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「まぁ!よく似合うわ」
「妃陛下。私」
「お義母様で良いのよ。リリアーナ。あなた元は良いのだから着飾らないと」
「私は侍女ですし…陛下」
「ごめんね、リリアーナ。ロルフが迎えに来るまで少し付き合ってあげて」
「…」
「あー!ダメよ、リリアーナ。そんな顔したらベルみたいになってしまうわ。眉間にしわ寄せては殿方に嫌われてしまいますよ」
「公爵夫人ですか?」
「ええ。いつも藪睨みに睨んでたわ。本当に綺麗な顔なのに勿体無いと思っていたのよ。」
「…」
「結局テオが家のことを考えて結婚したけど、やっぱり愛のない結婚はダメね!」
「はぁ」
「リリアーナ。次はこれを着てみて」
「ひ、妃殿下?!私」
「こう言うピンクのドレスも可愛い!どう?」
「(行き遅れにはきついひらひら…)あ、の」
「カリーナ」
「なぁに、ウィリアム」
「時間切れだよ」
「まぁ!ロルフ」
涼しい笑みを浮かべて殿下が現れる。朝、妃陛下専属の侍女に拉致されて昼過ぎに殿下に助けられると言うルーティンが最近出来上がってしまっている。…本当に申し訳ないです。でもこの方は人の話を一切聞いてはくださらない。身分の最上位の人が、本当に全然聞いて下さらない。会話が成立しなくて泣きそうになる。見慣れた同僚からは「嵐去るまで待て」のハンドサインを頂き「本当に申し訳ない」と妃陛下付きの上役が耳元で囁いてくれる。本当に大変そうだ王妃宮は。
何かあったら逆らわず、すぐアグノア又は他の侍女従事護衛騎士からブレア様へ連絡するようにする。で王太子殿下が現れる。助けられる。これがブレア様が考えた最良の策。
いつも同席される王陛下は申し訳なさげに笑うのみ。妃陛下が困ることをした時のみ注意はしてくださる。出来れば止めていただきたい。
「妃陛下」
「もう来たの?」
「リリアーナ」
「申し訳ございません、殿下」
「ん?」
「汗が」
「気にしなくていい。無事でよかった」
「リリアーナは私の親友の娘ですよ。無事ってあなたは大袈裟ね!それより何か言うことなくて?」
「何か?」
「もう!その無愛想なの誰に似たのかしら?可愛いでしょ?」
「…妃陛下の趣味ですよね?リリアーナの美しさに見合ってないな」
「な?!」
「王太子殿下。夜会用のドレスなど侍女のわたしには勿体無いものですわ」
「そ、そうよね!可愛いドレスを着れてリリアーナも喜んでるわよ!」
「妃陛下」
「…何よ!」
「リリアーナには関わらないようにと再三申しました。リリアーナは私の筆頭侍女です。あなたの配下ではない」
「でも!リリアーナは私の親友の娘よ!」
「親友、ね」
「何、よ」
「まぁいいです。そんなことより公として働くリリアーナを私的に使うのはやめていただきたい。この者は忙しいのです。あなたの様に暇ではない!」
「私だって」
「日がな、寵臣と茶会三昧は仕事とは言いません」
「私は好きなようにするわ!貴方に何がわかるの?!」
「妃殿下…殿下?」
「リリアーナは心配しなくていいよ。すぐに着替えて。アグノア 」
「はい。参りましょう、リリアーナ様」
「ダメよ!今日の夜会にリリアーナと一緒にでるの。母娘でね」
「え?!」
「良いわよね?ね!」
「い、え。私は」
「私の言うこと聞いてくれなの?」
「い、え!あの」
「ベルに何か言われたのね?!酷い人!」
「公爵夫人には何も。それどころか何年もお会いしていません。陛下。私は」
「嘘よ!そうやってまた私を仲間外れにするのよ!やっぱりベルね!酷い人!私の邪魔ばかりして」
