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__ 吟遊詩人と守護者が戦う件」

 蒼天の真下、戦いは霹靂のごとく火ぶたを切って始まる。

 目に見えて激突するのはソウジとマキ。ソウジの槍は木製の柄に鋼の刃、全長は二千百四十三ミリメートルで刃渡り三百六十ミリメートルのそれ自体は特に普通の槍。対してマキの持つ蒼き炎から生み出された蒼い細身の剣は、十字架に円を重ねたいわゆるケルト十字とよばれる特徴的な形をしている。しかもマキの剣からは振るわれるたびに蒼い炎がほとばしった。

 フォルム的には差があるが武器として振るう分にその二つに差はない。長い槍をまるで腕の延長のように巧みに操るソウジと、炎に舞う風のごとき剣戟を繰り出すマキ。蒼い剣から走る炎にまどわされることなくソウジは攻撃を畳みかけ、マキは冷静にそれを受けとめていた。

 そして、二人の背後でも静かに激突はある。赤い鎖や矢がソウジに向かって飛来し、ふいに空中で分解する。力の激突をはさんで別の力の激突。

 赤い鎖と矢――血液と呼ばれる赤い液体でつくられたそれを操るのはチエ。手首を大きく切った傷から流れ出す血液はチエの意志のままに凝縮し、さまざまな形となって戦場を舞う。それらは決して凝固しているわけではなく液体として固められているので、砕かれてもチエのもとに飛沫となって帰ってはまた武器となって飛来するのだった。

 対するジルコニアは目に見えない、耳に聞こえる形で力をふるう。輪琴の虹色のディスクの上を少女の小さな手が走る奏でる旋律は熱く魂を奮わせる激しいマーチ。主旋律はソウジの身体能力を高める支援の効果を持つが、ところどころに臨時記号や和音、装飾音符を混ぜて旋律をかき乱せばそれが攻撃となりチエの攻撃を撃墜する。


「私の炎は蒼! 蒼は電光!」


 マキの剣が蒼くフラッシュしソウジは思わずひるむ。

 そのすきを突く、形なき炎さえも千に切り裂く電光の剣撃。


「――地雷閃!」


 あわやマキの剣のさびとなるかのように見えたソウジだったが、槍の石突きを下から上に跳ね上げることで攻撃をはじき返す。

 ガキン! と音が周囲に響いたのも刹那、その時には音速を超えた二人の刃が新たに激突し火花を散らしていた。

「「――」」

 武器と武器をぶつけ、競り合うさなかで二人の顔が間近に迫ると四つの目の間には架空の火花が散る。二人の双眸にあるのは憎しみでも敵意でもなく、純粋な闘志。カミエという少女をかけた戦いではなく、二人は純粋に力と力をぶつけあっていた。

「ふふ……妬けるわね」

「女同士より、やっぱり男と女じゃない?」

 ソウジとマキがつば競り合いする背後から、いままでにない素早く力強い攻撃をチエが投じると、ジルコニアの輪琴を走る指にも力が籠もる。地を轟かせる低音と空気を裂く高音。竜の歌のような旋律が空を走り、

「うわ!」

「きゃあ!」

 頭上で炸裂した力にソウジとマキ、二人ともども弾き飛ばされた。


「お前こっちのことも考えて戦えよな。支援する気あるのか?」

「もちろんないわ。ソウジは私の槍でしょ?」


 仕事口調で道具扱いされたソウジはずしんと落ち込む。――てか俺、さいきん落ち込んでばかりだな。

「ソウジはジルコニアの槍、ね。なら私の剣はマキだわ」

 チエはマキの背中から抱きしめるようにして二人と向き合う。真紅の瞳はしたたるように紅く輝いていた。

「なにを見せてくれるのかしら」

「ふふ……『我が蒼き十字剣よ。その真の姿、真の脅威をここに見せよ』」

 ぼわ、とマキの姿が揺らぐ。

 マキの身体は蒼い炎の塊となり、彼女を抱きしめていたチエはその中に包まれる。しかしチエの長い真紅の髪も、真珠の肌も、炎に焦がされることなく、炎の中でその妖しい輝きをいや増していた。

 ソウジは驚きのあまり声が出ない。その異常さ、そして美しさに。

 炎はほどなくしてチエの右手に収束する。圧縮され、生みだされるのは一振りの剣。右腕の肘まで密着するその剣は、刃渡りが一メートル半、全体としてマキの剣とおなじ蒼いケルト十字の形だったがそれよりもずっと幅広で、ギロチンを見ている者に連想させた。


「たぎる血と肉、すべて儚き灰に還しましょう」


 ドン! と砂浜に穴を開けるほどに強い踏み込みでチエは襲いくる。

「お、オォォォオォォォォォォ!」

 ジルコニアの前に立ち、槍の柄を使って攻撃を受けとめるソウジ。槍の木製の柄では攻撃を受けとめるには向かず、そもそもソウジの戦い方自体が防御というのを苦手にしているにも拘わらず、ソウジは二本の足に力を込めてジルコニアをかばっていた。

