第131話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
キースは、数日間エレジーアの部屋に入り浸り、様々な情報をやり取りしました。そして遂にアーレルジ王国側の交渉担当者が到着しました。
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キースが『転移の魔法陣』でダンジョンの整備現場に戻り、管理事務所に行くと、そこには両親を始め皆揃っていた。
「ただいま戻りました」
「おう、お帰り。メモにも書いたが、アーレルジ側の使者が到着した。閣下と使者殿が明日の昼食を共にされ、その後から本格的に交渉開始だ」
「承知しました。使者はやはりドゥーゼール子爵ですか?」
「ああ、そうだ。そこもお前の予想通りだな」
「こんな状況では他の人に振っても……ですからね」
キースは、会議の席で『もうドゥーゼール子爵に最後まで責任もってやらせろ』と押し付ける光景が容易に想像できた。
ダンジョン生成から先日交代させられるまでの4年間、ずっとドゥーゼール子爵が担当していた為、他の貴族では、事情も状況もいまいち分からない。
しかも、圧倒的有利だと思っていたのに、そのまんまひっくり返されてしまったのだ。今更こんな現場を任されても、貧乏くじでしかない。罰ゲームもいいところである。
「お話し合いはここで、ですか?それともビアンケの街でしょうか?」
「ここの執務室の続きの応接室で行われる。その間、俺達は管理事務所内と整備現場全域と周囲の警戒を行う」
「承知しました。それにしても予想よりもかなり早く事が進んでいますね。使者が到着するのは、まだ数日掛かるかと思っていましたが」
「途中で引き継ぎながら、大急ぎで書簡を運んだりしたのだろうな……アーレルジの王都に着いてからも、大急ぎで結論を出したのだろう。『譲ってやる』と言っている相手を待たせても良い事は無いからな。気が変わられても困る」
「ふふ……それは確かに。では僕達が動き出すのは明日の午前中からでしょうか?」
「そうだな、通常の警戒をしつつ、昼前に特別対応に移るという事でよろしく頼む」
「了解しました!」
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「キースちゃん、ビアンケから『使者がビアンケの街を通過、衛兵が先導し移行中』との連絡が入ったわ。もうすぐご到着よ」
物見櫓の上に居たキースの所にやって来たのはマクリーンだ。
「了解しました、お母さん。周囲は魔力的にも異常ありません!」
「ふふ、了解!お父さんに伝えておきます……」
マクリーンはキースをじっと見る。
「……?どうしました?」
「……キースちゃんは、ここが落ち着いて授与式が終わったらどうするの?どこか行きたい場所はあるの?」
「そうですね……エレジーアから話を聞いた事もありますが、古代王国、セクレタリアス王国の、王都跡のクレーターに行ってみたいですね。お母さんは見た事ありますか?」
「王都のは無いけど、もっと小さいものならあるわ。それでも4km程あると言っていたかな?あれは本当に不思議な景色だった。今でもはっきり思い出せるもの」
マクリーンはその時の光景に思いを馳せる。
青々とした草原が広がっている中に、ほぼ円形の、何も生えていない、黒っぽい土が剥き出しになった荒野が広がっていた。
その荒野では、草木はもちろん、虫一匹すら見つけられない。植物を植えても育たないし、他所で捕まえてきた虫や動物を放しても、その土の範囲から移動してしまうのだ。
この場の何かを感じてその様な行動を取っているのかどうかは解らない。単純に餌が無い、身を隠す草木が無いからという可能性もありそうだが。
「何がどうなればあんな地形になるのかさっぱりだったけど、まさかそんな事故が起こっていたなんてね……」
「はい、『生活を便利に、皆が裕福に、ゆとりのある生活を』と目指す事は当たり前のことです。魔法陣だって、結局行き着くのはそこですから。ただ、それ相応に危うさもある訳で……一度便利を味わってしまうと、もう戻れませんし。難しいところです」
(本当にこの子はこういう事考えるのが好きね)
「そうね……特にあなたはそういった物を作る側ですからね。ただ『作った、できた、やったー』では無くて、一緒にそういった事も考えながら研究、開発をしていかなければならないわね」
