__ 騎士と独り子を捕まえ
ギシ、ギシ、
木造の階段を上がる、重々しい足音が響いていた。階段が軋むのは構造が弱いからではない。上を歩く者の履いた鉄製のブーツに、階段が抗議の声を上げているのだった。ここは三階建ての宿屋の、三階に続く階段。宿自体の作りはしっかりしていて、廊下の隅に置かれた花や、白い紗のカーテンが揺れる窓などには慎ましげながら高級感が漂っていた。
「チッ……あんなやつらに聖符を使ってしまうとはな」
不機嫌に十字の描かれたマントを揺らしながら、ジュンはひとりごちた。――街を出る時に支給してもらわなければいけない、と。
『聖符』とは『教会』で使用される『聖霊魔術』――あるいは『法術』や『霊術』とよばれる魔術の一種――を短時間で発動させるために使用される、羊皮紙に聖句を記した札のことである。羊皮紙とインクは聖別されたものであり、教会でしか製造されない消耗品なので支給品とされている。使用を許可されるのは上級の教会騎士のみであり、例え持っていても、ある程度の信仰心と魔術の知識が必要で、使いたい魔術は聖符なしでも使えなければ使用できないない。主に教会付きの魔術師――神父とか呼ばれる――が使用するが、ジュンは剣士でありながら魔術の知識も持つために聖符を使用できる、教会でも有数の騎士であった。
――聖符の使用と剣術だけが彼の能力のすべてでは無いが。
窓から街を臨むことのできる、広い廊下を歩いて、ジュンは取った部屋の前に立った。さきほど会った者達のことを振り返り、この部屋の中にも同様に頭の痛い人物がいることを考え、ジュンは僅かに戸を開くことをためらった。――しかし気晴らしに街にでるという状況ではない。街に出れば、確実にさきほどの吟遊詩人にはちあわせるだろうと、彼は苦々しく思った。
「あ……ジュン、おかえり」
迎える言葉は、大人しげなものだった。――そう言えば『こいつ』は熱を出して寝ていたのだと、ジュンは安堵しながら思った。
「ねぇねぇ、おみやげは?」
「あるわけないだろ。黙って寝てろ」
話しかける人物と目を合わさず、普通より少しひろい部屋の隅に移動。壁にマントを引っ掛け、胸当て、胴巻き、鋼のベルトを甲冑用のハンガーに引っかけて、黒い肌着姿になってから自分のベッドにどかっと腰かけた。
「お疲れ?」
「あぁ、変な連中に会って……いや、そんなことはどうでもいい。とにかくお前は寝てろ。明日には出立するんだから」
「さっきから『寝てろ』しか言ってもらってない」
そう言いながら、彼女は枕に預けた顔をほころばせていた。
ジュンのベッドと、ワインテーブルを挟んだ向こう側にあるベッドに寝ているのはうら若い少女。ターコイズ色の明るい瞳、小さな鼻に薄い紅色の唇、色白の瓜実顔は美人というほどでもないが見れた物だと、ジュンは高飛車に思う。――彼の好みとは多少違うのだ。――白い寝具の上に寝乱れて広がる長い金髪は、陽光に透けて煌めく金色の麦畑を連想させる。細い眉、細く白い指は少女に可憐な雰囲気を与えていた。
「あぁ、そうだ。神恵、これを飲め」
七那瀬・神恵というベッドに伏せる少女に向かって、ジュンは懐から取り出した丸薬の入った袋をほおり投げた。
「ちょっ……よっと。――ジュン! 投げるなんて酷いじゃない」
慌てて起き上がり袋を受け取ったカミエは抗議した。
だがその瞬間には、ジュンは興味を失ったように布団の上からベッドに横たわっていた。
「もう……」カミエは嘆息しながら受け取った小袋の中を見る――「これ、薬? もしかして私に?」
「魔術師が自分の発散する魔力を隠すために使う薬だ。飲みすぎると体内の魔力の流れが阻害されて、魔術が弱くなる。つまり、お前の莫迦みたいなポテンシャルを封じることができるんだ」
