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「あなた」
「あ、ああ。すまない、カリーナ」
「私の話聞いていなかったのね」
「いや、聞いていたさ。君の話だもの。…ロルフの婚約のことだろう?」
「ええ!」
「ほら!ちゃんと聞いているよ」
「もうあなたったら。…リリアーナはまだ侍女などしているのかしら?」
「の、様だね」
「もう私も怒っていないわ。それにいきなり侍女になりたいだなんて言うから少し驚いただけでもともと怒っていないのよ?ちょっとした冗談を真に受けて侍女になるだなんて…私意地悪しているように見えないかしら?そんなつもりないのに。ねぇ。もういいとあなたもおっしゃってくださいな。」
「ロルフに手出し無用と言われているのだから、君は口出ししては…ああ!泣かないでおくれ私の愛しいカリーナ」
「ウイリアムは私のことが嫌いなのね…やっぱり私が意地悪する義理の母親になると思っているのよ。だから」
「そそそそそんなこと!思っていないさ!これっぽっちも!私には君だけだよ、愛しいカリーナ!君はとても優しい。だから私の妻は君だけだろう?」
「で、も」
「私も君のような素晴らしい妻を持てたのは恋愛結婚のお陰だよ。それに政略結婚ではいけないのだろう?君の言う幸せな結婚は」
「ええ!私とあなたの子どもであるロルフにも私達のような幸せな結婚をして欲しいの」
「そうだね。ねぇカリーナ」
「なに?」
「王后庭に君が見たいバラが咲いたそうだよ」
「え?!あ…で、でも」
「今日母上はいないから安心して」
「あ、う」
「さぁいこう。テオ後は頼むよ」
「は」
またかと思う反面、下手に口を出されずに済むとほっとする。それが私たちの共通の見解なのだろう。私の話をしながら私の意見を聞かぬあたりあの人は昔から成長していないらしい。国母であり国王の寵愛を一身に受けた唯一の女性。…なのに何も気がつかない愚かな女。それがカリーナ ロペス。王妃のセカンドネームの意味も理由も知りはしないで国母になったこの人は冗談抜きのとんでもない愚か者だ。父はこの母の好きな「愛」の為に母と結婚した。打算と戦略と愚かなまでの純愛をもって。母はそれに気がついていないのだろう。父の瞳に浮かぶ悲しみも私の眼に浮かぶ憎悪も。気づかず砂糖菓子の世界でただ自堕落に生きている。
部屋を出て行く父と目が合う。後は頼んだよと声にならない声付きで。
「父」であり「国王」でありー…。まぁいい。と意識を浮上させる。眼前には宰相 ハワード公爵とウォルター。ブレアはいつも通り、後ろで嘘くさい笑みを浮かべているのだろう。勿論この「俺」も。後一人は王妃との関係で頃合いを見てやってくるだろう。
「さて、部屋を移動しようか。宰相、ハワード卿。」
「そうですな。軍部は?いつも通りに後で?」
「ああ。忙しいからな、あちらは。あと礼を言う。ウォルターのおかげで手間は省けた。8割程度復興したと聞いている。」
「ほぼと言っていただいて結構です。」
「役に立って良うございました。東の国は、国境で盗賊行為のみならず奴隷用にと誘拐迄しておりましたから。娘のいる親として心を痛めておりました。…あの」
「どうした、ハワード宰相」
「そ、の。ですね」
「リリアーナ殿は元気にされておいでですよ。」
「良かった…」
「早く誤解か解ければいいのだがな。リリアーナが公爵令嬢に戻ってくれれば私としてこの上のない幸せだ」
「リリアーナは天使のように可愛いですが芯のしっかりした娘です。私の浅はかさのせいで苦労をかけてしまっているのが…」
「それを苦労と思わず、歴代妃殿下と同様の福祉活動や慈善活動を行った上王城内の風紀規律を正しました。古参になればなるほどその器が国母になるにふさわしいものと気がついています。勿論私もその一人ですけどね」
「その通りだ…妃陛下とは違う」
いつもと変わらない執務室の机にはリリアーナの用意した菓子が置かれている。影のもの曰く嬉しそうに用意していたようで思わず微笑んでしまう。これがリリアーナ作なら。「安心してください。今日は精神的にきつい会議になりそうですからリリアーナ殿が作ってあげてくださいと頼んでますから」…ブレア。特別報酬をやろう。ハワード公爵は羨ましそうにそれを見る。一枚やると恭しく受け取る。そしてウォルターにはやらずにいる。流石に3枚が1枚になってしまいのは嫌だ。
「ロルフ!」
「ウォルター!王太子殿下だぞ!」
「構わん。そのうちに義兄だ」
「「お断りします」」
「はははは」
