第174話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
少し短めにして、テンポ良く更新できたらと考えています。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
裏切り者のギルド職員アルを見つけ、セレモニーの後、メルクス伯爵は冒険者達より一足先に王都に帰りました。
□ □ □
「ニバリ、先日話した『呪文』を指導に行く件なのですが、いかがでしょう?受けていただけますか?」
食後のお茶のカップを手に、キースが尋ねる。
メルクス伯爵を見送った後、皆でダンジョンの食堂で昼食を済ませたところである。
「大丈夫だ」
そう答えて、切り分けたデザートのケーキをフォークで口に運ぶ。口数が少なく真面目、そんな40手前のおじさんとしては少数派かもしれないが、彼は甘い物も好きである。
「良かった!ありがとうございます!」
「ライアルさんはなんと?」
「お父さんは『ニバリが良ければそれで良い』だそうです。あとは『動ける魔術師が誰もいないという事のない様に』とも言われていますから、指導に行くのは一日に一人にしましょう」
「ふむ……近衛騎士団は人数も多いからな。毎日でも良いかもしれんが……」
「はい、学生は『呪文』だけ学べば良い訳ではありませんからね。5年生は卒業までという期限もありますが、3日4日に一度程指導に行けば十分ではないかと。進み具合がイマイチであればまた考えましょう」
結局、『騎士団、騎士団、学院、休み』の順番で、2人が毎日交互に行く事となった。教える側もこれなら偏らない。
「では、明日にでも近衛騎士団と魔術学院に提案に行きますか。騎士団の武具への『魔力付与』の状況もみたいですし」
「わかった」
「あ、これを機に近衛騎士団の建物と学院に『転移の魔法陣』を置かせてもらいましょう。一々冒険者ギルドから行くのでは手間ですから」
「……近衛騎士団の建物は王城内だ。陛下や殿下にも話を通しておいた方が良いのではないか?」
「あ、そうですね。では、最初に許可をいただきに行きましょう。で、その足で騎士団と学院に行くという事で」
「分かった」
「では、えーと、殿下、騎士団、理事長先生の、明日のご都合を確認しておきます。直接会う時間が無いという事でしたら、『転移の魔法陣』の設置についてだけでも相談します」
(あの殿下がキースに会う機会を逃すとは思えんがな……)
そう思いつつ、ニバリは頷いた。
そのやり取りを隣のテーブルで話を聞いていた、アリステアとフランが笑顔で顔を見合わせる。
「……人は一度便利を経験すると、もう元には戻れなくなるという典型だな」
「ええ、本当に」
つい数ヶ月前までは、遺跡内のエレジーアの部屋に転移し、ベルナルに馬車を借りて王都に移動していたのだ。それでも「たったの鐘3つで王都に着く!凄い!」と言っていた。
もっと言えば、一番最初にここに来た時など、『たったの6日で1500kmを馬車で走破!速すぎる!』だったのだ。
それが今や、『同じ王都の中にある冒険者ギルドから移動するのも億劫』という感覚になってしまった。
「た、確かに……お恥ずかしい限りです……」
キースが少し頬を染め、右手を頭にやりうつむき加減でアリステア達を見る。
(う、上目遣いキース……これはかなり破壊力があるな)
「ではニバリ、とりあえず明日の10の鐘に移動するという事で。皆さんの都合を確認してみてまた連絡します」
「承知した」
ニバリは頷くと、残りのケーキをつつき始めた。
□ □ □
(マジかよ……何なんだこの状況……めちゃくちゃ落ち着かない)
冒険者ギルド支部の新任支部長であるルカは、セレモニーが終わり、支部に戻ってから変な汗をかきっぱなしだった。
業務自体は忙しくない。供用開始待ちをしていた冒険者達は皆ダンジョンに入り、依頼も『魔石の回収』という、常設依頼を除き特に無い。
鑑定の窓口はもちろん、受付ですら業務が無い為、押してしまった開設準備をしているぐらいだ。
(街にある支部とは違ってここはダンジョンだからな。『採取』や『討伐』という様な『普通』な依頼はほとんど発生しない。メイン一本で良いのは新任の俺にはありがたい話だ)
では、忙しくもないのに、彼がなぜ落ち着かないのかというと ──
(何であの人ずっとここにいるんだ?)
