第147話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
魔術学院の生徒達の前で、『呪文詠唱からの魔法発動』を実演する事になったキース。やたらと突っかかってくるファンアールト伯爵家に連なる生徒に対し、実際に体験してもらう事にしました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
集中を始めたキースの周囲に、薄青い魔力の渦が巻き起こる。先日、ダンジョン内でドラゴンにとどめを刺した時と同様だ。
(魔力がどんどん濃くなってゆく……なんてやつだ)
ディックの背中を汗が伝う。
マリアンヌや指導官達は、見た事の無い光景に息を呑む。生徒達は言うまでもない。
キースは目を閉じたまま呪文の詠唱を始める。
「悠久の時を耐え忍ぶ 堅牢なる土の巨人よ
我はここに其に願う さかしむ鉾をも受け止める
土塊の盾を鍛え持ち 其と我らに仇なす者から
万事の悪意を防がん事を!
<アース・クリエイト>!」
マシューズの足元の地面が強く光り、皆思わず目を閉じる。と同時に、辺りに地鳴りの様な音が響いた。閉じた瞼越しに光がおさまったのを感じ目を開けると、目の前には巨大な土の壁がそびえ立っていた。
厚さは2m、横は端から端までで50m程もあろうか。
壁の上の辺は、学院の建物の4階とほぼ同じ高さにある。まるで城壁だ。
皆呆然と壁を見上げる中、ある生徒が気付いた。
「おい、マシューズはどこに行ったんだ?」
マシューズの姿が見えない。皆が辺りを見回すがやはり姿は無い。一人で列の前に出ていたのだ。見えない範囲まで移動するなどできない。
「あいつの足下が光っていたよな……まさか……」
一斉に上を見上げる。
いた。
壁の一部が不自然に宙に飛び出しており、そこに四つん這いになって必死にしがみついている。
貴族の生徒達は、初めて見る噂の『万人の才』の魔法に、これ以上無い程に目を見開いている。
だが、それはキースの魔法に多少は慣れている一般市民側の生徒達も同様だった。
「なあ、前より凄くね?」
「だよな?これが『呪文』ってやつの効果?」
「やっぱキースさんはスゲェな……」
「はい、今のが土属性の魔法に効果がある呪文を用いて発動させた<土の壁>の魔法となります。いかがでしょう?これだけの効果があるのに、魔力消費は無詠唱で発動させた時より少し多いだけです。素晴らしいですね!あ、発動語も魔法語で発する事で、効果の向上が見込めます。では次にいきましょう」
キースが指を一つ鳴らすと、目の前の壁は消え、地面は元の状態に戻った。
元通りでないのはマシューズだけだ。四つん這いになり青い顔をしている。一瞬で、地上4階、周囲に手摺りも無い壁の上に連れて行かれれば、大抵の人間はこうなるだろう。
「では、今度は『無詠唱魔法』で同じ事をしてみます」
さらりとそう言うと、再度土の壁が立ち上がる。しかし、厚さは1m弱、横幅も30m程、高さも3階に届かないぐらいだ。
マシューズは再び空中に飛び出している。
「うーん、やはり効果が落ちますね……だいたい25%から30%減といった感じでしょうか?魔力消費は同じぐらいなのですが。よし、では次の属性を確認しましょう」
キースは魔法を解除すると、再度集中し次の詠唱を始める。
『永劫に燃え盛る居城に住まう炎の公爵よ
我はここに其に願う
全ての災い浄化する
火生の如き力手に
其と我らに仇なす者を
灰燼へ帰し 永劫に火途を歩ません事を!
<ファイヤー・ストーム>!」
空をも焦がす程の巨大な炎の渦が巻き起こり、その中心にいたマシューズの姿が見えなくなる。炎の渦は高温により、オレンジと黄色の中間程の色で輝いているが、マシューズはもちろん、他の生徒達も熱さを感じる事は無い。髪の毛一本焦げる事の無い様に、完全に制御されている。
10秒程発動させた後、先程と同様に魔法を解除する。
炎の渦の中心にいたマシューズは、四つん這いになっているのは先程と同じだが、肩で荒い呼吸を繰り返し、顔は涙と汗と涎と鼻水に塗れ大変な事になっている。
「先程の炎の渦はオレンジと黄色の中間ぐらいでしたね。皆さんご存知の通り、火は赤、オレンジ、黄色から白、青という順番で温度が高くなります。まだまだ修行が足りない様です」
(普通火は赤いんだよ!何言ってんだこの人!)
