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水の無い川  作者: 京夜
28/31

裸押合大祭 3



 浦佐の沿道は、今までで一番の賑わいを見せていた。

 男衆が練り歩く中央をあけて、周囲を観客が埋め尽くしている。

 雪は降っていないが、まだまだ寒い。

 このなかを上半身裸で歩くなんて、尋常じゃないな……。

 私は着ていたダウンのポケットに手を入れて、ネックウォーマーに口までうずめた。

 そうして待っていると、しばらくして何やら掛け声が聞こえてくる。

 最初は何を言っているのか解らなかったが、どうも「さんよ さんよ」と言っているらしい。


 凄い参加人数の数だ。

 次々と同じ姿をした青年男性たちがやってきて、掛け声を上げて沿道を練り歩く。

 その中で、何名もの人が体幹ぐらいある大きなロウソクを、火を灯した状態で抱えている。

 誰一人、寒そうにしていない。

 そして、その迫力でこちらまで、寒さを忘れてしまった。


「さんよー さんよ」


 ゆっくりとした速度で進んでいく。

 非日常的な、どこか厳かな儀式の光景だ。


 その中に、病院のスタッフ、そして圭吾を見つける。

 誰もが真剣で、こちらを見なかったし、私も声をかけなかった。

 これから戦いに出るような、そんな緊張感が、あたりを埋め尽くしていた。



 場所を移動して、私は先に境内に入った。

 翠さんのご厚意で、とても良い場所で、すべての流れを見ることが出来た。

 少しずつ、男衆が境内に入ってくる様子。

 身を清める池があり、本堂がある。

 本堂の前には、同じ恰好をした男性が数名いる。

 どうやら、その男性たちが押しかけてきた男衆を選別して本堂に引き上げ、毘沙門様にお参りを許可するのだという。


 そうこうするうちに、先頭の集団が我先にと池に飛びこんでいく。

 ためらいなく。

 池の中で、手を合わせて祈りを捧げ、そして飛び出して本堂に向かう。

 その流れが次々に起こり、あっという間に本堂の前は男衆達で埋め尽くされ、押し合いが始まる。


 私が先だ、俺が先だ!


 と言わんばかりに押し寄せ、先へと進む。


 あたりは一気に熱と蒸気が充満し始める。


 凄い迫力だ。


 掛け声が上がり、歓声が上がる。

 やがて、ひとり、またひとりとお堂に引き上げらる。


 引き上げられた男達も、喜ぶ間もなく、膝を付き、頭を垂れてお参りをしたかと思うと、すぐにその場を離れて、去っていく。


 上がるまでがあんなに大変なのに、本当に毘沙門様の御本尊を眺めることなく、ただ一心に祈り、そして退場していく。


 その波が、途切れることなく、続いていく。


 もはや誰が誰か解らない波に圧倒され、

 私は息をつくのも忘れて見入ってしまい、

 時間が過ぎるのを忘れてしまった。



「先生、もう終りに近いですよ」


 翠さんが声をかけるまで、意識が飛んでいるような興奮に包まれていた。


「……凄かったです」

「ありがとうございます。また良ければ、来年もいらしてください」

「毎年参加する人達の気持ちが解るような気がします」

「女性も参加できると良かったのですが裸押合いですからね……ほらほら、皆さんきっともう宿舎に戻っていますよ」

「あっ、そうですね。ありがとうございます。それでは失礼します」


 そうなのだ、本堂を離れた男達は、そのまま三々五々、それぞれの宿舎に戻るだけ。

 そのあたりは、とってもあっさりしている。


 私も、急いでもとの宿舎に戻った。

 通り道で、身体から蒸気を上げる男達が何名も通り過ぎていく。

 まだ興奮冷めやらぬ様子で、どれもいい笑顔だ。


 私は宿舎となっている旅館に入ると、そこかしこから帰ってきた人達の声が聞こえる。

 私達の部屋からも、声と気配がしていた。


 まだ着替えているかな、とそっと中を見ると、すでに着替え終わった人が数名。

 どうやら、皆さんまずとお風呂に向かったらしい。


「男同士がぶつかりあって、キレイなわけがないですからね!」


 と参加していたスタッフの1人が笑いながらいう。


「先生も明日は大変ですよ」

「なんで?」

「風邪をひいたり、押し合いで出来た傷が膿んだりして、結構受診する人が多いんですよ」

「あー、なるほど」


 まあ、そのぐらいならね。

 みんな無事そうで良かった。


 次々に、お風呂から帰ってきた人達で部屋が埋まっていく。

 そして、机に置かれたお酒や料理を飲んで食べていく。


 圭吾も、戻ってきた。


「あっ、おかえり」

「ただいま帰りました。どうでした?」

「いや、凄かった。寒くない?」


 二人で並んで座って、お酒を注ぎ合う。


「まずはお疲れ様。乾杯」

「乾杯」


 二人で一気に飲み干す。

 圭吾は飲んだ後に、大きなため息をつく。

 ようやく緊張がほぐれてきたらしい。


「寒くないですよ。気を張っている間は。でも帰ってくる時は寒かったですし、お風呂に入ると、身体が冷えていたことを実感します」

「なるほどね。怪我しなかった?」

「擦り傷はやっぱり。お風呂でしみました」

「診ようか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 笑って、お互いに2杯目を継ぎ足し合う。

 お腹にも何か入れないとね。


「池に飛び込むのは、さすがに冷たいでしょ」

「それがそうでもなくて。不思議ですよね」

「本当に心頭滅却するんだ……まさか温めてないよね」

「ないです、ないです。普通に水でしたよ」


 そんな他愛もない話をしながら、しばらく二人で食べていた。


 解散もそれぞれらしく、家に帰る人、別の飲み会に行く人がいて、部屋もまばらになってきていた。


 そんな部屋を眺め、沈黙していたあと、私は圭吾に話した。


「こんな時に、ごめん。伝えておかなくちゃいけないことがある」

「……なんですか?」

「今月いっぱいで大学に戻ることになった。残れなかった。ごめん」

「…………」


 圭吾は私の瞳を見た後、ゆっくりと視線を外す。

 それほど驚いた様子はない、覚悟はしていた顔だ。

 でも、でも、解る。

 悲しんでいる。


「大事な話がしたいの。どこかで時間をとってほしい」

「……解りました。私はいつでもいいです」

「じゃあ、明日の夜。私の家に来てくれる?」


 何度も送ってもらった家。

 一度だけ、朝まで過ごした家。


「はい。行きます」


 圭吾は、それだけ言って、口をつぐんだ。

 私もそれ以上は何も言えなかった。


 祭りの喧騒が残るなか、ふたりの周りだけ、静かだった。



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