第170話
【更新について】
少々長くなってしまったので2話に分けて、2話目は17時に更新です。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
視察を終え王都に戻ったハインラインとアリステア達。その時に鍛冶屋で一悶着ありました。その時の様子を振り返ります。
□ □ □
ライアルは管理事務所内にある警備担当者の部屋で、その日の日報を作成していた。
ダンジョン確保後から毎日記載しているが、『特記事項無し』としか書いていない。
(まあ、何も無いのが一番だからな。国境沿いのダンジョンで、警備担当者が出る様な状況なんて悪夢でしかない)
そう思いながら記載した紙を紐で綴じたと同時に、扉が叩かれる。
扉が開いて入ってきたのは、彼の永遠の目標である母親だった。
「お疲れ様です。視察はもう終わったのですか?」
「いや、まだ途中なんだ。ちょっと鍛冶屋で色々あってな。今出られるか?」
「ええ、大丈夫ですが……」
「あと、マクリーンにも来て欲しいんだ」
妻も一緒に、というアリステアの言葉を聞いて、ライアルは眉間に皺を寄せ首を傾げる。
「私がどうかしましたか?」
扉が開いてそのマクリーン本人が入ってきた。ちょうど外から戻ってきた様で、手には野菜の入った袋を持っている。
「おかえりマクリーン。どうしたんだそれ?」
「共同神殿に作業の手伝いに行ってきまして、手伝いのお礼にといただきました。ビアンケから届いたばかりらしくてとても新鮮です。夕食のサラダに使いましょう」
「お、良いなぁ、楽しみだ。それでな、今の話なんだが……切っ掛けになった話は大した事じゃ無いんだ、だがもう片方は大事になるかもしれない」
そう言うとアリステアは鍛冶屋でのやり取りを説明する。
「イヴァンさん……随分子供っぽいですね。放っておいても良い気もしますが、その孫の事は、はっきりさせておいた方が良いですね」
「ええ、フランさんが『間違いなく』と仰るのであれば、間違い無いのでしょう。ご家族にもきちんと説明しておかないといけませんね。この先ここは人も増えてきますから、大騒ぎになってしまうかもしれません」
「私達もそう思ってな、それで一緒に来てもらいたいんだ」
「承知しました。その子はこの先もここの鍛冶屋で仕事をしてゆくのですよね?」
「父親が店の責任者だからな。そういう事で間違い無いだろう」
「では、共同神殿からも誰か来てもらった方が良いですね。立ち会っていただいた方が話が早いですし。できればリエットさんが良いですが」
確かに、鍛冶屋での話が終わってから神殿に行き、また一から説明するのは面倒である。
「よし、では神殿に寄って鍛冶屋に行こうか」
「分かりました。デヘントに行き先だけ伝えてきます。外で待っていてください」
ライアルはそう言いながら席を立ち、部屋を出た。
□ □ □
共同神殿経由でアリステア達が鍛冶屋に戻ると、机の上には既に四振りの剣が並べられていた。
鞘と柄はどの剣も同じ物だ。これは店の基本仕様の物で、違うデザインにしたい場合は追加料金が掛かる。
(鞘に納まったままでも、一目でどれがバッソが打った剣なのか分かる、というか感じられる……私ですらこうなのだから、神官組は見たら一目瞭然だろうな)
アリステアがその表情を横目で覗くと、3人は同じ剣をじっと見つめ、一様に硬い表情をしていた。
(やはり間違い無いか。イヴァンの方をさっさと終わらせて、バッソの話に持っていこう。しかし、イヴァンはこれが感じられないのか?そういう方面は弱いタイプなのか?)
「リエット司祭まで来ていただけるとは……お忙しいところ恐縮です。ライアル、マクリーン、ありがとうな。よろしく頼むぜ」
「とんでもありませんウォレイン男爵。お手伝いできて嬉しく思います」
「ええ、私もお声掛けいただいて感謝しております。ありがとうございます」
3人は笑顔でハインラインに応えたが、『本題』に気が付いていない鍛冶屋側の人々は、ライアルを呼びに行ったはずなのに、なぜ一緒に神官が2人も来たのか不思議に思っていた。
「お待たせしました。それでは拝見させていただきたいと思います。それでは左端からいきましょう」
一振りづつ鞘から抜いて、皆で順番にためつすがめつ眺め戻してゆく。
一通り見終わったライアルは、四振りの印象を頭の中でまとめてゆく。
(最初と最後の二振りは……責任者の四男と、もう一人の職人が打ったものだな。きっちり鍛えられていて技術の高さを感じる、しっかりと一本筋の通った良品だ。どこに出しても恥ずかしくない)
(左から二番目の剣はイヴァンさんだな。正直なところなまくらだ。とても品物としては出せない。昔は打っていたとはいえ、職人仕事なんてここ何十年もしていなかっただろうからな。打っていなければどうしても腕は落ちる。そもそも、鍛治職人としては『及第点の物をたまに作る』『剣よりも鍋の方が打った回数が多い』という程度の腕だったというし、こんなものだろう。そして問題はこれだ……)
もう一度バッソの剣を手に取り、じっと見つめる。バッソは「何で俺の剣をもう一度見るのか」と不安気な様子である。
(これは、とりあえず一旦置いておいて、それ以外について発表するか)
「ありがとうございました。それでは感想を述べさせていただきます」
イヴァン以外の鍛冶屋の人々は、受付担当の女性も含めて緊張しきった表情だ。『エストリア筆頭』とまで言われ、今回のダンジョン確保の功績で、金級認定も有りうると囁かれているライアルの評価だ。この話が広まれば、良くも悪くも今後の営業に影響が出る。
ライアルは先程頭の中で整理した感想を、忖度せずにそのまま告げた。褒められた2人はほっとして笑顔を見せたが、イヴァンは顔を真っ赤にしている。メルクス伯爵らがいるから何とか抑えているが、間違いなく爆発寸前である。
「そして、バッソの打った剣ですが……これは少々評価に困る」
その言葉を聞きイヴァンが声をあげる。
「聞いたかバッソ!お前の打った剣はあのライアルですら評価に困るデキだとよ!やっぱりお前はまだまだ客の剣を預かるにゃ早ええんだよ!分かったか!」
バッソは、まるで鬼の首でも取ったかのような祖父の言葉に唇を噛む。
(……こいつは自分の剣のデキを棚に上げて、偉そうに何を言っているんだ?だいたい、庇うならまだしも自分の孫を八つ当たりで貶めるとは!)
