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__ 独り子と誓いを交わす件」

 ジュンとカミエが合流し戦っている頃、ソウジとジルコニアは関所の宿屋の前で数人の傭兵達と攻防していた。

 宿屋には戦闘能力を持たない、特に宗教とも関係ない一般人もいるため二人がこうして戦っていればそれらの人を護ることになる。しかし、

「なぁジルコニア、さっさとこいつら片付けないのか?」

 その気になれば目の前にいる傭兵くらいならすぐに倒せるソウジが、槍を振るい相手と距離を取りながら退屈そうに言った。

「いいのよ。こうしていればジュンと合流しなくてもいいでしょ」

 戦闘中で仕事口調のジルコニアが答えた。彼女は宿屋の中から持ち出した椅子に座り、ゆうゆうと輪琴ディスク・ハープを奏でていた。

「合流したほうがいいんじゃないのか? 違うのか?」

「違うの。私の吟遊詩人の勘が正しければ、二人を放っておいた方が面白い物語を紡ぎだせるわ」

「――はぁ。左様ですか」

 詩人守護者コーダであるソウジはジルコニアの言うことに逆らえない。

 自分の身体を励ます吟遊詩人の妙なる音楽を聴きながら、ソウジは姿の見えない二人に対して思う。


 ――どうか何事もありませんように。



 ○



 『黒き月の独り子』――それが振るう『混沌の光』に滅されたものは肉体マテリアルを灰塵とし、精神は炎ならざる炎として燃えつつ消滅していく。

 周囲にいた計二十二名の傭兵を一瞬で塵となさしめたカミエは、彼らの精神の残滓が燃える炎に囲まれて静かに佇んでいた。


 まるで、獲物を殺しつくした猛獣が血と肉の破片の中で満足そうに己の前足を舐めるように。


「カミエェェ!」

 熱を持たない炎をすり抜け美しき金髪の少女に駆け寄ったジュンは、幅広の鋼の剣の腹でカミエの頭を思いきり殴りつけた。

「――ゃあ!」

 バギ! 鋭い音が響きカミエは地面に倒れ伏す。

 重さ一キログラムは下らない剣で殴られれば普通の女性なら頭蓋骨が割れても不思議ではなかったが、ジュンはまったく手加減せずに殴っていた。

「お前――お前、どういうつもりなんだ! 俺は何もするなって言った。なのに何故、お前は戦った? そんなに人間を殺したいのか、この呪われた神の子が! お前は……お前は……!」

 憤りのあまりジュンは言葉を継ぐことができない。

 それに対し、倒れたままでジュンと向き合うカミエ。殴りつけられたこめかみから血を流しつつ、カミエは精一杯の謝罪を込めた視線でジュンを見上げた。

「ごめんなさい、ジュン。でも……でも、あのままじゃジュンはきっと負けてた! ジュンは勝てるって言ってたけど、たとえその通りになったとしてもジュンは無傷じゃすまなかった! 私はジュンにどんな怪我もしてほしくなかった……だから……!」

「余計な御世話だ! 俺は今までああやって戦ってきたんだ! それに、そんなことは言い訳だろう。お前は戦いたくて仕方がなかった、そうだろう!」

「……そうかも、ううん、そのとおりだよ。でも、ジュンが駄目だって言うなら私は我慢できたよ。私は……本当にジュンのために戦ったんだよ。だって私は、ジュンを護ることができる力を持っているから」

「独善だ。お前が人間を殺す理由を、俺につくるな」

 殺し、殺された傭兵達の精神が消えゆく紅い炎に囲まれ二人は向き合う。そこに誰も近づく者はいない。

 カミエが立ち上がった。ジュンは少し驚き、次に距離を取り、剣を握る手に力を込めた。

「私……いらないの?」

「あぁ、いらないさ。だから、俺はお前を北の聖地に送っている。処分するためにな」

「なら私……いなくなった方がいいの?」

「お前なんか……お前なんか…………」

 ジュンは言葉を継げず黙り込む。

 戦いのさなか、二人を中心とした世界が静止する。沈黙は永遠を錯覚させ、その果てに少女は静かに言った。


「私、ジュンがそうしろっていうなら、他の教会騎士の人に封印されて北に行ってもいいよ。だって、私はジュンが大好きだから。ジュンの言うことなら、本当になんでも聞くんだよ?」