「うわぁ……私のためにお薬を持ってきてくれたんだ。嬉しい!」カミエは心底うれしそうに言う。
「お前のためじゃない。俺が卒なく任務をこなすためだ。わかったらさっさと飲め」しかしジュンは釣れなく答えた。
ちらり、変わらずベッドに仰向けになりながら、ジュンはカミエの方を横目で見た。
ごくりと思わず唾をのんだ。――その美しさに。
通りに面した窓から差し込む陽光に、カミエの金髪が極細の金糸のようにきらめいている。そして、その細やかな金の髪は、熱で汗ばんだ白い肌になまめかしく纏わりついていて、鬱陶しげに髪を整えているカミエの姿は妖艶だった。白いふんわりとしたランジェリーの下の身体のラインは良くわからないが、胸は程よく小さくかった気がする。露出した、汗の雫が輝いている鎖骨や、なめらかな首筋などは申し分ない美しさを持っていた。
「あ……でも、水がないよ。ジュン、お水」
人間離れした美しさ。――まぁ、確かに人間じゃないからな、とジュンと思った。そのように思考に耽っていて、カミエの言うことを聞いていなかった。
だから、気付かれた。
「ジュン? ――えへへ……さては欲情したな?」
「――!」
ジュンはすかさず、顔を天井に向ける、さりげなく。
上を向いた視界の中に、カミエの顔が入ってきた。
「別にいいんだよ? 見たって。せっかく一緒の部屋なんだもん、色々しようよ。色々。私はジュンのことが好きだから、何されたって良いって言ってるでしょ?」
「……その台詞は聞き飽きた」
覆いかぶさっていたカミエを押しのけ、ジュンはベッドから立ち上がった。――心臓が、少し早く鼓動していた。
「水だな? 待ってろ」
「服脱いで?」おどけた口調。だが――本気だ。
「……馬鹿なこと言ってないで、大人しく自分のベッドに潜ってろ」
「あはは。そうですか」
――どうして同じ部屋かといえば、カミエを見張るのがジュンの仕事だからだ。
ジュンにとっては、カミエはあくまで仕事上の付き合いだ。言い寄られようと、誘惑されようと、何もすることはない。これまでも、これからも。ジュンが知る限りでは、カミエは処女のだった。
――無垢なる大量殺戮者、か。
そんなシニカルな表現に、外行きの服装を整えながら、ジュンは密かに口元を歪めた。
「はぁい。お兄ちゃん、また会いに来ちゃったよ」
上品なレリーフの施されたマホガニーの戸が開き、姿を現した騎士にジルコニアは明るく声をかけた。
「……」ジュンは思わず凍りついた。声が出なかった。
「何? 聞いてたのか、て? ――大丈夫、聞こえたのはあたしだけだから。でもお兄ちゃん、そんな声の素敵な女の子を相手しないなんて。――もしかして、奥手? 剣にしか生きてないとか?」
「――!」
ジュンの手が腰の剣にかけられ、ほとんど反射的な動作で抜き放たれた。
このときジュンは本気で剣撃を放ってしまっていた。寸止めのための呼吸を忘れていた。真剣を振りながら紙一重で止めることは、一流の剣士であるジュンには容易いことだが、感情的に剣を抜いてしまったのが失敗だった。――この子供も終わったな、そうジュンは諦めたした。――吟遊詩人を「教会」の騎士が斬ったとあれば「詩会」の連中が黙っていないだろうが、仕方のないことだ。
だが次の刹那、高級感漂う宿で散ったのは少女の血肉ではなかった。
キン――! ジュンの白刃は、木製の柄の槍の穂先と火花を散らし、弾かれた。
「槍か……!」
小声でつぶやき、ジュンはバックステップして槍から距離を取った。
「おいおい、今の本気じゃなかったか? お前、そうとう短気な奴なんだな」
軽い口調で言うのは、ジルコニアの背後に控えていたソウジ。彼の手には、白い布が半分ほど解けて姿を露わにしている槍が握られていた。
