第167話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
展示の結果を受けて開催していた近衛騎士団との会議は、魔法陣の提供など色々行い無事終了。ですが、参加者達はもう少し詳細を詰めなければなりません。
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「それでは、明日朝の流れをもう一度確認します。会場は食堂。テーブルと椅子を動かして設営をします。交代後、武器、胸当て、篭手、脛当てを持ち食堂へ移動。全体を3班に分け、付与する魔法陣3種類のテーブルを順番に回り『転写』を行う。『転写の魔法陣』を起動させるのは、魔力消費の面からも騎士本人にさせます。重装騎士の全身鎧は最後に行う。その際は、持ってこさせるのでは無く、魔法陣を持って鎧の下へ向かう。これを朝夕の出勤時、全員終わるまで行う、となります」
「今日の夜勤者と、明日の日勤と夜勤、明後日の日勤で一回りか……やれやれではあるのだが……」
「はい、これだけの作業が明後日の朝には終わるというのが信じられません。先程提供された物が無かったらと思うとゾッとします」
ボブの言葉にマテウスとミーティアも頷く。しかも、そこに通常の勤務と『呪文』の習得が重なってくるのだ。想像しただけで震えてくる。
「あと、キースから預かった『呪文』が書かれたメモの扱いなのですが、希望者を募り『転写』して渡したいと思います。受け取った者は一覧にまとめ、それを基に出勤及び退勤の際に当直責任者に所持状況を確認させます。万が一紛失や置き忘れなどが発覚した場合は、全員分回収する、とします」
「うむ、それぐらい必要だろう。自分達がどれだけ重要な物を扱っているのか、よく考えてもらわなければいかん」
別れ際に、「指導が始まる前に予習したい方がいた場合に」と渡されたのだ。
キースは、頼んできたウォレスとクレインの名前は敢えて出さなかった。「陛下や殿下も近くにいる場で近衛騎士団員が何をしているのか」となっても面倒だと考えたからだ。
貴族出身で古参の団員などは、あまり快く思わない可能性もある。
これだけ人数がいれば、表に出さないだけで『一般市民は気に入らない』と考えている者が間違いなくいるはずだ。戦果ならまだしも、無用なところで目立っても仕方がない。
「それでは、明日の朝は少し早く出勤して、設営等の準備を進めたいと思います」
「私も、魔法陣に付いてもらう者達に手順の説明をしなければなりません」
「初日だし俺も早く来る。どういう感じになるか分からんしな。今日の当直責任者は……ブレナンか。朝の事を簡単に説明したら、今日はもうそのまま帰ろう」
「はい、承知しました」
そして、3人同時に大きな溜息を吐く。
「あ……」
顔を上げお互いに顔を見合わせる。目の前の二人は少し疲れた笑顔をしていた。
それぞれが(自分も同じ表情をしているのだろうな)と思う。
「いや~それにしても色々と衝撃的な1日だったな……昼食の時点では何も起こっていなかったのだぞ?殿下から連絡が来たと思ったら、『呪文』だ展示だ『付与』だと、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったわ!何だったんだ一体……」
マテウスがボヤく。彼も、あまりの急展開にボヤく暇もなかったが、落ち着いたところで調子が戻ってきた様だ。
「展示の最後の挨拶で殿下が『歴史の転換点』と仰っていましたが、まさにその通りでしたね」
「……しかもすべては『彼』がもたらしたものです」
ミーティアの言葉に二人が頷く。
(『魔術師ミーティア』にとっても、歴史が変わった日だったろうな)
マテウスはその横顔を見ながら考える。
キースという規格外の存在と数々の未知の技術により、王国筆頭クラスの魔術師としてのプライドも、これまでの価値観も、全て木っ端微塵になってしまった。
(だが、それでも腐ったりせずに、すぐ前を向くところがさすがではある)
3人は翌朝の対応をブレナンに説明するべく、執務室を後にした。
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イングリットが急いで自分の執務室に戻ると、補佐官達はまだ残っていた。
「皆さん遅くなりました。どうしましょう?もう6の鐘も過ぎましたし明日にしましょうか?」
「いえ殿下、殿下さえよろしければぜひお願いいたします」
「はい、このままでは家に帰っても落ち着きませんし寝られません」
「午後の間ハンナさんはもう大変でした。明日も一日これでは困ります」
ハンナがじろりとヨークを睨む。
「ふふ……分りました。では応接室に行きましょう」
皆で部屋を移ると、お茶や酒類と一緒にサンドイッチや惣菜などの軽食が運ばれてくる。業務時間外なので酒もありだ。各自好みの飲み物を楽しみながらつまみ、午後にあった出来事の情報交換を行う。
