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水の無い川  作者: 京夜
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西瓜と花火と蚊取り線香


新潟の夏は暑かった。


 5月まで道端に雪が残っていたぐらいなので、さぞや夏も涼しいだろうと考えていたが、普通に暑かった。

 梅雨がやや短かったので、7月後半からもう35度近い気温がずっと続いている。

 ただそれでも、東京のような暑さではない。

 東京は、何というかこもった暑さと言うか、排気ガスもあって不快指数が高かった。建物の中に入れば、冷房ががんがんに効いていて涼しいが、好んで外に出たり、窓を開けたいとは思わない。

 それに比べれば、田んぼばかりの新潟は、陽射しは暑くても、吹いてくる風は心地よい。

 目につく緑も多く、蝉の鳴き声もやかましいが、何となく想像していた「昔懐かしい夏の風景」そのままだ。

 それはそれで、楽しいものがある。


 田舎の夏といえば、「西瓜」に「蚊取り線香」に「花火」じゃないか、とイケメン職員遠川くんにお願いしてみたら、


「じゃあ、先生の家で餃子パーティーしましょうよ」


 と返ってきた。

 なぜ私の家で餃子パーティー?


「まあまあ、いいですから。私がぜんぶお膳立てしますから」


 遠川くんが、いつものニコニコ笑顔で言うのだから、任せてみた。

 彼が持ってきた話に、あまり外れがない。



 ちなみに私の家は、病院所有の一軒家。

 駅から歩いて3分という好立地にある2階建て。

 1階は駐車場と物置なので、実質は2階にしか居住スペースはないが、20畳ぐらいのワンフロアで、一人で住むには広すぎるぐらいだ。

 すべてフローリングで新しいし、キッチンもけっこうしっかりしたものが設置されている……私は料理をしないが。

 お風呂場にはちゃんと窓があって、開けると山並みが見えるのが高得点!

 東京にいたときはシャワーばっかりだったけれど、いまはゆっくり入浴するのも、ひとつの楽しみだ。


 ……で、なぜ私の家で餃子パーティーなのかと思ったら。


「花火大会?」

「そうなんです。しかも先生の家から見れます」

「まじか」

「まじです」


 当日の夕方、遠川くんの他に、もうひとり事務の男の子と、お気に入りの可愛い病棟の看護師さんが参加してくれた。

 事務の男の子は酒井くんと言って、遠川くんと同い年で同期らしい。ただどちらかといえば、小柄で可愛い。

 病棟の看護師は、佐々木さんと言ってとっても可愛らしい女の子だ。まだまだ初々しくて、結婚もしてなくて、ちょっとしたアイドル的存在と言うか……正直、嫁にしたい。私も女だけど。


 そんな4人で集まって、キッチンで餃子作りが開始だ。

 花火大会まであと1時間らしい。

 それまでに下準備をしてしまおう。


 どうやら、私の家には何もないものとして、すべて持ち込んできてくれた。

 肉や皮はスーパーで買ってきたものだが、野菜は地元で採れたものらしい。

 調味料やホットプレートまで用意してもらって、申し訳ない。


 私は当然、お酒の準備係だ。各種取り揃えたぞ。


 佐々木さんがエプロンを着て、包丁でとんとんと野菜を切り刻んでいく。

 もう、この光景だけで今日の会をやった意義があるってもんだ。


「佐々木さん、嫁に来てくれ」

「喜んでー、いつでも行きますよー、先生」

「親父だ、親父がいる」

「誰にもやらんぞ、佐々木さんは私のもんだ」


 いや、いいね。

 可愛い看護師さんの料理する姿って。

 いつものきりっとした仕事場の雰囲気とのギャップで、私もイチコロだ。


「先生、もうお酒入っていません?」

「入ってるよ。文句ある?」

「あっ、缶ビール開いてる。早いよ!」


 いいね。大人になって、こうして騒げるのは本当に楽しい。

 自分の家だから気兼ねないし、駅近くのくせに隣家が離れているから、騒いでも怒られない。

 夕暮れも風も心地よくて、ビールを我慢するなんて無理だよ!


 下準備が終わり、出来上がった餡を4人で輪になって皮に詰めていく。


「先生、意外と器用ですね」

「経験がないだけで、不器用じゃないからね」

「手が小さいから、細かいことが得意とか」

「小っさい、言うな」


「先生、コナンちゃんって呼ばれているの知っていますか?」

「なんで、コナン」

「見た目は子供、頭脳は大人」

「子供ちゃうわー!!」


 大人の色気、切実に求む!


