第158回
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
イングリットの用意が整い、王城での面会が始まりました。まずは『呪文』についての説明と習得計画を報告。近衛騎士団の団長と副団長が呼ばれる事になりました。その間に、アルトゥール王は呪文の指導書に目を通します。
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「団長、何か届きますよ。陛下か殿下からです」
騎士団の執務室で事務仕事に精を出していたミーティアは、『物質転送の魔法陣』が起動する前の魔力の動きを感じ、書類を書く手を止めた。
この部屋には幾つかの『物質転送の魔法陣』が設置されているが、今起動したのは王族とのやり取り専用のものだ。
ミーティア・イゼルビットは、近衛騎士団副団長にして、魔術師部隊の責任者だ。伯爵家の次女として生まれ、魔術学院を優秀な成績で卒業した後、近衛騎士団の魔術師部隊に配属された。
魔術師としての能力はもちろん、組織管理能力も備えた彼女は、入団して僅か8年、26歳で魔術師部隊次席となった。その後産休に入り一年後に復帰、現在の役職に就いてちょうど2年が経ったところだ。29歳での副団長就任は史上最年少だった。
「それが動くと碌な事が無いからな……捨てちまおうぜ」
そうボヤくのは近衛騎士団長に就任して5年になる、マテウス・ウル・クロイツィゲルだ。『四派閥』の一つであるクロイツィゲル侯爵家当主の三男として生まれた。
本人がいない所では「ボヤキのマテウス」などとも呼ばれるが、さすがに面と向かって言える者はいない。
昔を知る者達は、「若い頃は今みたいではなかった」と言う。そう、彼がボヤく様になったのには理由があった。彼は、騎士団長になる事を望んでいなかったのに、その役職に就いてしまったからだ。
マテウスは、どちらかといえばいわゆる『脳筋』寄りで、大きな組織である近衛騎士団の管理者にはあまり向いていなかった。
『ダメじゃないけどマテウスである必要は無い』
周囲も本人もそう思っていた。
彼が2名いる副団長(騎士部隊と魔術師部隊それぞれの責任者)就任の打診を受けた時、騎士団長には同時に彼の同期が就任する予定だった。
同期は、剣の腕はマテウスには敵わなかったが、他の騎士と比べても弱い訳ではなかったし、騎士団長とは後方から全体を見て指揮をする存在だ。自身が最前線に出て戦う訳では無い。
平時においても、組織の管理や事務仕事はもちろん、人当たりが良く関係各部署との調整能力に優れ、まさに騎士団長にうってつけと、周囲も本人達も思っていた。
マテウスも、「あいつの下なら安心して戦える。俺は目の前の敵を切る事と、部下達を殺さない様に指揮する事だけ考えてりゃ良い」と、同期の指揮の下で騎士達を率いて戦う事を望んでいた。
しかし、その日は訪れなかった。
その同期が病に倒れ、半身不随となり、そのまま引退してしまったのだ。
そして浮いた『次期騎士団長』というポストはそのままマテウスに流れてきた。状況と理由からも、まさか『向いてないから勘弁してくれ』とも言えない。
幸いだったのは、後から就任した2人の副団長が優秀だった事だ。
貴族の人事には、力関係、家庭の事情、派閥のボスの意向など、様々な貴族的色々が絡んでくる。何も手を回さずに、自分に都合の良い様に事が運ぶなど、奇跡と言っても良い。
ミーティアは勿論の事、騎士部隊の責任者であるボブ・ユンゲルスも、マテウスに向いていない『頭脳労働』ができる人物だ。
そんな2人の力を借りながら、マテウスは何とか近衛騎士団長として、騎士団の運営を果たしていた。
「そういう訳にもいきませんでしょう。どれどれ……」
ミーティアが送られてきたメモを手に取り眺めるが、眉間に皺を寄せ溜息をついた。
「……これは確かに捨てたくなりますね」
そう言いながら、ボブにメモを渡す。
『常識人』であるミーティアにしては珍しい反応だと思いつつ、ボブはメモを受け取る。そして内容を読んで自分もミーティアに倣った。
