スキー 2
スキーを終えて、すぐに大浴場で汗を流し、すぐに大広間で夕食。
今度は我慢することなく、乾杯の後にすぐに生ビールを一気に飲んだ。
「かぁー! 運動の後のビールはうまいなぁ」
「……この見かけとのギャップのある言動。私達は慣れましたけど、公共の場では控えたほうがいいような気もします。何か捕まりそうで」
「捕まらないよ……」
いい加減慣れたけど、いつまでたっても言われるね。少しは見かけも成長したはずだけど、今は化粧もすべて落として、髪も洗った後だしなぁ……。
「先生、明日を楽しみにしてくださいね」
語りかけてきたのは、右斜め前に座る幹事の関さんだ。彼は、ほぼ休憩せずに滑り込んでいた。本当にガチのスキーヤーだ。
「楽しみって?」
「さっき雪が降り始めていたじゃないですか」
「あっ、そうですね」
「明日は新雪を楽しめますよ」
「はい」
「リフトを一番にのりましょう。ぜひ先生にも、あの新雪の滑りを体験して欲しい」
「……わかりました」
関さんのテンションの高さがわからない。確かに、新雪を滑った経験はそうはないが、それでもスキー場で雪が降っていたことはあるし、一部に新雪が残っていて踏み込んだこともある。
柔らかいなぁ、と思ったけど、それほどのものかなぁ。
まあ、明日の楽しみにしようか。
「うーん、でも久しぶりの運動で、筋肉痛になりそう。明日滑れるかなぁ」
見かけはどうであれ、身体は嘘つけない。
それほど最近は運動をしている身体でもないしね。
「あっ、よければマッサージしましょうか」
そう言ってくれたのは、横に座る圭吾だ。
「あっ、やってやって! ……あっ、でも圭吾も疲れてない?」
「大丈夫ですよ。得意なんで任せてください」
美味しい店を知っていて、運動もできて、フォローもできて、お酒も飲めて、イケメンで、高いところの物も取れて、マッサージまでできるのか……。
「一家に一人欲しいなぁ」
「私ですか?」
「うん」
「……まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいです」
そう言って、彼はいつもの笑顔を浮かべてくれた。
寝てしまってもいいように、とマッサージは私の部屋でやってくれることに。
4人部屋だけど、他の部屋員たちは再度お風呂にでかけたり、もう少し飲みに他の部屋にでかけたりして、圭吾と二人っきりになってしまった。
まあ、もはや気にする間柄でもないが。
「じゃああかりさん。うつ伏せになってもらっていいですか?」
「はいよー。手はどうしたらいい?」
「好きな体勢でいいですけど、腕もほぐしますので、できればやや下の方に」
「了解」
「ごめんなさい、上に乗らせてもらいますね」
うつ伏せになった私の上に圭吾が乗ってきた。とはいえ、ほとんど体重はかけてきていないので、体勢的にきつくないかな、と心配にはなったが。
「最初は首からいきますね」
そう言いながら、大きくて柔らかな手が後頭部に近い、首の付根をゆっくりとほぐし始めた。
やってもらうと解るけれど、このあたりはほぐしてもらえると凄く気持ちがいい。医学的にも肩の筋肉が最終的に付着している部分で、実はこりやすい場所なのだ。
「あっ……気持ちいい……」
「それは良かったです……ただあまり色っぽい声で言われると……」
「外で聞いている人がいたら、勘違いしそうか」
「はい」
「でも、上手。気持ちいー」
圭吾もこんどはクスっと笑ってくれた。
首から肩にかけてゆっくりともみほぐすと、今度は背中から腰の筋肉をほぐしていく。
「あ゛ぁ……そこ、いいわ……」
「こってますね。やっぱり身体は年齢相応と言うか」
「うるさい」
そう言いながら、圭吾は丁寧に揉みほぐしてくれた。
なんか温かい手に気持ちまでゆっくり解けていくようだ。
「寝てもいいですからね」
「……寝てしまいそう。もし寝ちゃったらごめんね」
「いえいえ、どうぞ」
「寝ちゃったら、ちょっとぐらいなら襲ってもいいから」
「……これで十分です」
「……いま、私、襲われているの?」
「絶対に違いますけどね」
人の手って不思議だ。
「手当て」という言葉がある。
医療でも、ちょっとした傷の処置をしたりする時に「手当てをする」と言ったりするが、まさに「手を当てる」ことが医療なのだ。
人のぬくもりが、身体を心を癒やしてくれる。
そして、それはもしかしたら、手を当ててる方もまた、同じ癒やしがあるのかも知れない。
「……あの、もしかしてブラしていないのですか?」
「今ごろ気づいたか。お風呂出たら、Tシャツにパンツに浴衣よ」
「…………」
「ささやかだから、誰も気づいていないって。今だって背中を触ってようやく気づいたんでしょ」
「まあ……そうですが」
「仰向けになって、胸をマッサージする時は言ってね」
「……やりませんよ」
「かろうじて、洗濯するようにはならないと思うよ」
「言いながら泣かないでください」
「うるさい」
当たり前だけど、異性にマッサージしてもらうのは初めてだ。
こんな軽口を叩いているが、私は処女だし、胸を触られたこともない。
なんだろう、信頼なのかな……。
圭吾は腕から指先まで、足も付け根から足の指先まで、丁寧にほぐしてくれた。
たぶん、40分ぐらいか、それ以上かけてくれたと思う。
「終わりましたよ」
「……ありがとう。本当に楽になった」
「それは良かったです」
「お返しにマッサージをしてあげたかたけど、もう無理そう。寝ていい?」
「もちろん」
圭吾はにっこり笑って、布団をかけてくれた。
「電気は皆さんが帰ってくると思うので、そのままでもいいですか?」
「大丈夫。ありがとうね」
「どういたしまして」
そう言って、圭吾は静かに出ていった。
ありがたくて、申し訳ない。
何かを返してあげたい、と思いつつ、私は疲れもあってそのまま眠りについてしまった。




