第152話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
元冒険者ギルドマスター、ハインラインの家にお邪魔したアリステア。魔術師デズモンドにも来てもらい、キースが冒険者になってからのアレコレを説明し、今後の事で二人に手伝ってほしい事をお願いしました。
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大きな執務机に着いたイングリットは、今日も忙しい日々を送っていた。
執務室には複数の『物質転送の魔法陣』が設置され、各国務大臣や部局長が決済した書類が転送されてくる。
その内容をイングリットが3人の補佐官と共に精査し、承認をしてゆく。
イングリットの元に辿り着くまでに散々検討されてきている為そうそう無いが、それでもたまに疑問に思う内容や、数字、予算が書かれている事がある。
そういう時は、書類に疑問点を書いたメモを貼り付け送り返す。同様に返答が貼られて戻ってくるか、担当の役人(大臣が来る事もある)が部屋に来て説明する。
これを各部門毎に行っているのだ。そりゃ忙しいというものである。
そんな、皆が忙しく書類に取り組む中、執務室内に鳥のさえずりが響いた。
補佐官の一人であるハンナは、目を落としていた書類から顔を上げる。イングリットや他の補佐官も同様だ。
(さっき11の鐘が鳴ったと思ったのに……)
今の鳥のさえずりは、魔導具である『時を告げる鐘』の類似品によるものだ。鐘1つの間に一度、好きなタイミングで自動で音を鳴らす事ができる。その為、この部屋では鐘と鐘の中間で鳴る様にしている。
「よし、では休憩にいたしましょうか」
そう言いながらイングリットが席を立つ。イングリットの執務室では、『昼休憩の時には部屋を出る』という約束がある。昼食後すぐに仕事を再開させない為だ。
この部屋が立ち上がったのが4年前、イングリットが12歲の時だが、当初は3人とも自席でさっさと昼食を済ませ仕事に取り掛かっていた。
彼らは、次期国王の指導役も兼ねた補佐官に選ばれる程である為、能力はもちろん、熱意も十分兼ね備えていた。さらに、配属直後で張り切っていたというのもある。
だが、部屋の発足から3ヶ月程経ったある日の昼食休憩後、イングリットが3人を集めてこう言った。
「明日以降、執務室内で昼の休憩をとらないでほしいのです」
これまで何も言われなかったのに、突然の話に3人は少々面食らった。
「……殿下、お尋ねしてよろしいでしょうか?」
「どうぞ、イエム」
イエムは、3人の補佐官の中で最年長である、50代半ばの男だ。侯爵家の次男で長く王城で文官として仕事をしている。経験、年齢、性格的にも、補佐官達のまとめ役でもある。
「今のお話について、これまで特にご指摘などはいただいておりませんが、何かございましたでしょうか?」
相手方の意見を聞かずに一方的に決めてしまうのは、自分達の知っているイングリットらしくない、と感じたのだ。
「休憩は休憩としてきちんと休んでほしい、という事です」
「ですが殿下、ああでもしていきませんと処理が追いついていきません。自分の力不足を棚に上げる様でお恥ずかしい限りですが……」
3人の中では一番若いヨークだ。若いといっても32歲のベテラン文官である。年齢的にはイングリットの父親であってもおかしくない。
「皆さんは間違いなくこの国屈指の文官です。私はこれまでのお仕事からそれを確信しております。決して力不足などではありません。それに、皆の足を引っ張っているのは私です。そんな私がこんな事を言うのもおこがましいのですが、だからこそのお願いです」
(……上の立場である自分を落として相手を立てる。そもそも私達に拒否権は無いから受けるしかないのだが、頼み事がとてもお上手だ)
そんな事を考えながら、ハンナは続く言葉を待った。
「皆さんは、私と一緒に仕事をする前から行っていたのかもしれませんが、あの様に休みをほとんど入れずに仕事を続けていると、いずれ集中力が切れ能率が落ち、良いお仕事ができないと思うのですがいかがでしょう?」
イングリットはそこで一旦言葉を切り、真剣な顔で3人をじっと見つめる。
