方言と外来
1話だけで間があくのも何なので、翌日投稿します。
ストックはそれほどないので首を絞めそうですが、今回は短いので……。
ここでの初仕事は、いきなりの外来だった。
1-2年目は病棟業務が主だった。当直を含めて外来をしてこなかったわけではないが、大学病院では外来担当といえば上級医の役目だった。
聞いてはいたが、3年目の私がいきなり内科外来のブースを1枠担当するのは、何というか、不安が大きかった。
「先生、大丈夫ですよ。気楽に」
そう美人な看護師さんが笑ってくれた。
新潟県、イケメン・美人の割合が多くないか?
外来の看護師さんたち、私にはみんな可愛く見えるぞ。
少し年配の人もいたが、それでも肌が綺麗だ。
声をかけてくれたのは、私の担当となる長谷部さん。
20代後半と思われる、ゆるふわウェーブの美人さんだ。
「再診の人は、前と同じ処方を出せばいいし、初診で困ったら隣のブースの先生に聞けばいいんです」
内科は3つのブースがある。
隣の先生は、経験豊かな男性の先生だ。上司に当たるのかな、とはいえ怖い雰囲気ではない。聞けばきっと優しく教えてくれるだろう。
待合の様子を見ても、それほど慌ただしくはならないと思われた。
私は息を整え、開始の時間を待った。
「じゃあ、先生。始めますね」
長谷部さんがそう言いながら、ブースの扉を開けて、一番目の患者さんを呼び入れた。
入ってきたのは、80歳ぐらいのおばあちゃん。白髪ですこし腰も曲がっているが、歩きは確かで、しっかりしている。
「あれぇ、まあ可愛い先生だぁ」
おばあちゃんは、私の姿を見て、いきなりそんな事を言った。
言っていなかったが……いや、言いたくはなかったが、私は身長が低いだけではない。
童顔なのだ。
ツルペタではないが、かろうじてなだらかな丘があるだけの幼児体型なのだ。
見れば顔立ちは整っている方なのだろう、が、いかせん27歳ならばあるべき大人の色気がまったくないのだ。
ちくしょう。
「岡田さんですね。私は新川といいます。よろしくお願いします。今日はどうしましたか?」
私は営業用スマイルを貼り付けつつ、できるだけ優しく問いかける。
おばあちゃんは、よっこいしょ、と向かいの椅子に座った。
「先生―。腹が難儀でおごったわぁー」
「……はい?」
なんぎでおごった?
奢られた? 驕る? …………いや、そもそも日本語?
私が何を言っているのか解らず、混乱をしていることが解ったのだろう。看護師の長谷部さんが解説をしてくれた。
「先生、『腹が難儀でおごった』というのは方言で、『お腹が痛くて困った』という意味なんです。正確なニュアンスはまたちょっと違いますけど」
「方言なんだ」
「方言なんです」
本当にびっくりした。
何しろ、こちらに来てから何名かの人とは話したが、方言を感じることはほとんどなかった。いくらかイントネーションの違いを感じる程度で、まったく支障はなかった。
大学時代には関西弁の友達もいたし、東北訛りだって、解らないほどではなかった。
「お年寄り方はみなこんな感じなのですか?」
「いえ、そんなに方言はないですよ。わずかなんですけどね。『おごった』は私達もよく使いますよ」
「……使うんだ」
確かに、その後はそれほど方言に困ることもなく、外来をこなすことはできた。
『難儀』はそのまま『難儀』の意味で大きくは違わないようだ。
ただ、『おごった』は、たしかに強いて言うなら『困った』だが、どうもそれだけではないようだ。
「それはおごったわー」
と言われた時、また意味がわからなかったが、どうも驚きを示すときにも使われるらしい。
方言、あなどれん。
よし、ぜひ私も使ってみよう。
まあ、下手な方言の使い方で笑われたが、
可愛がられた。
ちくしょう。