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act4「騎士が実弟と再会し

 …………夢は赤い……


 赤い夢……


 炎と煙、そして血と肉。

 赤いにおい、赤い景色。それは少年に彼女との戦場を思い出させた。

 ――いや、違うか。

 生まれて十九年、まだ人として短い時間だが少年はそれまでに同じような光景を二回目にしていた。つまり、炎と血の赤に染め上げられた忌わしき戦場の光景を。

 渦巻く熱の暴虐によって破壊され、歪められているのは少年がよく知った光景。瓦礫になり黒い煙に染められていても、その瓦礫の一つ一つに懐古の記憶が甦る。

 夢の中で目の前に立っているのは七八歳くらいの男の子。

 刃渡り一メートルくらいの反り刃の剣――刀を手にし炎と瓦礫に囲まれて立っている。

 男の子の刀には何かの肉がこびりつき血が滴っていた。

 男の子の足元には異形の怪物が動きを止め、あるいは分断されて転がっていた。

 炎の上昇気流に掻き乱される彼の髪は真紅。果実のような美しい紫の瞳には狂気の光が宿っていた。

 夢の中でその男の子を見る自分の心は震えていた。恐怖と嘆きに。自分の良く知っていた世界が崩れ身近な者が狂気に沈む事実に、きおくの中の意識は震えていた。


「兄さん……」






「……お前、何故ここにいる?」

「やだなぁ、ジュン。ジュンが寝坊しているだけじゃない」

「――!」


 いつも日が昇る前には眼をさましているのに、今はもう太陽が地平線から少しばかり離れてしまっている。

 そしていつもはジュンよりも遅く起きる――というか誰よりも遅く起きる――カミエが今日は髪の寝癖もなくジュンに覆いかぶさるようにして顔を見ていた。

 鳥達が鳴き交わす朝の森の中木の幹に寄り掛かるようにして眠っていたジュンは、弾かれたように立ち上がった。

「珍しいよな、ジュンが寝坊するなんてよ」

「うん。――なんか、すっごく深く眠っているみたいだったよ。あ、御飯はもうできてるから。ソウジが作ったの、なかなか良くできてる」

「ジルと二人の時は俺が作るんだぜ? うまくなくてどうするんだよ」

 旅の連れが何か言っているが、ジュンはほとんど聞いていなかった。それよりどこで朝の祈りをしようかとか、そんなことを若干取り乱した頭で考えていた。

「良い夢を見ていたみたいね、お兄ちゃん」

「――――」

「あ、そうなんだ。どんな夢、ジュン?」

 カミエの問いかけには答えない。それよりも自分が夢を見ていたことを知っている吟遊詩人に目を向けた。

 ジルコニアはにっこりとあどけない顔で笑う。

「あたしは吟遊詩人だよ、ジュンお兄ちゃん。呼吸の仕方とか、普通の人には聞こえない心の動く音とかで夢を見ているってくらいは簡単に分かるよ。どんな夢を見ているかはプライバシーだから探らないであげたけど」

「っ……」

「あ、すっごいおっかない顔してる。朝からそんな顔してると若さが逃げちゃうよ、お兄ちゃん」

「顔を洗ってくる。少し待っていてくれ」

 ジュンはジルコニアを睨みつけるのを止めて、寝る時に外していた楯や聖符の束などを腰につけて身支度をし始めた。

「飯はどうするんだ?」

 そういって鍋を叩いたのはソウジ。いつも食事はジュンが作るが、今日は代理でソウジが作ることと相成っていた。

「いらない。――保存できないものなら後で食べるが」

「いや、大丈夫だ。気をつけろよ」

 ジュンは最後の言葉を聞き流そうとした。だが、


気をつけてね(・・・・・・)、お兄ちゃん」


 そういったジルコニアの態度は、腹立たしいくらいに物言いげだった。

 カミエの方を見ると、彼女は何事もないような顔をしていた。――だが、本当にジルコニアがほのめかしたことを分かっていないのかは、ジュンには判断できない。


 ――お前はどうだったんだ?