ジュンは感嘆した。ソウジはおそらくジュンが剣を抜くことを予想していなかったはずだ。しかし剣が抜かれてから反応し、咄嗟に槍を突き出しても柄の部分で剣を受けずに、冷静に刃の部分で剣を弾いたのだ。それも、あの二メートル近い長物を使うには不利な屋内で、正面にジルコニアを置きながらにして。
ジュンは剣を握りなおした。――戦うために。
だが相手は、どこまでも力を抜いた態度だった。
「まぁ、そういきり立つなよ。気持ちは分かるが、お前も大人げないぜ。クールに行こうぜ?」
ソウジは軽々しくそう言って、槍を布に包み直しはじめた。
「あー、びっくりした。お兄ちゃん、ひどいよね」
平然としたようすの目の前の二人。ジュンは舌打ちしながら剣を収めるしかなかった。
「悪かった。騎士たる者の威厳を損ねてしまうところだった」
「ううん、いいのいいの。お詫びにお話を聞かせてくれればいいんだから」
――結局はあの子供の言いなりか。
喰えないやつ、そうジルコニアを見ながらジュンは思った。――だが、真面目一本のジュンが、口八丁のジルコニアに敵う道理は始めからなかったのだった。事態を傍観していたソウジは思う。
「……わかった」ジュンにこれ以上の拒否は無理だった。――「下のカフェに行くぞ」
えー、とジルコニアは抗議の声を上げる。
「お兄ちゃんの部屋がいい!」
「駄目だ」
「でもー!」「大声を出すな!」
「ジュン? さっきから何を騒いでるの? 誰か来てるの?」
部屋の中で一部始終を静観していたカミエだったが、ここでついに声をかけた。
ジュンにしては、これが最も恐れていた事態だった。身体で戸口をふさぎながら、カミエに向き直った。
「何でもない」
「お客さんなら入れてあげれば良いのに」
「……お前、それ以上余計なこと言ったら、今晩は口きいてやらんぞ」
「いつものことじゃない」
カミエが立ち上がった。戸口の向こうにいる男性――ソウジのことだが――を憚ってか、下着姿の身体をシーツで包んでいる。
「クソ、こっち来るな」
「もう、黙って聞いてるのも飽きちゃった」
ジュンは進退極まった。部屋に入れば、背後の者達が侵入してくる。部屋の外に出れば、カミエが出てくる。
これを見ていたソウジは、名前をまだ知らない少年のことがとても気の毒になった。しかし、彼が状況を動かす権限は一切ない。
と、カミエがたたらを踏んだ。あ……、と儚い声を上げ、彼女は床にへたり込んでしまった。
「――チッ、カミエ!」
状況を忘れ、盾は神恵に走り寄った。汗で甘い体臭を放つ彼女の身体を抱きあげ、力強い腕でベッドに運んだ。
「やっさしい……」
カミエは熱に浮かされ、輝きの乏しくなった瞳でジュンを見上げた。
「黙れ。――だから大人しくしていろと言ったんだ」
ジュンはあくまでも、煩わしい物を扱うように、憎々しげに言った。
「ふーん、アストラル力の暴走かぁ。お姉ちゃん、良く抑えてるね。本当だったら、とっくにこの宿屋なくなってるよ」
「マジ? 風邪じゃねえの?」
「違うよー。――って、ソウジお兄ちゃん、何でついてきてるの? ついてくるのは良いけど、女の子が寝てるんだよ? 変態! あっち向け!」
すかさず部屋に侵入して、カミエの枕元まで寄ってきた二人がそんな話をしていた。
変態、と言われソウジは傷ついた心を押さえて一同に背を向けた。
「お姉ちゃん、大丈夫? 騎士のお兄ちゃん、このままじゃお姉ちゃんは長く持たないよ」
「クソ……なら急いでこの街を出るぞ、カミエ」
「うん……そうだね……」
このような事態は何度もあった。その度に、死人はいないにしろ、建物の破壊と軽傷者を出してきた二人だった。
ジュンはカミエを抱き上げようとする。だが、その上にジルコニアが覆いかぶさった。
