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水の無い川  作者: 京夜
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往診 2


 往診といえば、ひとつとても印象深い出来事があった。

 浦佐の街から遠く離れていて、定期往診している区域ではないが、臨時の往診を頼まれたことがあった。

 主治医である診療所の医師が不在のため、代わりに在宅で亡くなった患者さんの死亡診断をしてきて欲しい、とのことだった。


 あらためて思ったが、すべての死に医師は関わっている。つまり、死亡が診断されるまで、人は死と認められないのだ。

 たとえ息をしていなくても、心臓が止まっていても、医師が診断しなければ「亡くなった」とは言えない。

事実、冬の湖に落ちて、心臓も呼吸も止まり、冷たくなった人がいらした。だれもが亡くなったと考えたその人は、搬送された救急病院で蘇生を受け、無事に生き返った。冬の水で、急激に冷やされていたのが返ってよかったのだという。

死かどうか判定するのは、意外に難しかったりするのだ。

 そして、医師のとても大事な、そして神聖な行為だと思う。


 私は車に揺られながら、外の景色を眺めながら運転手さんの話を聞いていた。

 このあたりは、亡くなられた病院の創設者の1人が往診をしていた地区だという。

 このあたりも冬になると大変な雪が積もるが、その先生はかかさずに雪を踏み分けて往診を続けていた話が、今も語り継がれているという。

 医者に対する尊敬と、そうして医師の死を早めてしまったのではないか、という反省の気持ちが地元の住民に深く残されているとのことだった。

 なので、こうした先生の休みの日には、遠方から我々が呼ばれたりするのだ。


 長い道のりを経て、家の前につくと、思わぬ光景が広がっていた。


「……え?」


 黒い服を着た弔問客と思しき人達が、あわただしく用意に駆け回っていたのだ。

 ……まだ死亡診断してないけれど……。


 家の中に入ると、家族の方が出迎えてくれて、部屋に案内される。

 そこには、弔問客が畳に座り、順番にお線香をあげている姿が……。


 患者さんは仏壇の前に布団が敷かれ、そこに横たえられているのだが、すでに顔の上には白い布が被せられている。


 やっ、やりづらい……。


 私は弔問客に頭を下げつつ、患者さんのかたわらまでいって座る。

 患者さんに一礼した後に、布を取り、布団を一部あけて、瞳孔の散大、呼吸停止、心停止を確認して死亡を確認する。


「午前9時32分、死亡を確認しました」

「先生、ありがとうございました」


 家族の方が頭を下げると同時に、弔問客の方もいっせいに頭を下げる。


 感謝されるいるのは解るが、なんとも居心地が悪くて、私はそうそうに退散した。


 つまり、亡くなったのは夜半過ぎで、家族や近くの方にはすぐに話しは伝わった。しかし、こんな夜中に先生を呼ぶのはしのびない、と夜が明けてから声がかかったのだ。

 まあ、確かに早く来たからと言って結果が変わるわけではないが……先生へ無理をさせない、という思いがここまであるのか、というのがびっくりした。


 おそらく、その先代の先生……病院を立ち上げた3人のうちのひとりの先生が、本当に親身になって診療を続けられ、築き上げた信頼なのだろう。

 論文にも、ニュースにも取り上げられない1人の医師の診療。


 そこに、私は深い尊敬の意を捧げた。



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