小腹を満たしたところでイングリットが切り出した。
「それでは皆さん気になっている、先生と呼んでいる人物についてご説明いたしますね。改めるとちょっと恥ずかしいですが……」
イングリットがキースについて語りだした。
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「……で、現在に至ります。とりあえずこれで以上です」
話し終えたイングリットがお茶のカップに手を伸ばす。
キースを王配にしたいと言うことも全て話した。
先日マリアンヌにも指摘されたが、家族同然の人達に好きな人のことを話すのは、とても照れくさかったのだが、ハンナにはもう気づかれている。
この状況で1人知っているという事は他の2人も知っているということで、今更隠しても意味が無い。
「昼間戻ってきた時に姿を目にしていて良かったです。そうでなければ、こんな人物が現実に存在するなんてとても信じられませんから」
「確かに。殿下のお話だけ聞くと、まるでおとぎ話に出てくる様な魔術師ですな……」
「いや、おとぎ話の作者だってもっと遠慮しますよ。これは読者から『いくら創作でもめちゃくちゃ過ぎだ』と指摘が入るレベルです」
「しかも、それがまだ18歳の、とびきり可愛い少年なのよ?もうほんと信じられない。でも、殿下にはとてもお似合いの方だと思う」
補佐官達はアルコールも入っているせいか、皆言いたい放題である。
「既にこれだけの実績があるわけですが、本人は冒険者を辞めるつもりは無いのですね?」
イエムが自分でおかわりを注ぎながら尋ねる。
「はい、先生にとって冒険者として活動する事は小さい頃からの夢ですし、実際まだ半年も経っていません。それではまだまだ満足はされないでしょう。それに、確かに成果はもの凄いですが、それが目的なのではありませんからね。あくまでも行動した結果として成果がくっ付いてきているだけです」
「何かすればそれが勝手に実績になってしまうと……しかもどれもが歴史に残るであろう事ばかり。結果が欲しくして仕方が無い人からすれば、気が狂いそうな存在ですね」
「はい。ですので、今すぐ王配にというのは、余程大きな何かがない限り無理でしょう。ですが……」
イングリットはお茶を一口飲むと補佐官達をじっと見つめる。
「私も諦めるつもりはございません。必ずや先生をお隣に迎えてみせます。絶対にです」
決して大きな声ではなかったが、補佐官たちはイングリットの言葉と表情に強い決意を感じた。
(迷いや不安は全く感じられない。きっと殿下は彼を迎える事ができる)
何故かそう思った。
「現時点では『否』とお返事をいただいておりますので、このお話はご本人に直接しない様にしています。嫌がられて王城に寄り付かなくなってしまうのだけは避けねばなりません。私は魔術師としても女としても、先生に会いたいのですから」
(照れていた先程までとは随分変わられましたね……はっきり決意を表明されたからかな?)
「今は結婚を意識させずに時間を掛けて心変わりを持つ、という方針で進めています。年単位で時間が掛かると考えていますが、その心変わりがいつ何時訪れるかは誰にも分かりません。ですので、いつでも先生を受け入れられる様に、根回しをし下準備をしておく必要があると考えます。皆さん手伝っていただけますか?」
「もちろんでございます。殿下のお望みは我らの望み。何でもお申し付けください」
イエムの言葉にハンナとヨークも頷く。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
笑顔で応え、一口サイズの野菜のオムレツを皿に取る。
「それで、先生関連で、もう一つ大きな計画が進んでいますからお伝えしておきますね。先程幾つかの魔法陣についてお話しましたが、それとは別の魔法陣絡みで新部署が設立されます」
「新部署を作る程の魔法陣、ですか?」
皆首を捻る。
(先程説明を受けた物もとんでも無かったが、まだそれ以上物があるというのか?)
「はい、これもまた凄いですよ。間違いなく皆さんひっくり返ります。何だと思いますか?」
3人は、『空を飛ぶ』『眠気を吸い取る』『料理が出てくる』など、思いつくままに挙げてゆくが、イングリットは首を横に振るばかりだ。
「あとは……何かしら?」
「ううむ……思いつきませぬな」
「今までこの世に無くてこれだけの対応が必要になる魔法陣……これはアレですね。『転移の魔法陣』!もうこれしかないでしょう!」
「ヨーク、さすがにそれは……時間外だからって飲み過ぎなんじゃないの?まだお城の中なのよ?大丈夫?」
「はい、正解です」
「いやいやいや、確かにこのトレーク産の蒸留酒は度数高めですが、まだ2杯目ですよ?酔ってなどいません。ハンナさんこそ顔真っ赤ですよ?」
(今何と!?)