キースの事をよく知らない1年生も含めて、全員が心の中で突っ込んだ。
そして、先程と同じ様に『無詠唱魔法』で発動させる。炎の渦は赤とオレンジの間程の色で生み出された。当然、中心にはマシューズがいる。
(これだけの魔法を連発できるってどんだけなんだ……)
「解ってはいましたが、やはり温度はそこまで上がりませんね。渦も少し小さいですし……一人解っていなかった方も、概ねご理解いただけた様なので、次で最後にしましょうか」
先程からキースの魔法を(身体的被害は無いが)受け続けているマシューズは、炎の渦が消えてからも腰が抜けたかの様に、座ったまま両手を後ろについて立ち上がれない。
「これは、先日見つけた資料から着想を得た、新しい魔法です。僕以外で目にするのは皆さんが初めてですので、どうぞお見逃し無く」
再び、キースを中心に魔力が渦を巻き吹き上がり、呪文の詠唱が始まる。
『一片の光も届かぬ 暗晦たる湖底に封じられし水の悪魔よ
我はここに其と約を結ぶ
全ての命押し流す 奔流の如き力もて
其と我らに仇なす者を
等しく水底へと沈めん事を!
<青龍召喚>!!」
これまで用いられてきたものとは、また印象の違う発動語が聞こえた次の瞬間、キースの背後から、太く長い、蛇の様な身体つきをした何かが飛び出した。それはその勢いのまま宙を駆け巡る。
皆は、宙を飛び回る見た事の無い謎の生き物(かどうかすら解らない)を見上げ、呆然とした。
それは、『龍』と呼ばれるものだった。
頭から2本の角が、口元からは長い髭が生え、大きな口には鋭い牙が生え揃う。体表は蒼く輝く鱗で覆われ、左前足には、『如意宝珠(竜玉)』と呼ばれる、どんな願いも叶えるという玉を持っている。
この『龍』は、先日エレジーアの部屋で読んだ本の中に出てきたのだ。それを模し、魔力で具現化したのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その本は『探検家』だという人物の遠征記録で、その探検家は遥か東にあるという国へ行き、様々な事を見聞きし持ち帰ってきたという。
その中に『青龍』についての記述があった。
東西南北のうち『東』を守護し、『聖獣(神獣』として神と並ぶ程の存在として敬われている、と書かれていた。さらに、その周辺の国では水を支配する神としても祀られているという。
(四聖獣のうちの一角で水神……これは久々にキタな!)
キースは興奮し目を輝かせる。
「キース、なにか良いものでも見つけたかい?」
魔力の揺らぎを感じたエレジーアが問いかける。
「はい!遥か東にある国に行った人の遠征記なのですが、また僕好みのお話を見つけてしまいました」
キースはエレジーアに説明する。
「あぁ、あれかい。まあ暇つぶしにはちょうどいい与太話、というところだね」
「……さすがに実在はしないでしょうか?」
「東西南北それぞれに『聖獣』がいて、各方面を守っている、というやつだろう? さすがにいないだろうねぇ」
(与太話と言いつつちゃんと憶えてるんだ。実はお気に入りなのかな?)
キースはそこを突っ込んでみようと思ったが、間違いなくムキになって否定するだろうと思いやめた。エレジーアの性格はかなり掴めてきているのだ。
「そもそも、その遥か東の国が本当に存在するのかどうか、という話だよ」
「あ、そこからなんですね。そっかぁ……残念」
「そんなガッカリせずに、冒険者なのだから自分で探しに行ってごらんよ。お前さんなら、片道だけ頑張れば良いのだから。次からは自由に行き放題だしねぇ。見つけたら話を聞かせておくれ」
「わかりました!ざっくりと計画だけは立てておきます!まずは船だな……」
独り言を言いながら、船旅に必要な準備や物をメモし始める。
自分の思考の中に入り込んでしまった気配を感じたエレジーアは、その様子を優しく(魔力で)見守っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
宙を飛び回っていた『龍』は、地面に座り込むマシューズを見定めると、天に向かって一度咆哮し、その巨体を踊らせた。
口を大きく開け、一呑みにしようかという勢いで突っ込んでゆく。
マシューズはもう逃げる気力も無く、グズグズになった青い顔でへたりこんでいる。
キースの魔力の塊だ。ぶつかったら跡形も残らないだろう。
しかし、マシューズに当たる寸前、他の魔法と同じ様に『龍』はその姿を消した。
広場にいた人々は、大きく息を吐いた。ぶつける事は無いと解ってはいても、万が一という事があるかもしれない。
「……以上で、『呪文』を用いた魔法の展示を終わります。ありがとうございました」
挨拶をし、マリアンヌの隣に戻る。
「……キースさん、やっぱ半端ないって!めっちゃ魔力多いし見た事の無い生き物作り出すし……そんなんできるなら言っといてほしいわ!」
「『万人』じゃ足りないんじゃないの?次は……億人?なんか響きが悪いな」
一般市民側の生徒達が拍手と歓声でキースを讃えている。その一方で貴族側の生徒達は言葉も無く佇んでいた。
