裸押合大祭 3
浦佐の沿道は、今までで一番の賑わいを見せていた。
男衆が練り歩く中央をあけて、周囲を観客が埋め尽くしている。
雪は降っていないが、まだまだ寒い。
このなかを上半身裸で歩くなんて、尋常じゃないな……。
私は着ていたダウンのポケットに手を入れて、ネックウォーマーに口までうずめた。
そうして待っていると、しばらくして何やら掛け声が聞こえてくる。
最初は何を言っているのか解らなかったが、どうも「さんよ さんよ」と言っているらしい。
凄い参加人数の数だ。
次々と同じ姿をした青年男性たちがやってきて、掛け声を上げて沿道を練り歩く。
その中で、何名もの人が体幹ぐらいある大きなロウソクを、火を灯した状態で抱えている。
誰一人、寒そうにしていない。
そして、その迫力でこちらまで、寒さを忘れてしまった。
「さんよー さんよ」
ゆっくりとした速度で進んでいく。
非日常的な、どこか厳かな儀式の光景だ。
その中に、病院のスタッフ、そして圭吾を見つける。
誰もが真剣で、こちらを見なかったし、私も声をかけなかった。
これから戦いに出るような、そんな緊張感が、あたりを埋め尽くしていた。
場所を移動して、私は先に境内に入った。
翠さんのご厚意で、とても良い場所で、すべての流れを見ることが出来た。
少しずつ、男衆が境内に入ってくる様子。
身を清める池があり、本堂がある。
本堂の前には、同じ恰好をした男性が数名いる。
どうやら、その男性たちが押しかけてきた男衆を選別して本堂に引き上げ、毘沙門様にお参りを許可するのだという。
そうこうするうちに、先頭の集団が我先にと池に飛びこんでいく。
ためらいなく。
池の中で、手を合わせて祈りを捧げ、そして飛び出して本堂に向かう。
その流れが次々に起こり、あっという間に本堂の前は男衆達で埋め尽くされ、押し合いが始まる。
私が先だ、俺が先だ!
と言わんばかりに押し寄せ、先へと進む。
あたりは一気に熱と蒸気が充満し始める。
凄い迫力だ。
掛け声が上がり、歓声が上がる。
やがて、ひとり、またひとりとお堂に引き上げらる。
引き上げられた男達も、喜ぶ間もなく、膝を付き、頭を垂れてお参りをしたかと思うと、すぐにその場を離れて、去っていく。
上がるまでがあんなに大変なのに、本当に毘沙門様の御本尊を眺めることなく、ただ一心に祈り、そして退場していく。
その波が、途切れることなく、続いていく。
もはや誰が誰か解らない波に圧倒され、
私は息をつくのも忘れて見入ってしまい、
時間が過ぎるのを忘れてしまった。
「先生、もう終りに近いですよ」
翠さんが声をかけるまで、意識が飛んでいるような興奮に包まれていた。
「……凄かったです」
「ありがとうございます。また良ければ、来年もいらしてください」
「毎年参加する人達の気持ちが解るような気がします」
「女性も参加できると良かったのですが裸押合いですからね……ほらほら、皆さんきっともう宿舎に戻っていますよ」
「あっ、そうですね。ありがとうございます。それでは失礼します」
そうなのだ、本堂を離れた男達は、そのまま三々五々、それぞれの宿舎に戻るだけ。
そのあたりは、とってもあっさりしている。
私も、急いでもとの宿舎に戻った。
通り道で、身体から蒸気を上げる男達が何名も通り過ぎていく。
まだ興奮冷めやらぬ様子で、どれもいい笑顔だ。
私は宿舎となっている旅館に入ると、そこかしこから帰ってきた人達の声が聞こえる。
私達の部屋からも、声と気配がしていた。
まだ着替えているかな、とそっと中を見ると、すでに着替え終わった人が数名。
どうやら、皆さんまずとお風呂に向かったらしい。
「男同士がぶつかりあって、キレイなわけがないですからね!」
と参加していたスタッフの1人が笑いながらいう。
「先生も明日は大変ですよ」
「なんで?」
「風邪をひいたり、押し合いで出来た傷が膿んだりして、結構受診する人が多いんですよ」
「あー、なるほど」
まあ、そのぐらいならね。
みんな無事そうで良かった。
次々に、お風呂から帰ってきた人達で部屋が埋まっていく。
そして、机に置かれたお酒や料理を飲んで食べていく。
圭吾も、戻ってきた。
「あっ、おかえり」
「ただいま帰りました。どうでした?」
「いや、凄かった。寒くない?」
二人で並んで座って、お酒を注ぎ合う。
「まずはお疲れ様。乾杯」
「乾杯」
二人で一気に飲み干す。
圭吾は飲んだ後に、大きなため息をつく。
ようやく緊張がほぐれてきたらしい。
「寒くないですよ。気を張っている間は。でも帰ってくる時は寒かったですし、お風呂に入ると、身体が冷えていたことを実感します」
「なるほどね。怪我しなかった?」
「擦り傷はやっぱり。お風呂でしみました」
「診ようか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
笑って、お互いに2杯目を継ぎ足し合う。
お腹にも何か入れないとね。
「池に飛び込むのは、さすがに冷たいでしょ」
「それがそうでもなくて。不思議ですよね」
「本当に心頭滅却するんだ……まさか温めてないよね」
「ないです、ないです。普通に水でしたよ」
そんな他愛もない話をしながら、しばらく二人で食べていた。
解散もそれぞれらしく、家に帰る人、別の飲み会に行く人がいて、部屋もまばらになってきていた。
そんな部屋を眺め、沈黙していたあと、私は圭吾に話した。
「こんな時に、ごめん。伝えておかなくちゃいけないことがある」
「……なんですか?」
「今月いっぱいで大学に戻ることになった。残れなかった。ごめん」
「…………」
圭吾は私の瞳を見た後、ゆっくりと視線を外す。
それほど驚いた様子はない、覚悟はしていた顔だ。
でも、でも、解る。
悲しんでいる。
「大事な話がしたいの。どこかで時間をとってほしい」
「……解りました。私はいつでもいいです」
「じゃあ、明日の夜。私の家に来てくれる?」
何度も送ってもらった家。
一度だけ、朝まで過ごした家。
「はい。行きます」
圭吾は、それだけ言って、口をつぐんだ。
私もそれ以上は何も言えなかった。
祭りの喧騒が残るなか、ふたりの周りだけ、静かだった。