「はい、エレジーアさんから話を聞いた時もそう思いました。何かしらの大きな力を社会の仕組みとするのであれば、どの様な状態になっても制御できる手段を確立させて、その手順も一緒に組み入れていきませんと。『転移の魔法陣』も同じ事だと考えています。それに」
「それを使って犯罪を犯されると、作った側が一緒に咎められたりしますからね……」
「本当にそうね。世の中には、作成側が意図しない、抜け道的な使い方をする人達というのが一定数いるわ。そういった穴を、如何に事前に埋めていけるか。本当に大変な事よね」
「まぁ、それを乗り越えるのもやり甲斐を感じるのですけどね。我ながらどうかと思いますが」
(……どんな壁にぶつかっても、乗り越えてゆくか、壁自体を壊すかして前に進んでいきそうね)
マクリーンは目を細めて眩しそうに見つめる。
「あ、お母さん!あれ使者の方の列ですよね?」
キースが東の方向を指差す。
「間違い無いわね!じゃあ私は管理事務所に伝えてくるから、キースちゃんはお父さんに伝えてちょうだい」
「はい!承知しました」
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メルクス伯爵との昼食を終えたドゥーゼール子爵は、会食用の部屋から応接室に移動し、慣れ親しんだソファーに身を沈めながら目を閉じている。食事は美味しかったし、くつろいでもいたが、未だに移動中に受けた衝撃から立ち直りきってないのだ。
(疑っていた訳では無いが……言葉も無いわ)
ビアンケの街を経由し、先導されながら駐屯地を抜ける際に見えた景色の事だ。
(本当に川の流れが変わって裏の池と繋がっていた。まさに、赴任した時にコルナゴスで見た、昔の地図と同じ状態だった)
(着いた時にも、思わず物見櫓に登らせてもらったが……一晩であの状態になるとは、全く何がどうなっておるのだ)
その時、扉が開きメルクス伯爵が入ってきた。それを合図に側仕えがドゥーゼール子爵のお茶を入れ替え、メルクス伯爵の分を淹れ退出する。
お互いにお茶を飲み、ローテーブルに置く。
どちらも無言だったが、最初に口を開いたのはメルクス伯爵だった。
「ラモン、よく戻った。それにしても、先日は本当に驚かせられたぞ」
担当者交代の件である。
『臨時で打ち合わせを』と連絡が入って行ってみたら、馴染みのドゥーゼール子爵では無く、見知らぬフルーネウェーフェン子爵だったのだ。文句の一つも言いたくなるというものである。
「その件は悪かった。だが、こっちもあ奴らが着くまで知らなかったのだ。心の底から驚いたわ」
フルーネウェーフェン子爵が到着し、挨拶もそこそこに、王家の印が押された人事発令書を突きつけられた。
呆然とするドゥーゼール子爵に対し、フルーネウェーフェン子爵は「私物を片付けて明後日中には王都へご出発ください」とだけ告げ、コルナゴスの街へ戻って行った
「全く、お前に挨拶する暇すら無かったわ……」
ドゥーゼール子爵はお茶を一口含む。
(ちゃんと俺の好きなお茶を淹れてくれるのがさすがよの)
「王都に帰ってどうだったのだ?吊し上げにあったのではないのか?」
「それがそうでも無い。確かに陛下からはお叱りの言葉はいただいたが、他の貴族とはほとんど顔を合わせておらんのでな」
(お叱りの言葉が一番まずいであろうに……)
「で、数日屋敷でゆっくりしていたら、王城に呼ばれた。それこそ吊し上げかと思ったのだがな、報告書と提案書を渡されたのだよ」
「読んでどう思った?」
「報告書だけだったら信じなかっただろうな。提案書には、そちらの王家の印章が押されていたから信じたが。いや、信じざるを得なかった、だな」
「まぁ、そうだろうな。俺がお前の立場でもそう思うよ」
4年も過ごした勝手知ったる場所だ。
その毎日見ていた景色が、『霧が晴れたら川の流れが変わっていて、ダンジョンが川向うになってしまいました』という報告が届いた。
(そんな事、自分の目で確かめもせずに心の底から信じられる訳なかろう)
「で、何をしてこうなったのだ?魔法か魔導具であろうか?」
「何がだ?『灌漑工事などは行われておらん』のだろう?」
メルクス伯爵は、得意気にソファーの背もたれに沈み足を組む。
「くそっ!それはもう良いであろう?しつこいぞ、お主!」
