第156話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
北西国境の管理官の推薦やら何やらで、色々な人達と調整を行っている最中です。これから、魔術学院に向かいます。
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キースが手綱を握る馬車は、魔術学院の外壁沿い進んでいた。間もなく門に差し掛かるというところで、別の馬車が正面からやってきた。馭者の様子を見ると、相手も魔術学院に入る様だ。
(仕方が無い……譲るか)
「キース、相手に先に入ってもらおう。止めてくれ」
「了解しました」
(魔術学院に馬車で来るとなると、まず間違いなく貴族だ。マスターも貴族だが、男爵だからな……)
残念ながら、男爵位では自分より高位の貴族の方が多い。譲っておけば間違いない。
こちらの意図に気がついたのか、前から来た馬車の馭者はこちらに片手を挙げ挨拶をし、門を開け敷地内へと進んで行った。
キースも門の魔石に手を当て敷地内を進んでゆく。
このタイミングなら、当然馬車寄せで一緒になる。それとなく馬車を見ていると、降りてきた人物はマリアンヌだった。
「こんにちは理事長先生!お邪魔致します」
「あらキース!あなただったのですね。いらっしゃい」
挨拶を交わしたマリアンヌは、キース達の馬車から降りてきた人物を目にし軽く目を見張る。
「ウォレイン男爵!?これは……ご無沙汰しております」
「お久しぶりですな理事長先生。お邪魔します」
「私もご無沙汰しております、理事長先生」
「あらまあ……なんという日でしょうか。デズモンドさんまで……いらっしゃいませ」
マリアンヌは貴族だが、魔術師としてはデズモンドの方が名は通っているし、実力も年齢も上だ。故に、個人的に敬意を払って接している。
受付の職員にお茶の用意を頼み、連れ立って執務室の続きになっている応接室に入る。
お茶の用意が整い職員が部屋を出ると、マリアンヌがお茶を一口飲み切り出す。
「ウォレイン男爵、デズモンドさん、改めましてご無沙汰しております。お二人共お変わりありませんか?」
「はい、理事長先生もお元気そうで何よりです。こちらこそ、急にお邪魔して申し訳ありません」
「理事長先生、今日お邪魔したのはですね、『呪文』の指導官についてでして」
「キース、まさか……」
「はい、デズモンドさんが受けていただけるという事なのです」
マリアンヌは驚きと嬉しさに目を丸くしてデズモンドを見る。
「確かに今いる指導官だけでは手が足りません。通常の指導内容も有りますから。今も、殿下と指導官の手配についてご相談してきたところなのです」
マリアンヌはイングリットと調整した話を伝える。
「確かに、引退の頃合いを見計らっている者や、既に引退済みの者を狙えば確保できそうですね。私も心当たりに声を掛けてみます」
デズモンドがこめかみに指を当てる。考える時の癖の様だ。
「よろしくお願いいたします。冒険者からの引退を考えている魔術師については、国務長官から冒険者ギルドに確認の指示が出ている筈です。指導官自身が身に付ける期間を考えると、5年生にはそれ程時間は無いと思いますから、少しでも早く始めてあげたいのです」
「では、指導官の人数が揃うまでは、とりあえず5年生だけ指導するというのはいかがでしょう?」
「ああ、それは良いですね!4年生以下は来年以降も練習できますし。そう致しましょう」
マリアンヌは手を叩いて喜ぶ。
「キース、預かっていた指導書と、セクレタリアス王国についての本は殿下にお渡ししておきましたよ。とても喜んでおいででした」
「ありがとうございます!寝不足の日々にならなければ良いのですが……」
「……あのご様子では、それは難しいかもしれないわね。先程も『昨夜は寝付けなかった』と仰っていましたし」
マリアンヌはイングリットの嬉しそうな、興奮で頬を染めた顔を思い出す。
「そうですか……喜んでいただけるのは嬉しいのですが、ただでさえお忙しいのに、寝る時間まで削ってしまうのは……午後にお会いしたら、少しでも早く休まれる様にとお話してみようかな?」
「殿下にはどの様なお話をするのですか?」
「2件ありまして、これはデズモンドさんの発案なのですが、近衛騎士団内の魔術師部隊に『呪文』の習得をお勧めするのと、ウォレイン男爵を北西国境のダンジョンの管理官に、というご提案をしに参ります」
マリアンヌは思わずハインラインを見る。
「勿論、断られてしまえばそれまでですが、供用開始も間近であるのに人選が上手くいかず、陛下も殿下もご立腹の様子。ダンジョンや冒険者の扱いには慣れていますからな、ゴタゴタが片付くまでの間だけでもお任せいただければと」
ハインラインがニヤリと笑う。
「ですが、北西国境のダンジョンまでは馬車でも……そうか、距離も移動時間もゼロですものね。それならお身体の負担も無いと」
「はい、ご自宅から通いでお仕事ができますから、慣れない土地での生活を心配する必要もありません」