 泣いているのかと思ったが、彼女は泣いていなかった。

 水が表面張力するコップのような危うさを感じさせつつ、彼女はそれは美しい頬笑みでジュンを見つめていた。

 そして、彼女のかんばせが近づいてくる。

 ――『なんでも』なんて、嘘のくせに。

 だがたおやかな花の両手で頬を包まれ唇で唇に触れられた瞬間、ジュンは彼女を撥ねのけず、むしろ自身からも積極性をもって唇を押し付け合った。


「いやー、熱いなぁ。見せつけないでよ。僕の作戦は失敗だったかな」

「……トウヤ、やっと出てきたか。覚悟はできているんだろうな」

「ここで殺される気はないさ。ま、今度は本気で戦おうよ」

 ジュンはカミエから離れ、彼女を背後におくようにして剣を構える。

 対するトウヤは、この日の朝に見せたように影から剣を顕わし、小さな風切り音を立ててそれを振った。

「カミエ、手を出すなよ」

「うん。――負けないでよ、ジュン」

「負けるかよ……」

 トウヤは片手で握った剣の切っ先を地面につかせながら、ぼんやりと空を見上げていた。


「影がないな……。でも夕方だし、ハンデとしてもちょうど良い感じかな」


 長刀をすっと構えつつ、あくまでも穏やかな表情で彼はジュンと向き合う。

 自分と同じ色の瞳に見つめられることは不満の一言に尽きたが、ジュンも挑むように塔屋から目をそらさない。

「兄さん、すっかり彼女に惚れこんでいるって感じだよね。あんな風に人を殺す――いや、殺すなんて生易しいものじゃない、消してしまうのに、兄さんは平気で付き合ってる。すごいなあって感心するんだけど」

「挑発か? ――お前と話すのも飽きたんだよ!」

 電光石火で打ち込むジュン。長刀を持つ相手に臆することはない。

 というよりリーチの長いものを相手に間合いを取りすぎるのは逆に危険で、密着した状態で攻撃した方が有効なのだ。

 目にもとまらぬ速さで剣を振り回し、一方の手では楯を相手の動きに合わせて構え攻撃をされないように牽制していた。

 懐に潜り込まれたトウヤの方が不利に見える。

 しかし、

「!」

 それは見えざる風のような速さで、

 大きくバックステップしたトウヤが着地と同時に長刀を振るった。

 キキィ!

 黒い切っ先が楯の表面を火花を散らしながら走ると、三枚の鋼鉄を重ねた楯は表面の一枚を見事に切り裂かれた。

 ――朝とは動きが違うな。


「こんな恐ろしい存在、兄さんはどうして手放さないのかな?」

「だから俺が北まで連れていく、そうなんだよ!」


 吼えるジュンの目前、トウヤは長刀を地面に軽く突きたてる。

 戦闘を諦めたわけではない――なら、なんだ?