「誤魔化すな!」
「リリアーナは私の可愛い可愛い娘です。ベルの顔立ちに似たリリアーナは本当に昔から可愛くて!もう目に入れても痛くないほど可愛くて。それだけではなく賢くて、物静かで、控えめで。うちの因果な性格とベルの脳筋からよくこの天使が生まれたとみんな喜んでいたんですよ…」
「ノンブレスですね」
「わかる!よくわかる。リリアーナは天使だからな」
「此処にも馬鹿がいた」
「何か馬鹿だ!ブレア。この世の摂理だ」
「高度な馬鹿ばかりでした。」
「「「うるさい!」」」
ため息をついて紅茶を淹れるブレアを三者三様でみる。ハワード公爵は「氷の微笑」と言われるほど冷たい印象だが内情は面倒なまでに拗れた愛妻家であり愛嬢家である。昔馴染みはよく知っている。この表情が冷たく酷いほど最愛である言うことを。ウォルターも同様だ。本当にめんどくさい、ハワード公爵家。リリアーナ以外。
「リリアーナ殿の件は後にして」
「最重要課題だがな」
「うるさい馬鹿王子」
「特別報酬なしな」
「いりませんよ。どうせろくでもない」
「っち」
「以前言った通り、私は領土も身分もあんまり興味ないですので最低限あればいいんですよ。」
「欲のない男だ。東の国の一部をやろうと思ってたのにな」
「いりませんよ!あー!!!絶対首都周辺の穀物地帯でしょ?!変態元貴族が治めていたあの領土でしょ??!ああ言うところは私ではなくオースト侯爵のように武勇に優れて真面目で清廉な家がいいと言ってるでしょ!うちは先代から色々変人の巣窟なんですから!とれにめんどくさい!あんなところ!!!大体誰があんたみたいな面倒な男の相手するんですか!」
「とりあえず落ち着きたまえ。…殿下」
「ん?来たか」
失礼しますと律儀に入ってきたのはノーマン ブラッシュ。三軍全体の長である司令部の副将軍である彼はリリアーナに似た色彩を持っている。ブラッシュ家は軍の名門でありるがそれ以上に重要なのがリリアーナの母方の実家に当たる。何より縁を切られたハワード家とは違いいまだに交流がある点も特筆すべきところだ。「お話中でしたか?」という姿からは考えられないほど穏やかなその気性もリリアーナに似て…と思ったあたりで後ろからため息が聞こえる。
「将軍は?」
「父ですか?今、部下に監禁するように言っています」
「そんな剛の者いるのか?!」
「居ませんよ。訓練がてら10部隊を指名しました。まぁ1時間は持つでしょう」
「笑顔でやることがえぐいですね」
「しかしだな、ブレア君。あの人くるとまとまる話も纏まらなくなるが、いいかな」
「よくありませんし否定できないのがすごいところですね」
「お祖父様はアレだから」
「義父上とあの人を心底嫌ってるからな。クーデター紛いのことが起きてしまったらリリアーナが悲しむな。」
「王太子!」
「ははは。父はテオのことを気に入っているさ」
「…好かれているのにあんな攻撃を?!貴様の家は鬼畜の塊か!!!」
「はははは。すまん。意味がわからない」
いつものやりとりを横目に手渡された書類を見る。流石ブラッシュ家。荒事を頼むのは一番だ。
「…かなりきな臭くなったな」
「もう少し先かと思いましたけど…」
「うちの者たち曰く早くしないと手を下すと言ってたなぁ。ははは。リリアーナはみんなに好かれているから」
「リリアーナは私の妻だ」
「まだですよ、エセ王子」
「うるさい。決定事項だから問題ない」
「問題だらけだ!それに妹は嫁に行かずハワード家で過ごす予定だ!」
「こっちもこっちで…はぁ。まぁいいです。そろそろですか?」
「んー…?」
「殿下」
「私はリリアーナと二人で隠居してもいいんだがな」
「冗談でもやめてください。政がしにくくなります!」
「軍も…誰が父を大人しくさせるんですか?だいたい嬉々として乗り込みますよあの人」
「あちらこちらにストレス発散させて喧嘩売ったんだから終いは付けてください。私も行きますから。王太子、次期宰相、筆頭従事がそこにいきます。多分軍部と現宰相、その他大勢の侍女以下召使いたちも。そうなるとただ単に王城機能が移動するだけで意味ありませんよ」
「あー…」
「娘は仕事のできる責任感のある男が好きなはずです」
「サァ!ちゃきちゃき仕事するぞ!」
「扱いやすい」
「すっごく素直ですから」
書類を暖炉にくべる。父も理解しているだろう。もう少し。そうすれば楽にして差し上げられる。それが「親孝行」なのかどうか理解できないが、王家のみに許された「名」の意味を知る父にとっていつか来る事実と理解しているだろう。それまでできるだけ平穏で。