「駄目だよ! お兄ちゃん、頭おかしいんじゃないの? ――あたしに任せて」
「貴様! いい加減にしろ! 本当に殺すぞ!」
ジルコニアとジュンが睨み合う。紫の瞳と、トパーズの瞳の間で火花が散るのを見て、ソウジは頭を掻き毟った。
「やめろやめろお前たち。病人の前だろ、静かにできないのか?」
背丈が大きく、手足の長いソウジが、二人の額を抑えて引き離した。
「ジルコニア、お前の言うことはもっともだな。けどよ、こいつは頭が固いんだ。あまりむきになるな」
少女は唸りながらも引き下がった。
「それとお前――ジュンって言うのか? さっき言っただろ? クールになれって。格好悪いぞ」
「貴様に何がわかる。これは俺達の問題だ」
「はいはい。でもよ、ここは紳士にいこうぜ。魔術のことは俺はよく知らんが、ここにいるチンチクリンのガキは吟遊詩人だ。吟遊詩人といえば怪我や病気を治すこともできる。どうだ、試してみないか? 何、時間は取らんよ。そのあとどうしようも無かったら、好きにしてくれ。誓ってもう二度とお前達に関わらない」
ジュンは歯軋りした。
だが道理はソウジにある――ジュンは認めざるえない。自分の態度も言動も、すべて理不尽。理不尽は結構だが、カミエの様子はそろそろ本当に限界だ。薬を飲ましても今すぐには利かないだろうし、街を出るにも間に合うかどうかわからない。途中で暴発されたら、事態はさらにまずいものになる。なれば――ここは吟遊詩人に賭けるしかなかった。
「宿の人払いをしてくる」
本当は頭を冷やしたいだけだが。
ソウジはそれを理解したが、あえて言った。
「ま、ここにいろよ。本当にすぐだから。――ジル」
「ん、おっまかせ!」
ジルコニアはカミエの横たわるベッドの縁に腰かけ、輪琴を構えた。
ソウジとジュンは、反対側に立ちそれぞれベッドから距離を取り、二人の少女を見守ることにした。
「大丈夫? ――七那瀬・神恵?」
ジルコニアは彼女の『音』を聴き、誰も教えてない彼女の名前を知覚した。
「カミエ、あなたの中のアストラル力の流れを、このジルコニアが調弦するわ。呼吸を整えて、私の音を聞いて」
朦朧としたカミエの意識に、ジルコニアの声が明朗に響き渡った。カミエは、あまり判断できない頭で肯いた。
「いくよ――tuning」
聴こえるか聴こえないかぎりぎりの低音から、ゆっくりと上の可聴音まで音階が奏でられる。ジルコニアの指は輪琴の円盤の、端から端へと静かに移動している。部屋中の物がそれぞれの固有周波数で共鳴し、カタカタと震えた。
「あなたの音――これね?」
高いシの音が響いた。ジルコニアの小さな指が円盤を一突きすると、音叉のような音色でポーン……と響いた。それは穏やかな波紋のようにカミエの身体に、精神に広がり、やがて彼女の中で荒れていた力を鎮めさせた。
一度音を弾き、音が聴こえなくなるとジルコニアは指を輪琴から離し、ベッドからピョコンと飛び降りた。
短いな、ジュンは思った。
「カミエ――気分はどうだ?」
呼び声に、カミエの瞼が開かれる。むくりと身を起こし、愛らしく彼女はほほえんだ。
「すっごく良い……! 詩人さんってすごいんだね」
「まあねー! あたしは未来の大吟遊詩人だもん。これくらい当然!」
すっかり子供の口調に戻ったジルコニアが、誇らしげに胸を張って言った。
カミエは恥じらうように眼を伏せながらジュンを見た。
「ジュン……ごめんね」
「謝ってもらうことはない。――それより、その馬鹿みたいな恰好をどうかしたら良いんじゃないか?」
「あ……!」
バッとソウジを見て、カミエは下着姿の身体をシーツで隠した。――ソウジはといえば、賢く後ろを向いていたが。
「おら」
