第133話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
フルーネウェーフェン子爵と冒険者達はダンジョンに戻されました。目が覚めた後、『眠りの魔法陣』の痕跡と、余りに身体が動かない事から、長い間寝ていた事を察知し、急いでダンジョンから出ようとします。
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「閣下、階段です!」
先頭を進む女スカウトが、早足で歩きながら前方を指差す。子爵と一緒にダンジョンへ入った護衛の一人だ。
「よしっ!外に出るぞ!」
フルーネウェーフェン子爵達も、彼女に続き息を弾ませながら、できるだけ急いで足を進める。
(外は……外はどうなっている……?)
動きの悪い身体に鞭打って早足で歩いてきた為、若干呼吸が乱れていた。
(この程度で息が上がるとは……やはり結構な日数が経ってしまっているのか)
(業務についてはディエリが差配してくれているとは思うが……心配を掛けてしまったな)
難しい顔をしている副官が思い浮かぶ。
父親の友人の弟、という間柄のディエリは、子爵にとって歳の離れた兄とも言える存在だった。
父親を早くに無くし家を継いだ自分の事を、その父の友人と一緒に、何かにつけて気にかけ力を貸してくれた。そんな彼に酷く心配させ迷惑を掛けてしまった。
(今回は私が悪いからな……説教は甘んじて受けよう)
先頭で階段を登り外に出て辺りを見渡す。
敷地内では職人達が動き回り、建物の建設や地ならし等の整備を行っていた。
(ダンジョンに入る前より明らかに進んでいる……やはりそれなりの日数が過ぎているな)
出入口の脇には、2人の冒険者と思しき男が立哨していた。下着姿の子爵達を見ても驚きもしていない。
「連絡を」
「了解です」
2人は短いやり取りをして、1人がその場から立ち去る。
この場に残った、小柄な男が声を掛けてきた。
「アーレルジ王国の、フルーネウェーフェン子爵でいらっしゃいますね?」
「……そうだ」
この時点でフルーネウェーフェン子爵は、違和感を覚えた。
(氏名を確認するのはまだ解る。ここ数日の間にコルナゴスから派遣されてきたのであれば、私の顔を知らん可能性もあるからだ。だが、なぜことさらに『国名』を言うのだ。ここはアーレルジ以外無いであろうに)
「閣下、とりあえずこちらをお召しください。お部屋からお持ちしたものです。他の皆さんもこちらをどうぞ。その姿ではさすがに落ち着かないでしょう」
残った男は、ダンジョンから出てきて、出入口周辺に集まりつつある冒険者達を見やりながら、木箱を二つ目の前に置く。それぞれ上衣とズボンが入っている。
遠くで『時を告げる鐘』が鳴っている。「12の鐘」の様だ。
子爵は服を着ながらまたも違和感を覚えた。
(なぜ着替えがここにあるのだ。まるで下着姿である事を知っていたかの様ではないか)
「お主は私の副官であるディエリは知っておるか?彼に連絡をせよ」
「はい、既にご連絡済みとなります。コルナゴスの街から来ますので、少々お時間が掛かるやもしれませぬ。川も渡らなくてはなりませぬゆえ」
(……さすがにこの発言はおかしいであろう!既に連絡済み?私がダンジョンから出てくるのが分かっていたとでもいうのか?それに、なぜコルナゴスから来るのになぜ川を渡るのだ!)
子爵が男に問いただそうとした時、敷地の向こうから歩いてくる集団が目に入った。
その瞬間、フルーネウェーフェン子爵の目が驚愕に見開かれる。
(なぜだ!?なぜあの男が今ここにいる!)
それは、私兵達とライアルパーティを伴った、メルクス伯爵であった。
「ご無沙汰しておりますな、フルーネウェーフェン子爵」
口元にわずかに笑みを浮かべながら挨拶をする。
「……こちらこそ、メルクス伯爵。ご無沙汰しております。それで……」
「護衛まで連れて、あなたはここで一体何をしていらっしゃるのか?ここはアーレルジ王国が所有するダンジョンだ。誰であろうと、招かれざる者が自由に立ち入って良い場所ではございませんぞ」
目を細め睨みつける。
だが、メルクスは全く動じた様子も無い。
「ふむ……どうやら再度確認せねばならぬ様ですな。フルーネウェーフェン子爵、エストリアとアーレルジ、両国の国境はエドゥー川をもってそれに充てる、という事でよろしいか?」
「何を今更。もちろん、その通りだ」
「もうひとつ、このエドゥー川では、過去一度たりとも、灌漑工事等の川の流れに大きな変化が出る様な工事は行われておらん、という事で良いですな?」
(ここがアーレルジの領土内である事を強調するだけではないか……なぜそれを今改めて確認する必要がある?)