「確かに男爵なら派閥のしがらみもありませんし、実績もございますものね。お身体も不自由無さそうですし」
「我ながら、丈夫さだけが取り柄みたいなものですからな!」
そう言って胸を叩き笑う。若い頃に比べれば薄くはなっているが、その胸板の厚さはとても90代半ばの老人とは思えない。『頑健』『健康体』などの特性が出ているのは間違い無く、それもかなり強く出ているのだろう。
(確かに、数年に渡ってというのは難しいかもしれないけど、半年や一年ぐらいの措置としてはアリよね
)
「では皆さん、私も同行しても良いですか?近衛騎士団に話をするのならば、私も同席させて欲しいのですが」
近衛騎士団の魔術師部隊には、キースも誘われた様に魔術学院の卒業生が配属になる事も多い。マリアンヌがそう言うのももっともだった。
「もちろんです!……というか、これは、ただの冒険者である僕より、理事長先生からお話していただくのが本筋の様な気がしますね」
「いえ、そこはデズモンドさんが思いついたのですから、皆さんから話してちょうだい。この提案をする時に、近衛騎士団の役職者にも来てもらえる様にお願いしましょう」
「分かりました。ウォレイン男爵の管理官の件では、ヴァンガーデレン家にも口添えをお願いしています。王城へ向かう前にお屋敷に寄って一緒に行く事なっていますので、ご承知ください」
「あらあら、準備万端ね!あのお二人の協力が得られるのであれば、きっと上手くいくでしょう。とりあえずそんなところかしら?では皆さん、食堂でお昼をいかがでしょう?面会中にお腹を鳴らす訳にもいきませんし」
「はい、いただきます!学院の食堂も久々ですね!楽しみです」
皆で食事をとった後、先程同様、キースが馭者を務めアリステアが補助をし、ヴァンガーデレン家の屋敷へ向かう。すぐに出るので、敷地内には入らず、門から連絡をしてもらい外で待つ事になった。
「お二人共、私ちょっと気になっている事がございまして……お尋ねしてもよろしいですか?」
マリアンヌが声を潜めて尋ねる。
自分達しかいないのに辺りをはばかる様な様子に、二人は一体何事かと顔を見合わせたが、小さく頷いた。
「『彼女』は……アリステアさんですよね?」
そう言いながら、馭者台の方に視線を向ける。
「これは……何とも答えづらいですね」
デズモンドは顎を撫でながら答える。どこまで喋って良いものか考えているのだろう。
「理事長先生、本人が自分から言わないのであれば、私達が『そうだ』と言う訳にはいきません。ですが、あの3人が孫の事を他の人間に任せるとは、私も思えません」
ハインラインの返答は『彼女=アリステア』と言っている様なものだったが、はっきりと肯定も否定もしなかった。
「……やはりそうですよね。状況的にもまず間違い無いのは解っているのです。ただ、どういう仕組みになっているか、とても気になっておりまして。魔導具なのは間違い無いと思うのですが……」
「理事長先生もキースから色々な話を聞いていると思いますが、セクレタリアス王国の技術は、私達の想像を超えています。何があってもおかしくない」
「はい、私もそれを感じました。しかもこう、何と言うか、『斜め上』というのでしょうか? 明らかに私達とは違う方向に飛び越えて来るというか……」
表現に苦労しているが、マリアンヌが言いたい事は二人も伝わった。
魔石から魔力を抽出し液体として貯留、それを動力源として各街に行き渡らせ魔導具を動かす、人の意識や記憶を残し移す等、作り上げる技術力もだが、そもそもの発想が尋常ではない。
「それを考えると、我々が知らない、理解できない魔導具を使っていても不思議ありません。とりあえずその様な形で納得しておくしかないかと」
「そうですね……また折を見てお尋ねしてみます。お二人共、答えづらい質問で失礼しました」
そんな事を話しているうちに王城の馬車寄せに到着し、馬車を担当者(今日もトニーだった)に預け一行は建物内に入った。
「エヴァおば様!リズおば様!それに……ウォレイン男爵!?理事長先生も!?」
廊下を歩き出してすぐ、十字路に差し掛かったところで横合いから声が掛かる。王族専用の馬車寄せから歩いてくるのはイングリットだった。補佐官のハンナと2名の側仕え兼護衛も一緒だ。
「殿下ご無沙汰しております。そしておかえりなさいませ。視察に出られていたのですか?」
ハインラインが挨拶をし尋ねる。
「お久しぶりです男爵。お元気そうで何よりです。今は港の再整備の現場を見ておきたくて行ってまいりました。ですが、それは半分口実で、良い天気なのでちょっと息抜きに散歩です」
うふふと笑う。いたずらが上手くいった子供の様だ。
「いつもお忙しいのですから、それぐらいで丁度良うございます。今日は、この後お時間いただけますでしょうか?」
「はい、もちろんです!ですが、昼食をまだいただいておりませんので、お腹が……ハンナ、午後は約束などはありませんよね?」
振り返って尋ねる。
「はい、特にはございません」