これまで聞いていた『とんでも話』など、まだまだ可愛い方だったのだ。今見せられた魔法は、間違いなく人生最大の衝撃である。
そして、その衝撃は、既に凝り固まりかけていた貴族側の生徒達の意識を粉々に壊した。
(これが国務長官や近衛騎士団長も欲した天才魔術師……まさに『万人の才』)
(呪文と無詠唱魔法を状況に合わせて使い分け、陛下をお守りする。俺もあんな風になれるだろうか)
その時、貴族側のある生徒が拍手をし始めた。
最初は一人だったがすぐに増え始め、あっという間に広場全体に広がる。出身も立場も関係無く全員が拍手をしていた。もちろん、歓声も鳴り止まない。
(ああ、そうか……そういう事なのね……本当にこの子は)
マリアンヌは一人納得していた。
青龍を消し、隣に戻ってきたキースをちらりと見る。
拍手に包まれて誇らし気だが少し照れくさそうだ。可愛い。
彼女は、マシューズに対して魔法を使い続けるキースに違和感を覚えていた。
『そこまでしなくても良いのでは?』と思っていたのだ。
<土の壁>だけで、マシューズにも他の貴族側の生徒達にも、呪文を唱えての魔法の凄さは、十分理解させる事ができていたはずだ。
せいぜい次の『詠唱しての炎の渦』までだったろう。だが、そこからさらに2つ唱えた。
何故か。
『魔法を通して貴族側の生徒達に自分達の立場と拠るべきところをはっきりさせたかった』のだ。
一般市民側の生徒達は、リリアは食堂、ユーコは商人、キースの後輩ハリーなら、両親が既に他界しており、姉のマーガレットが保護者の為『冒険者ギルド職員』と、実家(保護者)の仕事は様々であっても、『一般市民』という立場は同じである。
しかし、貴族側の生徒達は違う。
『貴族』という立場の中に上下がある。さらに所属している組織や部署、担当職務、派閥によって、しがらみや力の優劣が絡みついている。
それは当然、学院に通う子供達にも影響を与える。そして子供同士だけでなく、生徒と指導官という関係にも影響を及ぼす。
『指導官より生徒の方が、貴族社会的に立場と影響力が強い』という状況や、もっと酷いと『生徒と指導官が対立する家同士』という事まで起こり得る。
というか、昔からちょこちょこと発生しており、そこはマリアンヌも把握し、対応できるところは行っている。
それが高じてくると、指導官に対してやたらと突っかかったり、友人に対する様な口調、言葉遣い等の、いわゆる『なめた態度』を取る者が出てくるのだ。
マシューズ・ファンアールトの様に。
最高学年である5年生の中でも、自他ともに認める一番の遣い手という自負心。兄は、爵位を継ぎ有力派閥に属しているジュリアン・ファンアールト伯爵。
周囲も当然それを理解している為、マシューズに対して様々な『気配り』をする様になる。そうすると、気持ち良くなったマシューズがさらに調子に乗る。悪循環である。
キースは、彼にしては珍しいことに、非常に頭にきていた。
皆が集まり、最初にマリアンヌが台上で話しているところを、マシューズが遮り喋りだした事についてだ。
理事長という学院の責任者が、授業を振り替えてまで全生徒と指導官を集めて話をしている場で、何様のつもりなのか、と。
マリアンヌはアルトゥール王の信任も厚く、長年に渡り理事長職を勤めてきたが、家の爵位は『子爵』であり、本人が当主でもない。国王との個人的な繋がりはあるが、自身の後ろ盾として家同士を比べると、格上で勢いもあるマシューズには敵わない。
キースは、貴族間には、立場以外にも力関係があり、それが様々な場面で影響を及ぼす事はもちろん承知しているし、貴族では無い自分がそこに首を突っ込むのはどうか?とも思った。だが、
『マリアンヌに対するあの態度を正す事は、今後の学院運営に、ひいては国にとってプラスとなる』と判断した。
結果、貴族側の生徒達も『万人の才』の力に心から敬服し、自身の力の向上を意識する様になった。もちろん全員では無いだろうが、これぐれらいの年代はあらゆる面で周囲に流されやすい。
真面目に取り組んでいる生徒が近くにいると、引きづられて一緒に頑張ってしまうものである。
「特別講師、ありがとうございました。皆さん、今までに無い、凄味を感じる魔法でしたね。さすが、学院の誇りである『万人の才』、卒業後すぐに銅級冒険者として認定された事だけの事はあります。皆さんは、少しでも彼に近づける様に励まなければなりません。生半可な道ではありませんが、指導する私達も全力で努めますので、共に進んでいきましょう。それでは本日はこれで終了とします。教室に戻ったら、各学年ごとに解散してください」
マリアンヌが綺麗にまとめ、キースの実演は(一人を除いて)無事終了した。
※ハリーのお姉さんであるギルド職員のマーガレットさんは、32話に出てきています。
ブックマークやご評価いただけると嬉しいですね!
お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)ポチポチ