だが、不審に思っても肯定するしかない。これまでそう主張してきたのは自分達であるし、この二点は何にも勝る根拠なのだから。
「……そうだ」
その返答を聞き、メルクス伯爵は満足そうに頷いた。
「ふむ、分かった。皆も、そちらのアーレルジの冒険者達も聞いたな? もし聞き逃した者がいれば、私の魔力が尽きるまで幾らでも聞かせてやるが」
そう言いながら、伯爵は右手を後ろに回してから、子爵に手に持っている物を見せる。
「録音の魔導具……」
「まあ、これだけの人々の前で口にした事を認めぬ様な人物とは思ってはいないが、一応な。さて」
「フルーネウェーフェン子爵、副官殿がここに着くまで、少し見晴らしの良い景色でも眺めてきたらどうだ?」
そう言いながら、メルクス伯爵は物見櫓を指差す。
「……なぜ?」
「半月以上も地下のダンジョンで行方不明だったのだ。気分転換も必要だろうと思ったまで。まぁ無理にとは言わんが、どちらにせよすぐに登る事になるのは間違いない」
「……」
(やはり半月以上経っていたか……それにしても、この自信の有り様はなんなのだ。分からない事が多過ぎる)
「……そこまで言うのであれば、失礼しよう」
「うむ、それが良い。それが一番話が早い」
メルクス伯爵の言葉には応えずに、フルーネウェーフェン子爵は階段を登ってゆく。
(……一体何が見えると言うのだ)
一番上まで上がり周囲をぐるりと見渡す。
コルナゴスとビアンケの街、エドゥー川、エストリアの駐屯地、全て見える。
(これが何だと言うのだ……ん?)
フルーネウェーフェン子爵は気が付いた。
川がダンジョンを取り巻く様に蛇行しているのだ。
(どういう事だ……?これでは、灌漑工事前の流れ方ではないか)
管理官着任直前に見た、コルナゴスの代官が保管しているあの地図を思い浮かべる。
(灌漑工事が行われたというのか?いや、それでは先程の確認の意味が解らぬ。そもそも、とても半月程度で終わる様なものでは無い……それに)
(川の方を、『東』を向いているのに、なぜ太陽が『左』にあるのだ?)
右を向く。
コルナゴスとビアンケの街が見える。
子爵は完全に混乱した。
『太陽は東から昇り南を通って西へ沈む』という自然の摂理と、目の前の景色が合っていない。
(ダンジョンで何か得体の知れない影響でも受けたのか?果たしてそんな事が有り得るのだろうか?)
その時、子爵は自分の後ろに人の気配を感じた。
慌てて振り向くと、人が1人空中に浮いている。
(魔術師!)
「フルーネウェーフェン子爵、この様な形で失礼致します。そろそろお気づきになられたのではございませんか?この状況のおかしさに」
「何だと……?」
返事をして初めて気が付いた。
(この声、それにこの姿、まさか!?)