「ああ、これは捨てた方が良いですね。しかし……ちょっと興味深くありませんか?」
笑いながらメモをマテウスの机の上に置いた。
「ボブ、それはあなたが出席を求められていないからでしょう!何なのですこの参加者は?近づきたくありません!」
マテウスは、ミーティアの発言を聞いてますます触りたくなかったが、送ってきたのは国王か王女だ。そういう訳にもいかず、覚悟を決めてメモを手に取った。
そこにはこう書かれていた。
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マテウス殿、ミーティア殿
イングリットです。碧玉の間で、騎士団の今後に大きな影響を与える事柄を話ております。ぜひお二人にご出席をお願いいたします。なお、参加者は以下の通りです
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参加者だという氏名を読み理解したマテウスは、何やら頭の奥が痛み始めた気がしてきた。
「陛下と国務長官は解る。しかしヴァンガーデレンのご夫人方にウォレイン男爵?そこに魔術学院の理事長?この参加者から、我々が絡む理由が全く想像できんのだが」
「私に出席を求めるという事は、魔法が関係しているのは間違いないと思いますが……理事長先生もおりますし、エヴァンゼリン様も魔術師ですから」
ミーティアも首を傾げる。
「この『その他』も気になりますね。恐らく……貴族では無い人物なのでしょう」
「……貴族なら省略せずに名前を書くか」
「はい、やはり、様々なしがらみがありますからね。殿下なら参加者は全員書いて伝えてくれると思うのです。それが書かれていないという事は、貴族ではないという事かと」
「最もです。ではどんな人物でしょうね?商人か冒険者ぐらいしか思い付きませんが」
「いずれにしても、ちょっと出席者の格が高過ぎるんじゃないか?国内最高峰だぞ?」
そう言いながらマテウスが席を立つ。
「まぁ、ここで考えていても仕方が無い。行きたくねぇがちょっと行ってくる。ボブ、後よろしく頼む。はぁ……全く何だってんだ」
「はい、お任せを。戻ったらお話聞かせてください」
ボブが笑顔で礼をして送り出す。
「……くそっ、急病になってお前に代わりに行かせたいわ」
「同じくです……」
2人は足取りも重く『碧玉の間』に向けて歩き出した。
□ □ □
指導書を読み終えたアルトゥールは、本を閉じ目元をマッサージする様に揉む。彼には少し字が小さかった様だ。
「これを唱えてから発動させると、効果が上がり魔力消費が減ると……いやはや、何とも大したものよ……これは、近衛騎士団の魔術師達には、是非とも身に付けてもらいたい。もちろん、学生達もじゃ。最終的には、国中の魔術師が普通に扱える様になって欲しいのう」
「はい、陛下。学院でも全力で取り組んでまいります。ですが、先程お話した通り、指導官不足という事もございますが、指導書も足りません。『転写』で作る事は可能ですが、国の施策として進めるのであれば個人で作るものでは無いでしょうし、著者の権利もございますので……」
「確かにの。そこはきちんと線を引かねばならぬ。キースよ、とりあえず、魔法陣と同様に『一冊作成する毎に幾ら』という形の契約で良いか?金額については後程イングリット達と相談してくれ」
「もちろんでございます。ありがとうございます」
アルトゥールの気前が良いというのもあるが、ダンジョンが4箇所(もうすぐ5箇所)あるエストリアは、はっきり言って裕福である。その為、必要だと判断されたところに金をかける事を惜しまない。研究に携わる人々にも熱が入るというものだ。
その時、扉が開き側仕えがマテウスとミーティアの到着を告げた。2人が入室し、そのまま席に着く。
「お二人共、お忙しいところご足労いただきありがとうございます」
礼を言いながらイングリットが微笑む。
「とんでもございません殿下!我らは陛下と王国の剣と盾でございます。いつ何時でもお呼びつけください」
マテウスは脳筋気味ではあるしボヤきも多いが、大貴族の一族だ。きちんとすべきところは弁えている。