「あら、頑張るわね」

「ソウジ! 槍が折れるわ!」

「わかってんならさっさと援護しろよ」

 チエは怒涛の攻撃を重ねる。しかしソウジが負けることはない。

 ――負けられないからだな。

 別にドラマチックな感情はない。ただジルコニアの兄だから、守護者だから護る、それだけだ。

「あら、私たちの恰好に驚いているのかしら?」

「舐めるんじゃないわよ。私は万物を奏で操る吟遊詩人よ」


「――天よ、地よ、風よ生けるすべての者達よ聞きなさい。風信士石の詩人が炎の唄を奏でる!」


 短い宣言の後、奏でるハーモニーは雄弁。

 キラリとジルコニアの耳にぶら下がる風信士石ジルコンの大きなブローチが煌めき、力を得たかのように彼女はこれまでより一層妙なる至高の音楽を奏ではじめた。

 ハ長調からト長調への変調、かと思えば二短調からヘ長調への変調、揺らめく炎のような様々な変調のそれらは決して落ち着きのない聞きづらい音楽ではなく、計算されつくした軽快さで聞くものの意識を一気に引きつける。

 そして巻き起こる赤と緑の炎。淡い極彩色に輝く輪琴ディクスハープの上で少女の指が目にもとまらぬ速さで走り奏でる重厚かつ軽快な音楽に合わせ、宝石の炎は砂浜を灼熱に融かしながら踊りうねり、そして蒼の炎をまとうチエへと襲いかかる!

「――て、危ないだろ! 俺ごと焼く気か?」

 目の前に躍り出た炎に驚愕して後ずさるソウジ。

「あはは、いいわね! 私も炎が好きよ。――『女王が命ずる、灰塵と化せ弱きものども!』」

 ブオ! とチエは大きな刃を振り回す。炎をあおるように、赤と緑の炎に自分の蒼い炎をぶつけるように。

 ジルコニアは語らない。だが音楽が奏でる、語る闘志、敵対するものを撃滅せんと押し出す力はあくまでも耳に心地よく魂を鼓舞する無上の音楽。


激烈舞踏撃レイジング・ワルツ!」


 ぶつかり合う炎の波濤をすり抜け、ソウジがチエに仕掛けた!

「な、どうしてこっちに……!」

「ジルコニアの演奏する炎は俺には効かないんだよ!」

「さっき退がったのは嘘――」

 槍の穂先にプラズマのような蒼銀の炎。

 下から上へ斜めに振るいあげ、さらにそのまま突き入れる!

「く――あぁぁぁぁぁあ!」

 チエはマキがその身を変えた剣の平で槍を受けとめ、そして力が爆発した。






「あーあ、残念だったな、ソウジとジルちゃんが活躍しているところ私よく見てなかったよ」

「途中からは起きてたんだよね?」

「うん。そもそも何で寝かされたのかわからないんだけど、すぐ効き目がなくなってきたみたいで、最後の方で火がぼわーって燃えているのは見てたよ。あれ凄い綺麗だった。あれが吟遊詩人の音楽なの?」

「『音楽』には色々な使い方があるけど、あたしが好きで使うのは原子に運動エネルギーを与えて燃焼を起こし、それにアストラルの絵具をちょちょっと入れて色をつけるって感じの戦い方。ほかにも意識に強引に作用したり、重力を操ったりすることもできるよ」

「――原子って何?」


 戦いで焼焦げて白くなくなった砂浜をあとに、カミエたち三人はジルコニアの音楽を使ってジュンを捜索していた。

「お、いたいた」

 木立のなかで大の字になって眠っているジュン。なかなか幸せそうな顔をしているとカミエは思った。

 そして、喉元に赤い二つの点。


「――起きろぅ!」

「ぶわ!」


 カミエが渾身の力で平手打ちすると、ジュンはゴロゴロと転がって藪の中まで入ってから起き上がってきた。

「――」

 黙っているジュン。どうやら自分がどういう状況にあるのか分かっているようだ。

「今回はソウジとジルちゃんが護ってくれたから」

「…………そうか」

「別に、謝ってくれなくてもいいよ……。ジュンはどうせ、私のことなんてやっかいなお荷物、ていうか好きでもないのに手をつながなきゃいけない相手みたいにしか思ってないんだろうから」

 拗ねていた。

 ジュンは何一つ言わないか、それとも怒るか迷った。――いや、謝るという選択肢もあって……、

「俺はお前に俺の傍にいろと言った」

「……だから?」

「俺もお前の傍にいてやる。――今後は、お前が死ぬ時まで手を離さないでいてやる」

 それだけ言うと、答えを待たずに 「戻るぞ」 と言ってジュンは宿の方に歩きだした。

 ソウジとジルコニアは頬笑みながら黙ってついて行く。カミエも、照れたような拗ねたような顔のまま彼の背中から少し離れてしかしちゃんと後を追って行った。


「あいつらはどうした?」

「倒しきってはいない。なんか様子見に来たって感じで、さっさと引き上げて行きやがった」

「狙いは俺とカミエではないんだな」


 ほどなくして戻った海岸に人の影はなく、かわりに沈みかけの太陽のガーネットの光があふれていた。

 ジュンは特に気にもせずに歩みを進める。ソウジとジルコニアはちょっと立ち止まってそれを見た後、焦げた砂浜に目が行って疲れたように肩を落として歩きはじめる。

 さ、と軽い音を立ててカミエだけが完全に立ち止まった。まぶしい光に彼女は眼を細めずまっすぐに太陽を見ていた。

『死ぬ時まで手を離さないでいてやる』

 甦る言葉。嬉しくもあったが、恋する女はさらなるものを求めてしまう。



「……死ぬ時も手を握っていてほしいよ」



 だがそれはジュンの死も願う言葉。――――カミエはそのことを理解している。

 切ない言葉は夕暮れの波打ち際に落ちて、誰も知らない彼岸まで流されていくことだろう。


読者数少ない……というか書いているこちらも調子がのらないので打ち切りにします。

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