「分かりました。では、そうですね……2の鐘のお約束という事で良いでしょうか?食事をとってしまいますので。レーニア、談話室にご案内して、お茶の手配をお願いします」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。こちらの事はお気になさらず、お食事ごゆっくりお楽しみください」
「うふふ、今日の献立はチキンソテーなのですが、東方から輸入された調味料で作ったソースがかかっていまして。皮目をパリッと焼いたところに、この『テリヤキ』という甘辛なソースがまたよく合うのです!先週もいただいたのに、またリクエストしてしまいました!」
「料理担当者は果報者でございますね。これ程までに喜んでいただけるのですから」
大人達がイングリットを見る目はとても優しい。皆子供は本来これぐらいで丁度良い、と思っているのだ。
「これだけ美味しいものが食べられる私こそ果報者でございます!帰り道も楽しみでお腹が鳴って仕方がありませんでした。おかわりしてしまうかもしれません!」
「若い方はたくさんお食べになるのが一番でございますから。それではまた後程、失礼いたします」
皆一列に並び、順に挨拶をして案内の側仕えについて行く。デズモンドは初対面だが、偶然鉢合わせただけで正式な場では無い為、名乗りなどはしない。
列が徐々に短くなり、最後の人物が前に出た時、イングリットの声が辺りに響き渡った。
「先生!?やだぁ、なんでいるんですか?信じらんない!」
「殿下、テリヤキチキン、どうぞおかわりしてお楽しみくださいませ」
真顔である。雰囲気と姿勢は、謁見の間にでもいるかの様なピシッとしたものだが、発言内容は酷い。
「~~~~!い、いつもはそんなに食べないのですよ?今日はたまたまで……」
イングリットは、キースが背の高い人々に囲まれていて見えなかった事と、ウォレイン男爵やデズモンドなど、普段あまり見かけない人物に気を取られていた為、その存在に全く気付けなかった。勿論テリヤキチキンに意識が向いていたのもある。
「私ったら先生の前でテリヤキの話ばかりして……恥ずかしすぎます!はぁ……もう無理。ふて寝します」
その言葉、口調、態度は、次期国王であり「王国最後の、しかし最高の希望」と謳われる王女殿下らしからぬものだった。
ハンナはイングリットの後ろに立っていたが、その様子を見て目を丸くしていた。自分達が見るイングリットとはまるで違う。別人と言っても良いぐらいだ。
(ですが……こんな殿下も新鮮ですね。いつもの凛としたお姿と態度も良いのだけど、歳相応の女の子らしい可愛さというか……どちらも甲乙付け難いです。しかもこれはやはり……)
「殿下、人は食事と睡眠をきちんととらないと、ろくな事を思い付きません。午後はまだまだ長いのですから、この後もきちんと活動できる様に、しっかりとお召し上がりください」
「……はい、それでは行ってきます。はぁ……」
イングリットは肩を落として背を丸め、力の入っていない足取りで去っていった。
(それにしても、殿下の『先生』が、あんな小さな少年とは……)
イングリットの右後方を歩き、その背中を眺めながら、ハンナは先程見た『先生』の姿を思い浮かべる。
自然と緩い七三程になったサラサラな金髪、くりくりと大きい、まるで南国の海の様なエメラルドグリーンの瞳、背は殿下より頭一つ小さく、身体付きも華奢だった。
そして、既に『銅級冒険者』の冒険者証を付けていた。
(彼が殿下をして『影さえ踏めていない』と言わしめる魔術師……とてもそうは見えなかった。それなら年配の男性の方が、余程『先生』らしかった)
年齢、見た目、雰囲気と、デズモンドはまさに『The 魔術師』だ。比べるまでも無い。
(しかし、実際はあの少年こそが『代わりのきかない歴史上唯一の魔術師』……そして、私の見立ては間違っていなかった)
「殿下、先程の彼が『先生』なのですね?」
「はい……はぁ、食べ物の事しか考えていない、食い意地が張った浅ましい女だと思われていたらどうしましょう……あぁ、もう立ち直れません」
大きく溜息を吐く。もう歩き出してから何度目になるか分からない
「そして、殿下の想い人であると」
「ええ、そうです……あっ!えっ!?そのっ」
「殿下、あの態度と発言で全て察せられます。今さら誤魔化すのは無理でございます」
「ですよね……『先生』については、皆には近いうちに説明しようと考えていました。切っ掛けもできましたので、今日の夕方にでもお時間もらえますか?」
「承知致しました。イエムとヨークにも伝えておきます」
「よろしくお願いします。はぁ~~~さて!終わった事でいつまでも落ち込んでいても仕方がありません!『先生』にも言われましたし、テリヤキが美味しいのも間違いありません!しっかり食べて、この後に備えましょう!」
イングリットは顔を上げ、しっかりとした足取りで食堂に入る。
(この切り替えの速さも殿下の良い所なのよね)
そんな事を思いつつ、ハンナはイングリットのピンと伸びた背筋を見ながら、続いて食堂に入って行った。
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