第168話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
展示からの会議終了後、近衛騎士団では、『転写の魔法陣』を用いた付与についての段取りが組まれ、イングリットは補佐官達に『先生』について、『転移の魔法陣』とそれに伴う新部署の設立を説明しました。
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(それにしても、まさかの人選だな……)
間もなく日付も変わるという頃、メルクス伯爵は、自室のソファに身を沈めていた。左手にはお気に入りの酒を注いだグラス、右手には夕方転送されてきたメモを持っている。
そこにはイングリットらしい、癖のない綺麗な字で、管理官がなかなか決まらなかったことに対する謝罪と、管理官がウォレイン男爵に決まった事、明日の10の鐘頃にそちらに行き、引き継ぎと施設の確認を行う事が書かれていた。
(会うのも久々だな……あれは陛下の誕生日記念の式典だったか?)
ハインラインは「覚えているか分からん」と言ってたが、伯爵はちゃんと覚えていた。というか、ハインラインと会った事を忘れられる人間の方が少ないはずだ。見た目のインパクトも勿論だが、彼はそれだけ特異な人物なのだから。
(ここの片付けは……大きな物は引き継いでも良いし、不要であるならビアンケから商人を呼んで下取りしてもらえば良いか。持って帰る方が手間だしな)
ぐるりと部屋の中を見回しながら考える。
(それにしても4年、いやもう4年半か……)
交渉担当者に指名され、ここに着くまでは『一体どれだけお粗末な対応をしているのか』と考えていた。伯爵にしてみれば、覚書もあるのに、話をまとめられないのが不思議で仕方が無かったのだ。
そして初交渉の日、アーレルジ側の席にいるのが昔馴染みであるドゥーゼール子爵であると気づいた時、メルクス伯爵は『我が事成れり』と勝ちを確信した。
もちろん、国と国の交渉事である以上、個人同士の縁や恩などで全て解決できる訳では無い事ぐらい、百も承知である。
だが伯爵は、『お調子者で、面倒事を嫌い押しに弱く、周囲に流されやすい。そして変に情に厚く憎めない性質。目先の損得にとらわれやすい』という、ドゥーゼール子爵の性格をこれ以上無いくらい把握している。
はっきり言って、こういった交渉事には全く向いていない人物だ。交渉事のプロである伯爵が『勝った』と考えても仕方がない。
しかし、その悪友の口から出たのはまさかの言葉であり、それは泥沼の様な交渉に嵌りこんだ合図だった。
(そういえば、『とにかくシラを切り通せ、昔の事など知らぬと突っぱねろとキツく言われていた』と言っておったな)
一度は追い出された子爵がここに戻ってきて、交渉(と言っても一方的に告げただけだが)をした後のやり取りを思い出しながら、グラスを傾ける。
(しかし、『転移の魔法陣』で帰れるのは非常に助かるが、行先は王城か。王城のどこなのだ?内密にしておかなければならないのだから、私室のある区画だろうか?そうすると、帰る前にご挨拶せねばならんな)
そこまで考えた時点で、伯爵は苦笑いした。
(帰れるとなったら、何かどうでも良い事ばかり考えているな。我ながら落ち着きがないというか……気が昂っているのか?……こういう時はさっさと寝るに限る)
メルクス伯爵は、グラスに残っていた酒を一息であおり、就寝の準備をする事にした。
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翌朝、10の鐘がなった直後にハインラインとアリステア、フランとクライブは管理事務所に入った。
「メルクス伯爵、ご無沙汰しております。この度はダンジョン確保おめでとうございます。さすがのご手腕、感服致しました」
「ありがとうございます。ですが、ご承知の通り最大の功労者は別におります。私の力など僅かなもの。皆さんに褒めていただく度に面映ゆく感じております」
挨拶を交わすと、事務所職員への紹介を兼ねて建物内を一巡りする。
「家具や寝具はどうされます?備え付け品として置いていこうと考えておりますが。もしお気に召さなければ、ビアンケから商人を呼び購入や下取りの対応をさせれば良いかとは思いますが」
「いえいえ、これ程立派な品が揃っているというのに、使わない手はありません。ありがたく使わせていただきます」
「分かりました。ではそのままご利用ください」
生粋の貴族であれば、見栄などから『人のお古では……』と考える者も多いだろうが、元冒険者のハインラインは『ベッド?ちゃんと寝られりゃそれで良いんだよ!』としか考えない。しかも、基本的に毎日屋敷に帰るのだ。たまにしか寝ないのにそんなに金を掛けても仕方がない。
一行は管理事務所を出て、冒険者ギルドの支部にやってきた。
前回来た時は、片付けきれていない木箱が多数積まれていたが、今はもう一つも無い。ダンジョンの供用開始に向けて準備は整っている様だ。
アリステアを先頭に入ってきた一行に、雑巾でカウンターを拭いていた職員が気が付き顔を上げる。小柄で茶色い髪の、若めな男性だ。
「こんにちは。冒険者の方ですよね?まだ業務自体は開始していないのですが、お話だけなら聞けますよ?」
「いや、支部長に挨拶に来たんだがいらっしゃるかな?」
メルクスがアリステアとクライブの後ろから前に出て声を掛ける。
「あと、サイモンさんがいれば一緒にお願いしたい」
アリステアが続ける。
「メルクス閣下!気が付きませんで失礼致しました!すぐに呼んでまいります!少々お待ちください!」
職員は雑巾片手に奥に走って行き、サイモンとルカを連れて戻ってきた。
「お、お待たせ致しました!おはようございます閣下!」
支部長のルカが挨拶をする。まだ貴族への対応も慣れていない為ガチガチの噛み噛みである。だが、支部長なのだから、こういった対応もできる様になる必要がある。サイモンはずっといてくれる訳ではないのだ。
「おはよう。今日はな、正式に管理官に就任される方が到着したので、その紹介とお別れの挨拶に来たのだ」
「左様ですか!そ、それはまた急なお話で……ですが、これで閣下も帰る事ができるのですね。おめでとうございます」
「うむ、ありがとう。それで、こちらが管理官に就任されるウォレイン男爵だ」
そう言いながら横に避ける。
現れた顔を見たサイモンの目が驚きに見開かれる。
「ハインライン・ウォレインだ!よろしくな!あー、」
「この度支部長に就任致しました、ル、ルカと申します!若輩者ではございますが、よろしくお願い致します!」
勢いが良すぎて『前屈か?』というぐらい深々したお辞儀になった。
「男爵、ご無沙汰しております。カラパスのパーティにおりましたサイモンでございます」
「おおっ!?サイモン……『万能者』サイモンか!レンジャーの!カラパス!刺突剣の、『針穴』のカラパスだ!懐かしいな!」
笑顔でサイモンの肩を叩く。
(何か凄い音したぞ……大丈夫か?)
