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プロローグ

 世界に一つ神あり。


 一年で神の力最も満ちる時、黒き夜は払われ白夜が訪れる。


 そして白夜に黒き月が昇る時、神の力は欠け落ちて独り子の人間へと与えられるだろう。


 独り子、其れ「黒き月の独り子」。


 彼は人を脅かす者。


 されど彼、夜闇に落ちたる深き影にさえ光をもたらす者なり。


 烈光を操りし独り子、やがて白く閉ざされし極北の混沌へと還らん。







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 炎、煙、そして血と肉。

 戦場は赤く染まっていた。

 剣や槍を手にした重装の騎士と、物々しい宝杖をもった魔術師と、それらが三十ほどが焼き払われた町の跡に集まり、戦い、そして傷ついていた。集った者達はいずれも「教会」において高い能力を持つ者ばかりだったが、すでに半数が重傷を負い、中には手足をもがれ戦闘不能となった者もいた。

「くそ、やっぱり小隊一つではだめだったんだ! このままでは全滅だ。総員撤退するぞ! いますぐだ!」

「お待ちください、隊長プリースト。怪我をしている者は……」

「構わん、戦闘放棄だ! 奴は動かないものには攻撃しないはずだ。這って帰ってくるだろう!」

 兜に一際おおきな飾りをつけた――しかし今は焼け焦げて無残となっている――大柄の騎士は、崩れた家屋の影に隠れ、部下を一頻りがなりたててから、腰に下げていた角笛を吹いた。

 高く澄んだ音は、炎のけぶる戦場に響き渡り、その場に立つ戦士たち全員の耳に届いた。皆、いま吹かれた角笛の音の意味を知っている。「退却」だ。ある者は心から安堵し、ある者は身動きできない仲間を憂いた。しかし彼らが戦っている敵、一体で三十人の小隊を戦闘不能に追い込んだその敵を思った時、皆戦士達は逃げることを善しとした。


 たった一人を除いては。


「おい、何処へ行く!? ベースはそっちじゃないぞ!」

「十二章三十五ページ『敵に背を向けてはならない。退く時も敵を怯ませ、その眼を閉じさせよ』。――俺は囮になる」

「馬鹿な! お前一人で何ができる! いくら若くして一級騎士ビショップに成り上がったからって調子に乗るな!」

 そのとき稲妻の電光にも似た光が走り、衝撃が押し寄せた。

『神よ、我にラザルの防御を与えよ!』

 退却を否とした唯一の騎士が、楯を掲げ成句を唱え光のシールドを作り上げた。押し寄せた衝撃は周囲を薙ぎ払ったが、数名の騎士は楯をかざした彼によって護られた。

音無おとなしじゅん……」

「奴は倒れた者には興味はないが、逃げる者は追ってくるぞ。早く行け」

 ジュンと呼ばれた騎士は命じるように短く言うと、そのまま先程の衝撃が送られてきた方向へと歩きだした。




 「敵」を厚い瓦礫の向こうに置き、ジュンは背をその瓦礫に預けながら装備の確認を行う。籠手、手袋、胸当て、胴巻き、ブーツ、腰につけた聖符、楯、そして聖句の刻まれた剣。銀色の剣の腹の文字を指でなぞれば、赤い光で鈍く輝き始める。

『神よ、我に聖霊を遣わせ給え。御身の巷を荒らし、葡萄畑を焼き払う者に、御身の怒り、鉄槌を下すために我に代行させ給え。ソドムとゴモラの奇蹟、総てを硫黄の炎の中に呑み込む恐るべき汝の怒り、悪を塩の柱と化す聖なる力をここに、聖別され御身に捧げられし我が手の剣に顕わし給え』

 剣はまばゆく輝き始める。

 そのとき、また光が爆ぜた。ジュンの身を隠していた瓦礫は外周を大きく削られたが、ジュンはしゃがみ込み身を小さくすることで攻撃を受けずに済んだ。

 敵は何を考えているのだろうかと、ジュンは静かな心で思った。

 左手の楯の固定を確かめ、右手で剣の柄を強く握り、ジュンは一息に瓦礫から躍り出た。

 敵の姿が見えた。

 白く光輝く一双の翅。光る瞳に、波打ち煌めく髪。全身を光に包んだその敵の姿は、いっそ神々しくもある。――それは一人の少女だった。肌の内側から光を放っていようと、身を包む擦り切れた木綿の服は、ありふれた村娘の服装だった。細い手足も、慎ましげな胸の膨らみも、光さえなければ平凡な少女のものだった。

 だが、如何に容姿が少女のものであれ、「それ」が振るう力は尋常のものではない。軽く、虫を払うように手を動かしただけで、何百キロもある瓦礫ごと地面を吹き飛ばす衝撃が発せられる。

 ――攻撃は大ぶりで、単純。

 ジュンは回避しながら見極めた。敵の力は無尽蔵で強大だが、効果的に振るわれているわけではない。反射的な攻撃である故に、戦略を練りながら回避するには問題はない。

 近づくことも容易だ。

 「敵」を囲むように走りながら、彼はさらに敵を観察し、隙を探った。

 ジュンは剣士だ。接近して、一刀で切り裂くことは、剣士である彼が何よりも得意とすることだ。対して、敵は剣士ではなく、剣士と相対する戦い方も知らない。勝機があるとすれば、そこだ。チャンスは一度。ジュンは剣を低く構えながら走り、好機をじっと待った。

 すると、手榴弾を投げるような小刻みな攻撃が一瞬止んだ。――薙ぎ払う攻撃が来る。

 待っていた好機だ。

 ジュンは左手の盾を振り捨て、敵に肉薄しながら腰につけていた聖符を取った。

『讃えあれ! 砂漠の辛苦も、悪魔の誘惑にも耐えし勤行者克肖者聖大アントニイ!』

 聖符は燃え、身代りとなってジュンの身を護った。

 理性も知性も持っていなさそうな敵が僅かにひるんだ。距離は五歩、ジュンは地面を蹴り剣を振り上げた。


『思い知れ! 神の威光、神の怒り。おぉ、その名に栄光あれ!』


 剣が光に包まれ、最上段から打ち込まれる。

 「敵」は実体のない光の翅で身を包みシールドを張る。

 背徳の街を焼きつくした聖句の力を発動させた剣が、敵のシールドと激突した。

 光が爆ぜる。ぶつかり合う力は空間を軋ませ、周囲の瓦礫を塵埃へと変えていく。二つの力はほぼ互角に見えたが、咄嗟に護りに入った敵の方が劣勢だとジュンは確信した。


 そしてすべてが弾けた。




とりあえず公開しましたが、更新は遅いです。すみません。でもお付き合いください。

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