「ふん!散々とぼけられたのだ、少しぐらい言わせろ!」
そう言われてしまうと、ドゥーゼール子爵としては返しようが無い。
もちろん、メルクス伯爵もいつまでも言うつもりも無い。実際にダンジョンを得た『勝者の余裕』というやつだ。
「お察しの通り魔法だ。だが詳細は分からん。俺は魔術師では無いからな」
「ふむ……誰が使ったのだ?ライアルのパーティだと……女エルフの精霊魔法か?それとも、神官の神の奇跡か?」
4年もいれば、相手の護衛の事も完全に調べが付いている。ライアルのパーティはただでさえ高名な冒険者揃いだ。情報は多い。
「そこら辺はちょっと言えん。すまんな」
「ふむ……では仕方がない。重要なのはそこでは無いからな」
ドゥーゼール子爵はあっさりと引いた。そして、表情を引き締めメルクス伯爵をじっと見る。
「エディ、この提案書の条件なのだが、本当にこれで良いのか?普通、こういった内容はこちらから『何とかお願い致します』と頭を下げるものだと思うのだが」
「なんだ、いらんのか?それならそれでも構わんが……」
「いや、そうでは無い!いる!もちろんいる!ありがたくいただく!国王陛下も、この提案には心から感謝しているのだ」
理由とこれまでの経緯はどうあれ、ダンジョンは実際に川の向こうになってしまったのだ。アーレルジ側としては、少しでも貰えるのはありがたい
「そうであろう?この提示があれば、国内の反対意見も世論も抑えやすい。こちらも、そちらが乱れるのは落ち着かん。欲張った挙句、アーレルジ全体が『何が何でも取り戻せ』という様な強硬派になっても困る。損して得取れというやつよ」
「掛かった経費だけでなく、定期的に金が入ってくる様になれば、どうしたってそれが惜しくなる。こちらを縛りつける事ができるものな」
「そういう事だ。だから素直に貰っておけ」
「分かった。それでものは相談なのだが……」
(それ来たぞ)
「この……な。2%というのは……もう少し……その、何と言うか……ほれ、あるだろ?例えば……5%とか?」
「2.5%だ」
「いやいやいやいや、エディ、それはちょっと厳しいのではないのか?そこはそれ、間を取って4%だと思うぞ?」
「どことどこの間なのだそれは。3%だ。これで嫌なら1.5%にする」
「はい!ありがとうございます!3%でよろしくお願いします!」
「相変わらず調子いいのぅ……まあ、その増えた割合を手土産に大きい顔して帰れ。お、そうだ、もう一つおまけを付けてやろう」
「ほう!?何だろうか?貰えるものなら何でも貰うぞ?」
「フルーネウェーフェン子爵が行方不明になった理由は聞いたか?」
「ああ、彼の副官に会った時に聞いた。腕自慢の彼らしい理由ではあるな。それがどうしたのだ?」
フルーネウェーフェン子爵の律儀な副官ディエリは、ドゥーゼール子爵がコルナゴスに到着したという話を聞き、主人の代わりに状況説明をする為に、面会していた。
ドゥーゼール子爵は、ディエリ自身が書いた報告書を読んでいた為、直接話を聞く必要性を感じていなかったが、主人を無くしても、その代わりに働こうとするディエリの行動に意気を感じたのも確かだ。
しかし、その姿を見て愕然とした。
ディエリは主が行方不明になってしまった事で憔悴しきってしまい、ドゥーゼール子爵の記憶の中の彼とは、余りにも姿が変わってしまっていた。
黒々としていた髪は、半分程が白くなり、きちんと剃られ整えられていた髭は、一応剃られてはいるものの剃り残しもちらちら見える。
睡眠不足が如実に現れた、濁りつつも妙にギラギラした目と濃い隈、食事もほとんど取れていないのか、頬も痩けている。
ビシッと伸びていた背筋は丸まり、常に俯きかげんだ。その為、上目遣いになり人相がとても悪い。
「長年仕えてきた主がいなくなってしまったのだ、気持ちも分からんでもないが、生ける幽鬼とはまさに今のあの男の事よ。後10日もすれば、本当に幽鬼になってしまうのではないか?」
ドゥーゼール子爵は思い出し身震いした。
「まぁ、彼の心配は全くの無駄なのだがな」
「エディ、さすがにそれはあんまりなのではないか?そもそもなぜそう言い切れるのだ?」
「それはな、フルーネウェーフェン子爵は安全な場所で生きているからだ」
メルクス伯爵はお茶を飲み、ソファーに座り直す。
「……何だと?」
(くそっ!今日は何回驚かされるのだ!)
