第128話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
国王陛下、イングリット殿下、国務長官に、『転移の魔法陣』の存在を明らかにし、ダンジョン周辺が整うまでの間提供する事にしました。
王城の中のどこに設置するかで綱引きがありましたが、アルトゥール王とイングリットの私室がある区画に決まりました。
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「お待たせ致しました。部屋の準備が整いましたのでご確認お願い致します」
『碧玉の間』に戻ってきたティモンド伯爵が皆を促し、連れ立って小部屋に移動する。
(本当に95歳なのかこの方は……歩く姿からはとても信じられん)
アリステアは、歩くアルトゥール王の後ろ姿を見ながら思う。
顔は正面を見据え、背筋は伸び胸を張り、足取りもしっかりしていて杖もついていない。堂々たる姿だ。
(殿下に引き継ぐまでは、と気を張られているのもあるのだろうな……)
息子、孫に先立たれた事で現れた、世にも稀な『国王に三度即位した男』その気持は余人には解らない。
「こちらでございます」
開け放たれた部屋の扉から、中を覗く。
清掃担当者が集められ、中に仕舞ってあった清掃道具を運び出し、埃を掃き出し、床、壁も大急ぎで拭き掃除を行った。
キレイになった床には、床のサイズに合わせて切りそろえた絨毯が敷かれている。とても急拵えとは思えない。
(入室者が入室者だけに、細かい所にも手が行き届いているな……)
「では、魔法陣を設置致します」
部屋の一番奥まで進み、『転移の魔法陣』を広げ床においた。
いつもの鞄の中から、魔法陣を刻んだ『タイラントリザード』の牙を取り出す。
『魔物暴走』の時に、北国境のダンジョン内でアリステアとクライブが倒した魔物だ。
牙に魔力を通し、魔法陣の書かれた紙の四つ角に突き立て床に固定する。
(なるほど、あれでは先生以上の魔力を込めないと、床から抜く事はできませんね。色々な手法があるものです……)
その様子を見ていたイングリットは、また時間がある時に教えてもらおうと心に決めた。
「こちらはこれで完了です。では、きちんと起動するか試してみたいと思いますが……」
「はい!私の」
「よし、ではわしの部屋から転移してみようかのう」
今度は、すぐ近くのアルトゥールの部屋に移動し、対になっている魔法陣を置く。こちらはすぐ回収するので、固定しない。
何度も転移しているアリステアら大人3人組はその様子を見守っている。
「では、皆様、この上にお乗りください……殿下、そこまでくっつかなくても大丈夫ですが……」
「先生どうぞ!お願い致します!」
「……で、では行きます。起動」
次の瞬間、4人は先程の小部屋の中にいた。
(これは……何とも……)
(ほ、本当に移動しました!感激です!!)
(いやはや……言葉も無い。ただただ凄い)
「では、戻ります。起動」
アルトゥールの部屋に戻った3人は、目を輝かせ感嘆の面持ちだ。
「まさかこの歳になって、ここまで心躍らせる事が起きるとは思わなんだわ」
「先生、あの魔法陣を紙に写すのはダメですよね?」
「そうですね。その紙がどうなるか分かりませんから。でも、魔術契約の条項には入ってはおりません。私がいなくなってからであれば可能ではございますね」
チラリとイングリットを見る。
「あっ、いえっ、ご安心ください!大丈夫です!決してしませんので!見るだけに致します!」
両手を前に出して左右に振る。
「いつの日か一般的な移動手段にできる様、準備を進めてまいりましょう」
ティモンド伯爵は、実際に自分が転移して、心新たに決意した様だ。
「一緒に、ダンジョンの管理事務所と結ぶ『物質転送の魔法陣』をお渡ししておきます。こちらは、業務連絡等日常的にどんどんご利用ください。あと……」
「『物質転送』『転移』共にもう一組余分に作成しておりまして、これは私が持ち歩きます。私個人に連絡を付けたい事案が発生した時の為のものです」
「『物質転送』でご連絡いただければ、状況によって『転移』で対応も致しますので、対の片方をお預けしておきます」
「はい!お預かりいt」
イングリットが手を伸ばすが、横から伸びた手の方が早かった。
「承知した。ティモンド、管理を頼む」
「かしこまりました。厳重に、保管致します」
キース→アルトゥールと渡った魔法陣は、国務長官の手へと移っていった。
(私も触りたいです……)
魔法陣の試乗(?)を終え、『碧玉の間』に戻り、お茶とお菓子で一息吐く。王族が飲むお茶だけあって、味、香り、淹れた人間の腕前、どれも素晴らしい。
「先生、この後はすぐ戻られるのですか?」
イングリットが焼き菓子をつまみながら尋ねる。
「はい、馬車だけお返しして、『転移の魔法陣』で戻ります」
どこに馬車を返すのか、エレジーアの部屋経由で帰る事は敢えて言わない。行きたがるに決まっているからだ。
「そうですか……私はこの後も書類の処理です……お役目ですし大事な事なのは解っておりますが、書類より魔法陣が見とうございます」
お茶の入ったカップを両手で包む様に持ちながら、ふぅとため息をつく。
アルトゥールもティモンド伯爵も、イングリットをチラリと見ただけで何も言わない。
元々王族に自由に遊び歩く様な期間など無いものだが、イングリットには、余りにも若いうちから、国王としての業務に関わらせてしまっている。その為、他の学ぶ事と合わせ余裕が全く無い。その事は申し訳なく思っているのだ。
3人の様子を見てだいたいのところを察したキースは、鞄から書類筒を取り出す。
イングリットの目が輝く。
キースが書類筒を出す=魔法陣が出てくる、と認識しているのだろう。もう、パブロフの犬状態である。
(また内緒の魔法陣か!一体どれだけあるのだ!)