『黒き刃の落とす影』

 彼がそういうや、無数の黒い帯のような刃がジュンに襲いかかった。

「影の刃――奪った魔剣の力を引き出したか、トウヤ!」

 無数の刃を切り落としつつジュンは前に踏み出す。

 迎える長刀の刃。

 一つかわして、しかし次の一歩を踏み出す前に刃は折り返してくる。

「――速い」

「まだまだ! 僕の刃は一つじゃないよ!」

 目にもとまらぬ速さで舞う刃が落とす影から、さらに無数の刃が生みだされジュンを襲う。

「く――! 『ラザロの護り』!」

 透明な楯が生まれ前方から迫る攻撃をすべて防いだ。

 だが攻撃は畳みかけるように続く。

 ――足元に冷たい予感。

 足を浮かせつつ一歩下がれば、稲妻よりも速く刃が駆け抜ける。

 その攻撃はそこで終わらない――ジュンは知っていた、その攻撃の形は、


「無明一刀流、影麗エイレイ!」


 地を薙ぐ一閃から、百三十五度折り返して逆袈裟に切り上げる攻撃。

 前進力のある攻撃で、下手に足を浮かせて体勢を崩していればこの攻撃は避けられない。低い姿勢から跳ね上がる身体のばねの力を乗せているから、一閃の切断力も抜群。

 しかも長刀がつくる影の刃も一閃に追随して襲いかかる。

 ジュンはそれらの攻撃すべてに蓋を擦るかのように楯をかざした。

「ぐ……おおぉぉぉぉぉ!」

 影の刃は楯に付加された護りの術とぶつかりあいながら突き抜け、長刀の一閃は楯を叩き斬る。

 ジュンの左手には無数の攻撃が突き刺さり、皮がそがれていく。


 ――だが、それだけだ!


『剣よ! 神にささげし剣! 神の騎士たる我の刃となれ!』


 その瞬間、ジュンの剣が光に爆ぜた。

 左手を犠牲にダメージを抑えるため、身体を独楽のように回したひどく不安定な姿勢。踏み込むことはできず、まともな攻撃は放てない状態だが、

「――は」

 同等に剣の技をもつトウヤが驚くほどの速さで、ジュンの右手は高速で伸びる。剣はジェット噴射をしているようで、ジュンの身体はその勢いに引っ張られていた。

「それが兄さんの信仰か!」

「そうだ! 神に祈ることで、人は、俺は揺るがない!」

 必殺の攻撃をすれば、必然の隙が生まれる。

 聖霊により加速した刃はトウヤを逃がさず、斬った。

「が――ハっ!」

 左わき腹から右胸まで刃が駆け抜けた身体を押さえ、トウヤは敏捷な動きでジュンと間合いを取り刀を構える。

 闘志は十分。だが、手で押さえた傷からはとめどなく血が流れ落ちている。

「今日はここまでか……彼女も諦めるか……」

「逃がすと思うか!」

 一喝と共に、ジュンが剣を地面に叩きつければ稲妻の奔流がトウヤを襲う。

 何かにぶつかり、地に十字を刻むように炸裂する力。まばゆい衝撃が消えた後には、トウヤの姿も、何もなかった。

「逃げちゃったね」

「……そうか」

 戦闘の終わりを見極めて近寄ってきたカミエに応え、ジュンは剣を収めた。




「――生れ故郷を焼かれ、行く宛てもなく野を彷徨って『教会』に俺達は保護された。一神教の教育を受けつつ衣食住の世話を見てもらってしばらく暮らしていたが、ある日いきなりあいつはいなくなった。どうも信仰をもつことに精神が馴染まないようであるのは分かっていたが、あいつはただいなくなるだけでは飽き足らず、施設の人間の不意を襲って封印安置されていた魔剣『オブシリアン』を奪っていった。あいつは指名手配扱いになったが、そのあとまったく消息を絶ったから死んだものとされてたが……結局あいつは魔剣と共に顔をみせたわけだ」

「兄弟が死んだと思って悲しくなかったのか?」

「……さあな。多少心配はしたが、悲しむことではなかった。それよりも故郷や親を失ったことの方が俺にはショックだったし、精神的な後ろ盾をなくした俺は信仰に心を傾けはじめていたからそのうち気にもならなくなった。――それに、正直手の焼ける奴だったから、いなくなって清々したところもあった」


 襲撃後の関所は主要な施設が破壊され混乱していたが、後処理を疎んだジュンは予定通り一晩だけ留まり、職権を振りかざし用意させた馬車で関所を後にした。しかし関所の方も施設は失ったが、人材の損失は思いのほか少なかったので特に人手が必要ということはなかった。負傷者は手当もしていないのに傷が急速に回復するという謎の現象を受けていたためだった。