「彼は生きている、と言ったのだよ」
「いや、それは解ったが、なぜお前がそれを知っているのだ?……まさか」
ドゥーゼール子爵は、ソファーに沈めていた身体を勢いよく起こす。
ダンジョンで行方不明になって3週間近く経つ人物の事を、『安全な場所で生きている』と言い切る事ができる。理由は一つだ。
「そう、彼と、彼が救出に向かった冒険者達を捕らえていたのは、我らだからだ。ダンジョンに入ってきた冒険者達を捕らえ続ければ、腕に自信がある子爵が必ず出てくる、そこを捕えその間にダンジョンの確保を一気に進める、という計画だったのだよ」
ドゥーゼール子爵は驚きのあまり口を開いてポカンとしていたが、絞り出すかの様に声を出す。
「それも、先程の『軍師』の策か?」
「まあな。時にラモン」
メルクス伯爵は露骨に話題を変えた。
「ディエリは、こちらの駐屯地に対する襲撃の事は何か言っておったか?」
「襲撃?なんだそれは?」
「初顔合わせという事で、私と護衛のライアル達を駐屯地から引っ張り出した裏で、冒険者と冒険者くずれ40名で駐屯地に襲撃を掛けて来たのだよ。顔合わせと襲撃、どちらが本当の目的だったのであろうな」
「……何とも油断も隙も無いな。駐屯地の被害はどの程度だったのだ?」
「無しだ」
「いや、無しってなんだ。40人といえばそちらの倍、いや、ライアル達がいないから倍以上か、その人数差で攻められて被害無しはおかしいだろ」
「いや、現に怪我人一人無く、40人全員生け捕りにして、『不法入国者』としてビアンケの街の牢屋に入っている」
「……何やら、ますます意味がわからんな。一体どうなっているんだ?」
「私も居なかったからよく分からんのだがな、まぁ……何と言うか……あれは、軍師というのか?そういう人物が来たのだ」
「軍師ねぇ……」
ドゥーゼール子爵は全く納得していない口調で繰り返す。
「まぁ、目の前の状況は変わらんから気にするのはやめる。とにかく、行方不明のフルーネウェーフェン子爵と冒険者約30名は生きており、身柄をこちらに返すという事で良いのだな?」
「その通りだ。戻し方は任せて欲しい。こちらが捕まえていた事がバレても面倒だからな」
「ああ、それは好きにやってくれ。そのまま引き渡されても、こちらも困る。俺だって奴とは顔を合わせたくも無いし、絡みたくも無いわ」
ドゥーゼール子爵は吐き捨てる様に、フルーネウェーフェン子爵を突き放す。自分の地位にとって変わった者に好意的になれる人間は、中々いないだろう。
「よし、では内容をよく読んでこいつにサインしてくれ。子爵と冒険者については書かれていないからな。公には無関係という事で頼む」
メルクス伯爵は、文箱から譲渡率が『3%』と書かれた書類を2枚取り出し1枚を渡す。
「……用意が良いな。…………よし、内容は確認した」
両者は書類を交換しながら、お互いにサインをし合う。
生成から4年、両国間で争い続けた北西国境のダンジョンは、『エストリアに帰属』となり、ここに決着した。
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