「覚えていていただけたとは光栄です。マスターもお元気そうで何よりです」
痛みはあるだろうにサイモンは笑顔だ。思わずマスターという当時の呼び方が口をついた。
現役だった頃のサイモンは、戦い、索敵と周辺警戒、消耗品の管理や手配、交渉事など、何でもこなせる『万能者』と呼ばれ名を馳せた。いわゆる、『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』というやつだ。
そのパーティのリーダーだったカラパスは、使用者が少ない刺突専用の剣である『エストック』の使い手だった。
なぜ敢えてエストックなのかを尋ねられると、決まって「狭いか広いか入ってみないと分からんダンジョンで、両刃の剣を振り回していたら危ないだろ?こいつなら、受け流す為に横に振る事はあっても攻撃は基本前だけだからな」と答えていた。
魔物の目や間接などの急所をピンポイントで突き、人間相手の時には鎧の継ぎ目を狙い弱らせてゆくのだ。それを正確に、目にも止まらぬ速さで突きを繰り出す為『針の穴をも通す』という事で『針穴』という二つ名が付いた。
「サイモンは準備と応援で来ているのだよな?」
「はい、普段は王都のサブマスターとして仕事をしております」
「そうか……お前さんならああいった仕事もきっちりやってくれそうだ」
「マスターのディックさんも、早く帰ってきて欲しいと言ってましたね」
アリステアが付け足す。
「私はたまの気分転換を楽しんでおります」
そう言いながら笑顔で片目をつぶる。
「分かった。お互い立場は若干変わったが、目標は同じだ。戻るまでの間よろしく頼む」
「承知致しました。ダンジョンの円滑運用と黒字化に向けて、ルカと共に努めてまいります」
「ああ、頼りにしてるぜ。じゃあ他の施設も見てくるわ」
一行は冒険者ギルド支部を出て、共同神殿や各種消耗品を扱う商店、武具と鍛冶屋、目玉である宿泊施設と回り、従業員達に挨拶をしつつ開店準備の状況確認を行った。
確認を終え、そのまま食堂へ移動する。朝一番に連絡をしていた事もあり、通常の席ではなく個室に案内され、出てくる料理も定食ではなく多皿のコース料理だった。
美味しい料理と少しの酒、食後のお茶とデザートまで堪能した。その後、管理事務所で視察を振り返る。
「男爵、ここの設備はいかがでしたか?」
「やはり最新だけあって、昔我々が不満に感じていた点が、初めから改善されておりますな。それに、各建物が大きく広い。天井も高い。狭いのは、人が少し増えるだけでごちゃごちゃしてよろしくない。私が大きいというのもありますが」
「冒険者は身体が大きい者も多いし、そこに装備品がありますからな。『何も持っていない人間がちょうど良いと感じる広さでは狭い。こんなに広くて大丈夫か?ぐらいでないと』という意見がありまして、それを反映させました。掃除が大変ですが」
メルクス伯爵がお茶を一口飲みカップを置く。
「確かに。ですが、清掃員の給料も少し高く設定してある様ですし、そこは頑張ってもらいましょう。それで実際の供用開始日ですが……いくら準備が整っているとはいえ、今日の明日ではいかにも急ですから、明後日でどうかと思うのですがいかがでしょう?」
ハインラインの提案にメルクス伯爵も頷く。
「そうですな!もう2の鐘ですし、ルカではありませんが、ここの皆も心の準備が必要でしょう。時間は……10の鐘ぐらいが適当かと。各施設と陛下や殿下、ビアンケの代官には私から連絡しておきます」
「お手数お掛けします。よろしくお願いします」
その後、資料を見ながら質疑応答をし、ハインラインとアリステア達は王都に戻った。
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