「ありがとうございます……話を進める前に、名前は聞いた事があっても、お会いするのは初めて、という方がいらっしゃると思いますので、私がまとめてご紹介します」
イングリットは向かい合って座る人々を眺め、紹介を始める。
主に、(元)冒険者達と近衛騎士団の2人に対してだ。
(この少年が『万人の才』……確かに小さいわね。本当に18歳なの?コリンと大して変わらないじゃない。それにデズモンド師……まさか直接会える機会があるなんて)
ミーティアはキースの話はもちろん聞いているが、卒業式の時に勧誘に行ったのもマテウスだった為、実際に姿を見るのは初めてだ。小柄で華奢な身体付きを見て、兄の息子である11歳になる甥っ子を思い出したぐらいである。
「キース、久しぶりだな!元気そうで何よりだ。活躍は騎士団にも届いているぞ!もう銅級とは大したものだが、お主なら不思議無い!」
「ご無沙汰しております騎士団長。それもこれも、皆様が広いお心で私の選択を尊重してくださった結果ゆえ。改めてお礼申し上げます」
(今思えば、国務省や近衛騎士団という狭い枠の中に入れてしまわずに、本当に良かった。自分の諦めの良さを褒めたいぐらいだ)
ティモンド伯爵は、マテウスとキースのやり取りを聞きながら思う。
彼が冒険者になっていなかったら、魔物暴走は止められず、民間人にも被害者が出ていただろう。誰かがタイラントリザードを見つけはするだろうが、魔力過多の特殊個体ではそう簡単には倒せず、大苦戦したはずだ。
北西国境のダンジョンは、駐屯地が焼き討ちに遭い、フルーネウェーフェン子爵の指揮の下、各種施設は完成し、完全にアーレルジ王国のものになっていた。
『呪文』は当然見つからず、『転移の魔法陣』も無く、今や業務に必須となった『転写』を初めとする各種魔法陣も無いのだ。
(キースが自分の夢を貫いてくれていなかったら、と思うとゾッとするわ)
ティモンド伯爵は人知れず身震いした。
「それで、お二人にわざわざ来ていただいたのは、この度、セクレタリアス王国の遺跡から、今までに無い魔法の発動手順が発見されまして。それを部隊に所属する魔術師達にも習得してほしいからなのです」
いきなりのイングリットの言葉に、二人とも理解が追いつかず、返す言葉も無い。
「突然そう言われても困りますよね。その手順についての指導書がありますので、まずはこちらに目を通していただけますか?私達はあちらでお茶でもいただいておりますので、ゆっくり読んでください」
そう言って、テーブルからソファーやテラス席に移動してゆく。
「どういう事なんだ?理解が追いつかんうちに話が進んでいるが……」
「はい……新たな手順があるなど聞いた事無いのですが……とりあえずこれを読んでみましょう」
戸惑いつつ小声でやり取りをし、2人は指導書をめくり始めた。
□ □ □
(何なのこれ……本当に?本当にこれで発動するの?しかも効率も効果も高いなんて……信じられない……)
ミーティアは混乱していた。そしてそれは、指導書を読み進める程に深まっていった。
「おい、ミーティア。どういう事だこれ?こんな事有り得るのか?」
マテウスはまだ指導書を開いてはいるが、自力で理解する事を早々に諦めた様だ。
「今考えていますからちょっと黙っててください!後で説明します!」
指導書から顔を上げずに言い放つ。
「お、おう、すまん……」
マテウスは、その迫力と必死の形相を見て、素直に引き下がった。
(後で説明できる様になるか解らないけど……)
そう思いながらページをめくり、時には戻りながら読み進める。
その時、2人のところに近づいてくる人物がいた。
キースである。
「団長、いかがですか?もしよろしければご説明いたしますが……」
集中しているミーティアの邪魔にならない様に小声で尋ねる。
マテウスは離れた席を指し示すと席を立ち、静かに移動した。
キースとマテウスで隣合って座る。
「キース、『遺跡で見つけた』という話だったがどこの遺跡で見つけたんだ?」
「はい、北国境の城塞跡の遺跡です。魔法陣で隠されていた部屋がありまして、そこに研究書や資料がどっさりと」