あの時、死の淵から自分達を救い出し、意地を張って歩こうとするところを機転の効いた会話で諌めた、あの魔術師の少年だ。
「そなた、一体……」
「何者か」と続けようとしたが、言葉が口から出ない。
「閣下、街はどちらに見えますか?まずはそちらをお向き下さい」
少年の言葉に、子爵はなぜか素直に街の方を向いた。
心が落ち着かない時に明確な指示を出されると、人はその指示に安心し、指示を出した者を頼る。
誰もが認めるだけの能力があり、いつも自信に溢れているフルーネウェーフェン子爵も、この得体の知れない状況に、不安な気持ちが湧き上がりつつあったのだろう。
「ダンジョンから街が見える方角、すなわち北でございます。先程『12の鐘』も鳴りましたが、太陽は南天にあります。振り返ってご確認ください」
子爵は後ろを向き太陽があるのを確認した。
そもそも『時を告げる鐘』の音が聴こえた時点でエストリア領内なのだが、余裕の無い今の子爵には気付けない。
(南北はきちんと把握した。トドメと行こう)
「北に街、南に太陽がございます。では閣下、今、エドゥー川は東西どちらにありますか?そちらをお向きください」
フルーネウェーフェン子爵の動きが止まる。
しかし、後ろから見ているキースは気が付いた。
子爵は一瞬東を向こうとした。だが、動きを止めた。
そう、子爵ははっきりと認識したのだ。
エドゥー川は、ダンジョンの東では無く西を流れている事に。
という事は、ここは川の向こう岸、すなわちエストリア領内であり、ダンジョンはもう自分達の手の届かない所にある事に。
認識していながらも、それを認められずに東を向こうとした。だが、彼は自分に自信があるだけに、筋の通らない、感情に任せて意地を張っているだけの行動は取れなかった。
そもそも、子爵が東を向いたところで、この状況は変わらない。諦めて受け入れるしかないのだ。
(……だからメルクス伯爵は今更あの様な念押しをしたのか)
アーレルジ側は一貫して「エドゥー川が国境」「灌漑工事は行われていない」と主張してきた。その主張通りなら、実際にエドゥー川の向こうにあるダンジョンはエストリアのものだ。
奇しくも、アーレルジ側の主張がそれを保証する形になってしまったのだ。
(この期に及んで、どの面下げてそれを否定できるというのだ。そんなもの誰もまともに取り合わぬわ)
「……そうか、ダンジョンはエストリアが確保しているのだな」
「はい、両国は古よりエドゥー川が国境でございますので」
「……なぜそうなったか理屈は解らんが、私達がまんまとしてやられた事は理解した。冒険者達を連れて速やかに退去しようと思うが、それは許されるのだろうか?」
「はい、問題ございません……副官殿の乗られた馬車も見えてまいりました。ご一緒にお戻りください。とても心配されていました」
フルーネウェーフェン子爵は、ふと思い付いた事をキースに尋ねてみる事にした。なぜそう思ったかは分からないが、この少年ならもしやと思ったのだ。
「あの『眠りの魔法陣』はそなただな?」
「……人は水辺に来ると心落ち着きゆっくりしたくなるものです。皆さん、居心地が良く少々寝過ごされてしまわれたのでしょう」
「そして、それを餌に私は見事に釣り出されたという訳か……まさか、中層域の魔物が活発だったのも……」
「ダンジョンは、まだまだ謎が多い場所でございます。普段逃げ腰な魔物が一時的に興奮、『凶化』してしまう様な、不可思議な現象があってもおかしくありません。まるで、時間が経つと消えてしまう朝モヤの様でございますね」
(朝モヤ……そうか、あの白いモヤの様なものが原因だったか。それを知っているという事は、全ては手の内だったのだな)
子爵はさすがにこれはと自分でも思いながらも、もう一つ尋ねてみる事にした。
「では……この川の流れは?」
「さあ……エドゥー川は古来より変わりませぬ。ですが、ダンジョン同様、世の中には不思議な、現世の人々の理解の先にある、遥か過去から伝わる伝説などがまだまだ多くございます。その一つではないかと」
(……不思議と言えばやはり魔法か。理解の先……過去から伝わる伝説……失伝している古代王国期の魔法を用いた、という事か?)
「どうやら私の完敗の様だ。……魔術師殿、名前を教えてもらえるだろうか?」
「……エストリア王国王都冒険者ギルド所属、銅級冒険者、キースと申します」
一瞬だけ迷ったが、キースは素直に答えた。
直接話し、現状を受け止め、まだ子供である自分にしてやられた事を認めた子爵を見て、この人なら大丈夫と判断した。
(この歳で既に銅級とは……まだまだ登りつめて行くのだろうな。末恐ろしいわ)
「ありがとうキース。ちょうどディエリも着いた様だ。降りるとしよう」
「はい、お疲れ様でございました」
フルーネウェーフェン子爵は、メルクス伯爵に挨拶をしてコルナゴスへ戻る指示をするべく、物見櫓を降りていった。
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