 そんなこんなで、準備完了。室内ベランダに移動。

 室内ベランダって何のことかと思ったら、新潟は冬が雪ぶかいので、洗濯物を干すベンダが室内にあるのだ。なるほど。

 床に座り、一面のガラス戸を開けると、スキー場が見える。

 花火大会の会場が、そのスキー場なのだという。


「えっ、冬になったら歩いてスキー場に行けるの?」

「行けますよ。それに浦佐の旅館、温泉ですよ」

「まじか」

「先生、その言葉、好きですね」


 仕事帰りに、スキーを滑って、温泉に入れるの?

 何その贅沢。


「……ここに永住しようかな」

「先生―、ぜひぜひ!」


 佐々木さんにしなだれて、そんなことを言われたのだから、もうたまらない。

 ちょっとおっぱいが腕にあたって、私も大興奮だ。


「やっぱり嫁に来て」

「明日、役所に行きましょー」

「先生、自分の性別忘れてるよ」


 そんな話をしていたら、どこからか案内のような放送が聞こえてきた。


「あっ、始まるみたいですね」

「花火?」

「はい」


 外の景色を眺めていると、すこし長い案内放送が終わり、ちょっとした静寂の後に、1つ目の花火が飛び上がった。


 ひゅっ………………ぱーーっん


 空に一つ、大きな華が咲いた。

 夜空に咲いた、光の華だ。


「おー、きれー……」


 一瞬のきらめきを残して、火花が闇の中に消えていく。

 そして沈黙。


「あれっ? 次は?」

「ここのはね、先生。一発一発、案内をしてから打ち上がるの」

「そうなんだ」


 佐々木さんが解説してくれたとおり、再び案内放送が流れる。どうも、それぞれの花火に協賛してくれた個人や会社の名前を案内しているようだ。

 それが終わるとまたひとつ、花火が上がる。


 まあ、なんと緩やかというか。


 どうも連続で空を彩る花火を「普通」と思い込んでいた。

 そうか、こんな花火もあるのか。


 ビールを一口飲みながら、ひとつひとつの花火を楽しんだ。


「さあ、できたよー。食べようか」

「待ってました!」


 ホットプレートで焼いた餃子が出来上がった。

 焼き立てアツアツだ。


 私は醤油と多めのお酢と少量のラー油派。

 餃子を一つつまみ、口の中に頬張る。

 じゅっと熱い肉汁とともに、あまい野菜の味が広がる。


「……うまっ。えっ、なにこれ。今まで食べた中で一番美味しい」

「うん、美味しいね」

「うまうま」


 なんだろう。

 雰囲気はもちろんある。

 気持ちのいい風の吹いた夏の夜で、豚の置物から蚊取り線香の匂いがして。

 外には花火が上がっていて、気心の知れた友達がいて。

 空きっ腹に飲んだビールでほろ酔っていたりして。


 それにしても、美味しい。

 これは多分、野菜の味だ。

 地元で採れたての野菜って、こんなに美味しいんだ。


「先生、もくもくと食べすぎ!」


 酒井くんがそう言って笑うが、私には何となくひとつひとつが感動だ。


 またひとつ花火が上がる。

 白とか青とか緑とか。ひとつひとつの光を慈しむように見ることのできる、こんな花火もいいものだ。


 あっという間に食べてしまった餃子のあと、ちびちびと日本酒を飲んでいたら、遠川くんが西瓜を切って出してくれた。


「はい、先生。八色西瓜ですよ」

「八色西瓜?」

「地元の名産です」

「西瓜まであるんだ」


 お米、日本酒、蕎麦も「へぎそば」がある。さらに西瓜までか。


 しゃくり、一口頬張ると、冷たい感触のなかに爽やかな甘さが広がる。


「……西瓜も、今までで一番美味しい」

「それは良かったです。今年の夏は暑かったですからね」

「暑いと美味しいの?」

「梅雨が短くて、暑いと、水っぽくない、甘い西瓜になるんですよ」

「あっ、なるほど」


 確か、トマトも水分が少ない所の方が甘くなると聞いたことがある。

 こんなに西瓜はみずみずしい果物なのに、雨が少ないほうがいいなんて不思議なものだ。



 こんな夏の一夜は初めてで、

 こんな時間ならば、ずっと続いてもいい、と心で思った。




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