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水の無い川  作者: 京夜
25/31

スキー  3


 翌朝早くに叩き起こされた。

 ガチなクラブというのを忘れていた。関さんの言っていたとおり、本当にリフトが動き出す一番に乗り込み、滑るのだという。

 まあ幸い早くに寝ていたので眠くもなければ、マッサージのおかげか体調もいい。

 天候も夜中の雪がやんできて、晴れ間がのぞき始めている。絶好のスキー日和だ。


「さあ、今日も滑りますよ」


 関さんのテンションの高さも、今日は同感だ。

 私も早く滑りたい。


 昨日同様に、いきなり頂上に向かうことになった。

コンドラの入り口で待っていたが、本当に私達が一番乗りだ。

 リフトに乗り継ぎ頂上につくと、そこは一面の新雪で、まだ誰も踏み込んでいない斜面が広がっていた。


「きれい……」


 さすがに、これは初めて。

 なにかのテレビで、山の頂上から滑降するスキーヤーの画像を見たことがあるが、気持ちは同じかもしれない。規模は違っても、ワクワク感がすごい。


「さあ行きましょう。せっかくですから、先生、一番手どうぞ」


 一番手という言葉に戸惑ったが、ここで待っていたら他のお客さんに一番手を奪われてしまう。


「ありがとう。では行ってきます」


 頭を軽く下げて、私は滑り始めた。


 最初は速度を上げて、そしてターン。

 その時、私は空を飛んだのかと思った。

 雪が柔らかくて、ターンをした時にふわっと自然に身体が浮かんだのだ。


 ああ、解る。思い通りに滑れる。

 これは楽しい!


 ターンのたびに雪が舞って、きらきらと輝いて。

 本当にただひとり、雪山を滑走しているような爽快感を感じた。


 夢を見ているような、あっという間の出来事だった。


 永遠のような一瞬な時間を過ごし、

 私は麓に降り着いて、ゴーグルを外した。


「はぁ、はぁ」


 呼吸を忘れていたかのように、肺が酸素を熱望する。

 それすらもが心地よかった。

 山の頂を見上げると、次々に滑っているスキーヤーを見かける。昨日と変わりない光景だったが、この一本は間違いなく今までで一番の一本だった。


 ざぁっ、と次々に仲間たちが近くで止まっていく。


「先生、どうでした」


 近くに止まった関さんが聞いてくる。

 彼の笑顔がすべてを物語っている。


「最高でした」

「でしょ? さあ、また行きましょう」


 これはね、夢中になるよ。


 私は自分の体力も忘れて、夕方遅くまで滑り続けた。




「もう無理、明日は無理」


 明日は帰る日だが、午前中に滑ってから帰る予定らしい。さすがガチクラブ。

 だが、私の身体は疲労を訴えていた。

 昨夜同様、お風呂に入り、夕食を食べ、そして私はまたマッサージを受けていた。


「別に明日は全員が滑るわけではないですよ。一緒にお土産でも見ますか?」

「そうする……」


 病棟や外来の人たちにお土産を買わなくちゃね。

 それにしても、彼も疲れているだろうに、嫌な顔ひとつせず今日もマッサージをしてくれる。しかも、昨日よりもよりしっかりと。

 疲れを残さないようにしてくれているのだろうけど、申し訳ない。


「でも何かね、もう、このマッサージなしでは生きていけないような」

「大げさですよ」

「いや、それぐらいありがたい。今までマッサージのこと、甘く見ていたよ」

「またいつでもやりますよ」

「うぅ、申し訳ないけど、頼んでしまいそう」

「どうぞ、どうぞ」


 彼はいつもの笑顔でそう甘やかしてくれる。

 うーん、ありがたいけど、何か返したい。


「今日こそはマッサージをしてあげるよ」

「大丈夫ですよ」

「なら今度、お酒をおごる」

「気にしないでください」

「……やっぱりおっぱい揉む? こんなので良ければ」

「冗談ですよね?」

「いくらか本気」

「………………他の人にはそんな事言わないでくださいね」

「他の人には言わないよ」


 そういうと、圭吾はしばらく黙ってしまった。

 うつ伏せになっているので、表情は解らない。

 でもきっと、言葉の意味を考えているのは気配でわかる。


「からかう気持ちじゃないよ。素直な気持ち。いつもね、本当にありがとうね」

「…………私の方こそ」

「私、何か返せてる?」

「はい」

「……それならば、良かった」


 春が来たら、別れが来るかも知れない。


 つい先日、医局からは希望を聞かれた。

 もう一年、続けたい。ただ、医局の方針に従います、と答えた。

 どうなりそうかまったく情報はもらえなかったが、他の同期たちに聞くと、大学病院でひとつ新たな部署が新設されそうで、人手を集める話があるという。

 そうなると、戻らされる可能性は高いと思う。

 大学は残念ながら自分のところをまず一番に考える。そして、間に立つ調整役の人が、外の希望に応えられなくて苦しむのだ。

 もちろん、人を送ってもらえないところが、いちばん大変なのだけれど。


 だから、私はこの関係に名前をつけることが出来ていない。

 いつかはきっと、はっきりとさせないといけない日が、たぶんすぐそこまで来ている。


 ただ今は、この時間がとても、愛しかった。



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