 夢のことを思い出し問いかけたくなった。自分の生まれ育った街が破壊される光景を見たジュンと、同様の経験をカミエはしている。カミエの場合は自分で破壊したという付加要素があるが、それも踏まえてジュンはその心情を問いかけたくなった。

 しかし少しの逡巡ののち馬鹿馬鹿しくなり、何も言わずにジュンは小川の方へと歩いて行った。




 野宿するときは夜気の冷たい開けた場所で眠るより洞窟や山小屋、そうでなければ少し森や木立に入ったところで眠るのが良い。だから野宿する場所から離れて森の中に行けば、森の深部へと進むこととなるのは当然である。

 そこの森は幹が苔むした、古く、太い木が多かった。木々の気配が強く鳥や獣の気配はあまりしない。生き物としての人間にとってはあまり居心地のいい森ではなかった。そういったことには比較的鈍感なジュンだったが、自然とその手は腰に帯びた剣の柄に乗せられている。

 ――わざわざ油断する必要もないしな。



 やがてサラサラと音を立てる細い流れに行きあたると、十分に周囲を見渡してから水面に屈みこんだ。

 水はとても澄んでいて、緑に光る川底のおかげで水面がよく見える水鏡となっていた。自分の顔を見たジュンは、さっきの夢のこと――夢の中の男の子、自分とほとんど同じ顔をしていた一人の少年のことを思い出した。

 ――久しぶりだったな。

 あの夢を見るのはずいぶんなかった気がする。特に教会騎士の見習いから一人前となり、任務に忙殺されるようになってからはほとんど見ていなかった気がする。


「本当に、久しぶりだよ――刀夜とうや


 水面に映る顔が増えていた。――若き騎士と酷似した顔だった。

 若干輪郭の鋭さが違い、向こうの方がシャープに整っている。どちらかと言えばもう一つの顔の方が女性には人気が出るだろうといった顔立ち。赤い髪と紫の瞳はそれぞれジュンの物より鮮やかで明るい色合いだった。

 ジュンは水面から顔を離し、背筋を伸ばして立つ。

 小川を挟んだ位置に立つ、自分と同じ顔の少年。向こうの方が僅かに背丈がある。陣羽織のようなローズブラックのコートを羽織っていて体格は良く分からない。

 そして――ジュンは相手の得物を見る――が、相手は武器を見える形で持ってはいなかった。だが武器を持たない者の気配ではなかった。

「兄さん、久しぶりだよ。元気にしていた?」

 相手は――トウヤがにこやかにハスキーな声で言った。

「何をしに来た?」

「何をしに来たって、兄さんに会いに来たんだよ。僕はずっと兄さんを探していたんだけど、なかなか見つけられなくてね。でも最近、僕の知り合いの魔術師が兄さんに会ったって教えてくれてね、こうしてやっと会えたってわけ。――ねえ兄さん、そんな怖い顔していないでくれよ。せっかく双子の兄弟が長い年月を越えて再開したって言うのに、どうしてそんなに無感動なのかな?」

 ジュンが黙っていると、トウヤは笑顔を貼り付けたまま滔々と話し続ける。

 その笑顔に隠してある物をただ探るように、ジュンは鋭い視線を自分の弟から逸らさなかった。

「――夢を見た」

「夢?」

 トウヤはきょとんとした表情になる。

「俺達の街が焼ける夢だ」

「あぁ、あの時の。それは夢って言うか記憶だよね。――なつかしいなぁ。兄さん最近街に帰った? 近頃は少しづつ新しい街になっているんだよ」

 ――なつかしくは、ない。

 彼の夢にまつわるのは、燃えるような喪失感と、漠然とした悲嘆、そして……恐怖だ。

「お前には会いたくなかった。顔も見たくなかった」

「そう? 酷いな、兄さん。顔は僕も兄さんも同じなんだから、鏡さえ見ればいつでも見てるのに。僕は鏡を見るといつも兄さんのことを考えていたよ。でも、二人とも同じように健康そうに育つことができて良かったよね」

 トウヤは饒舌だった。本当に、兄との再会を喜び、浮かれているかのように勢いよく話す。

 だがジュンの心はトゲトゲしたままだった。

「何故、今ここに来た?」

「だからさっき言ったじゃないか。ずっと――」

「同じ事を繰り返さなくていい」 ジュンはトウヤの言葉を遮った。――「俺は教会騎士として、多少は名を知られているはずだ。お前も俺が教会に入ったことは知っていたはずだから、探せない道理がない。――言え、何の用がある?」

 少し、トウヤは黙った。

「それは、兄として命令している?」

「それでお前が口を割るなら、それでも良い。どうせお前の兄であることには変わりはないからな」

「そっか。じゃ、言うよ」

 トウヤはジュンから、小川から少し離れる。

 そして左手を虚空に伸ばす。手のひらは自分の影に向けられていた。


「今は――とりあえず、兄さんの腕を見にきた」


 彼の影が、伸びる。

 地面にではなく、垂直に。

 影からまっすぐ縦に生え、トウヤが掴んだ物は長さ二メートル近い長刀だった。漆黒の鞘、柄に結ばれた女の髪のような艶やかな紐。反った刀身は柳のように美しく、まるで芸術品のようだった。