「私はまだ1杯目です。飲むと顔に出やすい性質なの知ってるでしょ?だいたいね、酔っ払いは必ず『俺は酔ってない』って言うのよ!明日も仕事なんだから、それで終わりにしておきなさい」
「殿下、本当に『転移の魔法陣』なのですか?」
「はい、そうです。最後の魔法陣は『転移の魔法陣』です」
やいのやいのとやり取りをしていた二人も静かになる。
「え、えーと……正解、ですか?や、やったー?」
ヨークはまさか正解するなどとは考えていなかった為、反応がおかしい。
「この魔法陣の管理と運用を担う『転移局』を国務省内に設けます」
「『大規模な人事異動が予定されているらしい』と言う噂は聞いてはいましたが、これだったのですね」
「あら、噂になっていますか? まあ、内々に打診はしていますから隠しきれませんよね。今度の報奨の授与式の時に正式に発表されます」
「いや、まさか正解してしまうとは……一応確認しますが殿下、転移というのは人が離れた場所に移動するという事ですよね?」
「はいその通りです。2枚1組で魔法陣から魔法陣へと移動することができます」
「移動距離の制限はあるのですか?」
「1500kmまでは確認できていますが、恐らく無いのでは?」
「ふむ……所要時間はいかがですか?」
「起動した次の瞬間には移動していました」
「聞いているだけで本当にひっくり返りそうですね……というか殿下、既にご経験済みですね?」
イエムがじっと見つめる。
「1500km……という事は、『北西国境のダンジョン』に行かれた様ですね。いつの間に……」
ヨークも気が付いた。
(さすが私の補佐官達……1のヒントで3も5も導き出す。さすがです)
「陛下と国務長官と3人で視察に行ってまいりました。新しい施設も見たかったもので」
「護衛はどうされたのですか!?レーニア達は一緒に行っていませんよね?」
ハンナが血相を変える。
「メルクス伯爵の護衛を担当している冒険者に一緒にお願いしました」
「ああ、確かその冒険者達は『王国最高峰』と言われるぐらいなのでしたな」
「はい、先生のご両親のパーティです。もちろん先生もご一緒です。常時<探査>を展開しているだけでも普通ではありませんのに、範囲は500mですからね!気付かれずに近づくのはまず無理でしょう」
「……いくら信頼に足る護衛とはいえ、私達に一言も無いのはいかがなものかと」
多少アルコールが回ってきたのか、ハンナは不満気な態度を隠そうとしない。拗ねているのだ。
「ごめんなさいね、まだ『転移の魔法陣』についてお話できなかったから……黙っているか嘘をつくかどちらかなら、まだ黙っている方が良いかと思って」
拗ねハンナよりイングリットの方が余程大人な態度である。
「転移は王城の中からですね?」
ヨークはすっかり酔いが醒めてしまった様だ。真剣な顔で確認してゆく。
「私の部屋がある通路に清掃用具をしまっておく小部屋があったのですが、そこの中身を出して魔法陣を設置しました」
「今のところ行先は『北西国境のダンジョン』だけでしょうか?」
「はい、そうです。ですが、あくまでも緊急用として設置しただけですから。ダンジョンの運用が安定すれば撤去になるでしょう。ただ、どこかとは繋いでおく必要があると思います。あそこはあまりにも遠いですから。冒険者ギルドの本部と支部を繋いでおくなんて良さそうですけど」
「なるほど……将来的には、王城内に『転移の魔法陣』を集めた部屋を作って、各街や、ダンジョンに転移できる様にしておくのも良いでしょうな。視察などにも気軽に行けます」
「うんうん、それも良いですね!実用化できるのはまだ数年掛かるとは思いますので、それまでに色々な案を出して、実現が可能かどうかを皆で考えていきたいです」
イングリットは手を叩いて喜んだ。
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(それにしても……とんでもない人物だったわね)
ハンナは馬車の中で今日の午後からのできごとを思い返す。
帰りが遅くなってしまった為、イングリットが王城の馬車を手配してくれた。話に聞いていた通り、本当に全く揺れていない。
(よくよく考えてみると、今日の午後に乗った馬車も揺れていなかった様な気がする。揺れなかったからそこに全然気がつかなかったけど)
昼間見たキースの姿を思い浮かべる。
(小さくてあんなに可愛いのに、失われた魔法で地形すら変える魔術師、人とは方向性の違う発想力、それを作り上げる技術と知識、国の歴史と組織を変える程の影響力を持ち、そして殿下の想い人か)
『絶対にお隣に迎えてみせる』
イングリットはそう言った。主がそれを望むのであれば、自分達もそれに向かって進むだけだ。
(心変わりに期待するのも良いのだけど……彼に無理強いと感じさせずに、殿下と結婚しても良いと思わせる事ができたら……少しでも早く王城に迎え入れた方が良いのでしょうし。それにしても……)
(新部署といい、彼の件といい、本当に忙しい事)
さらにそこに毎日の業務もあるのだ。
(でも、私達ならきっとやれる。殿下の望みも仕事も、絶対に果たしてみせる!)
揺れない馬車の中で、ハンナは一人決意を新たにした。
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