「あ、」
「何?!言いたいことがあるなら仰って」
「いえ」
「っ!」
「陛下?」
「貴方も!!!男爵家の娘だって私のことを馬鹿にしているのでしょ?!」
一瞬何がおきたかわからなかった。ああ、お茶をかけられたとかと思った時には髪も服も水気を含んでいた。まぁカップ一杯の水だからそんなに凄惨なごとにはなっていないけど。
にしても…このなさりようは些か気になる。特に逆らう言動はしていないはずだ。同意しないことに叱責されても激昂されることはない。ましてやお茶をかけられることはしていないはずだ。陛下を始め王太子殿下も少し使用人に厳しい王后殿下ですらそこまでではない。正確に言えば優しい厳しさなのだ。特に城勤には。最近特にその傾向が強かったはずなのに。ここは違うのかもしれない。王妃陛下は普段優しいが元々カンの強い人とは聞いていた。この状態なら王妃宮て働くものはと思案して王妃宮の筆頭侍女に目配せする。青い顔で小さくうなづく。腕をさするところを見ると見えないところに傷があるのだろう。ハンドサインすら出来ない重々しさに目の前が暗くなる。と、「リリアーナ様」と声をかけられて声の先を見る。アグノア が真っ青な顔でブレアを見ている。
ブレア様が止めているのは殿下で…殿下の先には両陛下。いけない!
「殿下!」
「ブレア!!!離せ!!!」
「な、何?!母親に向かって!」
「ブレア!!!!!!!」
「リリアーナ殿!止めて下さい!!!私だけでは!」
「殿下!殿下!!落ち着いて下さいませ!私なら大丈夫です!!!」
「何か、大丈夫だ」
「大丈夫ですから!」
「リリアーナを泣かすものを私は!」
「っ!!や、やめて!ヴィニー!!!」
あの日。王太子殿下の意味を理解できない前に呼んでいた名前。剣に手をかけていた殿下が此方を向く。
昔とちっとも変わらない。美しい空の色。なのにいつも曇り空の様にどんよりとしている。昔より少しマシになったのにとそっと頬を撫でる。この瞳が曇っているのは半分私が泣いているせいだろう。殿下はお優しいからと思いながら剣を持った手に触れる。そして子供の時の様に抱きしめて「ヴィニー、落ち着いて」と呟く。
昔からこの人はよく私の為に喧嘩をしていたなぁと殿下の頬に流れる汗を拭きながらはたとする。今、私侍女!公爵令嬢ではない!!!
「も、申し訳ございません」
「っ」
「殿下?!どうなされましたか???辛いところがおありなら」
「リーア」
「殿…?」
声をかけようとした瞬間、ブレア様が肩を引く。かなり強い力で殿下ごと!驚いてそちらを見るとにこりといつも通り笑われていたので少しだけホッとする。これはこのまま殿下ごと退室しろってことだろう。
「申し訳ございません。陛下、殿下は少々疲れている様です」
「あー…本当に。よく休ませてやって」
「はい」
「はいじゃないわ!あなた!あの子私に!!」
「落ち着いてカリーナ。ああ。怒った顔も可愛いね」
「ウィリアム!」
「君も少しいたずらが過ぎたんだよ。ロルフは真面目だからからかい過ぎてはダメだって言っただろう」
「私」
「そうだ!今日は私と離宮へ行こう。星が綺麗に見えるはずだよ」
「ほ、し?」
「そう。流れ星が好きって言っただろう?」
「ええ」
「ほら泣かないで」
「でも夜会」
「そんな面倒なこと二人に任せればいいよ!そうだ!そうしよう。美しい君は私だけのものにしたいからね」
「ウィリアム」
「さぁブレア聞いたかな?」
「了解致しました」
「ブレア…?ああ、まだ貴方王城にいたの?」
「はい」
「もう、私は怒っていないから安心して。ロルフをよろしくね」
「両陛下の御心のままに」