第148話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
魔術学院の生徒達の前で呪文詠唱からの魔法を実演したキース。学院に伝わる『万人の才』伝説に、また新たな1ページを刻みました。
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マシューズは、何処とも知れぬ場所を何かに追われながら走っていた。
若く健康で、日頃から運動も適度にしており、まだそれ程走ってもいないにも関わらず、既に息も絶え絶えだ。
なんというか、身体に何かが絡みついてうまく動くない感じだ。
(くそっ!なんなんだ一体……このままじゃ……)
マシューズは後ろを振り返り、自分の事を追いかけ回しているモノの位置を確認する。
しかし、先程まで確かにいたそれの姿は無い。慌てて周囲を見回すが、やはりいない。
(逃げ切った……?もう大丈夫なのか?)
息を弾ませながらそのまま辺りを窺う。気配は無い。どうやら本当にいなくなった様だ
(なんだったんだあれは……魔物……だったのか?まあいい、とにかく移動だ)
体力的には限界を超えてはいた。だが、また先程の魔物?が来ないとも限らない。少しでも遠くに離れる必要があった。
その場に座り込んでしまいたい衝動を必死に堪え、歩き出そうと振り返ったその瞬間。
大きな口を開け、待ち構えていた魔物?がマシューズを一口で飲み込んだ。
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「うわぁあああぁあっ!」
マシューズは悲鳴をあげて身体を起こした。
最初に目に入ったのは、窓越しに見える、夕焼けに染まった西の空だった。
(ど、こだ……?部屋?)
そのままの姿勢で周囲を見回す。
ベッド、部屋の壁紙と閉じられた扉、どれも見覚えがある。強く香る訳では無いが、はっきりと解る薬品の臭い。
(学院の救護室か?……そうか、広場で魔法を……)
段々と思い出してくる。
(そうだ、あの『万人の才』の魔法が……)
<土の壁>、<炎の渦>と立て続けに見せられ、最後に、何やら青い蛇の様なものが向かってきたのだ。そこからは思い出せない。
(気を失ってしまったのか、情けない。しかし……)
(『万人の才』……尋常では無い魔術師だった。二つ名は伊達では無かった。あんな人に喧嘩を売ってしまうとは……あれではただの痛い奴でしかない。恥ずかしいわ)
マシューズは唇を噛む。これが兄達に知れたら、また叱責を受けてしまう。
父が亡くなり、長兄であるジュリアンが家を継いで間もなく1年になるが、家としての立場はまだまだ不安定だ。
若く勢いもあると言えば確かにそうだが、それしか『売り』がないとも言える。
所属している派閥も、父が入っていた縁からそのまま属しているが、『代替わりして庇護するだけの価値が無い』と判断されてしまったら、会合などにも呼ばれなくなる。そうなると、そのまま疎遠となってしまう。
会合の最大の目的は『情報交換』だ。各自が様々な話を持ち寄り、情報の信ぴょう性と重要度を見極め、複数の話を組み合わせ、聞こえてこない部分を炙り出す。そうやって出した結論を、今後の活動方針や資金調達に役立てるのだ。
そういった場に呼ばれなくなったら、家の運営に重大な影響が出るし、周囲からは『落ち目のあの家とは付き合わん方が良いな』と判断され、より一層他家が離れていってしまう。
(とにかく兄上の足を引っ張らずに、少しでも家に貢献する)
マシューズは、3歳上の真ん中の兄と共に、常にこの重圧に晒され、苛立ち、無力感、焦り、不安といった感情を抱えて過ごしていた。
それもあり、周囲の学友達が自分の事を持ち上げ、気を遣ってくれる心地良さに、ずっぽりハマってしまった。
もちろん、自分がもてはやされているのは、これまでのファンアールト家を築いてきた先祖であり、老獪な年配者達に囲まれながらも踏ん張っている兄の力だ。それは十分承知している。
(俺は何も成していないのに、なんなのだこの状況は)
納得できない釈然としない思いを抱きつつも、まだ17歳の子供であるマシューズには、そこから抜け出せる術は無かった。
(帰る前に指導官の部屋に寄らないといけないか……)
気を失って運んでもらった以上、何も言わずに勝手に帰るのは、あまりにも非常識というものだ。
そう思いつつベッドを出る。
着替え終わり扉へ向かおうとすると同時に、外から扉の鍵が開いた。
入ってきたのは理事長であるマリアンヌだった。
「あら、気が付いたのですね。……気分はどうですかマシューズ?」
「体調は問題ありませんが、気分は最悪です」
「ふふ、それだけ言えるのであれば問題ないでしょう。帰る前に、こちらを読んでサインをお願いします」
キースの実演前に大急ぎで作った、『呪文について口外しない』旨書かれた魔術契約の書類だ。
「……拒否したらどうなるのですか?」
「どうなると思いますか? それと、このやり取りにどんな意味があると思っていますか?」
「……」
それには答えず、マシューズは書類にサインし、魔力を登録する。意味など無い事は解っている。自分に対して絶対に攻撃してこない相手に、苛立ちをぶつけているだけなのだから。
「はい、ありがとう。呪文を用いての実技はできるだけ早く行いたいと考えていますが、元々の授業内容を削る訳にもいきません。希望者を募って課外後に追加、という形になるでしょう。あなたも参加しますよね?」
「私は……」
「何を迷う事があるのです?まだ世に出ていない新しい技術を身につける機会ですよ?それに」
マリアンヌは一旦言葉を切り、誰もいないのに声を潜めて続けた。
「来春、この手順を身に付けていない卒業生は、どの組織にも採用されないでしょうね」
(まあそうだろうな)
マシューズは考える。在校生は、『新たに発見された技術を一番早く学ぶ機会を得た世代』になるのだ。