「私達の仕事には終わりがありません。それこそ国が続く限り。ですので、毎日全力で仕事に取り組むのでは無く、今の7割程で取り組みましょう。皆さんの力ならそれでも十分過ぎる処理量です。今の様な日々を繰り返していると、ゆくゆくは身体に変調をきたしますよ?具合を悪くされても、皆さんの代わりが勤まる様な方はいないのですから。それに……」
先程までの真剣な顔から一転、上目遣いで少し恥ずかしそうな顔になる。言おうかどうか迷っている様子で、身体全体と表情からモジモジした気持ちが伝わってくる。
「私一人でお昼をいただくより、皆で食べた方が美味しく、楽しく食べられると思うのです。いかがでしょうか……?」
3人は、自分達の仕事と能力を評価し身体を気遣う上司らしい言葉と、『一人ではつまらないから一緒にご飯を食べてほしい』という子供らしいお願いのギャップ、そして、何よりその愛らしく可憐な姿に完全に心を掴まれた。
「かしこまりました。仕事への取り組み姿勢の件と合わせ、明日よりご一緒させていただきます」
イエムは間髪入れずにそう答え最敬礼をした。ハンナとヨークも同様だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
翌日より、10の鐘にはお茶休憩が入り、昼食は11の鐘半から王女殿下と同じテーブルで同じものを食べ、3の鐘には午後のお茶休憩も入り、5の鐘きっちりに仕事が終わるという、超優良職場ができあがった。
(私達に話をする時には全部手配済みだったのね……)
彼女の立場であれば、お茶の用意や昼食の増員など、その日その場でいくらでも対応は可能だ。だが、イングリットはそんな事は決してしない。
対応する人間の手間を考えているのは勿論だが、単純に、事前に伝えて準備させた方が良いものができあがる事を、きちんと理解しているからだ。
そんな理解ある上司と、人間的にまともで能力のある同僚、やりがいのある仕事に恵まれたハンナは、この執務室で充実した毎日を送っていた。
執務室を出ようとした時、イングリットの机の上に置いてある、魔導具の呼び出しベルが音を立てる。
扉に向かって歩き出した直後だったイングリットは、立ち止まり一瞬ベルを見つめたが、溜息をつきながら戻ってベルを振った。
(あの音は……国務長官?休憩時間なのは解っているのに……緊急かしら?)
すぐに扉が開き、国務長官であるティモンド伯爵が入ってきた。手に何やら革製の袋を下げている。
どうやら部屋の前まで来てからベルを鳴らした様だ。ベルを無視して退出しても、これでは結局鉢合わせてしまう為逃げようが無い。
「国務長官、今日の献立の『魚介のスープパスタ』は私のリクエストなのです。とても楽しみにしていたのですけれど……午後一番ではダメなのですか?」
(休憩なのは承知で来ているのだから、ダメなのは解っていらっしゃるでしょうに……本気で楽しみだったみたいね)
「ふむ……そこまでお楽しみにされていらっしゃいましたか。それでは、スープパスタを存分にお楽しみください。この『先生』からの荷物は午後にいたしましょう。お邪魔いたしました。」
その言葉を聞いたイングリットの瞳がギラりと輝いた。
伯爵はくるりと背を向け歩き出そうとするが、イングリットは2歩程の助走で勢いをつけると、何と机に両手を着き一気に飛び越えた。勢いそのままティモンド伯爵の腕を掴む。
(なんと思い切りの良い、しかし王女らしからぬ動き……それにあの目!獲物を前にした空腹の獣の様な……確かに空腹かもだけど)
「国務長官、今何と?」
「午後にしましょう、と」
「いえ、その前です」
「スープパスタを存分にお楽しみください、と」
(わざとだ)
(わざとね)
(意地悪ですね)
やり取りを脇で見ている補佐官3人組は思った。
「先生からの荷物、とおっしゃいましたね?」
「……午後一番がよろしいのですよね?では失r」
「私が先生からの荷物を後回しにする訳ございませんでしょう!早く!そちらを!渡してくださいませ!!」
右手で腕を掴みながら、左手を高く掲げられた荷物に向けて伸ばす。だが、成人男性と16歳の少女だ。届くわけも無い。
「いえいえ、パスタが楽しみのご様子ですので」
「ああもう!!はい!申し訳ありませんでした!以後嫌味ったらしい言い方はできるだけ控えます!……これで良いですか?」
「どうぞ」
ティモンド伯爵がイングリットに袋を渡す。満面の笑みで受け取り、執務机に着く。