 柄の端を左手で掴み、鍔の真下を右手で掴む。長い鞘はといえば……まるで煙が落ちるかのように自然とこぼれて刃を露わとした。刃もまた影のようにぼんやりと黒かった。


「――」


 ジュンは相手の切っ先から視線をそらさずに、ゆっくりと剣を抜いて右手に握り、左手に楯をつけた。

「かっこいいね、兄さん。本当にナイトになったんだ。――ていうか、僕らの継いだ『無明一刀流』はどうしたの?」

「――捨てた」

「ちょ――!」

 ジュンの台詞に、やや本気で取り乱した様子でトウヤは緊張を解いた。

「それはいくらなんでもないんじゃないの兄さん? 兄さんの上には兄弟はいない、っていうか子供は僕らしかいないし、門下生もみんな死んだし、僕らが継がないで誰が無明一刀流を継ぐのさ? 草葉の陰で父さん達が泣いているよ」

「――俺が強くなるためには、あの剣術を捨てることは必要だった。俺はまだ目録も得ることができないほど未熟だったし、ごく一部しか継ぐことのできなかった剣術では強くなるには限界があった。だから、俺は教会で一から剣を学びなおした」

「そう……その気持ちは分からないでもないけど。僕の剣だって本当の無明一刀流から比べれば、だいぶ亜流になっているだろうからね」

 トウヤの残念そうに言う表情はどうやら本物っぽい、ジュンはそのように推定した。

 彼ら『音無』の家に代々伝えられてきた剣術を捨てたことは、口では無感動に言えるが、ジュンも無念なことは無念だった。だが、それは口にはしない。彼は愚痴を言うことを善しとしなかった。

 ジュンはゆっくりと剣の切っ先を弟に向けた。

「お喋りはここまでだ。そろそろ俺の時間も無くなってきた。――構えろ」

 そう言ったジュンの心持ちは、真性の敵と向かい合う気持ちとは若干違う。まるで兄弟で剣の稽古をするような気分。そっけないようにしているが、心の奥では弟との再会で気持ちが緩んでいるような感じだった。


 ポチャン――――木の葉から落つる雫が水面を叩いた。


 先に踏み込んだのはジュン。小川を飛び越え、一気にトウヤの間合い深くに進んでの一閃。

 ガキン! と鋭い剣戟の音が響き、鳥達が飛び立つ音が大きく聞こえた。

 長刀の根元でジュンの剣を受けとめたトウヤは、刀を滑らせるようにして、押し切ろうとしてくる剣を逸らしつつ後退する。

「せぁ!」

 刀を楯で抑えつつ、ジュンは密着状態を維持したまま剣を切り上げた。

 く、と小さく声を漏らしながらトウヤは逃げる。無闇に刀を防御に使おうとしないのは、肉厚の剣よりも繊細な刀をかばってのことだった。

 後退しつつ、背後によく注意する。木の幹が近づいてきたところで、身代りするかのごとくトウヤは幹の影に隠れた。

 直線的に追撃することは避け、ジュンは真横に駆けだした。

 二人の距離が離れ、トウヤは長刀を構えなおす。だが振り上げる前には、再びジュンが肉薄していた。

「長いと不便そうだな……!」

 剣を振るフェイント、それから刀に楯をぶつけ、剣を叩きつける。

「ずいぶん楯と剣の使い方がうまいね。さすが……」

 ここまでは防戦一方のトウヤ。

 だがジュンは油断しない。合わない間にどのくらい成長したか知らないが、幼いころは大した剣の才を持っていたトウヤだ。今、本気を出しているとは考えられない――が、彼の全力が見たいわけではないので攻撃を甘くせず、このまま決着をつける勢いで攻撃を重ねた。

