? 先生……もう!ありがとうございます!」
イングリットが感激に頬を染め、両手を叩く。
馭者台の右端で、隣の2人のやり取りを聞いていたレーニアは、今のキースの対応に声を出さずに唸った。
(魔法陣の購入費用は当然国の金だ。いかに殿下であろうとも、好きな物を好きなだけ買って良い訳では無い。殿下は魔法陣を手元に置きたがったが、それを踏まえて憚った。(はばかった)その事に気が付いて、殿下が遠慮なく受け取れる用におまけの話をしたのか)
前を向いたまま横目で2人を眺める。
(魔法だけではなく頭の回転自体が速いし、今みたいな咄嗟の機転も効く。見た目も、女王の隣に立つには小柄で華奢過ぎる気もするが、魔術師だしまだ18歳なら多少の成長も見込めるか。『万人の才』……陛下や国務長官、『四派閥』のクロイツィゲル、ヴァンガーデレン、ハンナさんらが推すだけの事はある)
『イングリット本人とその周囲がキースを王配にと望んでいる』という話は、レーニアとマルシェも聞かされている。
特に身近に仕える人間達の間で、主人について知っている情報に差があると、良かれと思った対応が裏目になる可能性がある。
特に、この2人は公務だけでなく私生活にもくい込んでおり、一緒にいる時間も長い。歳上の女性としてキースの事を相談される可能性もある。それ故に『知っておいた方が良い』と判断されたのだ。
(それに何より……)
レーニアが再度横目で2人を見て、静かに、大きく息を吐く。
(殿下の表情が一々可愛い過ぎる!好きな男の隣でやり取りするのが楽しくて仕方が無い!という気持ちが、本当によく表れている。これが見られるだけでも、彼を王配にする価値があるな)
レーニアが妙なところで納得する中、馬車はビアンケの街の役所に入って行った。
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