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水の無い川  作者: 京夜
19/31

雪国


新潟は豪雪地帯とは聞いていた。

 聞いてはいたが、聞くのと経験するのとは大きな違いがあった。

 12月中旬から降り始めた雪は、むしろ暖かいがゆえに湿り気を持ち、吹き飛ばずにしずかに積もっていく。


 昨日も降る。

 今日も降る。

 明日も降る。


 気づいたら、雪は2mの高さになっていた。


「…………雪を甘く見ていた。こんなに降るなんて……」

「ああ、太平洋側から来ると、そう思いますよね。でもね先生、今年はこれでも少ないほうなんです」

「…………2mで?」

「はい。多い年は3mとかいきます」


 私2つ分かよ……。完全に埋まったら、春の雪解けまで行方不明だな……。


 生活しづらいかと言うと、そうでもない。

 道路には融雪パイプからお湯が出てきていて、雪は常に溶かされているし、パイプのないところも夜間帯にはブルドーザーが除雪しており、交通に不便はない。

 新幹線だって、想定内なのだろう。遅延一つしていない。


 ただ、どうしても長靴、スタッドレスタイヤ、雪下ろし用のスコップは必需品だった。


「先生も雪が降る前に買っておいた方が良いよ」


 と言われてわけも分からずに購入しておいたが、これがなければ生活できない。


 朝、車で通勤し、病院の駐車場にとめて夜帰ろうとすると、駐車場にはいくつものかまくらが出来上がっている。

 車ごとに、雪が積もって埋まっているのである。

道路は除雪されているが、車に積もった雪は溶けずにつもり、そんな不思議な風景が出来上がるのだ。


 何となく笑えてきて、私は夜中に変な声を上げながら、車からスコップを取り出して除雪した。



 当初は雪が降ると嬉しくなって、


「みんな雪遊びしないの?」


 と聞いたが、みんな一様に不思議そうな顔をする。


「雪は遊ぶものじゃなくて、おろすものだよ」


 と返答される。

 そういえば新潟で雪合戦は一度も見なかったし、雪だるまもほとんど見かけなかった。

 むしろ屋根からの雪下ろしをして腰を痛めた方や、転落をして救急にかかる方はおみかけした。

 どうも、雪の少ない地域からきた人が、雪に大喜びをする様子は、生温かい視線で眺められていたらしい。

 彼らにとって雪は仕事なのだ。



 このあたりでも、さらに山奥に入った山村は、冬になると完全に閉ざされる。

 よくそれで生活ができるな……と心配になるが、毎年のことでそれほど問題でもないらしい。むしろ、春になるとたくさんの山菜が芽吹き、それを収穫して販売しており、それなりに裕福だという。

 ただ、ご高齢の方はそういうわけにもいかず、冬の間だけ入院をしていただくことになる。

 通称、「年越し入院」。

 そんな入院が入り始めると、


「冬が来たね」


 と風物詩のように語り合っていた。



 私も一度、その季節に新幹線に乗って東京を往復することがあった。

 東京についた時に、たったひとり膝まである長靴を履いている私は、ものすごい場違い感があった。新潟にいた時に普通だったのに……。

 そして、帰る時。

 新幹線の窓の光景が、ずっと町並みや畑が続いていたのに、新潟に入る山のトンネルを抜けると、まさに川端康成の「雪国」の風景そのままが広がっていた。


「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」


 景色が一変するのだ。

 急にあたりが真っ白になる。

 あの光景は忘れられない。



 そして、この雪が積もり、春になり雪解けていく。

 夏の間、本当に水の無くなった「水無川」に水が流れ始め、大地を潤していく。


 お米が作られ、お酒が作られ、山菜が芽吹き、西瓜が実る。


 いくつもの自然の条件が重なってできた、私は奇跡だと思うのだ。


 私は経験したことのない「雪」を、心から楽しんだ。




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