「皆よ、少しお時間掛かるだろうから、先に休憩に入りなさい」
ティモンド伯爵が補佐官達に声を掛ける。
「……承知致しました。それではお先に失礼致します」
イエムが挨拶し3人は部屋を出て、向かいにある食堂に入る。
食堂と呼んではいるが、厨房もテーブルその他の調度品も、一般的な貴族の屋敷に備え付けられているものより狭く小ぶりなサイズだ。
ここは通常、イングリットが執務を行う日の昼食でしか使われない。王城の厨房からその日使用する分だけ食材が運び込まれ、出向いてきた調理師が作り提供する。
3人とも、最初は、王女と同じ席で同じ物を食べるという状況に緊張もしたが、今やすっかり慣れて美味しい食事を楽しんでいる。
調理師にイングリットが遅れる事を伝えて席に着くと、給仕係りがお茶を淹れる。
(相変わらず産地とかはさっぱりだけど、美味しいのだけは解るわ)
「そういえば……先程『先生』という言葉が出ていましたよね」
ヨークが手を伸ばしお茶のポットを取り、自分のカップに足す。
「……私も思った。少し前から国務長官とお話している時に出てくるのよね」
ハンナがそのポットを受け取り、自分のカップと隣のイエムのカップにも注ぐ。
「やはり二人も気付いていたか。だが、その『先生』が誰で、殿下と国務長官がその人物を交え何をしているのかは分からない、という感じかな?」
ヨークとハンナが頷く。
「よし、順序立てて考えていこう。まず、何時からその『先生』が現れ始めたか、だ」
「3ヶ月……いや、2ヶ月ちょっとぐらい?」
「僕が聞いて覚えているのは……妻の誕生日のお祝いをした日だから……やはり2ヶ月から2ヶ月半ぐらい前ですね」
「ふむ……その頃何か大きな動きといえば……」
「『北西国境のダンジョン』!」
3人の声が重なった。
「では、次はどこの誰なのか、だ。『先生』というからには誰かしらに何かを指導しているのだろうが……」
「殿下に指導するとなると、時間帯がかなり限られますね。日中帯は私達と一緒にいるのですから。そうなると、私達が帰った後か休日に接している、という事になるわ」
「休日や夕方から夜にかけてとなると、やはり王城の中にいる人か……かなり限られてくると思うのですが、ちょっと思い浮かびませんね」
「殿下は魔術師だし、魔術学院の関係者というのはどうかしら?そちらの指導官とか、理事長先生とか」
「ふーむ……まさに『先生』だが、先程の殿下ご自身の反応がちょっと気になるな」
「あれはですね、自分の好きな物、大事な物を取り上げられたり、お預けされた子供と同じ反応です。うちの息子がよくしています」
「魔術学院の関係者から、殿下が楽しみにしている物が届いたのか?あの『先生からの荷物』と判明した時の目を見たか?爛々とし始めたぞ?殿下のあの様な目は初めてだ」
「ええ、あの大きな机を飛び越えるぐらいですものね。なりふり構わないというか、『いいから早くそれを寄こせ!』という感じを受けました。全く殿下らしくないというか」
「ダンジョンが確保された時期から現れ始めた、謎の『先生』か……どんな人物なのかしら」
「正直、考える材料が足りぬな。もう少し何か分かれば……」
「結び付けられる材料を見落とさない様に、これからも皆で気を配っていきましょう。国務長官もご承知ですから問題ないとは思いますが、『王国最後の希望』に万が一は許されません」
3人は顔を見合わせ頷く。
決意を新たにした時、給仕係ができあがった料理を運んできた。
イングリットご所望の、魚介のスープパスタとサラダ、焼き立てのバゲットだ。香ばしいバゲットは残ったスープに入れて食べると実に良い。
魚介の放つ芳しい香りに包まれつつ、3人が料理を堪能し食べ終わる頃、ようやくイングリットとティモンド伯爵がやってきた。それぞれ席に着く。
「せっかく休憩のところすまんな。お邪魔する」
「みんなごめんなさいね。あの流れでは誘わない訳にもいかなくて。これを狙っていたからあのタイミングで来たのよ、きっと。いやらしいですね」
「はっは、そこについてはノーコメントでお願いします」
(……ゆくゆくは、『アルトゥール王とエヴァンゼリンのやり取り』というところまで到達させたいな)
アルトゥール王と、その懐刀だった国務長官エヴァンゼリンの、遠慮の無い丁々発止なやり取り(目にしていたある人物は夫婦漫才と評したが)は有名だ。