「はぁ~そいつは凄ぇな……あんな近い遺跡にまだそんなお宝が残っていたとは……」
キースと1対1のせいか、口調が普段使いになっている。
「で、お前はその……『呪文』か?実際に発動できるのか?」
「はい、現在発動できるのは、私と父のパーティの魔術師になります」
「で、デズモンド師がそれを習得したら指導官になると。では、来年の新人は皆身に付けて入ってくるんだな?」
「個人で向き不向きがあるとは思いますが、概ねそうなるかと。まずは5年生の希望者を優先して指導していこう、という話で進んでおります」
「じゃあよ、指導官が増えてくる迄だけでも、お前とそのニバリで分かれて、うちと学院で指導する、というのはどうだ?」
「それは良いですね!ちょっと父や本人に相談してみます」
「おう、よろしく頼むわ。魔力効率と効果が増すとなれば、必須技能になるのは間違いない。少しでも早く習得させたい」
ミーティアはまだ指導書を読み込んでいるが、マテウスは導入にかなり前向きになっていた。
『難しい事は分からんが、プラスになるならヨシ!』という事の様だ。そもそも国王やイングリットが『習得してほしい』と言っているのだ。彼らとしては嫌も応もない。
そこまで話すと、ミーティアが指導書から顔を上げ、大きく溜息を吐く。
「お疲れ。どうだ?」
「……仕組みは理解しましたが、それだけですね。これから必死に練習しませんと」
「で、指導についてなのだが、キースともう一人の使い手に頼めないか打診した。もし受けてもらえれば報奨の授与式の後からやってもらえそうだぞ」
「それはありがたいですね!今までと正反対と言っても良い手順ですから、少しでも早く始めたいところです」
少し疲れた感じが滲み出ているミーティアが笑顔をになる。
「お二人共いかがですか?だいたいご理解いただけましたでしょうか?」
3人のところにイングリットが近付きながら話しかけてきた。
「はい、お待たせいたしました。どういったものかは理解できました。ですが……」
「なんでしょう?」
「もしよろしければ、発動までの一連の流れを見せていただけたらと思いまして……やはり、未知の手順ですので、実際の手順を見た事が有るか無いかというのは、習得に大きく影響が出ると思うのです。いかがでしょうか?」
「確かにそうですね。実際に発動するのを見た事がある方は……あら、理事長先生だけなのですね?これは……先生、お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです!ぜひ見ていただきたいです!」
(おいおい、殿下はキースの事を『先生』呼びかよ……どういう付き合いなんだ?)
「場所は、騎士団の訓練場が適当でしょうか。皆さんも行かれますよね?そうすると、馬車で行った方が速いか……では、馬車寄せにお願い致します」
訓練場はそこまで遠い訳では無いが、今日は年配者が多い。体調には気を遣う必要があるだろう。
「殿下、できるだけ多くの団員に見せてやりたいのですが、警戒にあたっている者以外を訓練場に集めてもよろしいでしょうか?」
マテウスがイングリットに尋ねる。
「もちろんです。これからずっと、この詠唱を伴う魔法を力として戦ってゆくのです。一度目にしておかないと、驚いてしまうでしょうから」
「ありがとうございます。ミーティア、先に戻ってボブと二人で準備してくれ。後、警戒箇所にいる魔術師を本部に戻して、その穴埋めに騎士を余分に配置させろ。魔術師にはできるだけ見せてやりたい」
「承知しました。団長、ありがとうございます」
「ミーティア、こちらは馬車の準備もありますから、その間に集められるだけ集めてください。『万人の才』の魔法がじっくり見られる機会なんて、そうありませんから」
「はい、私も楽しみです。それでは殿下、また後ほど。失礼いたします」
ミーティアはイングリットに礼をすると、足早に本部へと向かって行った。
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