「書類仕事のお供といったらこちら、『転写の魔法陣』でございます」
「せ、先生、お名前からして、それはまさか……」
「これも実演するのが一番でざいます。では早速……」
国務長官の書類綴じから、書類と未使用の紙を出してもらい、転写してみせる。
「……はい、この通り2枚になりました。どうぞお手に取ってみてください」
3人はおっかなびっくりしながら、2枚の紙を裏返してみたり透かしたりして確認する。
(これ、みんな透かすけどなんでだろう)
「許可証や申請用紙、定型文の書類の雛形を作成し、『転写』で予備を作っておけば、各自の氏名を記入するだけで良くなりますから、大幅な時間短縮が可能です」
「!!」
普段から書類に埋もれる様に仕事をしているイングリットとティモンド伯爵は飛びついた。
「先生!ぜひお譲りください!私と国務長官の健康の為に!」
「今ちょうど手元に2枚ございますので、お二方に差し上げます。どうぞお役立てください」
キースがそう言った途端、イングリットとティモンド伯爵は真顔になった。
「キース、そなたの好意は大変ありがたいが、こういった業務利用目的の技術提供に対して、対価無し、という訳にはいかぬ。これと『転移』については料金をきちんと支払う」
「先日の『音楽』と『文字の流れる』魔法陣は、嗜好品ですし、王家に対する献上品として受け取りましたが、こういった事は、どうしてもなぁなぁになりやすいものです。責任ある立場の我々こそが、きちんと線を引き、率先して払う姿を見せる事が大事だと考えております」
(何なんだこの国の頂点は……聖人か?)
アリステアは心の底から感動した。こういった公正な態度、姿勢も、様々な技術と有能な人材が集まる理由の一つだろう。
「……承知致しました。私の浅慮でございました」
(ちょっとしょぼんなキースはレアだな!)
「いやいや、別に咎めている訳では無いのだ。確かに私とて手元にある金は多ければ多い程良いからな。今の話も、そなたが殿下と私の事を純粋に気遣ってくれたという事は伝わっている。だがな」
「世の中には、そういった好意を示した相手の事を、骨までしゃぶり尽くす様な輩もいるのだよ。『友人、知人、身内、だから安くして欲しい』という者もいる。その者の知己であれば、余分に払ってやっても良いであろうに」
「……あまり他人様の金銭事情を口にするのも品が無いかと思いますが、先生、先生のご実家は、非常に裕福でいらっしゃいますよね?アリステアは、毎年ダンジョン発見の報奨金や魔導具関連の売上を得ていますし。そういったご家庭で育った先生は、お金に対する執着心、拘りをほとんどお持ちで無いと思いますが、いかがでしょう?」
キースは、イングリットにそこまで言われて初めて気が付いた。
彼個人も、魔法陣の売上もあって、当面金に困る事は無い。
「それが悪いという事ではございません。ただ、金銭と交換でないと得られない物を、無償で渡したり著しく値下げするという行為は、同じ事で商売をしている方の迷惑となってしまいます。『あの人はタダなのにお前は金を取るのか!』と」
「キース、未知の技術と知識に溢れたそなたは、まさに『金のなる木』よ。それが知れ渡ると、そういった輩が群がってくる。近付いて来た誰がまともで誰が危ういのか、その見極めやあしらい方は急に身につけられる訳でも無い。まだそなたは若い。経験不足は周囲の大人が助けてやらねばな」
最後の一言は大人3人組を見ながらだ。
「ここ数日の間、そなたから示されたものは、どれもこの世でそなたしか持たぬものだ。どれ程望んでも、そなたが拒否すれば手に入らぬ。この二人にはせいぜい吹っ掛けてやれば良いのだ」
アルトゥールも笑う。
「へ、陛下!先生、ここはどうか師弟価格でひとつ……」
「そう、自分からこういう事を言って来る者には要注意だ!はっはっはっ!」
「確かに、そういった視点は私には欠けておりました。皆様、ご指導ありがとうございます」
キースは、皆の『自分を安売りするな』という忠告と、自ら突っ込まれ役に回ったイングリットの心遣いに感謝した。
「して、『転写の魔法陣』は幾らであろうか?前例が無いだけに値付けも悩ましいな」
「国務長官、『影の兎』が30万リアルとお聞きしましたから、お安くても50万リアル程では? 私が決めるものでもありませんが……」
「ちょ、ちょっと待て!あの兎の魔法陣、1枚30万リアルするのか!?」
「陛下、この世に先生しか持たぬ物でございます。先程『安売りするな』と仰ったのは陛下でございますよ?」
「いや、まぁそうだが……正直に言うと、想像以上であった。キース、そなたもがっちりしておるな。心配いらんかったか」