(この空気と流れなら……あまり回りくどいと探ってる感が出てしまう。ほぼ正面から行こう)
ハンナは同僚二人に視線を飛ばし、目を合わせて僅かに頷く。
二人が食べ終わるのを待って、ハンナが切り出した。
「そういえば殿下、最近何か習い事の様な事をされていらっしゃるのですか?いつもお忙しいのですから、夜はできるだけ早くお休みになって、休日はゆっくりされてくださいませ」
「確かにもっと早く寝なければ……とは思っていますが、習い事……ですか?特に新しい事を始めたりはしていませんよ?」
「そうなのですか?先程国務長官がいらっしゃった時にも、『先生からの荷物』と仰っていたので、てっきり」
「ああ、あれは……ある魔術師の方なのですが、私が勝手に『先生』と呼んでいるだけなのです。正式には弟子(イングリット的には『王配』と同義だ)にすらしていもらえないのです」
「殿下が弟子にすらしていただけない程の方なのですか?」
普段イングリットが皆の前で魔法や自作の魔法陣を使う事は無いが、大変な資質と腕前の持ち主という事は漏れ伝わっており、広く知られた話である。
「ええ、魔法も魔法陣も凄い方なのです。今の私では影さえ踏めていません。何とかあの方の袖を掴んで共に進んで行きたいのですが……」
少し寂しそうな笑顔でお茶のカップを手に取る。
(あれ……これって……)
「そうなのですね……その方に王城に滞在していただいてご指導いただく事はできないのですか?」
「私としては大歓迎なのですが、こういった場所はあまりお好きでは無い様で長居したがらないのです。ご縁が切れてしまっても困りますから、無理を言うのも……」
「そうですか……難しいですね……何とか良い方法があれば良いのですが」
「はい、陛下からも焦らずにじっくり攻めよ、とご助言をいただいていますから、相手のお考えが変わる様にゆっくりやっていきます。……では、行きましょうか。国務長官、先程の件よろしくお願いしますね」
「かしこまりました。2、3日いただければ済ませられるかと」
「当日朝までに終わっていれば良いのですから、慌てる必要はありません。合間をみてやっていただければ」
「承知致しました。あ、そうです。陛下に一件お尋ねしたい事があったのですが……ご一緒いただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。みんなは先に戻っていてください」
皆で食堂から出て、イングリットとティモンド伯爵は連れ立って国王の下へ向かい、補佐官3人組はイングリットの執務室へと戻った。
「少々お話が過ぎたのではございませんか?」
ティモンド伯爵がイングリットの右後ろを歩きながら小声で尋ねる。もちろん国王に尋ねる事などは無い。連れ出す口実だ。
「国務長官の意地悪のせいで、皆の前で騒いでしまいましたからね。彼らが気になるのは当然です。少し情報公開しませんと、結束にヒビが入ったり、業務に支障が出ても困りますから。そもそも、隠している訳でも無いのですが」
「ふふ、やはりわざとでしたか。失礼しました。それにしても、殿下の『先生』が一般市民の冒険者で、弟子希望では無く配偶者希望と知ったら、彼らはどの様な反応をするでしょうな」
「皆倒れてしまうのではないかしら?ハンナとヨークは若いから大丈夫かもしれませんが、イエムは少し心配です」
「ですが、何とか彼を殿下の隣りに立たせたい。私も心の底からそう考えております」
「国務長官……」
イングリットは思わず立ち止まり、振り返ってティモンド伯爵を見る。
「既にお忙しく働いていらっしゃるのに、まだまだこれから先も、ずっと国王として努めていかなければならないのです。それを思えば、できる限りのご希望は叶えてさしあげたいと考えているのですよ、これでも」
「……ちょっと何か引っかかる気もするのですが、とりあえずお礼は言っておきます。二人で出てきたついでに、陛下に、先程荷物が届いた事で決まった事をご報告しておきましょう」
「承知しました。嘘から出た真実、というやつですな」
二人は国王の私室へと足を向けた。
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古の競馬民にはウマ娘ヤバいです。これから始める方はご注意ください。時間がいくらあっても足りませんw




