第153話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
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【前回まで】
自室で執務中のイングリット。昼休憩に入るところに、ティモンド伯爵が来室。ランチをお預けになった事に嫌味な言い方をするイングリットに対し、ティモンド伯爵は、持ってきたキースからの荷物をお預けする事で対抗、降参させました。補佐官3人組は二人が『先生』と呼ぶ人物についてあれこれ考えます。
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夕方、5の鐘で勤務を終了王城を出た補佐官3人組は、その足で貴族街にある喫茶店へと入っていった。もちろん、例の『先生』についての話をする為である。
この喫茶店の客席は個室メインで作られており、人に聞かれたくない話をするのにもってこいなのだ。
注文が運ばれ、店員が扉の前から離れてゆくのを待って、イエムが口を開く。
「さて、『先生』について幾つか新しい情報を得た訳だが……まあ得たというより『与えられた』という事なのだろうが」
「私達の前であれだけ騒いで、いや、はしゃいでしまいましたからね。尋ねられて隠すのは不自然過ぎます」
「教えても差し障りの無い事なのでしょう。実際、一番肝心な、『先生』の正体と、具体的に何をしているのかは分からないままですし」
ヨークの言葉に二人も頷く。
「ああいった、さりげなく、自然に情報を流す対応がお出来になられる事は喜ばしいのですが、一言ぐらいお話があっても、とも思います」
「確かにな。管轄が違う、という事なのだとは思うが……とりあえず整理しよう」
・『先生』は魔術師である。
・魔法も魔法陣も、殿下が「影さえ踏めていない」という程の凄腕である。
・弟子入りを希望しているが拒否されている。
・王城に滞在するのは好まない。
・その存在は国王陛下と国務長官も承知し、力を認めている。
「こんなところかしら……」
「殿下の魔術の師としてお仕えすれば、地位も名誉も金も付いてくる。それを望まないというのは、かなりの変わり者と言えるのだろう」
「それに、王城に滞在するのは好まない、という事はひっくり返せば王城に出入りした事がある、という事になりますよね?」
「そうだな……この2点によって貴族では無いと考えて良いだろう。王城を拒否する貴族は基本おらぬし、存在してはならん。そんな人物を陛下や国務長官がお認めになるはずが無い」
二人も頷く。貴族の彼らからしてれば、王族に力を認められたにも関わらずそれを拒否する、というのはさっぱり理解できない。
「陛下も存在をご存知で、弟子入りに対して助言をされているという事は、どの様な人物なのか把握されていらっしゃるのね……実際お会いしたのも、一度や二度では無いという事かしら?」
貴族であっても、国王やイングリットと複数回面会するというのは容易ではない。国内屈指の大貴族、ヴァンガーデレン家の次期当主であるベルナルだって、まだ一度も会った事が無いぐらいだ。
「殿下を凌ぐ魔術師で、貴族では無く、金も地位も名誉も望まず、陛下や殿下に何度も面会した事がある……何だそれは……本当に人か?天使ではないのか?」
ハンナとヨークも腕を組んで頭を傾げる。まるでおとぎ話に出てくる、この世を救う魔術師の様だ。
「後あるとすれば……魔術学院の関係者か、あ!冒険者として活動している魔術師というのはどうでしょう?」
「魔術学院関係なら、お会いする機会はあるかもしれないけど、冒険者だと会う機会自体が無いわよね?」
「『先生』が現れ始めたのと『北西国境のダンジョン』が確保された時期は合うから、有り得そうだがな。ただ、メルクス伯爵の護衛として付いていたパーティもまだ戻ってきておらんからな」
「ダンジョンが絡むとなると冒険者かと思いましたが、そうか……知り合う切っ掛けが無いですよね」
「では、やはり魔術学院の関係者が最有力でしょうか?でも、学院に所属していて、先程の要件を満たす人というのも……」
あちらを立てればこちらが立たずで、3人共考え込んでしまう。だが、この3人は国内屈指の文官である。考える事を決して諦めない。
「よし、いきなり答えに辿り着こうとせずに、少しづつ埋めていこう。とりあえず魔術学院で、その様な魔術師に心当たりがないか尋ねてみよう。既に理事長がいなかったり、都合が悪ければ今日は解散という事で」
ハンナとヨークはイエムの言葉に頷き、代金を支払って喫茶店を出た。
(よし、終了。帰りましょ)
マールは日報をまとめ終わり一息ついた。
(帰ったらお肉を焼いて……そうだ、この間買ったワインも開けようかな)
朝家を出る前に下味を付けてきた肉は、ちょうど良い頃合になっているだろう。
しかし、マールのささやかな幸せな妄想は、次の瞬間霧散した。来訪者を知らせる魔石が音をたてて点灯したのだ。魔力登録をしていない人物が来た時の合図である。
(……どこかで誰か見てるのかしら)
「はい、魔術学院受付でございます」
音声をやり取りする魔導具に向けて呼び掛ける。
「遅くに申し訳ない。私は、ヒューリック家のイアムという者だ。理事長先生に面会は可能だろうか?」
そう言いながら、身分証のプレートを魔導具に載せ、魔導具に付いている魔石に魔力を流す。身分証に付いた魔石の魔力と比較して、合っていれば間違いなく本人という証明になる。
(ヒューリック家って、『四派閥』の一つのヒューリック侯爵家!? こんな時間にいきなり来るなんて何の用かしら)