書類仕事をしながら、待合スペースへチラリと目を向ける。
視線の先にでんと居座るのは、ハインラインとサイモンだった。他の冒険者がいない事もあり、二人の貸切状態だ。セレモニーが終わってから、ずっとそこで話をしている。
待合スペースは全体的に広く作られ、その分テーブルとテーブルの間隔も広い。従来の木製の椅子とは違い、背もたれなどにもひと工夫されており、座り心地よく過ごしやすい。
街中にある支部とは違い、土地の広さによる建物の大きさの制限が無いというのも大きいのだが、こういった面でも、これまでの冒険者ギルド支部とは違う。
(普通、管理官は管理事務所にいるもんじゃないのか?サイモンさんは昔から知ってる人だから良いのだろうけど)
別にルカに何か言ってくる訳では無いが、相手の立場が立場だし、ルカ自身はハインラインとはこれまでに面識がない。『若い頃にその実績に恩恵を受けた伝説の人物』など扱いに困る、というのが本音だ。
(今はサイモンさんがいるから良いけど、帰っちゃったら俺が相手するのか?そんなの無理だろ……それか、サイモンさんがいる間にあそこに混ざって、少しでも慣れておいた方が良いのか?でもなぁ……)
モヤモヤと考え続け、初日から仕事に身に入らないルカだった。
ハインラインはハインラインで、手持ち無沙汰だった。ここでの彼の役割は
・『名前とその存在で冒険者に好き勝手をさせない』
・『非常事態発生時に指揮を執る』
この二点である。その為、特段変わった事がなく冒険者もいないとなると、する事が無いのだ。
管理事務所の事務仕事の99%は、国務省所属の職員達が執り行っている。ハインラインが本来の業務に専念できる様、優秀な職員が揃えられているのだ。
彼らにより作成され、ハインラインに提出された書類はまだ数枚だが、書式が統一されて非常に見やすく、内容も解りやすいものだった。
もちろん業務の掌握はしているが、具体的に何かをするといえば、決済するぐらいしかない。
なので、現時点でのハインラインは、各施設を回り手の空いてそうな人を捕まえて話をする事が主業務であり、今はセレモニーからの流れでサイモンと一緒にいるのだ。
「そういえばよ、陛下から聞いたんだが、ここの周辺を開墾して農地にするという計画があるらしくてな」
「ほう!確かにほぼ平坦ですし、エドゥー川からいくらでも水が取れますしね。良いのではありませんか?」
サイモンはコースターに載った縦長のカップを手に取る。従来のカップは焼き物だが、これは銅製の持ち手の無いタイプの物だ。暑い時期に氷を入れて使われる。
「ああ。それによ、川を昔の形に戻しちまっただろ?蛇行がキツイから少し増水したらまた溢れちまう可能性が高いそうだ。貯水池を作って水を貯めて、さらに川の水を農地に引いて水量を調整したいそうだ」
「なるほど……ですが管理官、計画があるだけで具体的に時期が決まっている訳では無いのですよね?今は雨が少ない時期ですから良いですが、エドゥー川の源流で雨が多くなるのは2ヶ月後ぐらいです。間に合うのでしょうか?ちょっと気になりますね」
エドゥー川はエストリア王国の南端、プラオダール連合との国境である山脈の中から流れ出している。1800km離れていれば気候も大きく変わるというものだ。
「だよなぁ……ビアンケからの道の整備よりそっちの方が先だったかもしれねぇな。人足を集めるのにビアンケの代官に相談……しても貯水池をどこにするかが決まってねぇか。人手だけあっても始められなきゃ意味がねぇ」
「どうしたものでしょうね……」
二人で腕を組んで溜息をつく。
と、その時 ──
「こんにちは!お邪魔します!」
出入口から聞こえてきたその声に、ハインラインとサイモンは弾かれた様に顔をあげた。
キースである。
二人で顔を見合わせ小さく頷くと、手招きをしてキースを自分達のテーブルに呼んだ。
キースは、業務を開始したギルドの様子を覗きに来ただけであったが、真面目な顔をしたハインラインとサイモンに呼ばれ、席に着いたもののさすがに戸惑い気味だ。
二人はそんなキースを気にもせず、挨拶もそこそこに早速相談を始めた。
「なるほど、一時的な貯水池が欲しい、という事ですね?分かりました。ではちょっと行ってきます」
まるで、『市場を歩いていたら美味しそうな串焼を売っていたので買ってきました』ぐらいの感じである。
「い、いや、直ちにって訳じゃねぇんだ!」
ハインラインが慌てて椅子から腰を浮かす。
「ああ。例年通りならまだ2ヶ月程は余裕があるしな」
「あ、そうなのですね。失礼しました。では、明日また殿下にお会いするので、今のうちに議題としてお伝えしておきましょう。補佐官の中で農政を担当されている方がいると聞いてますので。そうすれば、明日になってからお話するより、一歩進んだ話ができますから」
「悪いな。よろしく頼む」
「とんでもありません!ダンジョンを確保する為とはいえ川の流れを戻したのは私ですので。自分にできる事はさせていただきます」
キースは真剣な表情で頷いている。
(まあ、あの時点では、無人の平原に流れる川の心配より、ダンジョンの確保の方が優先なのは間違いなかったのだから、そんなに気にしなくてもとは思うが)
そんな事を考えながら、サイモンはキースの横顔を見つめていた。
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