にも関わらず、『自分は勉強しなかったので解りません』などと言ったら、「こんな後ろ向きな若者は必要ない」となるのは間違い無い。
(それでは兄上の役に立てんどころか、とんだ穀潰しだ)
その辺りの事を考えると、マシューズの心はずずんと重くなる。
「それでは、お兄様にも家にも尽くせないでしょう」
「! ? あなたに何が解ると言うのですか!」
自分の心を常に悩ませている事をズバりと指摘されたマシューズは、相手が理事長である事も忘れて思わず声を荒らげた。
「解りますよ。マシューズ、あなた私が何年学院にいると思っているのですか?指導官を22年、理事長を15年ですよ?その間、ずっとこの年頃の子供達と過ごしてきたのですから。貴族の家の長男以外の子供達、特に男の子達が、日々何を考え、どういう気持ちで過ごしているかなど、百も承知です」
マリアンヌにあっさり返され、マシューズはぐうの音も出ない。
『当主を助け、その足を引っ張る事の無い様に、細心の注意を払いながら日々を送り、家と自身の名を高める為に少しづつでも実績を積み重ねながら、あわよくばの一発を狙う』
これが貴族家の次男以下の役割だ。
なお、『あわよくば』とは、新商品や魔導具、魔法陣の発明、改良、発見や、国主導の大きな新規事業への参加、逆玉の輿で高位や金のある貴族との縁作り、などである。
「あなたが自分の役割を果たす為には、今回もたらされた技術はうってつけだと思いますよ?これを学んで卒業するのはあなた達が最初です。という事は、採用された部署には、あなたの同期以外に使える人間はいないという事になります」
「……『呪文』については公表されないのですか?」
「されますが、国全体に大々的に発表する事はありません。魔術師以外には何の役にも立ちませんし、他国への広まりを少しでも遅らせたいからです。学ぶ事を希望する魔術師達には、所属組織を通して魔術契約をしてもらう事になりますが、それをいつから始めるかもまだ決まっていません。当面の間は、魔術学院での指導だけです」
「なるほど……ですが、魔術師全員が魔術契約ですか?大変な手間と費用が掛かると思いますが?」
「それでも、国外に漏れるより良い、と判断されたのだと思います」
マシューズは軽く目を見張る。
(『判断されたのだと思います』……理事長より上の立場の方が決定したという事か。国務長官?いや、イングリット殿下や国王陛下という可能性もあるか?)
「先程の魔術契約の内容はかなり厳しい内容でしたが、こういった『秘密なのに多くの人が知っている』という話は、いずれは漏れると思いますが?」
・『現在、学院に登録されている指導官及び在学中の生徒以外との、呪文についての会話の禁止』
・『魔術学院敷地外での呪文についての会話の禁止』
これが指導官と生徒達が結んだ魔術契約の内容だ。
学院外で一切口にできないのだから、家で家族に尋ねられたとしても答えるができない。
「永遠に防げるとは思っていませんよ。エストリア内で十分浸透して、魔術師の多くが扱える様になるまでの時間が稼げれば良いのです」
『人の戸口に鍵をかけることはできない』と言われる。いずれは漏れる時がくる。それまでエストリアが先んじていれば良いのだ。
それに口に出さなくても、呪文を唱えて魔法を使う姿を見られたら、当然「今のは一体は何だ?」となるだろう。
それを切っ掛けに「エストリアの魔術師は、何か妙な魔法を使っている」という話が広まれば、それを探り出そうとする動きが出るのは間違い無い。
「この辺りついては、また色々決まり次第お知らせします。変更される可能性もありますしね。なんと言っても、私達も昼過ぎに聞いたばかりの話ですから。本当にあの子はいつもいつも……」
そう言いながらもマリアンヌは笑顔で楽しそうだ。
「マシューズ、まだ学生のあなたにできる事は多くありません。自分の中にある目標を成し遂げる為に、目先の課題を一つ一つこなして進みましょう。あなたと同じクラスの生徒達は、いえ、学院の全生徒ですね、今日の魔法の実演を見て完全に目の色を変えました。立ち止まってあれこれ考えていると、抜かれて置いていかれますよ?」
(自力でどうにもならない事で思い悩むな、という事か。……まずは首席卒業、無詠唱魔法の精度向上、そして『呪文』の習得……ふっ、やってやろうじゃないか!)
(……ちょっと顔つきが変わったかしら?今の時点でも頭一つ抜けてますからね。吹っ切れて集中して取り組んでくれさえすれば、十分な力を持った魔術師になれるでしょう)
「どうしますか?歩いて帰れますか?家から馬車を呼ぶというのは避けたいですよね?」
太陽はとうに沈み、夕焼けの残り日もほぼ消えている。この時間に学院に馬車を呼んだら、家で何を言われるか分からない。
「はい、大丈夫です。自分で帰ります」
「もし、遅くなった理由を尋ねられたら、私から指導を受けていた、詳細は言えないから理事長に直接尋ねてくれ、と言ってください」
「わかりました。ありがとうございます。それでは失礼します」
「ええ、気をつけて。また明日」
マリアンヌは建物の入口の扉でマシューズを見送ると、大きく息を一つ吐いた。
「ほんと、若い子と一緒にいると色々あって飽きないわねぇ」
マリアンヌは、マシューズの『なめた態度』については触れなかった。
あんなものは子供の気持ちの揺らぎによる一時的なものであって、他の生徒への暴力や授業の妨害につながらなければ、問題にすらならないのだ。彼女にしてみれば、むしろ、ちゃんと成長している証の様なものである。
(本人もろくなものでは無いと気付いていましたしね)
(それでも、キースが私の為に腹を立ててくれたのは嬉しかったですが)
そんな事を考えつつ、残りの仕事を片付けるべく理事長室へと向かった。
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