 ジュンの左手を中心に負傷も癒えていた。

「もう痛くない?」

「触るなっ。お前が心配しなくても、痛みはない」

「そうだよ、ちゃんとあたしが治したからね。完全には治しきってないけど、よほどじゃないと傷は開かないし、痛みもないはずだよ」

「ありがとうジルちゃん。私、壊すことは幾らでもできるんだけど、直すことはできないんだよね」

 神の奇跡ともいわれている負傷者たちの回復は実はジルコニアが行ったもの。戦いのとき事態を傍観していたようだったジルコニアが、『音楽』を使い遠隔的に騎士達を手当てしていたのだった。

 しかし、

「不愉快だ」

 それがジュンの感情。

「異教徒の手によって傷を癒されるとは……。これは我々にとっては侮辱に近いぞ」

「ジュン、ジルちゃんがジュンのことも、他のみんなのことも治してくれたんだよ。みんなに教えてないから感謝されないけど、せめてジュンくらい感謝したっていいじゃない」

「いいのいいのナナお姉ちゃん。あたしにとってはこんなこと大したことじゃないから」

「教会の連中が知ったら混乱するんだろうな……」

 最後に的確な発言をしたソウジ。特に今回することもなかった彼はどこかやるせない気持ちで馬車の外をみていた。


「……カミエ、いつまで俺の手を握っている?」

「うーん。ジュンの手が治るまでかな?」


 ゴトゴトと揺れ続ける馬車の中。気がつけば、ソウジとジルコニアは眠ってしまっている。

 何故か互いに起きているジュンとカミエ。陽気も麗らかな青空の下の車内で、カミエに握られた手はさらに暖かい。

「――暑苦しい」

 その言葉にカミエは反応しない。彼女は笑顔でいるが、青空よりもさらに蒼く澄んだ瞳にはいつもの溌剌さが見られない。

「お前は、一神教に帰依する気はないのか」

 ジュンが何も言わないとカミエは何も言わない。普段はありえない状況で、沈黙に耐えられなくなったジュンは自分から話題をふってみることにした。

 『伝道師カルキスト』としての問いかけ。カミエは即答。

「ないよ。髪切りたくないから」

「――髪を切らなくてもいい」

「でも、ならないかな。なんでかって? 別に我儘でいってるんじゃないんだよ?

「私ね、これでも神様を恨んでるんだ。だって私何もしてないじゃない。なのに生きてたら世界を滅ぼすとか、せっかく力をもったから使ったらあちこち壊れちゃうとか、碌なことないじゃない。まともに恋もできなくて死なないといけないし。――死ぬことはいいんだよ? 前から言ってるけど、変な力を持っちゃったことはもう認めるしかないし、このまま生き続ける気にもならないし、だったら死ぬしかないよねって感じで。でも、この力さえなければ私は死ななくていい、普通に恋をして、子供作って死ねる」

 言い終わるとカミエはジュンにキスをした。

「――いきなり口付するな」

 えへへ、と笑うカミエ。その手はいまだジュンの手を包んでいる。

 彼女のぬくもり、彼女のにおい、彼女の声と息づかい――――密かに意識しつつ、ジュンは言った。

「お前は、何だ?」

「私は、私だよ」

「人間か? 化け物か?」

「そんなの、わかんないよ。私は人間でいるにはもう全然違う存在だし、でも化け物にはなりたくないもん」

「人間でいろ、カミエ」

 え? とカミエは眼を見開いて驚きを表現する。

 対するジュンは、どこまでも真剣なような、照れるような渋面で話し続ける。

「神を信仰する必要はない。聖女である必要などどこにもない。だが、人間でいろ。化け物でありたくないのなら、人を殺めるな、たとえ俺のためでも、誰のためでも、誰かのために戦う誰かを殺すな。さもなければ、俺がお前を愛することなどないと思え」

「脅しかぁ……」

 カミエは若干途方に暮れるような調子で言った。――実際、そのとおりだった。

「でも、わかったよ。私は、七那瀬・神恵は人間。七那瀬・命と聡亮の娘は死ぬまで人間だよ」

「――その言葉、神の騎士である俺が神の名の下に聞いておく」


 傷ついた手を包む彼女の温もり。

 これが人間のものではないはずがないと、

 平和に晴れた空の下で彼は思うのだった。


ま、とりあえず次の話も書いてます。

これまで山続きだったので、次は海で水着! です。

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