ジュンは荷物の中から、カミエのリンネル生地のカーディガンを出して手渡した。
「ねぇねぇ、旅してるんでしょ? お話聞かせてよ。お姉ちゃん、何者?」
ジルコニアがカミエのベッドに手を付き、身を乗り出して会話を始めた。
「そうねぇ……」
カミエはジュンを憚る様に見上げる。
ジュンはといえば、もはやこの場の主導権を失った形なので、何も言うまいと黙っていることに決めていた。
「うーん、でも、私が何者かって、一言でいう言葉はないよね」
「大罪人、殺戮者――だな」ジュンが素っ気なく答える。
「うん、そんな感じ?」カミエは軽い口調で、その恐ろしい言葉を肯定した。
「それは、何かの喩え?」
「ううん。本当の話。私は自分の生まれた町の人達を一瞬で皆殺しにした……らしいから」それに関するカミエの記憶は曖昧だった。しかし、状況からしてそれは確実だった。――「そうだ、その前に名前を聞いてないよね。私は七那瀬・神恵。あなたは?」
「あたしはジルコニア。――本名は知らない。あっちの背の高いのはあたしの詩人守護者で織深・奏治」
「じゃあ――ジルちゃんね」カミエが明るく言う。
「あ、それいい! じゃあ、お姉ちゃんは……ナナお姉ちゃん?」
「うん、それがいいね。よろしくジルちゃん。それで――詩人守護者って何?」
ジュンは知っていたが、一般人なら知らない者も多い。
「詩人守護者っていうのは、吟遊詩人の世話をしてくれたり、お金を稼いでくれる人のことよ。吟遊詩人は自分でお金を稼いじゃいけないって知ってる? 物をもらうのは良いけど、それだけじゃ世の中歩けないからね。それに、コーダと吟遊詩人の中には魔術的な契約があるから、戦いの時とかに吟遊詩人が支援することができるの」
「へぇ……」感心しながらカミエはソウジの、その背中を見る。――「よろしく、織深さん」
「よろしく」背中越しに彼は答える。
「お兄ちゃん? いつまでも後ろ向いてないでよ」
彼が一同に向きなおった。
「よろしく、カミエ。俺のことはソウジで良い。俺もそっちのこと名前で呼ぶから」
「うん、わかったソウジ。――あ、そうそう。こっちの無愛想で、ちっとも自己紹介しようとしないのは音無・盾だから」
紹介されたジュンは、険しい顔で一同を見る。
「よろしくジュン」
「……」ソウジの言葉にジュンは答えない。
「本当に無愛想。気が短くて、奥手で。――童貞じゃなさそうだけど。――ナナお姉ちゃん、でもこのお兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「わかる〜?」
カミエがにやりとした。――わからないほうがどうかしている、ジュンは密かに思った。
「ジュンは私のナイト様だからね。私だけの騎士なの。素敵じゃない? なかなかつれないけど、それも可愛いの」
「誰が可愛いって?」思わずジュンが言ってしまった。
「お前のことだろ。ナイト様」
「貴様……!」
「はいはいそこまで」ジルコニアが仲裁の言葉を投げた。
どうやら男二人は相性が悪いみたいね、幼い吟遊詩人は思った。
二人から意識をそらし、居住まいを直し、一息ついていよいよ本題に入ることにする。
「じゃあお姉ちゃん、お姉ちゃんはどうして旅をしてるの? 何処を目指してるの?」
カミエが口元を歪めた。――妖しく、あるいは皮肉っぽく。
美しい金の髪を弄って、彼女は考えるような仕草をした。
「知りたい?」
「知りたくなかったら、聞かない」
「じゃあ教えてあげる。私たちは、私は――」
「自分を殺すために旅をしてるの」
「あぁ? 今、なんて言った?」
素っ頓狂な声を上げて驚いたのは、ソウジだった。
「あいつははっきり言っただろ。詩人付きの守護者は耳が悪いのか?」険のある声でジュンが言う。