 トウヤは木の影と次々と身代りしながら逃げる。

 ジュンは決して木の幹に打ち込んで剣を取られるようなへまはすること無く、冷静に彼を追撃する。

 そして何度目かにトウヤが木の影に隠れた時、ジュンは微妙な姿勢の変化を見逃さなかった。

 刀は肩に担ぐように構えていた。その背後は少し開けた空間。つまり、二メートル近い長刀でも楽に振ることのできる場所だ。

 ジュンはトウヤとの間に幹を挟み、見られない位置で姿勢を低くした。


 直後、頭上の空間が断ち切られた。


 それは比喩だが、ズバ! と剣風も豪快に頭上を駆け抜ぬけた一閃は、直径四百ミリメートルほどの木をぶった切って、それも一本ではなく三本をまとめて切断してなお、低い風切り音を立てるほどに速い一閃だった。

 予想はしていた。しかしそれでも心に冷たいものを感じた。

 すくむ心を突き動かすように、ジュンは低くした姿勢から伸びあがる勢いでトウヤに一撃を叩きこんだ。

 トウヤは大ぶりの一閃を放った後。にもかかわらず隙はすでに回収されており、しかも御丁寧に刀の峰でジュンの一撃を受けとめ、弾いた。

 カン!カン!カン! と小気味良い剣戟の音が響いた。

 二人は互いに一呼吸で六合ほど打ち合い、そして距離を取った。

「やるね兄さん。やっぱり兄さんは強い」

「……もう終わりか?」

 闘志を漲らせてジュンは剣を構えつづける。

 しかしトウヤは長刀を無造作に一振りすると、自らの影にザクと突き刺した。

 長刀は影に沈んでいく。

「今はここまで。お互いに、ここだと戦いづらいしね。――それとも兄さんは、異教徒のことは息の根をとめるまで追っていく?」

「そうだな……だが、今は行かせてやる。俺もまだ朝の祈祷をすませていないからな」

「そう。じゃ、また後で」

 トウヤは煙を払うかのように、ふ、と姿をくらました。

 ――人を食ったような態度の奴が多いな。

 口調も似ているし、とかジュンは密かに思っていた。





「おそかっ――」

「どうだった? 久しぶりに会う弟は?」

「「弟――!?」」

 ジルコニアの台詞に驚いたのはソウジとカミエ。当のジュンはと言えばすまし顔で、三人のことを見渡していた。

「ねえ、どうだったお兄ちゃん?」

 ジルコニアは重ねて尋ねる。

 『お兄ちゃん』――すっかり聞きなれた呼びかけだが、この時は皮肉っぽく耳に響いた。

「答える必要があるのか?」

「答えない理由もないんじゃない?」

「――懐かしい、といえばそうだが……腹に一物持った奴と会って嬉しいわけないだろう? ――ジルコニア、あいつは何のために出てきた?」

「さぁ? それこそ興味ないから調べてもいないけど……この間の魔法使いさんと関係している気がするな。ってことは、目的は一つだろうけど」

「ふん――」

 その目的――ジュンは金髪の少女を見やる。カミエといえば好奇の瞳をランランと輝かせていた。

「ジュン弟がいたんだ。なんて名前? 似てるの?」

「――」

「名前はトウヤ。刀に夜で刀夜トウヤ。外見は似てるけど……中身はちょっと違う感じ。――だよ、ナナお姉ちゃん」

 ジルコニアはあくまで、『音』で得た情報を元に発言する。だがその言葉は的確だった。

 カミエもそのように驚く。

「見てないのに分かるんだね、ジルちゃんは。――でもこの感じだと、ジュンとはあまり好きじゃないんだね、トウヤのこと。トウヤはジュンのことが好きだったりして。でも良いなー。みんな兄弟がいて。私なんて、普通に暮らしてても兄弟はいなかったのに」


「みんなって、誰のこと? お姉ちゃん」


 そう問いかけるジルコニアの表情は、ちょっと感情がない様子。カミエはその質問と態度にやや驚く。

 カミエはソウジに視線を向ける。荷物をまとめて背負い始めていた彼は、カミエの視線に気がつくと気まずそうに笑った。

「誰って……ジルちゃんとソウジは兄妹でしょ?」

「違うし」――その口調はいつもの甘えた口調と裏腹に、素っ気なくて粗っぽい。

「違うって、どうしてそんなにむきになって否定するかな? ねぇソウジ?」

「あー……それは話すと長いんだな……」

 話題を振られたソウジは下を向き弱い声で答え、しかも言葉じりはフェードアウトした。

 ジルコニアは小さい唇をつんとして何も言う気配がない。カミエは話が途絶えてしまって困惑した。

 結局、その沈黙を破ったのは旅のリーダーであるジュンだった。


「待たせたな。――行くぞ」

少し前からできていたのですが、ぐだぐだ推敲していたら遅くなりました。

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