アリステアは身内でもないのに、イヴァンの言葉に腹を立てた。この場には年配者が多い。他人のとはいえ、孫に対する低レベルな発言に内心顔をしかめる。
「何か勘違いされている様だが……私が評価に困ると言ったのは、バッソの打った剣が余りにも特殊だからです。剣自体のデキは問題ありません。最初に見た親父さんの剣を100としたら、80手前ぐらいには辿り着いている。間違いなくあなたの打った物より上です。既にこれだけ打てるのなら、将来素晴らしい職人になるでしょうな。では、この剣を評価するのに最適な人達に替わります」
そう言って後ろに下がる。バッソは『あのライアル』からの高評価に、グッと拳を握った。父親も嬉しそうだ。
ライアルに代わり前に出てきたのは神官3人組だ。
「イヴァンさんはこの剣を前にしても特に何も感じないのですね?」
フランがイヴァンに確認した。今のフランには静かでありながら妙な迫力がある。イヴァンはそれに気圧されたかの様に、がくがくと頷くのが精一杯だった。
「目に見えない何かを感じ取る力は個人差がありますから、感じられないとしてもそれが悪いという話ではありません。気にしないでください。では、鍛冶屋の他の皆さんはいかがですか?この剣に対して、何か他の剣と違う印象を受けますか?」
「私は、何か威圧感の様なものを感じます。息苦しくなると言うか……出来上がって初めて見た時からそういう印象です」
最初に応えたのはバッソの父親だ。もう一人の職人も同意見の様で、しきりに頷いている。続いて受付担当の女性が手を上げた。
「私も同じ様な圧を感じます……あと、あの、こんな事言うとおかしく思われそうなのですが……」
「大丈夫ですよ。感じたまま、思ったままを仰ってください」
マクリーンが優しく促し、隣でリエットが頷く。
「はい……私には、剣が黄色味を帯びている様に見えるのです。ええと、優しくほんのり包み込んでいる、といった感じです。目がおかしいのでしょうか」
そう言って女性は瞬きを繰り返す。
「いえ、おかしくありませんよ。そこまで見える方もいらっしゃったのですね。まさにその通りです」
フランは鍛冶屋内にいる全員を見渡し告げる。
「この剣は、神殿に奉納されている神器と比べても、遜色ないぐらい強い神気を帯びています。そしてその原因は、バッソ、あなたが鍛えたからです」
鍛冶屋の店内が静まり返る。特に鍛冶屋の皆からは息をする音すら聞こえてこない。
しかし、その静寂を両手を打ち鳴らす音が破る。手を叩いたのはマクリーンだ。
「はい皆さん、深呼吸をしてちょっとリラックスしましょうか。はい、大きく吸ってー……吐いてー……もう一度吸ってー……吐いてー……大丈夫ですか?」
皆の肩の力が抜け、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。別に深刻な話をしている訳では無いのだ。緊張感など不要である。この辺はさすがマクリーンといったところだろう。
「あの……なぜバッソが鍛えた事で神気が、という話になるのでしょう?」
深呼吸の効果か、少し立ち直ったバッソの父親が戸惑いつつも尋ねる。
「おそらく、バッソは鍛治の神の啓示を受けて加護を授かっていると思います。その為、彼が鍛えると自然と神気が入ってゆくのです」
「鍛冶の神様……グレンナディス様の……」
「バッソ、何か心当たりはありませんか?もしかしたら、という程度の事でも構いません。ちょっと考えてみてください」
フランの説明に続き、リエットが尋ねる。
バッソは首を捻って考えていたが、何かに気がついたのかハッとした顔になる。
「2ヶ月ぐらい前なのですが、夢の中に顎髭の長い大きなおじさんが出てきました。場所は鍛冶場で、そのおじさんに教わりながら一緒に作業をするという夢でした。その次の日から、鍛冶場で槌を持って板金をじっと見ながら集中していると、ええと、その……どこをどのくらいの力で叩けば良いのか、なんとなく分かる様になったんです」
「それですね……鍛治の神グレンナディスは、顎髭の長い大柄な男性として描かれていますから。なぜあなたが気に入られたのかは解りません。神のする事など人間にはとても押し測れませんから。ですが、あなたが世界で唯一の、特別な力を手に入れた事は間違いありません」
「バッソが世界で唯一人……」
「まるで大親方みたいですね」
バッソの父親ともう一人の職人が小声で話す。彼らの世代にとって、二代目はまさにそういう存在だった。
「あと、もう一つあって……これは偶然かもしれないのですが」
「良いのですよ。どんどん仰ってください」
マクリーンが促す。
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