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水の無い川  作者: 京夜
30/31

別れ 2

今回だけ、「あとがき」と2話連続になっていますので、ご注意ください。




 ずっと往診をしていた駒田大樹さんが入院をした。

 熱が上がって、呼吸が苦しそうで、検査をしたら肺炎の診断となって、入院となった。

 この入院も実は二度目で、前回は何とか良くなったが、今回はどうやら改善しそうにない。

 酸素治療と抗生剤の点滴をしているが、体の状態はゆっくりと下降していた。


 病室のかたわらには、いつもの翠さんが座っている。

 24時間というわけには流石にいかないが、午前中のうちに仕事や家のことをすませ、午後はずっと付き添っている。

 もちろん、話しかけても大樹さんは答えてくれない。

 ただ苦しそうに呼吸を繰り返しているの大樹さんを、翠さんはただ慈しむように眺めていた。


「たぶん、今回は、乗り越えられません」

「……解ります。覚悟はしています」

「お会いさせておきたい方がいらしたら、声をかけておいてください」

「子供たちと夫が、明日には来ると思います」


 翠さんは、そう静かにつぶやいた。



 そして翌日、家族全員が揃うなか、待っていたかのように大樹さんはその長い人生を終えた。

 最後は静かな息となって、眠るようにして呼吸は止まった。


 翠さんも、家族の方も泣いた。

 それぞれに手を握りしめ、身体をさすり、十分に泣いて悲しんだ。


 ネイティブアメリカンの教えで、


「あなたが生まれたとき、あなたは泣いて周りの人達は笑っていたでしょう。

 だから、いつかあなたが死ぬとき、あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている。

 そんな人生を送りなさい」


 そんな言葉を思い出しながら、

 きっと大樹さんは、人生を生ききったのだ、と思った。



 病院から車に乗って、大樹さんが家に帰っていく。

 そのお見送りをしていたとき、翠さんが御礼の言葉をかけてくれた。


「先生、本当にお世話になりました。先生が主治医で、本当に良かったです。有り難うございました」

「いえ……足りないことがたくさんあったと思います。申し訳ありませんでした」

「そんなことないです。いつも親身になって、真剣に対応してくれたこと、心より感謝をしています」

「そう言っていただいて、ありがたいです」


 双方にお辞儀をしあったあと、翠さんがじっと私のことを見つめてきた。

 なんだろう、と思っていると、翠さんはこう呟いた。


「先生は3月いっぱいで大学に戻られるのですよね」

「あっ、はい」

「残念です。今度は私を見てもらおうと思っていたので」

「体調が悪いのですか?」

「そういうわけではないのですが、何かあったら、ね」

「そうですか、私も残念です。残りたかったですし、また戻ってこれたら、と思っています」


 そう言うと、翠さんはくすっと笑った。


「先生は水無川みたいですね」

「えっ?」

「たくさんのきれいな水が流れたと思ったら、消えてしまう。でもいつかまた、流れてくれることを願っていますよ」

「あっ……はい。解りました。ありがとうございます」


 翠さんは私の言葉に、にっこりと笑ってくれた。




 オムレツを一緒に作ったはるかちゃんは、私がいなくなることを知って、ギャン泣きだ。

 外来で泣かれて、泣かれて、大変だった。


「まだ美味しいオムレツを作れなくてごめんなさい」


 とか


「先生、まだ自信がないです」


 とか弱音ばかり泣きながら言っていたけれど、

 頭を撫でながら、泣き止むのを待っていたら、


「……もっと強くなります。待っていてください」


 と最後は言ってくれた。


「うん、待っているよ。いつまでも、どこにいても」


 この思いは今でも、続いている。



 スタッフの人達とは何回か送別会を開いてもらった。

 患者さんとは、外来や往診などで挨拶をして回った。

 ここの人達は、悲しいけれど別れに慣れているところがあって、それほど驚かれずに受け入れてもらえた。

 かえって私のほうが慣れない別れに、胸が痛かった。



 最後の日まで私は働いた。

 家の荷物は週末に新しいところに送ってもらい、それからは駅近くのホテルに寝泊まりしていた。

 だから、最後の仕事が終わった夕方に、ゆっくりと病院の中を挨拶して周り、そのまま新幹線の駅に向かった。

 明日から、大学病院での仕事がある。ゆっくりしている暇はないのだ。


 そんな何時になるか解らない最後だったから、見送りは拒否したけれど、やっぱり圭吾は来てくれた。

 駅まで車で送ってくれて、改札口まで来てくれた。



 浦佐駅はやっぱり人がいなくて、駅員以外は今日も私達二人だけだった。


「送ってくれてありがとう。本当にいろいろありがとう」

「僕がしたかっただけです。見送れて良かったです」

「私も、最後に会えて良かった」


 ちょっとだけ迷ったけど、私と圭吾は抱きしめあった。

 身長差があるから、覆い被されるようなハグだけど、やっぱりとっても温かい。

 離れがたい、な。


 あっ、やば、泣きそう。


「あかりさん、本当に気をつけて」

「圭吾もね」

「また連絡します」

「うん、私もする」

「遊びに行きます」

「私もまた来るよ」

「待っています」

「私も待ってる」


 お互いの背中を叩きあって、そっと離れる。

 いい加減、行かないとね。



「じゃあね」

「はい、また」

「うん、また」


 また、ね。


 私は、荷物を持って歩き始めた。


 改札口を抜け、階段を降りる、その間際にもう一度圭吾に手をふる。

 圭吾も大きく手を振り返してくれる。


 そして、姿が見えなくなる。


 階段を降りながら、私は少しだけ泣いた。

 少しだけ泣いて、そして明日を思う。


 また命を救う、その思いが、悲しみをゆっくりと消していくのを感じていた。




〈水の無い川 終わり〉




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