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水の無い川  作者: 京夜
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年越し


「先生、お願いします!」

「はい、行きまーす」


 当然のように、今年の年越しは当直となった。

 まあ、家族のある方には優先的に休みをとってもらうことには異論はないし、当直料もちょっと上がっているので、不満はない。

 ただ、甘く見ていた。

 いつもより少し多い程度だろうと思っていたが、そんなこととはなかった。


 患者さんがひっきりなしだ。


「先生、風邪の人です」

「はーい」

「先生、ころんだお子さんです」

「はい」

「喘息発作です」

「はいはい」


 みんな、年越しはゆっくり家で休んでいようよ。

 まあ、いつもと違うことしちゃうのも解るし、病気になったら病院に来る気持ちもわかるけど。


 さいわい看護師さんは複数いてくれているので、私はとにかく診察をして指示を出す。

 出しまくる。

 いつもならば、ひとつのブースしか使っていないが、今日は3つのブースを使って、次々に部屋を変えて、かけもちで診察だ。

 そうでもしないと、さばけない。


 ああ、私も成長したもんだ。

 ここに来た時は、ひとり診るのにずいぶんと時間をかけていたけれど、今ではこうして何とかさばけるようになっている。

 見逃しがないか心配はあるが、本当に心配な人は一泊でも良いから入院させているので、まず大丈夫だろう。

 とはいえ、すでに3名入院させていて、病棟には上がれていない。

 まあ、何かあったら連絡があるか。


 夕食の時間が過ぎたが食べる時間もなく、私はとにかく押し寄せる患者さんを診るだけで精一杯だった。


 風邪の中にときおり肺炎が隠れていたり。

 喘息の発作が思いのほか、重症だったり。

 その一方で、擦り傷ぐらいでも心配できたり。

 まあ、いろいろだ。

 でも、ここは本当に必要とされているのだな、と実感する。

 私も何とか役に立っているかな、と思える。


 午後10時をすぎると、さすがに途切れる時間ができてくる。

 これが朝まで続くかと思ったよ……。


「先生、今のすきにご飯を」

「そうだね。ありがとう。ちょっと食べてくる」


 とは言っても、当直前に買っておいたサンドイッチだ。

 こうなるかな、と思って手軽に食べられるものにしておいてよかった。

 当直室のベッドに座り込み、ひとつだけ大きな息をつく。

 まあ、すぐ呼ばれるだろうから、とにかく食べてしまおう。


 サンドイッチを野菜ジュースで流し込み、トイレもすましてしまう。

 休憩したいところだけど、患者さんが溜まっているかも知れない。

 私は一度体を伸ばして、すこし首を回し、気持ちを再度高める。


「さあ、もうひと頑張り」


 私はすぐさま、外来へと戻った。


「先生、救急車が来ます」

「何の方?」

「血を吐いたそうです」

「……バイタルは?」

「血圧は150とむしろ高めだそうです」

「そう、なら良かった」


 救急車は断らない。というか断れない。

 他に搬送先がないのだ。

 より高度な医療が必要な場合でも、ここで診察をして判断をして転送先を見つけて、送り出す。

 まずとにかくここで診ないといけないのだ。


 運び込まれたのは83歳のおばあちゃんで、かわりはなかったのに夕食後に突然吐き出して、吐いたものが黒かったとのこと。

 膝の痛みで整形外科に通院歴があり、痛み止めも出ている。胃薬も併用されていたが、痛み止めで潰瘍ができている可能性が高い。


「バイタルは安定しているし、腹部も圧痛はないか……。ポタコールで補液を開始して、血算をチェックしよう」


 看護師さんに指示を出している間に、患者さんが嘔吐する。

 少量だが、確かに黒色だ。凝血塊。


「…………胃カメラやっていい?」

「用意します」


 いま現在、出血をしているならば止めないといけない。そのためには覗くしかない。

 看護師さんの手間を考えると、夜間の胃カメラは躊躇してしまうが、看護師さんはすぐさまに応えてくれた。

 本当に優秀で、責任感のあるスタッフが多くて助かる。

 あとで差し入れしよう。


 緊急内視鏡で胃の中を覗くと、確かに潰瘍はできていたがすでに止血されていた。

 胃の中に溜まった血で、吐いてしまっただけらしい。


「このまま、入院で。絶食にしてPPIを静注でいこう。輸血は血算の結果を見て考えます」

「はい」


 家族に説明をして、指示を出し、カルテを書いていたら看護師さんが声をかけてきた。


「先生、あけましておめでとうございます」

「……年越した?」

「はい、先ほど」

「うん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「はい、こちらこそ」


 疲れているはずの看護師さんなのに、そんな様子も見せずににっこり笑ってくれた。



 結局この晩、私が眠れることはなかった。


 総患者数128名、入院6名、救急車8台。


「はい、お疲れさん。あとはこちらで診ておくから。ゆっくり休んで」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 年上の先生に申し送りをして、私の当直は終わった。


「つっかれた……」


窓から見える景色は相変わらずの雪景色だったけれど、その静かな光景は心をゆっくりと落ち着かせてくれた。


 何というか、大変な当直だった。

 でも、これがここでは毎年のことで特別今年が多かったわけではないらしい。

 田舎と言っても……いや田舎だからこそ、救急は必要なんだな、と心の底で実感する。


 そして、私もきっとその役に立てたのだろう。

 たかが医師3年目のペーペーだけど、それでも助かった人はきっといるはず。


 そんな実感がゆっくりと、身体を満たしていくような気がした。



「このままここにいると寝てしまいそう……」


 重い体を起こして、家に帰ることにした。


 そして、明後日もまた当直だったな……と思い出しつつ……。


 それでも心からゆっくりと気力が湧いてくるのを感じていた。



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