(これは、値付けしたのは僕じゃないというのは言っておいた方が良いな)
「陛下、その魔法陣の値付けは私ではございません。一番最初に魔術学院の理事長先生がお買い求めになられたのですが、まだその時点では売り物ではありませんでした。それを是非にとお求めになられたのです。そのお礼も込められた額が30万リアルでございまして。そこからそれが価格がとして定着致しました」
「なんと……切っ掛けはマリアンヌであったか。おそらく、あ奴はあ奴で、キースに少しでも多く金が入る様にと考えたのであろうな」
「はい、私も同意見でございます。ことある事に宣伝をして下さった様で、これまでで25枚程売れております」
「なるほどのぅ……実家は金持ち、自身も金になる知識、技術は備えている。これでは金に拘らなくなっても納得よ」
アルトゥールは腕を組んで頷いている。
「では、『転写』は50万リアルでお願いできますでしょうか? 『転移』は……使わない可能性も十分ですので、起動1回に付き50万リアルでいかがでしょう? 基本緊急用ですから、あまり高額ですと心が痛みます」
「全て承知した。キースよ、他には何か無いのか?あればぜひ見せて欲しい」
「後は……そうですね、馬車の突き上げと揺れを解消できる『反発の魔法陣』というものがごz」
「先生!わ、私にぜひ!先日の視察の際も、もう……乙女のお尻をどうかお助けくださいませ!」
(殿下の食い付きっぷりが凄いな……)
「殿下、お言葉が直接的過ぎますぞ……お気持ちは理解できますが」
「私共の馬車に付いておりますが、お試しになられますか?」
「はい!お願い致します!」
全員で馬車寄せに移動し担当のトニーを驚かせた後、クライブが馭者を務め、王城の敷地内を走らせる。地面は整えられ綺麗ではあるが、車輪が木製である以上、どうしても揺れるし突き上げはある。
「これは……もう走っているのでしょうか?」
「……ティモンド、もしこれが走っているのであれば、魔法陣の権利を買い取り国務省で量産させよ。王城の全ての馬車に付けるのだ。貴族からも買取希望者が続出するだろうから、余分に作った方が良いな。作成が間に合わなければ抽選だ」
「かしこまりました。手配致します。それでは、窓を開け確認致しましょう」
ティモンド伯爵が窓を開けた。
勢いよく風が入り込み、馬車とは思えない速さで景色が流れていた。
直線で平坦の道でなかったら操縦しきれずに転倒しているのでは?と思わせるぐらいの勢いで走っているにも関わらず、止まっているかの様に、全く何も感じない。
「ああ!これで私のお尻は守られました!先生、ありがとうございます!」
「さて……これは幾ら払えば良いのだ?」
「とりあえず、一旦部屋に戻りましょう。外でする話でもございませぬ」
イングリットが見たがった事もあり、馬車の下を覗き込み、魔法陣がある部分が浮いている事に驚愕しつつ、『碧玉の間』に戻る。
早速キースに権利の売却を申し出るが、意外にも答えは『否』であった。
イングリットが泣きそうになる。
「キース、金額の提示前に断る理由はなんであろうか?」
「はい、この魔法陣は、馬車への利用に限ったとしても、この世から馬車という乗り物が無くなるか、根本的に揺れない馬車が開発されるまで需要があります」
「数十年、百年単位で使用できる可能性が高い魔法陣をお売りするとなると、我ながらどれ程の金額が適正なのか検討もつきませぬ。導入費用が高いとどうしても単価も上がってしまい、普及が進まず回収できなくなってしまうのではないでしょうか?」
「そこで、魔法陣1枚作成するに当たり私に1万リアル、という契約をご提案致します。馬車に付ける場合、箱部分と車軸の接点4箇所、馭者台側が2箇所の計6箇所となり、2枚1組の為12枚となります。12万リアルで、馬車が老朽化して廃棄となるまで、揺れも突き上げもない馬車にする事ができます」
「それでそなたが良ければこちらとしても助かるが……果たして適正なのであろうか?」
さすがのアルトゥールもすぐにはピンと来ない様だ。
しかし、イングリットはこのキースの提案に舌を巻いた。
(今城にある馬車だけで20両、240万リアルです。貴族家であれば最低でも1両、多ければ10両近く所有している家もあるでしょう。貴族が持てば、取引のある裕福な商会なども欲しがる。既に持っている人が新しい馬車を購入したら、絶対にまた付けるでしょう。あれは一度味わったらもうやめられません。需要が尽きませんから大変な金額になるでしょうね。さすが私の先生です)
こうして、『反発の魔法陣』は国務省の管理の元、量産される事となった。
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