「いや……そんな……訳わかんねぇ。――冗談だろ?」
ソウジは戸惑いながらジルコニアを見た。ジルコニアは相変わらず微笑していたが、目には何の感情も無かった。
カミエはベッドの中で上半身を起こしながら、悠然と一同を眺めていた。
「話すと長いけどね――もう判ったと思うけど、私は普通の人とはちょっと違う力を持ってるの。この力は私の手には余る。勝手に暴走してあちこちを壊してしまうときもある。壊すのが物ならまだ良いけど、人だったら取り返しは付かない。封印できれば良いけど、誰がやっても、何人集まってもそんなことはできない。私を殺そうとしても、うかつに殺したら力が溢れて何が起こるか分からないからできない。――でね、私の中の力が、神様が囁くの。『北へ来い』って。――北には、ずっと北には雪と氷に閉ざされた、年中白夜の土地があって、そこに――私も良くは知らないけど――訪れた者を飲み込んでしまう場所がある。特に、私のような人間をきれいさっぱり殺すための場所が。――だから私はそこに行くの。私が私を殺すために。もう誰も傷つけないために」
彼女はあくまでも淡々と、微笑さえ浮かべて語っていた。――自らを滅することが、当然であり悲しむべきことなど何も無いかのように。
ジュンは眉間を深く顰めてその話を聞いていた。
すっかり表情を無くした能面のような顔で、すべてを見透かそうとしているジルコニアがいた。
そして、憤り、手を小さく震わせているソウジ。
「そんなの……そんなの、ありかよ――!」
ガタン――椅子を蹴飛ばして立ち上がったソウジは、カミエのベッドの向こう側にいたジュンの前まで歩みよった。
自分より背の高い、褐色の肌の男――その威圧的な風体を、ジュンは冷ややかな目線で見上げた。
「お前……お前、どうしてそんなに冷静なんだ? あんな女の子が自殺することが、当然だと思ってやがるのか……!?」
激情を押し殺した声で、ソウジは問いかけた。
「お前に何がわかるんだ?」ジュンは凍りつくような声で問い返した。――「あいつは、自分の力で生れ故郷を根こそぎ焼きつくした。ついでに、それを止めに来た教会騎士六名の手足をもいで不具にし、三名の心に拭うことのできない恐怖を植え付けた。どいつもこいつも、将来有望な連中だった。――合わせて千百八十七名。その分の未来を奪った――奪ってしまったあいつの後悔が、お前にはわかるのか、詩人守護者?」
「……っ」
騎士は必要以上に言葉を重ねることはなかった。
ソウジは言葉をなくす。言葉は無くなったが、まだ感情はくすぶっていた。――今にも掴みかかりそうな様子で、彼は立ちつくす。
「奏治、大概にしなさい。――あなたは吟遊詩人たる私の従者なのよ? 物語に心動かすことは許すけど、それ以上の行動に走ることは、私が許さないわ」
感情という音色を失くした、機械のような声でジルコニアが言った。
ジルコニアはカミエの横顔を見続けていた。ソウジが憤りを露わにしても、眉一つ動かさない美しい少女の横顔を。
そして誰もが黙り込んでしまう。
沈黙――
と、窓の外が不自然に騒がしくなってきていたことに、その場の四人すべてが気付いた。
カンカンカンカン――早鐘が叩かれ始めた。
「警報――!」
早鐘は教会が鳴らす物。教会騎士たるジュンが立ち上がり、窓の外に頭を出して様子をうかがう。
「何事だ? ……チッ、行ってくるか。カミエ! お前はついてくるなよ」
「うん、わかった。行ってらっしゃい、私の騎士様」
装備一式、街を歩く時も持っていなかった盾さえ手にして、音無・盾は出撃した。
これくらい長く書くのは久しぶりなので、まだ不調子です。
今回は下書きがなかったり推敲が少なかったりします。