「ご証明ありがとうございました。理事長に確認致します。どうぞ待合室へお進みください」
マールは、魔力を比較した本人確認の結果を横目で眺めつつ、門の鍵を開けた。そして、『物質転送の魔法陣』で来客を知らせるメモを送る。理事長はまだ帰っていない。返事はすぐに来るだろう。
魔法陣が起動し『可』と書かれたメモが送り返されてくる。
マールは受付を出て、出入口の扉の前へ移動すると、ちょうど扉が開き3人が入ってきた。
(イエム様は……この一番歳上の方かしら)
「皆様いらっしゃいませ。どうぞご案内致します」
「ありがとう。こんな時間に手数を掛ける」
マールを先頭に4人は理事長室に向かった。
(さて、どう答えれば良いかしらね……)
補佐官3人組と魔術学院の理事長であるマリアンヌは、マールが淹れたお茶を前に、ソファーに向かい合って座っていた。
3人の話を聞いて、心当たりを考える様子を見せながら、必死に別の事を考えている。
(この3人が探しているのは、間違いなくキースの事だけど、殿下がはっきり言わなかったのに、それを私が言うのはナシよねぇ……でも)
マリアンヌは40年近く魔術学院で生徒の指導をしてきた。数えた事は無いが大変な人数だろうし、国内にいる現役の魔術師で、彼女と接点が無い者はいない。そんな自分が、安易に「心当たりが無い、知らない」と言ってしまうのは怪しすぎる。
(ダメね。せめてもう少し準備時間があれば何か思い付いたかもしれないけど、いきなりは無理だわ。仕方がない……)
「一人、思い当たる人物がいます」
「おおっ!」
「さすが理事長先生!助かります!」
「ありがとうございます!」
マリアンヌの言葉に補佐官3人組が喜びを表す。
「ですが、私の口から詳細を申し上げる事はできません」
そう言ってマリアンヌはお茶を一口飲む。
その言葉に、満面の笑みだった3人が一瞬で真顔に変わる。
「それは……なぜでしょう?」
「殿下がはっきり仰らなかったにも関わらず、私が横からお伝えするのは、殿下のお心に沿ったものでは無いと考えますが、いかがでしょう?」
「……」
「皆様は殿下がご政務に関わり始めた時からの、腹心中の腹心でいらっしゃいます。そんな皆さんにお伝えしていないという事は、隠したいというより、ただ単にまだその時期では無いから、という事なのではありませんか?」
「……」
「殿下がご相談してくれない事を不安に、そして、寂しく感じていらっしゃるのですね?」
「……ええ、そうです」
イエムは目を閉じ、ハンナは少し恥ずかしそうに俯き、ヨークは頭を搔く。
結局のところそういう事だ。
自分達を頼り、なんでも相談してきた小さかった孫(娘)が、自分達の知らないところで物事を進めている。そこに引っ掛かりを感じているだけなのだ。
そもそも、国務長官はもちろん、国王まで面識のある人物の事を、何をそこまで警戒する必要があるのか。
「皆様の指導の成果と、様々な経験を積まれてのご成長が実感できる良いお話でございますね。ですが……お気持ちは十分に理解できますので、一つだけお教えします」
3人が顔を上げて笑顔になる。
先程もそうだったが、「感情を表に出すな」と言われる貴族にしては、随分判りやすい。それだけなりふり構っていられないという事なのだろう。
「その人物は、国の歴史上、並ぶ者の無い、そして代わりのきかない唯一無二の魔術師です。もちろん、私など足元にも及しません」
3人が息を呑む。
(40年近く魔術師を育成してきた理事長が、そこまで言い切る程の魔術師とは……)
「もちろん、人間性も素晴らしいです。それは陛下、殿下、国務長官もお認めになられています。国や王室は当然ですが、一般市民にも害を及ぼす存在ではありません。むしろ益しかありません。何の心配も要りませんよ」
「そうですか……そこまで言い切られる様な人物なのですね……分かりました。今日は突然押し掛けたにも関わらず、お時間を割いてくださり感謝します。完全にではありませんが、だいぶ心が軽くなりました」
「こちらこそ中途半端なお答えでお恥ずかしいです。ですが、皆様と同じく、殿下のお気持ち、お考えを無視する事はできません」
(もっと知りたいけど、こう言われてしまっては引くしか無いわね)
「いやいや、十分でございます。また改めてお礼に伺いますので。それでは失礼します」
玄関まで理事長に見送られ、3人は魔術学院を出た。
「理事長の話で何か気が付いた事はあるか?」
前を見据え歩きながらイエムが二人に尋ねる。
「『国の歴史上唯一無二の存在』とまで言っていましたが、そうなるとかなりの有名人なのではないでしょうか?」
「そんな人物がいるなんて話は聞いた事が無いわね……魔術師の中で、という事なのかしら。でも、そこまで名高いなら調べればすぐ分かりそうね」
「うむ、理事長は『何の心配も要らない』と言っていたが、それはあくまでも理事長の意見だ。我々の見解は我々が見た結果で決める」
「はい。そういった人物がいないか、明日早速調査の手配します。やはり、そこまでの魔術師ならそれなりの年齢なのでしょうね」
「それはそうだろうな。中年以上といったところか。その辺に絞って指示を出してくれ」
「承知しました!」
イエムとヨークのやり取りを聞きながら、ハンナは違和感を感じていた。
(あの時の殿下の少し寂しそうなお顔……切ない心を無理矢理抑え込む様な感じだった。いくらお父様との触れ合いが無かったとはいえ、年配の人にそんな気持ちを持つかしら?)
3人は次の十字路で別れ、それぞれの屋敷へ帰って行った。
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